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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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24.アメリアとテレーゼ(2)


 私には危惧していたことがあった。

 正妃と側妃がほとんど同時に妊娠となると、どちらが先に男子を産むかに焦点が当てられる。

 テレーゼが男子を産んだ場合は何も問題がない。これが女子で私の産む子が男子だったら闘争の原因になりかねない。

 ケーリアン王国は正妃が産んだ子が正統継承者になるので男子でも女子でも良いのだが、正妃に男子がおらず側妃に男子が有るならば、後々揉め事の一端にはなっていくだろう。

 出来るならばテレーゼの第一子は男子であってほしい。それはケーリアン王国全体の願いであり、王太子の妃達への無言の圧力にもなった。

「どうか女の子でありますように」

 私のお腹はかなり突出していた。もう男女産み分けのおまじないなど効く時期を過ぎているのは承知していたが、それらをやらなければ落ち着かなかった。占いも散々やった。一喜一憂の毎日だった。

 父の訃報が届いたのはそんな頃だった。

 妊娠中の体で馬車の長旅はどうせ無理だったが、もう一度会いたかった。せめて私の子どもを見て欲しかった。


 その翌月、テレーゼが出産した。

 女の子だった。

 王太子が終始テレーゼに付き添い、大いに喜んだらしい。

 私もテレーゼに付き添って励ましたかったが、万が一の時に私にも障りがあるかもしれない、という理由で女官に止められた。

 それから一週間後、面会が許された。

「おめでとうございます。テレーゼ様!」

 テレーゼの体はまだ回復しきっておらず、やっとベッドに起き上れるようになったのだという。

「ありがとう、アメリア様。ディアーナを抱いてあげて」

 乳母がゆりかごから抱き上げた赤ん坊を私に渡す。ふっくらして暖かくて甘い匂いがした。

「ディアーナ殿下、アメリアでちゅ。お見知りおきくださいましぇね~」

 ディアーナがじっと私を見ている。何かが悪かったのか、ディアーナの口がみるみる歪むとワッとと泣き出した。

「え!何?どうしたの?」

「あらあら、もうお腹が空いたのかしら。アメリア様、ディアーナをこちらへ」

 泣きわめく赤子は乳母を介してテレーゼに渡された。ディアーナは大人しく母乳を飲み始める。その様子は人々の癒しの効果があるのではないかと思われた。テレーゼとディアーナだから余計にそう思うのだろうか。乳母も私も知らずに笑顔になる。

乳母も私も知らずに笑顔になる。

 一生懸命に乳を飲む赤子に私は夢中で見ていた。その間にテレーゼは乳母を下がらせた。 

「アメリア様」

 呼ばれて視線をテレーゼに戻す。気付くとテレーゼと二人きりだった。

「アメリア様、どうか元気な男子をお産みくださいね」

真剣な顔と声だった。

「え?な、何を…」

「私に遠慮せず、元気な子を産んでください。それが男子なら私も嬉しい」

 冗談でも自分を卑下するものでもなく、ただ真っ直ぐに私に向かってそう言った。

「ど、どうして…」

「ずっと悩まれていらしたのでしょう?私が産むのは男子であって欲しい、そうするとアメリア様が産む子は男女どちらでも良い。でも私が女の子を産んだから。貴女が産む子は女子でなければならないって」

 この方は…ご自身がどんなに疲れて大変でも他人の状況まで思いを馳せてくれるのか。

「心配しないで。元気な子を産んでください」

「テレーゼ様…」

 私は知らず泣いていた。

「男の子を産んでくださいね」

 テレーゼのこの言葉が、その後の長い長い間深く重く私を縛り付けた。



 新しい年になった。王族全員参加の晩餐会に出席した。親戚筋の末端まで呼ばれるので結構な人数になる。テレーゼの結婚披露パーティーの時以来なので、私は初対面が多かった。

 会食の前に同盟国代表の祝辞が読み上げられた。ハウディランド王国の祝辞の差出人は、ディアーナ誕生の際は宰相名義だったが、この新年の挨拶は私の次兄からであった。

 長兄は負けたのか。

 二日遅れで宮殿の図書室に送られるハウディランドの新聞を読んではいたが、信じたくはなかった。新聞には長兄の病が悪化した為後継を次兄に譲り自身は離宮で療養しているとあった。

 嘘だ。きっと軟禁されたに違いない。離宮は三廷ある。新聞にはどの離宮に行ったかは書いてはいない。

 だからといって臨月間近の自分に何か出来る訳もなく、ただただハウディランド大使の報告を待つのみだ。

 きっと長兄も継承争いの実害が出る前に退くことにしたのだろう。長兄の手紙は国王崩御の一週間前から途絶えていたから。臆測しか出来ないがそう思う事にした。



 その日は雨。私は宮殿内を独り散歩していた。もうお腹が大きく重く歩きにくくなっていたが、部屋に居ても気が滅入るのと医師の勧めもあって、毎日敷地内のいずれかへ散歩していた。

 廊下の窓に小さな雨粒が流れ落ちるのを眺めつつ歩いていた。と、向こうから美しい金髪の持ち主とお仕着せを着た人達がこちらへ向かって来るのが見えた。

「アメリア様?」

 金髪の持ち主が私の目の前まで来た。テレーゼがディアーナを抱いて立ち止まった。大きな荷物を持ったメイドや侍従が会釈をしながら私を通り過ぎた奥にある階段を降りていく。テレーゼも薄手のコートを羽織っており、ディアーナも厚手のおくるみに包まれていた。 

「ご旅行ですか?」

「いえ、しばらく実家に帰ろうと思いまして。祖母がディアーナに会いたいらしくて。身体が不自由なので宮殿に参内は無理だと言われてしまいましたの」

「そうなのですか。どのくらいの期間ですか?」

 私の質問にテレーゼは少し考えた後、貴女の出産迄には帰って来るわと答えた。

「でも、もしかしたらディアーナが先に宮殿に帰るかもしれないわ」

 テレーゼは腕の中の赤ん坊を抱き直した。

「その時は頼まれてくれないかしら」

 ディアーナの面倒を。


 テレーゼの言葉の意味も理由もわからない。

 私はこの国では王族の妃以外の権力を持たない外国人。確かに宮殿内では地位は高い方かもしれないが実質は女官長よりも低い。そもそも同じ人の妻同士で頼む事なのだろうか。

「どうなさったの?何があると言うんです?一緒に帰って来るのだから、もしもの話なんてするのはおかしいわ」

 乳飲み子を母親と離すなんてよほどの事が起こる時しかないじゃない!

「…」

 テレーゼは俯いてディアーナを見つめている。

「王太子殿下にお頼みするべきでは?百歩譲ってもご相談は王妃様に…」

「貴女しかいないの!」

 普段おしとやかな彼女がいきなり大声を出したので驚いた。

「お願い…アメリア様…この子が淋しくないようにするだけでいいの…お願い…」

 ディアーナを力いっぱい抱き締める彼女の声が鼻にかかって震えて聞こえた。

 よくわからないけどテレーゼが泣くほどの事がこの先あるかもしれないのか。

「じゃあ、交換条件にしてくださる?私に何かあったらこの…私の子をお願いします」

「アメリア様」

「私だって何があるかわかりませんもの。お恥ずかしい話ハウディランドも内部は不安定ですし…」

 テレーゼは顔を上げた。

「わかりましたわ。アメリア様に何か有りましたらお守りしますから、元気な御子をお産みください」

「テレーゼ様、私の子が産まれる迄には帰って来てくださるのでしょう?」

「…そうね。なるべく早く帰るようにしますわ」

 目を合わせ、微笑みあって別れた。廊下の奥の階段に消えるテレーゼの背中を見送って、私はまた歩き出した。

 話している間に小雨になったようで、窓の外を見ると黒い雲が消えていた。テレーゼの道中の安全は確保されたような気がして嬉しくなった。


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