15.似た立場と違う境遇
「久しぶりだね、クリスティーナ」
茶色い髪の少年がにこやかに近づいた。
「お、お久しぶりです。…ジェイク兄様」
クリスティーナが苦しそうに声を出した。
「クリスのお兄様?」
私はクリスティーナが宮殿に上がった時に貰った釣書を思い出そうとした。何回か見返したが姉二人兄一人で、当時の書面から計算すると今や三人共もう立派な大人である。
釣書しか知らないのはクリスティーナが家族兄弟の事を話したがらないから。宮殿に仕える者は交代で長期休みが与えられるが、その時クリスティーナを迎えに来るのも毎回母親のランドール伯夫人だけだった。
「も、申し訳ありません。ヴィヴィエラ殿下」
クリスティーナがこちらを向いて頭を垂れる。
「ご紹介します。こちら、ジェイク・ランドール。私の二つ違いの兄です」
観念したかのように俯いたままのクリスティーナ。と、対照的に笑顔のジェイク。
「初めまして、ヴィヴィエラ殿下。妾腹の兄です。お会いできて光栄です」
「妾腹?」
聞きなれない言葉だった。耳にしたことはあったか。
「僕はランドール伯爵の愛人の子どもですよ」
「ジェイク兄様…それは…」
「事実なんだから。僕は隠してるわけでもないし」
ああ、王族の男性は何人女性を囲っても愛人ではなく妻だから、『妾』などという言葉は滅多に聞かないということか。
「立ち話もなんだから、取り敢えず入って。クリスティーナ」
渋々私を会議室の中へ通すクリスティーナ。
「お茶でも煎れようか」
「いいえ、用が済み次第お暇しますので結構です」
二人のやり取りでは話が進みそうにない。私は目の前にあった椅子に腰かけジェイクに話しかける。クリスティーナは私の後ろに立ったまま苛立ちを隠せないでいた。
「ジェイク様はここの室長なんですか?」
「あ、いえ。僕は副室長です。室長は今日はもう寮に帰ってしまっていて…明日には会えると思います」
「え…ジェイク様は三年生ですよね?もう副室長なんですか?」
四年生五年生は?
「一応家格の高い生徒が幹部になるって決まりがありまして…他にも伯爵位は居るんですが…忙しいらしいので…」
「そうなんですか…じゃあ、ハワードお兄様は…」
うっかり不安要素を口に出してしまった。ハワードが居たら毎日五月蠅いなぁと考えてしまっていたから。
「ハワード様?こちらにお出でになった事は一度もありませんが…何か?」
「え?あ、こっちの話で…そうですか、わかりました。クリス、書類を」
クリスティーナから申請書を貰い、ジェイクに渡す。
「では、宜しくお願いします」
「承りました。明日からで宜しいのですね。お待ち申し上げております」
ジェイクの丁寧な物腰は好感が持てた。私も笑顔で返す。
「では、帰りましょう。ヴィヴィエラ殿下。そろそろパメラ達との合流時間ですよ」
イライラの最高潮に達しているクリスティーナに引きずられるように騎士団準備室を出た。
教室へ向かうまでの道すがら。クリスティーナが申し訳なさそうに話してくれた。
ジェイクはクリスティーナが宮殿に上がる一か月前にランドール家に来たそうで、その後に実家に帰った時もあまり話したことが無いとのこと。
騎士団は興味がないだろうと勝手に思い込んでいたらしく、学年も違うので会う機会もほとんどないと決めつけてしまい、私に一切話さなかったことを後悔していた。
「話してくれなかったからって、別に怒ってないわよ」
「いえ、そういう意味ではなくて…何と言えばいいのか…」
「大丈夫よ。仲良くできるわよ。騎士団志望の仲間じゃない」
クリスティーナは溜息をつきながら「そうですね」と答えた後、すぐ他の話を切り出した。
その日私達はパメラやジェニーにもディアーナお姉様にすらジェイクの話をすることはなかった。




