3.お茶会と事件
ケーリアン王国の国民は金髪の人が多い。瞳も青が目立つ。いや、目立たないと言うべきか。もちろんどちらも個人差があり、金髪と言えど茶が掛かっていたり瞳も薄い水色から緑や紺色まで様々。
一番美しい金髪と蒼い瞳の持ち主がこの国の王族の方々。ケーリアン王国代表と言っても遜色なく自国民すら納得するレベルである。
外国人である母譲りの赤茶色の髪に父譲りの青い瞳。見るからにアンバランスなヴィヴィエラの容姿は国民には『同盟の象徴』のように思われている。
が、ディアーナお姉様と会って気が付いてしまった。自分とお姉様とでは大人達の視線が違うように感じる。何がどう、とは言い難い。
(皆はお姉様が『好き』で、私の事は『嫌い』なのかしら)
漠然とした不安が付きまとう。
(私もお姉様のような髪の色が良かった)
光に反射してキラキラしていた、眩しい金の色。
「ヴィヴィエラ殿下、出来ました」
背後でメイドの声がした。ヘアメイクをやってもらっていたのだ。鏡の前でクルリ。振り返るとハーフアップした髪に飾った白いレースの付いたリボンがちらっと見える。
半年前にお姉様に頂いた、黄色いリボン。私の一番のお気に入り。
赤茶色の髪がリボンに惹かれて黄色くなったりして。そう思うだけでも楽しい。
「参りましょう」
四歳になるとお茶会への参加ができる。私は招待状を受け取る度にディアーナお姉様に参加の是非を伺っていた。
本日はシャーロット伯母様主催のお茶会なので、当然ディアーナお姉様もいらっしゃる。
臥せっている母代わりの女官に手を引かれて宮殿の西側の建物へ。
年端のいかない子女のお茶会は父母同伴で行われる。王族だと宮廷の外に出さない決まりなので、他の貴族主催でも宮廷内のサロンや庭が使われていた。
会場のサロンに着くと女官の手を放し、早速ディアーナお姉様を探す。
「何を探してるんだい?」
遥か頭上から声がする。見上げると優しい目をした中年男性が一人。
「アシュリー大叔父ちゃま」
国王陛下の弟君。アシュリー・クリスタル公爵が私を抱き上げる。
「おひしゃしぶりでしゅ。お元気でしたか?」
「誕生日以来だね。元気だよぉ~、ヴィーは今日も可愛いねぇ」
茶色いお髭の顔をスリスリ。ちょっと痛い。
「将軍しゃまのお仕事はおいそがしいの?」
「ん?ああ、若い子を鍛えるのにちょっとね」
まだ(ギリギリ)四十代だ!年寄扱いするな!といつも喚き散らしている大叔父が、自分と『若い子』を区別しているのが可笑しかった。
「高い所からだと探し物もすぐ見つかるんじゃないのかい?」
大叔父の肩の位置から見渡せられる。
「あ!見つけた!ありがとうごじゃいましゅ。大叔父ちゃま」
会場の端のテーブルに黄緑色のドレスを見た。ディアーナお姉様の好きな色。
大叔父は私を降ろすと手を振って大人たちの輪の中に入っていった。
「俺にあいさつはないのか」
お姉様の席まで駈け出そうとした私の目の前にその人は不意に現れた。
「なんだ。またお前『愛しのお姉様』をさがしてるのか」
振り向くとシャーロット伯母様の次男坊ハワード・オリヴィエがいた。お姉様と同じ歳の五歳。
何が気に入らないのかいつも私に意地悪だ。
「ごきげんうるわしゅうごじゃいましゅ」
ムッとしながらドレスの裾を摘み一瞬で礼を終わらせ、早歩きでお姉様の元へ。
「ちゃんとあいさつしろよ!」
ハワードが追いかけてくる。
「しました!」
「してないよ!なんだよ!イヤイヤやるなよ」
「イヤイヤじゃないでしゅ!」
言い合いしながらお姉様のいるテーブルに辿り着いた。一緒に談笑していたお友達の侯爵令嬢が立ち上がり私たちに礼をする。
「ハワード…、ヴィー…」
ディアーナお姉様もビックリして立ち上がる。
令嬢二人の表情も知らずに私とハワードは口喧嘩を続けた。
「なんだよ!そんなことだから発音もまだお子ちゃまなんだよ」
「そんなことないでしゅ!ちゃんと言えてましゅ!」
「言えてないよ。ちゃんと言えてましぇんでちゅよ~」
ニヤニヤ笑うハワードに一発お見舞いしてやろうと拳を握りこんで突っかかっていった。
が、場所が悪かった。
ちょうど傍にお茶セットが乗ったワゴンがあり、ポットには紅茶用の熱い湯が入っていた。
拳を後ろに引き、一気に前に出したところでバランスを崩した私はワゴンに盛大にぶつかった。
「ヴィー!!」
ワゴンの上の食器類が私目がけて襲って…
…来なかった…。
ディアーナお姉様が私に覆いかぶさっていた。ポットがそのままお姉様の背中を襲い、中の湯が容赦なくぶちまかれる。
「あぁあああぁあああぁああ!」
衝撃と痛みでお姉様が泣き叫ぶ。
驚きと恐怖で私は声一つ出なかった。