19.侍女と侍女
次の日の早朝。
クリスと私は寮に来ても変わらずランニングを続けていた。そのコースの途中に王族寮からも貴族寮からも見えない場所を見つけ、何かあった場合はそこで相談することに決めていた。
早速私は昨晩のディアーナお姉様の話をした。
「パメラ様の話は矛盾するということでしょうか」
「お姉様は講座は時間通りに終わるって仰ってたわ。個人的に教室に残ったって事なのかしら」
「何事にも熱心なパメラ様ですから、ありえなくはないんですが…。殿下がお待ちだとわかっていながらっていうのが…。講師にも聞きたいところですが、難しいですね」
王女の侍女が待ち合わせに遅れる原因を講師に尋ねると大事になりかねない。話次第では双方のクビにも繋がる。
「しばらく様子を見ますか?」
「そうね。気にし過ぎなのかもね」
私が待つ事が珍しいから気になるだけ。学院内は同じ生徒という立場だから、どちらが待ってもいいのだ。
「もう学院に慣れたと思っていたのに。ちょっといつもと違うだけで気になっちゃうなんて」
「まだ寮に来て半月です。私もまだ慣れてませんから、ヴィヴィエラ殿下が先だと困ります」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
澄まし顔のクリスティーナがとても面白くて笑ってしまった。つられてクリスティーナも笑った。
その後の一週間は何事もなく過ごせた。パメラも遅れたのはあの時の放課後一回きりだった。
騎士団準備室もトラブルが発生するかと危惧したが、そこは騎士候補ばかりだからなのか表立って反発する者は出なかった。ただ、私の練習相手が伯爵家出身以上と決められてしまい、騎士室所属の三分の一以下の人数になってしまった。私より強そうな人は野心満々の男爵家の方が多い印象があるので、かなり残念ではあった。クリスティーナの練習相手は制約無しに決定。何故私だけ相手が伯爵家以上なのかと聞いたら『家格が合わない』という返事だったので、ディアーナお姉様に聞いてみた。
「基本的に訓練中の怪我は双方の責任を問わない、けれど大怪我や後遺症が残る場合は大問題。普通は裁判で賠償金を決めて終了みたいだけど、怪我した相手が女性の場合は婚姻で責任を取る、こともあるみたい」
「婚姻?」
「わざとヴィーに怪我をさせて結婚を迫る人も出てくる…それが男爵や子爵だと困るってことね」
「えぇええ…」
「騎士団に入るの、止める?」
「止めません!」
お姉様の脅しには屈服しません。
クラスの皆とは良好で気軽に話が出来るので、これも学院に入って良かったことではある。パメラは『気軽さも大事ですが、もっと威厳を持っていただかねば』としつこいくらい言ってくる。威厳って具体的にはよくわからない。パメラもよくわかっていなかった。
学院はカリキュラムが沢山あって大変だけど、一日の終わりにお姉様との時間が待ってるから、どんな苦も耐えられた。
そんな中に起こった出来事。
その日もいつも通り、朝食はディアーナお姉様の部屋でクリスティーナと三人で。
一旦それぞれの部屋に戻って制服に着替えると、クリスティーナ・お姉様・私の順で連れ立って玄関へ。クリスティーナが玄関で待機しているお姉様の護衛に交代して私の側に付く。王族寮の門前で待っている侍女達と合流して校舎へ…という流れ。
「おはようございます。ディアーナ殿下。ヴィヴィエラ殿下」
門前まで来ると、お姉様の筆頭侍女の侯爵令嬢が代表で挨拶。お姉様と私が返事をした後は連れ立って歩く。
でも今日は様子が変だった。
寮の玄関から門までは一直線だが短い散歩が出来る位の長さはある。にもかかわらず、門前の令嬢方の声は玄関のドアを開けたばかりの私達に聞こえてきた。
「だから、貴女には無理なんだから侍女なんてお辞めなさい」
「お役目は果たしてます。ご心配なく」
「ミリー様、もういいではありませんか」
「いいえ、こんな礼儀知らずが侍女なんてヴィヴィエラ殿下の恥です。ご迷惑になるからお辞めなさいと言っているのです」
「それはヴィヴィエラ殿下がお決めになることですから、臣下の私が決めることではございません」
「パメラ様ぁ、ね、謝罪で済むことですから、ねぇ。それでお仕舞にしましょうよぉ」
どうやらパメラとお姉様の侍女ミリーとで揉めているようだった。
「ヴィヴィエラ殿下、私が先に行って聞いてきます」
クリスティーナが門に向かって走っていく。声を掛ける間もなく行ってしまった。思わず後を追いかけようとした私の腕をお姉様がそっと掴む。
「ダメよ、ヴィー。私達はいつも通りよ」
お姉様はいつもと同じ歩幅で歩きだした。仕方なくその後ろを歩く。
「ジェニー様。王女様の侍女は栄誉ある事ですけれども、パメラがお辞めにならないならジェニー様のご辞退を進言しますわ」
「どうしてジェニー様が辞めなければならないのよ!」
「あら、あまりよろしくないお友達はご自身の評判に関わりましてよ」
「よろしくないお友達とは私の事でしょうか」
クリスティーナの登場に気付かなかったミリーは慌てて自分の口を両手でふさいだ。
「確かに私は令嬢らしからぬ行動をしておりますが…パメラ様はきちんとしたレディーですよ」
パメラの方を向いてニコッと笑うクリスティーナ。
「ク、クリスティーナ様の事を申しているのではございません。ただ…」
ミリーが言いよどんで、チラッと侯爵令嬢に視線を送った。大きく息を吐いた侯爵令嬢はミリーの言葉を掬い取った。
「クリスティーナ様。ミリー様はパメラ様に注意を促そうとしたのですけれど、熱くなり過ぎたようですわ。私に免じてここでお終いにしていただけますかしら」
「分かりました。これ以上は申しません。朝は清々しくありたいものですね」
「そうですわね」
ほほほと笑う双方の筆頭侍女。
「おはようございます、皆様。もう、お話はよろしくて?」
そして颯爽と現れるディアーナお姉様。
「おはようございます。ディアーナ殿下。ヴィヴィエラ殿下」
いつもの朝に早変わり。
先程、門に辿り着くまでにお姉様が言った言葉。
「何が起きてもジタバタしてはダメよ。私達は最後に動くの。たいていの事はそれで上手くいくわ」




