28.母と旅路
しばらくユリユリしません。申し訳ございません。
それに、以前より時間が取れなくなってしまい不定期更新が更に不定期になりました。回り道し過ぎたと反省しております。が、後悔はしておりません。ヴィーちゃんへの愛を糧に頑張ります。
朝早く、私と母アメリアはホテルの玄関に居た。
「ああ!素敵よ!ヴィヴィエラ!」
母は上機嫌で私の全身を隈無く見回した。
王都を出発して三日目、視察と豊穣祭への参加の為に直轄領のリンキスに向かっている。明日の昼頃には着くだろう。今日は母に着てほしい衣装があると言われ、渋々着替えてロビーに出てきたところ。
「これで外に出るのは恥ずかしい…」
下半身はいつもの訓練用の黒の短パンにブーツなのだが、フリフリの真っ白いブラウスにリボンのネクタイには水色がかったカメオのブローチ、上着はケーリアンの騎士の軍服を模したデザインで色は正規の紺や赤とは違いライトグリーン、装飾やベルトは金や爽やかな薄黄色で彩られている。
「とっても似合っているわ。凛々しさの中に可愛さがあるわね」
母はご満悦だ。リサから又聞きしたのは、私が近衛入隊を目指すとわかった時から着せようと目論んでいたらしい。デザイナーと何十回も打ち合わせてあつらえた物。長く着れるように少し大きめ。
「本当にこれで馬車に乗るのですか?」
「いいじゃない。馬車からは何を着ているかは見えにくいし、今日はいい天気だからお昼はお弁当で草原の中よ」
母は私の二の腕を捕まえると自分の腕を絡めてきた。
「さあ、小さな可愛らしい騎士様。エスコートしてくださる?」
上半身はしな垂れかかるが私の二の腕は引き上げる。身体がくっつくと母のスカートが邪魔で歩きにくい。どちらがエスコートされてるのかわからないくらい、えっちらおっちらでホテルの支配人以下従業員に見送られながら馬車に乗り込む。うん、皆さん笑いを堪えていますね?私で癒されないでくださいね?
春祭りは秋の豊穣祭へと繋がる大事な行事。王家も国代表として直轄領に赴き民と春が来たことへの喜びを共にする。
国王夫妻だけを宮廷に残し、王太子は娘のディアーナと別の直轄領へ、従兄弟たちはそれぞれこれまた別の王家の直轄領と父である公爵家の領地へと旅立っていた。
宮廷の大人たちはいつもの行事だと慣れたものだったが、母のアメリアは去年まで床に臥せっていた為初めてだった。国家挙げての神聖な行事のはずだが、母も私も初めての旅行に興奮が止まらなかった。
馬車がゆっくり動き出す。ホテルは山のふもとに在り、今からぐるっとその山裾を移動する。山を抜けしばらくすると街に入り、その先のホテルまでが今日の行程。
何度も王族の馬車が行き来する為、通常よりかある程度は広くて整備されている道なのだが、やはり山道。車輪が小石を何度も弾き、山裾だからと同じ方向に曲がっていくのだと思っていたら、くねくねと左右に揺らされる。私と母は小一時間で音を上げてしまった。後ろの女官たちが乗っている馬車も既に二度も止まったようだ。
「申し訳ありません。平原に着くまで何度も止まるわけには参りませんので、もうしばらくご辛抱ください」
警護に付いている馬上の騎士が母に話しかける。騎士は酔ってはいないようだ。馬車じゃないから?あら、私は今ちょうど騎士の格好をしているではないか。
「お母様…私も馬に乗って行きます…」
騎士に声を掛けようとした途端、母は手を添えていた私の二の腕をぐっと握りしめた。
「ダメ…ダメよ…私と一緒に居るの…」
母の握力はぐったりしているとは思えないほど強かった。
「痛い!痛っ!わかりました。…ここにおりますので…お放しください…」
更にぎゅっと握られた後、母の手は二の腕から離れた。ちょっとジンジンしているから痕が残っているのはないだろうか。
もう仕方がない。目を開けていると余計に酔いそうなので、ギュッと目を閉じる。母は私の腕に顔を寄せてじっとしているから息遣いが感じられて何故か安心する。気持ち悪くてお互い吐きそうなのに安心してはいけないか。
更に一時間が経ったが、二時間も三時間にも感じられた。なるほど、王族の領地視察デビューは必ずこの地方に行かされる理由がわかった。多分他の直轄領はより安全で楽なのだろう。しかし、病み上がりの妃とまだまだ子どもの王女が向かうのは酷というものではなかろうか。
やっと平原に辿り着き、平らな地面に敷物を敷いて昼食を取る。が、馬車組は総じて食欲がてんでなかった。
「ヴィヴィエラ…食事はちゃんと取らないとダメよ」
そういう母は大きめのクッションにほとんどの体重を預けて動かない。
「お母様も水だけでは体が持たないと思います」
私も負けじと減らず口を叩くが、大の字に寝っ転がっている様はとても淑女とは言えなかった。格好も少年騎士だから似合うと言えば似合うのか。
ドレスを纏っていないせいなのか、気が大きくなったのか、草原の風が心地よくて思わず大きなあくびをしてしまった。
「んがっ!」
大きく開けた口にサンドイッチを突っ込まれてしまった。
「食べないと大きくなれないわよぉ」
クスクス笑う母。
起き上がってモグモグしながら文句を言う。
「何言ってるの?わからないわ」
更にクスクス笑う母。
何だか嬉しくなって、サンドイッチを全部口の中に収めると母に抱きついた。
「急いで食べると喉を詰めるわよ」
優しい手が頭を撫でる。
優しい声が胸に響く。
私だけに向けられた母のこの瞬間の全て。
私達は少しはしゃぎすぎたのかもしれない。
午後も曲がりくねった道の小石を弾きながら馬車は行く。お腹がいっぱいになった私達は目を瞑って眠れないか試していた。眠ってしまった方が早く着くし。
しばらくして、母が異様に苦しみ出した。真っ青な顔で腹部を押さえてすごく痛そう。
「どうなさったの?お母様!」
「と、停めて…オリヴィアを呼んでちょうだい…」
オリヴィアは母付きの筆頭女官だ。男爵家三女からのし上がったベテランで男性遍歴も含めて伝説的になっている。それに薬師の国家免状も取っており、宮廷薬師としても有名である。
オリヴィアは呼ばれるや否や私を馬車から追い出した。テキパキと後ろの馬車の女官達に指示しながら護衛隊の責任者に相談をする。
「ヴィヴィエラ殿下、申し訳ありません。今日の目的地の変更をさせて頂きたく思います」
オリヴィアが静かに私に進言する。
「お母様はそんなに悪いの?」
「いえ、そうではありません。女性なら誰でも起こる事ですわ。ただ、アメリア様は今回いつもより2日ほど早く、他の女性より少し重くてお辛いのです」
まだまだ子どもだと自負している私には、なんとなくしかわからないが、大人になるのが嫌になる事の一つだと言うのはわかる。
「変更って…でも、この先のホテルは一つだけって…」
「問題はそこなのです。ホテル自体はそちらのホテルに行くまでにも沢山ございますが、警備上貸し切りにしなくてはならないので…」
護衛長官がオリヴィアとの話に割って入る。大きなホテルなら突然行ってもフロアの貸し切りで済みそうだが、この辺りは小さな民宿のような庶民的な宿屋が多いらしい。有事でもないのに一般客に大なり小なり迷惑がかかるのは王族としては避けたい。
「教会は?行事が無ければ一晩お借りしてもいいのでは?」
そうは言ってみたが、実際庶民が通う教会は行った事が無い。
「近くの街に教会はございますが人通りが多い所で如何せん静養なされるには不向きかと…」
結構問題は深刻なのかもしれない。
「取り敢えず出発しましょう。街が見えてきたらホテルをしらみつぶしにあたりましょう」
ここで考えていても山道のど真ん中で夕暮れが近づくだけ。オリヴィアの意見に皆同意した。




