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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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29.少年と少年


 書き入れ時の街は活気で溢れている。老若男女問わず忙しそうに祭りの準備に追われていた。

 案の定町の全てのホテルはほぼ満室だと先乗りした護衛の一人が報告に来た。。王都や他の出稼ぎ地から新しく出来た家族を引き連れて帰郷する人も多いらしい。実家は手狭になっていてホテルに泊まるんだそうだ。

 私は護衛長と並んで馬に乗って一行の先頭を歩いていた。トボトボという擬音がピッタリなほど、街から少し離れた街道を私達は歩く。実際の音は馬の蹄鉄と馬車の車輪が大部分を提供していたけれど。

 ふと前を向くと、先程まで身近に感じていた山と比べると小振りだが全体的に緑が生い茂っている山がある。そこの麓辺りにそこそこ大きめの館が見えた。

「あの屋敷は?」

「あ…あそこは…なんでしたっけ…?」

 リンキスまでの道程は初めてじゃないはずの護衛長も知らない館。それほどまでに今回は稀に見るアクシデントという事か。

「私、見に行ってみる!」

「あ、殿下!お待ちください!殿下!」

 護衛長の言葉を聞かないふりで馬を走らせた。本当の事を言うと馬で駆けてみたくなっただけだ。馬にも私の気持ちが伝わっていたみたい。私を振り落とさない程度に護衛長に追いつかれない速さで駆けていく。


 舗装されてない道や見たことが無い小さな木造の橋を恐々と進むと、館が目の前に現れた。館は結構古く、三階建てで青い塗料が綺麗に塗られてあった。館の後ろはすぐ山になっている。

 私は馬を降り手綱を引きながら館に近付いた。

「誰か-?誰か居ないのー?」

 館も側にある花壇も手入れはされているようだから空き家ではなさそうだが、少し怖くなってしまった。

 人の気配が全くしない館の中。留守なのかと少し安心した事に自分で怒りを覚えた。

「留守だったら困るじゃない…」

 母を一刻でも早く休ませたいのではなかったのか。溜息をついた。

「誰だ?何の用だ?」

 背後から少々甲高い声がした。男…の子?

 振り返ると短い黒髪の、私と同じくらいの背の少年が煤だらけの服で薪を抱えて立っていた。

「なんだ?またキラキラした服だなぁ。ジェフの友達か?いや、こんな奴いたっけ?ああ、そっか、母上に用か?残念ながら今日は街に泊りだぞ」

 男の子は一気に捲し立てる。

「それにしてもすっげぇ良い馬だなぁ!ジェフのとこでも見たことないや!いいなぁ、お前の馬か?」

「い、いえ。違う…けど…」

「そりゃそうか。じゃあ、親のか…?うん?こんな良い馬持っている親?…お前…」

「あ、あの…」

「あれ…?…お前…誰?ジェフの友達じゃなくて、客なのか?」

「…ジェフって…誰?」


 しばしの沈黙。

 こちらから名乗るべきか。

「こほん。私はヴィヴィエラ・ジー・ケーリアン。リンキスに行く道中、アクシデントがあって皆が休める場所を探しています。こちらの館の主に会いたいのですが」

 この男の子は多分この家の厩番か庭師見習いか。しかし、一応丁寧に挨拶をした。

 黒髪の少年は私の言葉に驚いた。…あとには大笑いしだした。

「…っっなわけねーじゃん!ヴィヴィエラ様って王女だろ?…んな王子様みたいな格好で、こんなド田舎に一人で来るわけないだろう?からかうのはよせよぉ…あっはっは!」

「こ、この格好はっ、お、お母様がっ、…///」

 動き回るのにはこの格好が都合がいいと思っていた小さな近衛騎士は頭の先から爪先まで赤くなった。

「あ、貴方さっきから無礼よ!と、とにかく、さっさとこちらの館の家族を呼んでちょうだい!」

 そう言うと、今度は少年の方がムッと機嫌悪く顔色を変えた。

「…俺はサイモン・スプリング。スプリング男爵の次男。この屋敷の主の家族だ」


 二人の沈黙を解消したのは、やっと追い着いた護衛長だった。


「人は見た目で判断しない方が良いってことね」

 客用の部屋のベッドで一息ついた母が私と少年…サイモンに語りかけた。私とサイモンは気まずく目線を合わせにくい。

「でも、困りましたわね。男爵とご長男がお留守だなんて…」

 スプリング男爵達はここの近くの伯爵領に手伝いに行っているらしい。今日は本当にサイモン一人で留守番の予定だった。

「母を呼んできます。街に居るので、すぐなんで」

 サイモンは私の母の眼差しに赤くなっていた。部屋を出ていくサイモンを私は追いかけた。

「あ、私も一緒に行きます。サイモンさんのお母様に私から説明を」

「…」

 部屋を出ると護衛長に呼び止められた。

「お二人だけで行かれるのですか?共を一人付けますので一緒に…」

「貴方も見たんじゃないのか?そこまでここの街の治安は悪くない!」

 突然大声で怒ったサイモンに私と護衛長は驚いた。サイモンは私に振り返ると「…付いてきてもいいけど、そのキラキラした上着は変えていただけませんでしょうか?俺のでよかったらお貸ししますが」と丁寧だがぶっきら棒に言った。サイモンの提案に私は了承した。このまま少年騎士の格好で街に行くと悪目立ちするだろう。サイモンは自分の部屋から清潔だけど地味な上着を取ってきて着せてくれた。

 館の外で待っていると、サイモンが馬を二頭連れて戻ってきた。

「貴方の馬なの?」

「いや、父と兄のだ。二人は伯爵領まで馬車で行ったから、今はこの二頭しか残ってないんだよ」

「え、じゃあサイモンさんのお母様はどうやって街まで?」

「ああ、近所の行商人の荷馬車で行くんだよ」

「そ、そうなの…」

 今までクリスティーナやパメラから聞いていた貴族の暮らしとはかけ離れ過ぎて、理解し辛かった。

「じゃあ、行きましょうか」

 サイモンはヒラリと馬に飛び乗った。

「あ、ええ」

 私も続いて馬に乗る。サイモンが王家の馬がとても良いと褒めていたが、この馬だって毛並みが良いし健康そう。愛情掛けて面倒見ているのがわかる。

「…殿下」

 先を行くサイモンが振り返って呼びかける。

「え?」

「先ほどは申し訳ありませんでした」

 頭を垂れるサイモン。と言っても馬上なのだが。

「…いいのよ。私も悪かったもの。もう忘れたわ。…というか、忘れて!」

 お互い恥ずかしい。出会いのやり取りを一からやり直したいくらい。

「…それは無理です。忘れられません。」

 ニカッと笑ってサイモンは馬を走らせた。

「え?ちょっと。ちょっと、待って!」

 私は急いでサイモンを追いかけた。


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