11.難題と問題
「ヴィヴィエラ殿下!」
走って走って走って。
朝はほとんど誰も居ない北側の庭園まで来ていた。黙って追いかけてきたクリスティーナが呼びかける。
「来ないで!」
ベンチを見つけて、クリスティーナに顔を見られないように彼女に背を向けて座る。
「…殿下…」
「来ないで…」
「お水を貰ってきます。冷たい水を探しますから少し時間がかかると思います」
クリスティーナはそう言って庭園から離れていった。
足音が遠のくにつれて、私の目から涙が出てきた。先ほどの父の言葉が体中を巡っている。
学院を卒業したらこの国を追い出されるの?
なんで?なんで?
どうしてお父様はそこまで私を嫌うの?
未来の女王であるお姉様に火傷を負わせから?
でも治ったし、お姉様も問題ないって…
他に?他に問題があるの?
外国人の血が入っているから?
でも何代も前から外国人の妃が居たし
お父様も外国人のお母様を…お母様もお父様が好きだって…
わからない
わからない
それに…結婚って…
私の今までの努力を一瞬で無に出来る力を父は持っている。
頭ではわかっていたが、事態が動くのは成人する直前くらいかなぁと根拠もなくタカを括ってしまっていた。
「馬鹿よねぇ…私って」
大きく溜息を吐いて、空を見上げた。
「ヴィヴィエラ殿下」
いつのまにかクリスティーナがコップが二つ乗った盆を持って立っていた。
「どうぞ」
盆をベンチに置くと、コップと一緒に乗っていた濡らしたハンカチを私に寄こした。
黙って受け取り、両目に当てる。冷たくて気持ちいい。
「クリス…座って」
頷いて、盆を挟んで私の隣に座る。
ハンカチを目に当てたまま、私に隣国での結婚話があるとだけ伝えた。
「…そうですか…」
「今までしてきたことって無駄だったのかしら…」
「無駄じゃないです…ないですけど…どなたかに相談は出来ないのですか」
グルグルと考えを巡らせてみる。
「…お母様は…駄目だわ…お母様の母国だもの。賛成するわね、きっと」
「そうですね…行き来し易いですし…他の方も同じ理由で賛成されるでしょうね」
溜息をつく。なるほど、誰にも反対されにくい国を選んだ父の狡賢さに唇を噛む。
「ヴィヴィエラ殿下、嫌なのは国外に出ることですか。結婚することですか」
「え?」
「どなたか、好きな方がいらっしゃるのですか?」
好きな方?それは…
「ディアーナお姉様!」「以外でお願いします」
間髪入れず補足を入れるクリスティーナ。
「え~」
「…結婚したい方がいらっしゃるから、何処へも行きたくないのかと思いました」
それは正解のようで正確ではない。私の気持ちからすれば、だけど。
「そんな人はいないって、知ってて聞いたでしょう。クリスって意地悪ね」
「申し訳ございません」
「でも、不思議ですね」
「何が?」
「普通なら上から順番じゃないですか?結婚話なんて」
「そう、そうね」
「ディアーナ殿下のお相手話なんて…欠片も聞いたことがありませんし」
「私の知らないところで…ってことはあるかも…将来は王配になる方だし、慎重に選んでいるのかも…」
自分の言葉に吐き気がしてきた。なぜだろうか。
クリスティーナが結論を言い出す。
「私たちが今考えても仕方ありませんね。ディアーナ殿下もヴィヴィエラ殿下もそういう方がいないのなら、焦らなくていいではありませんか。決定ではないのでしょう?」
「…そう思うけど…」
「殿下が以前から考えている事を一つずつ実現していきましょう。ヴィヴィエラ殿下はとりあえず近衛隊に入隊で」
「…そうね。あとは両陛下にお願いするわ。全ての事は国王陛下のお許しがいるのだもの」
私の気持ちが少し落ち着いた。クリスティーナの冷静さは私に伝染する。
「クリス」
「はい」
「クリスが飽きるまででいいから、私の侍女でいてね」
ありがとう、の代わりにそう言った。飽きないで欲しいけど、私の将来は不透明だ。我が儘は今しか言えない。
クリスティーナは笑顔だった。
王族が近衛隊に入るのは割と簡単で。
十三歳で騎士団に入ることができ、近衛隊のほとんどが騎士団から選出される為、そこで騎士団長他から推薦か、陛下から直接配属命令を貰えれば良いわけで。
男性王族なら騎士団への入団は無条件なのだが、女の私は違う。入団テストを他の子息と共に受けるよう言われている。クリスティーナと受けることになると思う。
ケーリアン王国では、王立軍と騎士団とは別組織になっていて、近衛隊は王立軍所属になり給料も出る。
騎士団は旧組織で王立軍が発足された時は廃止の憂き目にあったが、団員の各々の寄付で運営されるようになり救済措置として近衛隊にのみ関与することができる。
とは言うものの、両組織の上層部は貴族がほとんどで、騎士団はただの名誉職と捉える者も多い。
私はとりあえず、三年後の騎士団のテストを受けるべく剣術や体術を今まで以上に磨くことにした。




