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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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30.少年と少女


 スプリング男爵廷から近くの街までは街道出るまでは山道で少し下り坂になる。私達は馬を急かさない様にゆっくり下っていく。

「サイモンさんはいくつになるの?」

「え?あ、年齢?…です…か?えっと、…今年八歳…に…なる…なります」

「八歳?八歳?…本当に八歳?」

「何回言うんだ…ですか。嘘ついても仕方ないじゃないか…ですか」

「もう…いつも通り話してくれていいわ。話が先に進まないじゃない」

「え…でも…」

「私がいいって言ってるの。だからいいのよ」 

 前を行くサイモンがしょんぼりする。私の周りの同世代は皆礼儀正しく優しいので少し新鮮だ。ん?なんだかその中に一人、私にだけ乱暴な人が居たっけね。嫌な従兄の事など記憶の端っこに追いやりましょう。

「母上が言葉遣いを直しなさいって煩いんだ。社交界とか興味ないから必要ないって思ってたのに…」

 言い訳めいたことを口にするサイモン。こんな片田舎で王族に会う方が稀だ。そういう部分には私も同情を禁じ得ない。私からすれば自由に私室で遊んでいたら父の王太子が突然入ってきた!…っていうのと同じだろうから。

「でも再来年には記念学院に入学するんでしょう?そんな言葉遣いの方は学院では見たことが無いから、直すべきなんじゃないかしら」

「やっぱりぃ?そうなのかぁ…」

「でも、凄いわ!貴方、乗馬がとても上手ね!私の八歳の時はそんなに姿勢よく馬に乗れなかったわ」

 人馬一体?というのか。今回の旅に付いてきてくれている護衛長ときっと同等くらいの腕前かもしれない。

「それは…毎日乗ってるし…乗らないと何処にも行けないし…」

 サイモンは急に口ごもって余計に姿勢を正した。私は声に出さずにちょっと笑ってしまった。年下の男の子というのはこんな風に可愛いのだろうか。

 つい、この世に生を受けることが出来なかった弟妹の事を考えてしまった。そのなかでも、あの日の事は覚えている。半狂乱の母アメリアの泣き叫ぶ声が宮廷中に響いた。死産…とメイド達が話しているのが聞こえた。せっかくの王子なのにとヒソヒソ話。その時に私の母は『病弱』ではないと気付いたのだが、誰に対しても何も知らない振りをした。その方が母の為なのだと周りの大人達の態度で分かった。その後も母は何度も体調を崩した。だが、今現在の母が『健康になった』理由は本当に私は知らない。

 あの子が生きていたら、こんな感じなのかしらとサイモンの背中を見て思う。宮廷の礼拝堂で小さな棺を見たのはその一回きりだ。実際、死というものが何なのかわからなかった。ただ、母の悲しみだけが私を満たした。


「今は大通りは馬の乗り入れが禁止なんだ」

 街道に出たところでサイモンが話しかけてきた。大通りの入口辺りに広場があり馬車停めになっている。普段は乗合馬車や辻馬車の停留所らしい。

 私達もそこで馬を預ける。馬車停めには車自体はあるが肝心の馬が数頭しかいない。個人所有か警備用の馬だけで、あとの馬たちは牧草地に居るそうだ。この街には馬にも休暇がある。

 大通りの中心地へサイモンの後ろに従って歩く。バザーや屋台が店の軒先にずらりと並んでいる。なるほど、馬が通れる幅すらないから乗り入れ禁止なのか。準備中の屋台もあれば既に販売している店もある。

「あれ?サイモン様じゃないか。母上様に用事?」

 店の女主人が気さくにサイモンに話しかける。

「そうなんだ。急用ができて…」

「後ろの子は?お友達かい?初めて見るねぇ」

「あ、ああ。そう、友達…ジェフの親戚なんだ。ここの祭りが見たいって言うから案内してるんだ」

 とうとう私はジェフって人の親戚になってしまった。

「そうかい。楽しんでいっておくれね!」

 女主人は私にそう言うと家人に呼ばれて店の奥に引っ込んだ。

「ごめん…本当は直に声を掛けちゃいけないって知ってんだけど…」

 サイモンが小声で話しかける。さっきの女主人の事を言っているのか。本来ならサイモンが女主人に注意をしなくてはならない。上位貴族…王族から声を掛けるのがしきたりだから。

「ここに居るのはジェフの親戚なんでしょ」

 私は少しむくれて返事した。

「あ…ああ、ごめん。説明するのに一番都合が良いんだ」

 そんな都合の良いジェフとは何者なの?と口を開きかけた瞬間に目的の店に着いた。周りの店から考えてもかなり大きい三階建てのその店は仕立て屋の看板が掛かっていた。

「あ、あの…騒がしいと思うけど、我慢して…ください…」

 消え入りそうな声で言った途端、サイモンは勢いよく店のドアを開けた。

「おばさん!母上は居る?」

 先程の声とは真逆の大きな声で店の中に入っていくサイモン。

 着飾った男女のマネキンが最初にお出迎えしてくれるその店は、大量の反物の棚とデザイン画が貼られたカウンターで占められている。町一番の店らしく大勢の従業員や客でごった返していた。

「おや?サイモン。どうしたのですか?」

 少々ふくよかで優しそうなご婦人がサイモンに話しかけた。

「ちょっと急用ができちゃって。迎えに来たんだ」

「急用?どうしましょ。先生は今接客中でねぇ…その後ろに居る綺麗な子はどなた?」

 婦人はサイモンを通り越して私の顔を覗き込んだ。どういう挨拶をしたらいいのか決めかねていたらサイモンが婦人に耳打ちをした。少し驚いた表情を見せたが接客業の達人と言っていいだろう。すぐ先程の笑顔に戻った。

「…店先じゃなんだから奥に行きましょうかね」

 婦人に連れられてサイモンと店の奥へ向かう。上客と打ち合わせに使う応接室の一つに向かうらしい。廊下に出ると少女らしき影が甲高い音を出しながら近づいてきた。

「きゃあぁあーーーーーーーー!!」

 瞬く間にその影は可愛らしい少女の顔になり、私の顔に数センチと近付いた。

「誰ー?このカッコいい子はー?」

「ルイーズ!おやめ!」

 婦人が少女を窘める。

「あら、サイモンじゃない。先生のお迎え?え?この綺麗な子、もしかしてサイモンのお友達?やだー、こんなカッコいい子、私に隠してたの?」

 ルイーズと呼ばれた少女は自分の母親の注意など効く耳持たずでサイモンに捲し立てた。

「え、あ、いや…」

 サイモンもルイーズの早口に付いていけずに口をモゴモゴさせた。

 ルイーズはニ、三歩後ろに下がるとスカートの裾を少し持ち上げ丁寧にお辞儀をした。

「私はルイーズ・ボーウェンと申します。この家の一人娘よ。サイモンと同じ八歳です。お見知りおきを」

 略式ではあるが正式な挨拶をされ、戸惑った私はサイモンをチラッと見た。観念したかのようにサイモンが頷く。

「ご挨拶ありがとうございます、ルイーズさん。私はヴィヴィエラ・ジー・ケーリアン。サイモン様の案内でお伺いしました。突然の来訪お許しください」

 ドレスではない為、騎士の礼に沿った挨拶をした。話している途中からルイーズの顔が笑顔から驚愕に変わっていった。

 ルイーズが息を吸った途端にサイモンが彼女の口を押える。辛うじて店中筒抜けになるような大声は出なかった。

「ごめん、ルイーズ!秘密なんだ。叫ばないで!」

 サイモンの手の中で真っ赤な顔をして暴れるルイーズ。苦しかった?ごめんよとサイモンが手を放すと、ルイーズはさめざめと泣きだした。

「ルイーズ?」

「そんなぁ…一瞬にして失恋なの?…女の子だったなんて…」

 ルイーズ以外の三人は心中で彼女に同じツッコミを入れたと思う。


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