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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
18/34

18.ムキムキとウキウキ


「ヴィー、いいかしら」

 ノックの音がする。

「どうぞ、ディアーナお姉様」

 ドアを開け、ディアーナお姉様が私の部屋に入ってくる。訪れる部屋を交互にしていて今日は私の部屋の番。

「ちょっと待ってらして。砂時計が全部落ちるまで…」

 手のひらより大きめの木の球を指先だけで持ち上げそのまま振り回すトレーニングをしていた。

「あらあら、何の特訓なの?」

「握力と指先の訓練です。クリスと稽古の時は木剣を落とさなくなったから、別の訓練に変えようかと思ってたんですが。やはり殿方と稽古するとダメですね。アシュリー大叔父様や他の大人の方は手加減なさるから分からなかったんです」

 お姉様はソファーに腰を掛けると溜息をついた。

「やっぱり嫌だわ。貴女がマッチョになるの」

「こんな訓練でマッチョになんかなりませんって」

「じゃあ、ムキムキになるの?」

「ムキムキなんて、私も嫌です」

「そうなの?じゃあ、どうなるの?」

「なるようにしか、なりませんよぉ」

 お姉様に降参。

 三分の砂時計はまだ半分残っていたが無視して訓練を終了した。木の球を小石の入った皿の上に置く。お姉様が物珍し気に球を指先で触った。私はお姉様の隣に座る。

「あ、思い出した。アシュリー大叔父様にお礼のお手紙書かなきゃ」

「お礼?」

「そうなの、お姉様。あのですね…」

 大叔父にしてもらった騎士室の王族専用部屋の改装の事を話した。

「素敵ねぇ。カッコいいわね、大叔父様は」

「クリスなんてウキウキになっちゃって『大切に使わせていただかないと』って、帰る間際まであちこち拭きまくってたわ」

「クリスティーナらしいわね。私も一度見てみたいわ。天井の傷も見たいわ。ね?ヴィー」

「え?うーん…」

 そう言われるとは思わなかった。改めて想像してみる。

 お姉様が取り巻きを引き連れてゾロゾロと…騎士室の方々はパニックになりそう…。

「ダメ?」

「ダメと言うか…私が演習しない日を作ればなんとか…」

 私とクリスティーナが護衛を担当すればゾロゾロは少なくなるけど、お姉様をまた校舎にお連れしないといけない。演習どころではない。

「あら、気付いてないのね、ヴィー」

「え?」

「私の一番の目的はヴィーの訓練を見ることよ」

「えええーっ!」

「宮廷では時間が合わなくて、窓からしか見た事なかったんですもの。是非近くで見たいわ」

 お姉様…恐るべし…。

「い、今はちょっと…」

 あまり上手いとは言えない剣捌きをまだ見られたくない。それにお姉様、危ないからやめなさい!なんて言い出しそう。

「あ、そうよね。まだ入ったばかりだったわね。ごめんなさい」

「謝らないでください!私が未熟なのがいけないんだから」

「ヴィーが良いと思った時でいいわ。でもなるべく早くね」

 お姉様がウインクする。妙な焦りと重圧があるのに何故か幸福感に包まれる。この感情をどこに持って行ったらいいか分からない。叫び出したい、出来ない。集約するとそうだ、“恥ずかしい”だ。


「お姉様はマナー講座でしたよね。どんな感じなんですか?」

 返事をしないで話を変えよう。

「…そうね。普通に外国の挨拶とかテーブルマナーとか。その国の文化の歴史も学ぶわね」

「今日は?」

「ハウディランド王国の文化よ。アメリア様の故郷よね」

 そう、私の母はハウディランド王国の王女だった。でも自身の昔の事は母は言いたがらない。ハウディランドの王城から見える景色ばかり話される。

「寮に来る前にアメリア様にお教え願いたかったわ」

「すみません」

「どうしてヴィーが謝るの?アメリア様のご病気は誰のせいでも無いでしょう?それにもうお元気になられたんだし、休暇の時にお願いしても大丈夫よね?」

 お姉様は知らない。知らないふりかもしれない。私も知らないふり。母は病弱だったって信じたい。今は信じたい。

 私はそうですねとだけ答えた。

 と、パメラの事を聞きたいのだった。

「マナー講座では出来るまで何度も復習するのですか?」

「復習?講座の時間内でって事?個人的にはあるかもしれないけど、実践は全員でするわ。それで終わりよ。それに講師が時間に厳しくて。始まりも終わりも時間ピッタリよ」

「そうなんですか」

「どうしてそんなこと知りたいの?興味があるのかしら」

「あ、いえ。厳しいって聞いたので…出来なかったら何回もやらされるのかと…」

「フフッ」

 お姉様が笑いながら私の頬を指先でツンツンする。

「厳しくないって言っても、私と一緒に講座を受けてくれないわよねぇ」

「騎士団入団試験に合格するまで無理ですぅ」

「…そうよね…」

 ちょっと寂しそうな表情のお姉様を見るのは私の胸を締め付ける。

「ごめんなさい。私の我がままね。昼食の時間しか学院ではヴィーに会えないから、色々考えてしまったわ。さ、もう寝ましょうか。また明日ね。ヴィー」

「お姉様…」

 お姉様は立ち上がって私の正面に立つと自らの唇を私のおでこに押し当てた。

「おやすみなさい。ヴィー」

「…おやすみなさい。お姉様」

 お姉様はいつもの笑顔に戻っていた。

 ひらひらと片手を振って、ドアにお姉様の影が吸い込まれていく。

 唇の感触が残ったおでこを右手で押さえ、残った手は左頬を撫でる。両方の手が熱く感じた。

 しばらく私は動けなかった。



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