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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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26.アメリアとテレーゼ(4)


 泣かないで。私の可愛いヴィヴィエラ。そう、母様はテレーゼ様とのお約束を守ろうとしているの。

 だからヴィヴィエラにも理解してほしいの。ヴィヴィエラもディアーナ殿下も私の娘だと思っているから…貴女に優劣とか贔屓とか…そういう感情…誤解をしてほしくないの。

 ヴィヴィエラはディアーナ殿下が大好きよね?そうね、私もヴィヴィエラが大好きよ。

 ヴィヴィエラは温かいわね。そんなにぎゅって抱きしめたら息が苦しいわ。

 愛しているわ…ヴィヴィエラ。

 ね、ヴィヴィエラ、ディアーナ殿下をお呼びして。三人で一緒に寝るのはどうかしら?

 宮殿では出来ない特別なことをしましょう。

 あらあら、そんなに慌てて隣の部屋に行かなくても。

 …はしたないわね。誰に似たのかしら



 葬儀の前日。テレーゼは帰ってきた。

 そのまま悲しみに暮れる宮殿内の礼拝堂に安置された。私は王妃と共に礼拝堂に訪れた。

 そこでは王太子が一人ずっとテレーゼに離れずについている。いつもの尊大な彼は何処にもいなかった。

 王太子に声を掛けたが聞こえぬようで、物言わぬ冷たいテレーゼの頬に触れ瞑ったままの瞳に触れ口付けを繰り返しては何かを囁いている。

 テレーゼに近付けないので、夜中にもう一度一人で礼拝堂に行った。王太子がテレーゼの手を握りしめたまま眠っている。彼を起こさぬようにテレーゼの顔を覗き込んだ。

 綺麗な顔だった。死に化粧が王太子のせいで崩れてはいたけれど、生前の美しさは損なわれていなかった。

 本当にもう話もできないのね。

 この疲れて眠っている王太子に関する相談もできないのね。

 子ども達を育てる事も一緒にできないのね。

 独り取り残されたような感覚が私を襲う。

 多分王太子もそうなのだろうが、次の日の葬儀の祈りの場でも午後からの墓地への移動でも、王太子に寄り添う気持ちが私に表れる事はなかった。

 王太子は国葬の間中、近衛騎士に支えて貰って棺の後ろを歩いていた。流石に涙は見せていなかったがその憔悴仕切った王太子の姿は葬列を見送る国民の涙を誘った。

 

 葬儀が終わって宮殿に戻って来た。ロビーや廊下に葬送の花が至る所に飾られている。それらは墓地に出発した時より増えている気がした。これじゃあ娘の誕生祝いの花は私の部屋以外は置けないわね、と口の端で笑う。

 家族に自分の誕生を祝って貰えない不憫な娘の様子を見に行った。スヤスヤ眠っている娘を見ている内にテレーゼに会った最後の日を思い出した。


 『もしかしたらディアーナが先に宮殿に帰るかもしれないわ』

 『その時は頼まれてくれないかしら』

 

 テレーゼの言葉が頭の中を駆け巡る。この予言めいた言葉にテレーゼの死が本当に事故なのか疑問が生じる。

 しかし私にはその疑問を誰かにぶつける事はテレーゼを裏切る事に繋がるのではないかと考えた。

 ディアーナを頼めるのは私以外いない…王太子や実家の両親でもなく、私…。

 その真意を考察しようとしたが、疲れと睡魔が邪魔をする。

 本日最後の行事である会食に参加しなければならない。娘が起きてくれなかったことを残念に思いながら頬にキスをして自室に戻った。



 翌日の午後にディアーナはテレーゼの両親と共に自領に帰っていった。結局ディアーナの顔を見ることが出来たのは見送りの一回のみだった。

 ディアーナの面倒をみたいと女官に相談してみたが、「皆様がご相談して決定したことに口を出すのは憚られます」と即時却下された。断られて安堵している自分も居る。先行きが不安しか無いように思えたから。

「今夜もダメだわ…頼んでいいかしら」

 私は乳母に未だ名無しの娘の面倒を頼んだ。寝付きが悪く、寝入ってしまうと泣きわめく娘の声でも起きられない。夜中に交代するよりも最初から頼んでしまった方が私も彼女達も楽である。

 夜着に着替えベッドに入る。何も考えないようにしようと思っても後から後から様々な思いが浮かんでくる。

 私の娘の今後は?ディアーナの今後は?

 もしも…もしも王太子が新しい正妃を迎えたら…?私は外国人の王女でこの国では側妃。正妃はこの国出身の者と決まっている。云わば私よりも農家の娘の方が王太子妃の位に近いのだ。

 これから私は、私と娘はどうなるのだろう…。


 バンッ!

 突然、一気に思考を吹っ飛ばされた。ドアが荒々しく開けられたのだ。

 身を起こし、見ると薄明りの中蠢く男と思しき姿があった。

「ひっ!」

 大きな悲鳴を上げそうになって慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 酒瓶を左手に持ちドアにもたれ掛けた男は王太子だった。正体なく酔っぱらっているようで、フラフラとおぼつかない足取りで私がいるベッドまで近づいてきた。

「な、何かご用でしょうか」

 声が少し震えてしまった。ここまで酔った夫を見るのは初めてで恐怖する。

「なんだ。自分の妻に挨拶するのはいけませんでしょーかっ」

 フーッと酒臭い息を吹きかけられた。今の私にはそれだけで気分が悪くなる。

「出来れば明日にしていただいた方が嬉しいのですが」

 鼻を塞ぎたかったがなんとか我慢してニッコリと笑った。

 だが夫は顔を近づけてくる。鼻孔を通ってくる臭い攻撃に抵抗力のない胃が負けてしまいそう。

「この若く美しい妻は夫が打ちひしがれているのに慰めにも来ないんだ。立派な妻だよ」

「それはっ!…邪魔したくありませんでしたから…」

 テレーゼとの最後の会話を…。

「ふーん」

 夫は布団の上から私の膝辺りにドサッと上半身を投げ出した。下から私の顔を見上げる。

「葬儀の時も支えてはくれなかったねぇ。こんな冷たい妻は知らないよ」

 文句を言いながら夫は仰向けで瓶から直接酒を飲む。口からはみ出た酒が頬を伝い顎を伝い夫の髪と布団を無情に濡らしていく。

「それは…産後で体調があまり良くないのです。…お許しください」

「ああ、聞いた。女だったんだって?残念だな」


「そういやこの部屋花でいっぱいだなぁ。お前だけ子ども産んだお祝いか?」


「まあ、いいさ。また作れば良い。今度は男を産めよ」


「痛ったいなぁ、口付けくらい拒まなくてもいいだろ!」

 夫は酒瓶を床に投げ捨てると身を起こして私の胸の上に跨がった。心臓に届くほど身体を両腿でジリジリと締め上げられる。

「止めてください…っ…こんなっ…せめて…テレーゼ様っ…の…喪があ…け…」

 パンッと乾いた音が部屋に響いた。左頬がヒリヒリ熱くなる。

「煩い!人形のクセにテレーゼの名を口にするな!」

 夜着の胸倉を掴まれユサユサと揺さぶられ、頬を叩かれ、唇を奪われる。

「私だけの美しい人形だからな。黙って従っていればいつまでも可愛いがってやる」

 気分の悪さは頂点に達し、私の中から抵抗という言葉が消え失せた。


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