2.お母様とお父様
「どれ、我にもお祝いさせてくれるかな。可愛いヴィー」
背後から低い男性の声がした。周りを見ると、全ての人が傅いている。慌てて椅子から飛び降りようともがく。
「ああ、よいよい。皆も自由にせよ」
この国の国王…私達の祖父が後ろから私を抱き上げた。
「おじいちゃま!おばあちゃま!」
王妃が私のほっぺをプニプニと人差し指でつついてくる。
「ヴィーも四歳になったのねぇ。おめでとう」
「ありがとうごじゃいましゅ!」
祖父の髪に掴まりながら祖母にお礼を言う。
テーブルの面々を見渡した祖父が何かに気付いたらしく溜息をついた。
「王太子はまだなのか?とっくに謁見や議会は終わってるぞ」
祖父は今日の為に時間調整したというのに…とブツブツ言いながら、私を席に座らせ直し、祖母と一緒に一段高く備え付けられたテーブルについた。
王太子は私とディアーナお姉様の父親である。
「お父様はちょっと遅れてるだけだわ。ね、ヴィー」
お姉様は耳元で囁いた。
「お母ちゃま!ディアーナお姉ちゃまに会った!」
お茶会が終わるとすぐに私の母アメリアに会いに行った。
母はずっと調子が悪い…青い顔をして辛そうな時もあり、面会を断られるのもしばしば。今日は気分が良いみたい。が、ベッドからは出てこなかった。
「そうなの。ヴィー、良かったわね」
「とってもきれい!でね、とってもやさしいの!」
靴を脱ぎ脱ぎベッドによじ登って、母の顔を見ながら今日の出来事を全部話す。
ディアーナは私の腹違いの姉で、正王太子妃だったテレーゼの一人娘。お姉様を産んですぐ亡くなったのだとか。
私の母アメリアは外国人で当時は第二夫人。だが、今はアメリアの他に妃はいない。
本来なら自国人の妃を新たに娶らなきゃいけないらしいんだけど、王太子の父はその気はないみたい。
自国人で最愛のディアーナのお母様を忘れられないのではないかとの宮廷内の噂。
母を亡くしたディアーナお姉様は、テレーゼの実家にしばらく預けられていた。そのせいで姉妹の顔合わせに4年も掛かってしまったのだ。
「お母ちゃま、大丈夫?」
相槌もなく、黙って聞いているだけの母に不安を覚えた。
「大丈夫よ、病気じゃないんだから。ヴィヴィエラの弟が生まれるまで頑張らなくちゃね」
そう言って、私の頬を撫でる母。
「お腹、ちゃわってもいい?」
少しだけ膨らんだ母の腹に触ろうとした時、廊下から声がした。
「ルーカス王太子殿下のおなりでございます」
ドアが開けられ、父が部屋に入ってきた。
「アメリア、大事ないか」
真っ直ぐに母がいるベッドに向かってくる。両の手で母の白い手を包み込んで語り掛ける。
「なんだ、居たのか」
今、気付いたかのように私に視線を向ける。母の真横に居たのだから見えないわけないでしょうに。
「お父ちゃま。わたち、今日お姉ちゃまに会ったの!」
久しぶりに会う父に話しかける。久しぶり…昨日は会ってない。昨日の前って何ていうんだっけ、会ってない。その前も会ってない。
「ああ、そうか。今日がお前の誕生日だったか」
誕生日パーティーで姉妹の顔合わせするのは知っていたのか。しかし父は会場には姿を現さなかった。視線は母の顔に戻っている。父の表情は見えにくい。
「…で、どうだった?」
いつもは挨拶はどうしたお辞儀はどうしたと言われるのに、今日は直接聞き返してくれる。嬉しくなった。
「あのね。とっても綺麗でとっても可愛くてとっても優しかったの!」
感激を報告したいが他に言葉が見つからず、母に話したのと大差なかった。
「そうだろうとも。なんたってテレーゼの娘だからな。お前とはかなり違うな」
そう言う父の笑顔が歪んでいるように思えた。
「貴方…ルーカス殿下」
母が怪訝な顔をして父を見つめた。父は軽く咳払いをして母付きの女官を呼ぶ。
「お前の母と二人きりで話がある。お前はもう部屋へ行ってするべきことをしなさい」
「ルーカス殿下!」
父を諫めるような母の声を背中で聞きながら、女官に促されて母の部屋を後にした。