22.アツい妃と王女
「全然急なんかじゃありませんわ!待ち遠しかったんですからね!」
王族専用寮の玄関にディアーナお姉様とハワード、クリスティーナと私、侯爵子息、寮の責任者や手薄の使用人達で国王陛下をお出迎えした時に、国王の後ろからひょいと顔を出した私の母が発した第一声だった。
「お母様…」
「入学式は王妃様だけが参加されて…それを聞いてからずっと国王陛下にお願いしておりましたのよ」
「一緒に行く機会がなかなか無くてね。今日になってしまった」
国王陛下…祖父はニコニコしながら母をエスコートしていた。
「陛下、本日は私のわがままを聞いてくださりありがとうございます」
「いやいや、私も可愛い孫の制服姿を見たいと思っていたからね。どれ、一列に並んでみてくれるか?」
とりあえず左から侯爵子息・ハワード・ディアーナお姉様・私・クリスティーナと並んでみた。
「まあ!可愛らしいわ!制服とはそういうものだったのですね!活発な子供に見えますわね。皆さんとてもお似合い!」
母は両の手の平をポンと合わせて嬉しそうに目を細めた。
制服は女子は基本色がグレーで長めのジャンパースカートに長袖のボレロ、男子は長めの上着に三年生まではキュロットとなっている。胸元を飾る白いスカーフは校章が入っている。基本から大きく逸脱しなければデザインの変更は認められている。スカーフは一番変えやすく生徒達が四、五人集まると実にカラフルになる。しかし私達王族は暗黙の了解で変更は全て禁止。
王国の中心は王族で、王族は基本形を忠実に守る。そして全てにおいて模範的で有らねばならない。それは学院内でも同じだ。多分私が王族で一番それから外れている者だろうから、外見だけでもしっかりしておかないと。クリスティーナも本来好きに着飾ってもいいのだが、侍女なので王族より派手にはしない。
そんなわけで、今ここに集まった制服は無彩色の中に校章だけが派手に目立っている。
それでも母にはとても美しく可愛いく見えるらしく、羨ましそうな視線を私にビシバシ送ってくる。
「私は学校なんて通った事がないの。だからどんな所か見たくて。ヴィヴィエラが羨ましいわ」
「え、アメリアおば様の母国にも学校は有りますよね」
「ええ、有りますよ、ハワード殿下。でも王女は学校には入れなくて。王子だったら行けたんですけれど」
初めて聞く母の事情。ハウディランド王国に居た頃の話は今まで聞く機会が無かった。なるほど、それで学院の様子を話せとしつこく手紙に書いていたのはそういうことだったのか。
よく見ると、母の服装は頭部は大きなツバの紺色の帽子だが、首から下の外出用ワンピースの色はグレー。帽子と同じ紺色ののリボンやクリーム色のレースが無かったら修道女かしらと見紛うばかり。胸元のサファイアの首飾りが貴婦人だと主張していた。
隣の祖父に目をやると、これまた上着が母と同じグレー。
「それで。アメリアおば様もお祖父様もこの学院にご入学されるのですか」
ハワードが生徒気取りの大人二人に皮肉っぽくツッコんだ。
「ははは。孫にバレちゃったよ。どうしようか、後輩のアメリア君」
「嫌ですわ、先輩。新入生の私に学院を案内してくださるお約束では?」
「おお、そうだったね。では行こうか。邪魔したね。明日また宮殿でな」
そう言ってまた祖父と母は連れ立って寮の門へと踵を返す。
「え?中に入らないのですか?」
「私だけ戻ってくるから。一通り学院内を案内していただいたら、お義父様はそのまま宮殿にお帰りになってしまわれるのよ」
母は振り返りつつ大声で私達にそう告げた。
私達は呆然としつつ、お花があちこちに飛んでいそうな二人が見えなくなるまで見送った。
「お前の母親はどうなってるんだ!」
部屋に戻ろうとした途端、ハワードが私に怒鳴ってくる。
「知りませんよ。私も来るなんて聞いてないんですから」
「全く、信じられない!僕だって忙しいんだから、無駄な時間を使わせないでくれ!」
ハワードはかなりイライラしながら大股で歩き出した。慌てて侯爵子息が後を追っていく。
「ハワード殿下は相変わらずですねぇ」
クリスティーナが下げていた頭を起こしながら呟いた。
「さ、私達も戻りましょう。ディアーナお姉様」
そういえば。お姉様は玄関に来てから一言も発していなかったことに今気付いた。
「お姉様?」
私はお姉様の顔を見上げた。お姉様はまだ真っ直ぐに…多分、祖父と母が消えていった辺りを見ている。
「…とってもお可愛らしいかったわ…ああ!本当に制服を着ていらしたら良かったのに…。私の制服…はダメね、サイズが合わないわ。作って差し上げたいわ。そうしたら、受け取っていただけるかしら…」
「お姉様?」
「え?きゃっ!ああ!アメリア様そっくりのお人形が!学院の制服を着て!」
「お姉様!私は人形ではありません!」
私の頭をなでなでするお姉様に異議を申し立てた。
「ああ、ごめんなさい。そうよね、お人形じゃなかったわ」
お姉様は申し訳なさそうに手を引っ込めた。
「それに、私の顔はお母様よりお父様に似てるって言われているんですから、お母様にそっくりとは言えません」
そっぽを向きながら私は言った。小さい頃は美形の父に似てるって言われるのが嬉しかったが、今はそうは思えなかった。母にそっくりと言われる方が嬉しく感じるようになっている。
「ええ?そんなことないわよ、ヴィー。アメリア様にも似てるわよ」
私の顔を覗き込んだお姉様は「うん、アメリア様の制服姿は諦めて、ヴィーの制服姿で我慢するわ」と言った。
寮の夕食時間寸前で母は戻ってきた。母と皆で一緒に夕食を共にするのは初めてかもしれない。頬を紅潮させて食事の間中話す母は子どものようだった。
意外だったのはハワード。母の話にうまく相槌を打っている。ポンポンと面白いように話が弾む。
(あんなに文句言っていたのに)
女性をもてなす技術はもう備えているのか。
「それで、生徒会というのはどういうものなのですか?」
「はい。私の兄クライドが発足したのですが、生徒が生徒自身で学院生活をより良くしようとする会です。他の国の学校ではポピュラーらしいのですが、我が学院には無かったので。」
生徒会?私も初めて知る。
「それは良い考えね。立派だわ」
母がしきりに感心する。
「休暇が明けたらヴィヴィエラ以外は生徒会に参加するようになっています」
「え?」
急に私の名前がハワードの口から飛び出たので驚いた。
「王族は二年生の半ばに生徒会に参加するようになっているんだ。クライドがそう決めた」
「お姉様も?」
「言ってなかったかしら?そうらしいのよ。ヴィーは来年ね」
聞きたいことが山のように発生したが、またハワードと口論になりそうなので自重した。
いつもの寝る前のお姉様との時間は、今日は母を加えて三人。全員が夜着。ソファーでくつろぐ。
夢にまで見た光景を一番望んでいたのは。
「アメリア様、今日のワンピースはとてもお似合いでした」
「ありがとう。生徒に少しでも見えたかしら?」
「ええ。でも本物の制服もきっとお似合いだと思います」
「それは年齢的に無理だわ。ちょっとふくらはぎが見えてしまいますもの」
「アメリア様なら大丈夫です」
一番望んでいたのはディアーナお姉様に違いない。
私も、私も望んでいたことだったと思うけれど。
食堂では終始寡黙だったお姉様は、打って変わって今は物凄く饒舌だ。
「お気持ちだけ伺っておきます。ありがとうございます。ディアーナ殿下」
「“殿下”なんて付けないでください。宜しければ名前だけで…」
「そんな、それはいけないわ」
「では、私もアメリア妃殿下とお呼びいたしますが」
「公式の場でもないのに、それは水臭いわね…」
「でしょう?でしたら、ディアーナと」
「わかりました。ディアーナ」
「嬉しい!アメリア様!」
何だろう。今展開されている景色は嬉しい出来事のはずなのに。
母に抱きつくお姉様を見ていると、腹の奥が熱く冷たく感じた。
「やめて!お姉様!」
唇が勝手に言葉を紡ぐ。
「お母様は私のお母様よ!」
単なる事実。その事実を明らかにするだけで、お姉様が傷つくのは頭ではわかっていた。
お姉様はサッと母から手を放し、私の顔を見るなりハラハラと涙が流れだした。
「ご…ごめ…そんなつもり…」
私へと伸ばそうとした手をすぐ引っ込めて、お姉様は俯いた。
「し、失礼しますわ。おやすみなさい」
俯いたままお姉様は足早に部屋を出ていった。
自分が何を言ったのかはわかっていた。お姉様にとっては禁句だという事もわかっていた。
全てわかっていたのに言ってしまった。
「お姉様…」
今すぐ謝りにいかなければ。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私が今日、一度も母に触れていないけれど。
私が今日、一度も母と話していないけれど。
お姉様はずっと母と話していたのに。
お姉様はずっと母に触れていたのに。
お姉様に嫌われたくないの…
追いかけようとドアに近付く私の腕を母は慌てて取った。
「待って」
「お母様?」
「ヴィヴィエラ。私の話を聞いてからにして」




