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姫の王女と王女の姫  作者: 香五七飛
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10.近い夢と遠い夢


 あれから二年ほど経つ。

 宮廷内に居る子どもが少なくなった。

 まず、神童と呼ばれたサヴィテオが留学許可年齢に達したので、すぐに隣国に旅立った。

 去年にはディアーナお姉様やハワード達が王立記念学院に入学。その敷地内にある王族専用寮に入った。


「去年は賑やかでしたねぇ」

 学習室で休憩中。クリスティーナが紅茶を淹れる。

「そうですね。ディアーナ殿下やハワード殿下のご学友もご一緒でしたからね」

 お姉様は五名の侍女、ハワードには三名の学友が付けられた。公爵子息達は既に学院に入っていたが、それでもそこそこ広い学習室なのにひどく狭く感じられた。

「それが今は私たちだけ…」

 いつも隣に居たお姉様もいない。余計に寂しく感じる。

「来週には侍女が二人来ますから、きっと楽しくなりますよ。ヴィヴィエラ殿下」

 来年、私達も学院に入学予定。学内でのメイドの付き添いは禁止なので、その代わりとして同じ学年の従者・侍女が雇われる。

 お姉様は君主候補なので側仕えも大勢。侍女五名の他に護衛二名。お姉様からの手紙には廊下を歩くだけで『ディアーナ殿下御一行様』がいらっしゃる!と囁かれて辛いと書かれていた。

「ふふっ」

「どうかなさいましたか?」

「私はクリスが護衛だから良かったと思って」

「そ、そうですか?」

「学院に行ったら『サボり』とかいうものをやってみたくて。お姉様みたいに大人数だったらサボりも出来ないでしょ。私も本当なら別に護衛を付ける必要があったけど、クリスがやってくれるから合計4人。それならあまり目立たないでしょう?」

 クリスティーナが何故か溜息をつく。

「ヴィヴィエラ殿下…小説の読み過ぎです。それに四人でも十分目立ちます。」

(寝る前に少女小説をコッソリ読んでるの、バレてるのかしら?クリスは趣味じゃなさそうだから、メイドのリサと一緒に盛り上がってるのだけど)

「え?そう?…なら、クリスだけでいいわ。一緒にサボりましょう!」

「…サボってどちらに行かれるんですか?」

「決まってるわ!お姉様の教室よ!」

「…」

「廊下からコッソリ覗くの。そして振り向け~振り向け~って念じるのよ!それに気付いたお姉様がふっと振り向くの。私が手を振って、お姉様が小さく手を振って…」

「…それも小説に書いてあったのですか?」

「覚えてないわ」

 誤魔化してニマッと笑ったが、クリスティーナに疑いの目を向けられた。




 週末。だけど、日課の早朝ランニングは欠かせない。今ではクリスティーナも一緒に宮廷の敷地内を一周するようになった。

 まだ暗い内から働いている使用人に声を掛けていく。飼っている動物や厩舎にも行く。この時間しか出会えない景色を見るのが好きだった。

 いつものように厩舎に向かった。ここで休憩がてら馬と戯れる。実を言うと馬はあまり得意ではない。でも立派な近衛になる為には乗馬は必須。今は馴れる事に重点を置いている。 

 厩舎に近づくと、中にかなりの人数の大人が居た。普段の朝とは違う雰囲気。

 気付いて踵を返そうとしたが、遅かった。

「誰だ!」

 厩舎の中ほどに十数人の貴族や使用人。その最も中心付近にその人は居た。

「出てきなさい」

 私はクリスティーナに物陰から出ないようにジェスチャーで伝え、のそのそとその人の前に出た。


 ルーカス王太子。私の父。


 四歳の時、お茶会でディアーナお姉様に火傷を負わせた私。その私を悪魔と罵った父。

 恐ろしくて、怖くて。

 血の気が引く。

 動悸が激しい。

 手が震える。

 公式行事以外は会わないようにしていた。いつでも父のスケジュールは把握し、廊下でのすれ違いもしないようにした。

(今日のスケジュールも普段通りだったと思うのだけれど…見間違えたのかしら?)

 どんなに寂しい夜でも母の部屋へは絶対に行かなかった。いや、一度だけ行った。ドア前の従者に父が中に居ると聞いて恐ろしくなって自室に逃げ帰った。

 行事でも、目を合わさないようにしていた。横目で父の様子を伺うと、にこやかな表情で周りの大人達と談笑している。この笑顔と、私を見る憎悪の顔と、どちらが正しい父の顔なのだろうか。


 倒れそうになるのを必死でこらえる。

「お、おとう…王太子殿下、おはようございます。ごきげん麗しゅう…」

「お前の顔を見て麗しいわけがないな。一人か、何をしている」

 父は人の輪から離れ、私に近づく。

「…お、王太子殿下は…どうして…」

「急に思い立ってな。狩りをするつもりだ。…質問に質問で返すな。お前はどうしてここにいるのだ」

 急な予定変更…私の不運を嘆く。

「う、馬が苦手なので…慣れようと…」

「ああ、乗馬か。聞いてるぞ、近衛兵になりたいとな」

 知らず、頬と耳が赤くなる。父にだけは知られたくなかったが、人の口の端に触れたが最後、である。


「それで?ディアーナの護衛をしたいとか」

 クックックと喉の奥で父が笑う。

「乗馬?剣の修練?そんなものは必要はないぞ。お前は学院を卒業したらアメリアの母国に行くんだからな」

「え?お母様の?」


「お前にちょうどいい男を探させている。結婚したらこの国には帰ってこなくていいからな」


 私の耳側でそう囁くと、離れ際に頭を力任せにぐしゃぐしゃとかい繰り回す。

 傍目には親子でじゃれているように見えるのか、王太子の側近達は好意的な笑顔だ。

「おい!誰かヴィヴィエラを部屋まで送ってくれ!」

 いきなり大声で奥の側近達に声を掛ける父。

「お、お構いなく!一人で帰れます!王太子殿下、皆様方、ごきげんよう。失礼いたします」

 早口で挨拶を済ますと逃げるように厩舎を出た。


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