33.本当?と偽り?
昼下がり。ここは王室専用寮のディアーナお姉様の部屋。先程までちゃんと椅子に座って穏やかにお姉様と土産話に花を咲かせていたが、今日だけだからと二人してベッドでだらりと寝そべっている。
祭りの休暇は一般的に一週間だが、学院では領地が遠い生徒も居ることからそこから更に一週間は休み扱いになっている。『休み扱い』であって休日ではないので、早く帰ってきた生徒は授業は無いが教会での祈りと経典の朗読・教養時間が設定されている。我々王族は侍女が揃わないのでキッチリ二週間休みである。
しかしあれから結局歓迎式典には間に合わず母の体調も思わしくないので、翌日の領館前での祭り開催宣言や領地内で行われる種蒔きや果物の花の受粉など一連の行事は全て私が行った。帰りはただでさえ遠回りで休み休み移動した結果、予定の二日遅れで王都に帰って来たのだった。
明日から授業が始まってしまう。お姉様と一杯お話しできると思っていたのにたった一日だけ。
「年下ってあんな感じなのね」
サイモン達と出会った時の事を詳しく話していた。
「良かったわね。本当のお友達が出来たのね」
「本当のお友達?えー、あの子達まだ子どもじゃない」
「私達もまだ子どもでしょ?それにその子達はヴィーの侍女でも侍従でもないし、損得…利害関係もないでしょう?」
「え、ええ…まあ、そうなんですけど…」
ルイーズがやたら『自慢できる!』と言っていた事や、子ども服のモデルが私になってしまいそうな事は利害関係に含まれないのだろうか。
「羨ましいわ。私にはまだそんなお友達は居なくて」
ディアーナお姉様が少し寂しそうに微笑んだ。
「え?お姉様だったら沢山いらっしゃるんじゃないの?」
容姿端麗、頭脳明晰、人当たりは柔らかく、この世の奇跡のような存在のお姉様を嫌う人なんて居るはずがない。
「そういう意味じゃないのよ、ヴィー」
お姉様は私から視線を外し天井を見つめた。
「私はダメなのよ。色々考えちゃうの」
「さっきお姉様がおっしゃった…利害?関係?っていうの…?」
「そうね。それもあるけど…うん…難しいわね。私の問題でもあるみたい」
お姉様はそういうと目も口も閉じた。
「お姉様…?」
お姉様が難しいと感じる問題が、年下の私に解けるはずがない。そもそもお姉様の話が具体的に分からない。
「…だから…私にはやっぱりヴィーしか居ないって事よ!」
そう言うとお姉様は突然私に抱きついてきた。ベッドがお姉様の香りで充満しているのに、更に香りが追加された。
「…お姉様…」
取り敢えず、私はお姉様の言う利害関係の外にいるらしい。
「ヴィー…」
お姉様の体温と香りが思考を奪う。ちゃんとお姉様の悩みの解決策を考えたいのに。
ふと横を向くと、部屋の中央にあるテーブルが目に入った。私の土産の葡萄ジュースとお姉様の土産の果物ジャムの小瓶が置いてある。ジャムの小瓶は他にも沢山あってキャビネットの上に綺麗に包装されている。明日の朝に侍女達に渡すのだろう。あの侍女達は侍女であるから『本当の友達』にはなれないとお姉様は思っているのか。
私とクリスティーナはどうだろう?『本当の友達』かどうかは分からないが、主従だけではないと思っているのだが。片方だけが思っていてもダメなのか。
―あら、貴女とクリスティーナ嬢とリサを見ているみたいよ―
サイモンとジェフとルイーズの関係を羨ましいと私が言った時の母の言葉を思い出した。
「お姉様…」
私はお姉様をギュッと抱きしめた。
明日から授業が始まるので、ディアーナお姉様とクリスティーナと共にした夕食後は自室に引き上げた。と、クリスティーナはそのまま私の部屋の中まで付いてくる。部屋ではメイドのリサが私の寝支度をしていた。
クリスティーナは領地まで帰らず王都の伯爵廷に祭りのメイン行事だけ参加した後、すぐに寮に引き返したらしい。せっかくの休みなのに家に居たんじゃ息抜きできないでしょ、とクリス。
リサは実家に帰って過ごしたようだ。私付きのメイドになってから同じく宮廷で働いているリサの母親となかなか休日が合わないらしく、約半年ぶりの家族全員揃っての休暇だった。家には父親と弟が居る。母親は宮廷へは通いなので、住み込みのリサだけ家族と会うのが難しい。
「私にはお姉様の言うことがよくわからないのよ」
リサが温めたミルクの入ったカップを三つ運んできた。小さなテーブルに盆に乗せたままのカップを置く。本当は行儀が悪いことだけど、後は寝るだけなんだからと三人だけのイケナイ事。
「わからない?…とは?」
クリスティーナが怪訝な顔をする。
「あん、だから、本当のお友達って意味が。多分お姉様は考え過ぎなんだわ。だって、私はクリスは侍女で護衛だけどお友達って思ってるわ。…リサは…お姉様でお母様でメイドなんだけど」
「クスッ。なんですか、それは…」
リサが照れくさそうに笑う。クリスもリサも私にとっては居なくてはならない人なんだけども。…これも利害関係っていうのかしら?
「そうですね。利害関係とも言えますね。でも…ヴィヴィエラ殿下がディアーナ殿下のお気持ちがお分かりにならないというのは…」 クリスティーナが溜息をつく。
「では、殿下。ディアーナ殿下の侍女達と殿下の侍女達をどうお思いですか?」
「侍女達…?」
「殿下とディアーナ殿下の侍女はそれぞれ派閥なんですよ」
「そ、それは…」
度々、そういう言葉で表される関係だといずれかの人の口の端に聞いてはいたが、子ども時代から派閥って言っていいのかと疑問に思っていたのだ。
「大人になってからの話だと思ってて…」
例えば。王太子の父と王太子妃の母とでは付き合う貴族が全く違う。母は未だに正妃では無い為、謁見する貴族も少ないのだが。王と王妃は全ての人達に気を配っているが、思惑は人それぞれだ。
「子どもは親の意向で付き合ったり離れたりしているんだから、本当の友達というのは難しいと思います」
「…」
そう言われると不安になる。
「クリスも…リサも…私とは…?」
二人とも大人の都合でヴィヴィエラ付きになっただけじゃないの…?
「時間をかければいいんですよ。殿下」
リサが優しく笑う。
「出会い方は関係ありません。私は殿下にお会いできてとても嬉しく毎日楽しいんですから」
「リサ…」
平民出で七歳の時に私付きメイドになったリサ。当時は分からなかったが、今は厄介者の王女の世話を押し付けられたのだと理解できる。
「とにかく!」
クリスティーナが少し声を張った。
「ヴィヴィエラ殿下がしっかりとディアーナ殿下を支えなければいけません。それには…」
「「それには?」」
「今日はもう寝て明日に備えることです!」
私達はクスクスと笑った。




