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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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12.姉妹と優しい時間


 やっと元気になった母を宮廷に残し、私は学院の寮生活の為に出立する。母はようやく母親らしいことが出来るようになったのにと、残念がっていた。

 去年はディアーナお姉様と、ついでにハワードを見送る立場だったが、今年からは一緒に行動できる。

 先に行くお姉様の馬車列を見ながら私の心は踊っていた。

「はぁ…どうしよう…」

 目の前に座る侍女のジェニーが落ち着かない様子で、スカートを握っては放し握っては放し、前面をシワだらけにしている。

「どうしようって、どうしようもないでしょ!」

 私の隣のもう一人の侍女パメラがイライラを口から吐き出す。

「何?どうしたの?」

 心配になってジェニーに尋ねる。

「ちゃんと侍女の仕事が出来るか心配だって、夜も眠れないって一週間前から訴えてくるのです」

 代わりにパメラが答える。

「え、言ってくれれば相談に乗ったのに」

 誰かに交代はもう出来ないけど、得手不得手くらいは融通できるはず。

「ヴィヴィエラ殿下。段取りはもうしてあります。ジェニーはただただ不安なのです」

 ジェニーの隣にクリスティーナ。

「申し訳ありません…今まで女官長がいらっしゃったので…怖かったのに…これから居ないと思うと…」

 ジェニーは馬車酔いかと思うくらい青い顔をして俯いている。

「気を付けるのは校内だけだから、失敗したらフォローし合いましょうって、何回も言ってるのに!」

 パメラがフンっと鼻息を荒くしながらそっぽを向く。

「ジェニー、いいのよ。私、結構何でも出来るから。きっと貴方達を楽させてあげられるわ」

 なんだったら私が貴方達の護衛もするわよ、と言ったらジェニーが泣き出した。

「ダメですぅ!私、ちゃんとヴィヴィエラ殿下のお世話がしたいのですぅ!そんなこと言わないでくださぁい…!」

 手のひらで顔を覆って泣きじゃくる。

「わ、悪かったわ。謝るから、ね、泣かないで…」

 私は慌ててハンカチを取り出し差し出す。

「優しくしないでくださぁい…!」

 余計に泣き出したジェニーに、パメラがとうとう大声を出した。

「もうっ!泣かないで!そのぐしゃぐしゃの顔で馬車を降りたら、貴女だけじゃなく私たちも恥をかくのよ!何よりヴィヴィエラ殿下に悪評が付くじゃない!」

 出迎えの学院の職員や使用人達に何事かと思われてしまえば、入学式には尾ひれが付いた噂話が学生たちにも広まっているだろう。

「ご…ごめんなさい…」

 ジェニーは私のハンカチを恭しく受け取り、目頭を必死に抑えた。

「パメラ…ちょっと声が大きいわね。御者に聞かれちゃったかもよ」

 クリスティーナが窘める。

「あ、あら。つい…申し訳ありません。ヴィヴィエラ殿下…」

「いいのよ…フフッ…なんか…楽しい…」

 笑い出した私を三人は驚いた目で見ていたが、次第に馬車の中は小さな笑い声で一杯になった。



 先に学院に着いたディアーナお姉様達と合流し、学院職員の案内で軽く主要な建物を巡った。六十年以上経つ音楽ホールや最近建てられた校舎まであり、新旧の建築技術の対比が評判なのだ。

 まだ少し目が赤かったジェニーは職員達に寝不足で~と必死に誤魔化していたが、妙に納得されていた。

 敷地内の王族専用寮に案内され、侍女たちや使用人と共に部屋の設えを終えた後、侍女達の部屋は別棟に有る為、一旦解散となった。クリスティーナは私の隣の部屋を用意された。

「では、私は自分の部屋を片付けてきます」

「ええ、夕食時に会いましょう」

 クリスティーナが私の部屋から出ていくと同時にディアーナお姉様が入ってきた。

「ヴィー、入っていい?」

「もちろん!お姉様!」

 お姉様がドアを閉めると、どちらからともなく駈け出して抱きしめあった。

「お姉様!」

「ヴィー…背が伸びたわね」

「そ、そうですか?でもまだお姉様には及びません」

「当り前じゃない。おいそれと抜かされてたまるもんですか」

 年上ぶっているお姉様の胸に顔をうずめる。

「ずーっと寂しかった…」

「私もよ、ヴィー…」

「でもお姉様、ちっとも私の事呼んでくださらなかったじゃない!」

「え?」

「お姉様がお寂しい時、苦しい時、全部分かるんですよ」

 お姉様はふと、私の瞳を見つめた。

「そうだったわ。私の気持ちはヴィーには筒抜けだったわね。もちろんヴィーに会えなくて寂しいけど、やらなくちゃならないことがいっぱいあって…」

「私の事、忘れちゃったってこと?」

 少しむくれてみせた。

「違うわよ。…うーん…。ヴィーも学院生活が始まったら分かるわよ」

「そう?」

「そう」

「じゃあ、これから毎日私の為に時間を作ってくれたら許してあげます」

「当り前だわ」

 威張って言った私に即答したお姉様。

「それが一番楽しみだったのよ」

 お姉様はニッコリ笑って小さなカフェテーブルに私を連れていく。

「喉が渇いたわね。お茶にしましょうか」

「あ、お姉様。私が…」

「私に煎れさせて」

 そう言ってベルを鳴らしメイドを呼んで沸かしたての湯を頼む。

「宮殿に居る時はお父様相手に練習していたんだけど、今はなかなか自分で煎れる機会が無くなってしまって…」

「お父様…と…?」

 『お父様』という単語に敏感に反応してしまう。クリス達の話にも出てくる単語。その時はそれほど気にならないのに。

「ええ。お父様はいつも美味しいって喜んでくださるの」

 今、お姉様の示す『お父様』はただ一人。私の苦手な人。私の怖い人。私の…。

「ヴィーは?いつもはお父様と何を話すの?」

 そういえば、お姉様と父について話したことはなかった。あったかもしれない。覚えがない。

「…いつも?」

 父と目を合わせる事もお互いにしない。話すなんてとんでもない。そんな事をしようものならすぐに部屋に返されて…小さい頃からずっと。

「どうしたの?ヴィー」

「ん、いつもお母様と一緒だから、その日に習った内容とか?かな?」

「そう、お母様と…そうだわ、今度アメリア様とお父様と四人でお話しましょう。きっと楽しいわ」

「そ、そうね」

 父が私を拒否しているのはトップシークレット扱いだ。両陛下も一部の貴族も感づいているかもしれないが、王太子と第二王女の不仲の噂は聞こえてこない。私自身の悪評は垂れ流すのに。

 私が父に言われた様々なことを優しいお姉様に訴えたら、お姉様と父の間に波風が立つだろう。

 お姉様には母がいない。私には母がいる。その差は大きい。

「あ、そうだわ。珍しい茶葉を頂いていたわ。持ってくるわね」

 お姉様が部屋を出ると同時に、私は複雑な溜息をついた。


(違うわ…わかってる…)

 ディアーナお姉様の事は心配だ。それよりなにより、私が父にしかられるのが怖いのだ。

 汚らしいもの、醜いもの、憎むべきもの、世界中のそれらは私に全てあるんだと思わせるような目で睨まれると、本当に自分がその通りなんだと錯覚してしまう。

 だから、父と目を合わさないし話もしない。

(お姉様とお母様とお父様と…話なんて無理よ)

 私と父との間にお姉様を巻き込んだら、巻き込んだら…どうなるのか…恐ろしさだけがこの身を襲う。


「あら?お湯はまだなのね。ほら、私の侍女のお母様に頂いたの。とってもいい香りがするのよ」

 お姉様は部屋に入ると、陶器の茶葉入れをテーブルに置いた。

 蓋を取るだけで爽やかで甘い香りが鼻をくすぐった。


学院編が始まりましたが次回より不定期更新になります。申し訳ありません。

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