20.悪口と原因
その日の昼食は流石に食堂の王族用テーブルに行けないと思った。王族用とは言うものの、侍女も従者も許可した友人まで同席できる大きなテーブルである。尚且つ他のテーブルより一段高いフロアに設置されていて、衆目監視の元で食事をするという、初日にジェニーが怖がった場所なのだ。
学院に在籍中の王族はディアーナお姉様とハワードと侯爵子息と私。会食ではないので席順など決まってはいないが、一番身分が上のお姉様の席は初めから決められている。お姉様の席を基準に上下関係を下地として、それぞれが座るという感じ。席を変えても良いかと思ったが、どちらにしろ今朝の雰囲気では楽しい時間とはいかない。
お姉様には『いつも通りにしましょう』と言われそうだが、侍女同士の雰囲気が悪いとハワード達に変に勘繰られそうで嫌だなと思ってしまう。
ジェニーが締め切り時刻ギリギリで注文したオープンサンドと果物ジュースの入った籠を持って、皆と一緒に校舎裏にある小さな東屋に行った。雲一つない良い天気で優しく吹く風が心地よい。籠の中に白いテーブルクロスが入っていた。備え付けの木製テーブルの上に広げると、それだけで非日常が現れる。四人だけの昼食は久しぶりで、たまには良いなぁと思う。食堂から持ち出せるオープンサンドがロースト肉と卵焼きの二種類しかないので頻繁に開催とはいかないが。
しかし、パメラがいつもより大人しくジェニーがいつもよりお喋りなのが、よりその場の空気を重くしていた。
クリスティーナが私の顔を見る。
私は頷く。仕方ない、食事中だけれど。
「で、パメラ様。今朝は何を揉めていたのですか?」
直球で聞くクリスティーナ。昼休憩も永遠ではない。問題事はさっさと終わらせてしまいたい。
「も、申し訳ございません!」
「パメラ。謝ってほしいのではなくて、揉めた原因を聞きたいの」
「は、はい…でも…」
パメラがチラッとジェニーの顔を見る。ジェニーは終始困った顔をしている。パメラはガッカリした様子で俯いた。
「でも…ヴィヴィエラ殿下に…」
「私への悪口?それなら気にしないから大丈夫よ。小さい頃からずっとそうだし、慣れてるから」
「慣れられても困るんですが」
クリスティーナの呟きに反応してみたが、何でもございませんとシラを切られた。
「申し訳ありません。ただの姉妹喧嘩です」
「きょうだい?」
「はい…あれ?ご存じありませんでした?」
何だか既視感。最近もこんな事があったような。思わずクリスティーナの方を見ると美しい笑顔が眩しかった。
「ディアーナお姉様の侍女達との顔合わせの時にも姉妹とは紹介はされてないわ…。家名も言わなかったわよね」
「ああ、はい、そうでしたね。でも釣書でご存じかと思っておりました。大変申し訳ございません。改めて、私パメラとディアーナ殿下付き侍女のミリーとは姉妹です」
「そう…ちゃんと釣書を見ておくんだったわ。それで?朝から喧嘩なんて、どうしたの」
パメラはジュースを一口飲むと静かに話し始めた。
「昔から姉とはウマが合わなくて…しょっちゅう喧嘩してたんですけど、姉に侍女の話が参りまして…そこから顔を合わせば嫌味を言われるようになりまして」
「私は幸運だわ。未来の女王と同い年で侍女にも選ばれて。それに比べて残念ね、パメラ。」
「何がですか、ミリーお姉様」
「貴女は年下だから侍女に選ばれないじゃない」
「妹君のヴィヴィエラ殿下がいらっしゃいます!ヴィヴィエラ殿下の侍女になるから!」
「へー、あのヴィヴィエラ殿下ねぇ。あの人でいいの?まあ、パメラにはお似合いだわね」
「お似合いって、何?」
「ヴィヴィエラ殿下ってかなり怒りっぽくて乱暴者らしいわよ。パメラはそそっかしいから毎日殴られるかもね」
「…」
自分の事が人々の話のネタにされているとはわかってはいたが、こうして親しい友人から聞くのは私には新鮮過ぎた。
「殿下、大丈夫ですか?」
身じろぎしない私にパメラが心配する。深呼吸してから、話の続きを促した。
「…それで、私にも殿下の侍女の話が来たんですが…」
「ちょっと!パメラ!本当にヴィヴィエラ殿下の侍女に選ばれたの?」
「はい。ミリーお姉様」
「それで、私に勝ったつもりなの?」
「勝った?」
「私の足を引っ張ったら許さないから!」
「どういう事?」
王女の侍女に姉妹とも選ばれて万々歳じゃないか。私がパメラなら物凄く浮かれてる。
「私がミリーの悪口を広めれば、嘘でも事実と信じる人も出るじゃないですか。ミリーの評判が悪くなれば侍女を解任させられるかもしれませんから」
「そうしようと思ったの?」
「思いません!姉は姉、私は私です!勝手にミリーが騒いでるんです!」
パメラは思い出し怒り?にイライラし、オープンサンドを令嬢らしからぬ大きな口でかじった。
「パメラ様は今朝は今日の教養時間終わりに呼び出しを言われたので断ったのです」
ジェニーが口中一杯のパメラの代わりに話し出した。
「呼び出し?」
「先週パメラ様は集合時間に遅れたでしょう。あれはミリー様に呼び出されて遅れたらしいのです」
パメラの咀嚼音が止まった。
「それで今朝は口喧嘩に…」
パメラは口の中を綺麗にするためにジュースと共に喉に流し込んだ。
「申し訳ありません!先週は少しの時間だと思っていたんですが、殿下との約束を優先するべきでした!」
「…呼び出しでも嫌味を言われたの?」
私はミリーに怒ってもいいのだろうか。
「…お許しください…内容は言えません」
それはそうだろう。思うに私の悪口も入っているのだろう。でも姉の足を引っ張るつもりはないと言ったパメラにしつこく訊くつもりもなかった。
「パメラ、貴女のお姉様やディアーナお姉様の他の侍女たちに何か言われてもすぐに応じないで。まずは私に言ってちょうだい」
「はい…」
「そうですね。ヴィヴィエラ殿下に言い辛ければ、私に言ってください。パメラ様」
横からクリスティーナが口を出す。
「ちょっと。私に言い辛いって、何なの?」
「色々あるのですよ。殿下」
ニコッと微笑むクリスティーナ。“これ以上聞かないでください”の合図なのか。醜聞くらい平気だって言ってるのに。
「わかりました。ではこの瞬間からいつも通りに過ごしましょう」
「せっかく外でお昼ご飯を食べているんですものね。とっても美味しく感じます」
ジェニーが幸せを感じさせる顔で口をモゴモゴ動かしていた。




