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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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25.アメリアとテレーゼ(3)


 テレーゼとディアーナが実家の自領に帰ってから半月経った。

 彼女達の帰りを待てずに産気づいた私はベッドの上で唸り続けている。

 医師や女官達が何か言ってくる。多分励ましや助言なのだろうが、煩わしい。うるさくて仕方がない。一番うるさいのは私の叫び声だが。

 テレーゼもこんな風に叫んでいたのを思い出した。自室からでもよく聞こえた。間近で叫び声を聞きその有様を見ていたら恐怖で卒倒していたかもしれない。女官に止められて正解だったと独り言ちた。それでもテレーゼというお手本があったればこそ、自らの身に起こる恐怖と痛みに耐えられると思う。

 しかし本当は、テレーゼに側に居て欲しかった。

 おそらく最初に私の様子を見に来たのは王妃。夕方頃は義姉のシャーロット。二人とも一時間程で退室していった。

 その後は、誰も来ない。

 男子禁制ではあるが夫はそれには当たらない。赤子の第一声を聞くまで丸一日要したが、結局王太子は姿を見せなかった。

「王女様ですよ」

 元気に泣く赤ん坊を見て安堵した。

 女の子…嬉しい…髪は私と同じ色なのね…と思った瞬間から記憶が無い。痛みと疲労で気絶していたらしい。

 時々起こされて授乳はしたが、食事を採る元気はなかった。

 とにかく眠りたい。

 私の赤ちゃんと一緒に眠りたい…。

 シャーロットが来た。目が開けられない。きちんと応対したい。何か話している…何だろう…聞き取れない…。

 二日後の朝、やっと夢うつつの状態から抜け出した。

 久しぶりにテーブルで食事を採ろうと夜着にガウンだけ羽織ってベッドから出た。

 赤ん坊には先ほど授乳したのだが、足りなかったらしく乳母から貰っている。恨めしくその様子を見ていると「アメリア様がほとんど食事を採ってないからですよ」と女官に怒られた。

「おはよう。アメリア妃」

 スープを飲んでいると、王弟アシュリー・クリスタル公爵が慌てる自身の侍従や私の女官を引き連れて部屋に入って来た。スプーンが私の手から離れ皿とぶつかりカッシャンと音を立てた。

 アシュリーの後ろから現れた私付きの女官をチラッと睨むとお止めしましたと言わんばかりに謝罪のこもった視線を返された。

「ああ、気にしないで。可愛い王女様の顔を見に来たんだ。そのまま食事をしてくれ。大丈夫、母となった者はみんな綺麗だよ」

 そう言われたものの、ボサボサの髪と洗っていない顔が気になったので衝立の向こう側で身支度をすることにした。

 アシュリーはお腹いっぱいになった赤ん坊を乳母から受け取ると背中を撫で始めた。

「アシュリー様は赤ちゃんの扱いに慣れてらっしゃるのですね」

 衝立の奥から声を掛ける。

「ああ、そりゃ何人も面倒みてるしね。去年はシャーロットの子も生まれたし、賑やかになるね」

 アシュリーは赤ん坊とにらめっこを始めた。赤ん坊はアシュリーの顔を見ているだけ。なのにアシュリーは百面相を止めることはなかった。

 髪を三つ編みで片側に垂らし、顔は紅だけ差して私はアシュリーの前に出た。

「ゆっくり食事を済ましておいで。私はしばらく王女様のお世話をするから」

 ニカッと笑ったアシュリーは、今度は腕の中の赤ん坊のほっぺをツンツンつつき始めた。

 これは私に用があるという事?仕方がないのでゆっくりかつ急いでテーブル上のスープとパンとフルーツを平らげた。

 メイドがソファーに近い方の小さなテーブルに二人分のお茶を用意し、乳母は赤ん坊をアシュリーから受け取ると女官と共に全員が隣室に入っていった。

 結果、アシュリーと二人きりにされた。やはり話があるのか。

「まあ、座ってアメリア妃」

 ソファーは向かい合わせに二つあって、アシュリーは大きい方の端に座りポンポンと自分の隣の空いたスペースを手の平で叩いている。王弟に歯向かえるわけもなく、大人しく隣に座る。

「相談があってね。貴族や各団体からお祝いの花と贈り物が沢山届いているんだよ。贈り物は他の部屋にまとめて置いてあるが、匂いが大丈夫だったら花だけはこの部屋に運び込んでもいいだろうか」

「お気遣いありがとうございます。匂いは大丈夫ですわ。花は好きですし気分も華やぎます」

「良かった。切り花ばかりだからね。贈られた当人に見てもらうのが一番だ」

「…でもそんなことは執事か女官長の仕事では…なぜアシュリー様が?」

「今、人手不足なんだよ。麗しい王女様とそのご母堂に会いに行くついでに伝えるよう頼まれたんだよ」

 アシュリーが苦笑いする。

「人手不足…?」

「…それからね…明後日は朝から大事な儀式があるから体調を整えて欲しいんだ」

「儀式?」

「王族も親族も一人も欠けてはダメだからね。ちゃんとフォロー出来るように手配するから」

 アシュリーは私の疑問には答えない。

「あの…?」


「テレーゼが亡くなった」


 突然何を言い出すのだろうか、この初老の麗人は。

「ど、どうしたのですか。何の話ですか」

「アメリア妃」

「冗談はやめてください。まだ子供っぽいからって、からかわないでくださいませ!」

「アメリア」

「確かにテレーゼ様はご出産の後も時々具合が悪そうにしてらしたけれど、そんな、こんな、急に」

「…テレーゼ妃が見つかったのは実家の領に流れる川べりだったそうだ」

 前の日から雨が降っている中テレーゼは行方不明になり、次の日増水した川の下流で見つかった。

「大雨だったから当日の足取りもわからない。自殺する理由が見つからないから事故だと思う」

「事故…」

「それで、明後日は国葬が行われる。産後で疲れているとは思うが参列は義務だから」

「ええ…ええ、わかっております」

 アシュリーは私に向かい直すと頭を下げた。

「すまない!アメリア妃。王女の誕生が大々的に祝えなくなってしまった」

「いえ…そうですね…そう…」

 ああ…道理で…ほとんど眠っていたから気付かなかったんだと思っていたが、もしかしたら王女が誕生してから家族の誰もこの部屋に来ていないのかもしれない。

「大丈夫か。アメリア妃。ハウディランドの国王が身罷られてからあまり経ってないし、無理しなくてもいいんだよ」

 お父様…なんだか色々あったからずいぶん前のことに思うけれど、そう…お父様はお母様の所に…。

「あっ…ディアーナ殿下は、ディアーナ殿下は大丈夫なのですか!」

 急に思い出して私はアシュリーに食ってかかった。アシュリーも思い出したのであろう、先ほどまでの苦しそうな顔がディアーナを目の前にしたかのように柔らかくなった。

「ディアーナは実家のお祖母様の所に居る。明日には皆と一緒に宮廷に着くよ」

「ああ、元気なんですね。良かった…」

「ただ、しばらくテレーゼ妃の実家預かりになったよ」

「え…?」

「王太子がね…ちょっと…見ていられないくらい焦燥しているらしい」

 それはそうだろう、王太子がこの世で一番大事にしている人が亡くなったのだ。


 あれ?もしかして…。

「アシュリー様。テレーゼ様が川で見つかったのはいつですか?」

「三日前だよ」

 そうか。皆が私の出産に立ち会わなかったのはそういうことだったのか。

「アメリア妃?」

 王太子が一度も顔を見せないのはそういうことだったのか。

 ひどい。ひどい。テレーゼ様。ひどい。

 サッサと帰って来て励ましてくれれば良かったのに。側に来て手を握って大丈夫私も頑張ったからアメリアも頑張れるわって。そうしたら、何も…こんな…。

「ああああああ!」

「アメリア!」

「もっと…もっと強く言えば良かった!…早く帰って来てって…私の出産に絶対立ち会ってって…早く…もっと…」

 アシュリーが私の頭を抱き締めた。嗚咽がアシュリーの腕に吸い込まれていく。

 そうして、私が落ち着くまでアシュリーはずっと自分の娘のように頭を撫でてくれていた。


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