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東国からやってきたサムライ氏談

作者: odayaka



 「今シーズンは本当に苦しかったですよ」


 苦笑交じりにサムライ氏は語った。焚火の炎が揺らめき、彼のブラウンの瞳を揺らす。舞い散る火花を気にすることなく、大きく開いた目尻には、小さな傷が見える。


 「子供の頃、父と稽古をしている時についた傷です。抜き身で型の練習中にね。まだ、幼い頃です。今では、考えられないでしょうね」


 ――東国では分かりませんが、この辺りでは珍しいでしょうね。とは言え、暮らす世界が違えば、子供でも、武器を手に取ることは儘あるのでしょうが。


 「そうしなければ食えない、と言うのは確かにね。甘ったれたことを、言ったのかもしれませんが、まぁ、厳しい修行の日々でした。自分が今ここにいるのは、そこから逃げ出したかった、というのもあるので」


 ははは、と笑う彼の顔には、陰はなかった。ただ、その言葉にどこまでの真実があるのか、伺い知ることは出来ない。私が今まで出会った人物の中で、彼ほどストイックな生き方をしている人は他にはいない。

 けれども、それを言ったところで、彼は困ったように笑うばかりだろう。


 「話によれば、私が国を出た後に、戦乱は収まったそうです。皮肉なものですが、後悔はありません。残っていたところで、一生、修行の日々。清く貧しく、と何の希望も見出せぬまま、朽ちていくのは目に見えていましたから」


 ――極東の島国、と呼ばれる日の本の国は、年がら年中、殺し合いをしている処だ、と大陸では揶揄され、また、恐れられている。とは言え、その国から弾き出されるように大陸に渡ってくる人は、みな、朴訥として、それでいて豪快で気風が良いと評判だった。

 男は皆、尋常ではないカタナの使い手であり、女は、家事全般に優れ、心根の優しく、強い方が多いとされていた――もちろん、そういった人たちでなければヒロイックの登場人物にはなりえないのだから、話のタネにならない方たちもいたのだろう。けれども、目の前の彼は、まさに、その英雄物語の登場人物のような人間であったのだ。そう、冒険者ドラフト1位に掛かったのは、フロックではなかった。



 冒険者ドラフト――それは、大陸の国々が、素質のあるルーキーを公平に確保する為に生まれたシステムだった。

 毎年11月初日に各国の代表が集まり、1番から7番までの希望選手を決める。被った場合は、公平にくじ引きが行われ、当たった場合はその選手を、外れた場合は、外れ1位の選手をまた求めることになる。

 大抵はドラフト前に事前交渉が行われ、被ることは殆どないのだが、彼の年は違った。


 「超大物たちの世代でしたし、私なんて無名でしたから、まさか選ばれるとは思ってもいませんでした」


 頭を振って、当時のことを思い返す彼は、別に謙遜しているわけではない。

 当時は、誰も彼のことを知らなかった。それは事実だった。何故、ドラフト1位で選ばれたのか。本来、無名の人間に対しては、ドラフト下位で選ばれるのが普通である。それでも、その国は、彼のことを選んだ。その国の名は――


 「島根。イズモドームスがなぜ私のことを知っていたのかは分かりませんが、正気の沙汰じゃありません。実績も何もない人間をドラフト指名すること自体がおかしな話で。私、入団してしばらくした後、編成の人間に尋ねたんですよ。どうして、私のことを獲ったんですか? って」


 編成の人間はなんと答えたのだろう?


 「君さえいれば、何とかなると思った――そうです」


 そして、実際に、何とかなった。

 東国からやってきたサムライ――彼を獲った国は、そのシーズンで優勝し、大陸一の栄冠を手にしたのだ。

 貴重なドラ1を無名選手に使った島根は、当時は他国の嘲笑の的であった。シーズン最下位が定位置であり、国力は他国よりも小さかった。無論、設備や財力なども劣る。

 そんな国を優勝に導いたのは、紛れもない、サムライ氏であったろう。


 「優勝に貢献できたことは、誇らしいことです。自分一人の力ではありませんが、自分の力もあったことは、否定する必要もない事実です」


 彼は淡々と語った。事実、シーズン35クリティカル、95ボスモンスター狩りはルーキーの新記録だった。彼の成績に引きずられるように、他選手たちも活躍したが、彼の活躍には及ばない。黄金世代と呼ばれるその世代を牽引したのは彼であり、以後、サムライ世代と呼ばれることになった。





 ――20年前と今で気持ちの変化はありますか?。


 「去年は進退をかけてのぞみました。しかし、頭は動くんですが、体がついていかない。イメージが一致しないわけですね。去年は、シーズン25クリティカル、80ボスモンスター狩り。成績も落ち込んできました。いつもは、8月に合ってくるんですが、合わなかったです。結果、国も6位に沈みました。大臣には「お前を上手くつかってやれず、申し訳なかった」と謝られてしまいました。シーズン20クリティカルこそクリアしましたが、国に求められる基準は越えられず、年俸も下がりました。個人の成績ばかりを言っていてもいけないのですが。本来は、もっと出来たはず。その思いばかりですね。20年前、ルーキーだった頃とは勿論、気持ちの変化はあります。今は、あの頃よりも、心の余裕はあります。ですが、当時ほど、緊張感を持って戦いに望んではいなかったのかもしれません」


 パチパチ、と炎が音を立てる。彼は傍らに置いたカタナを持ち、鞘から刃を数センチほど抜いた。


 「昔は、抜かず、相手の動向をうかがっていましたが、体の衰えと共に、その動作も困難になってきました。その現実を認めることが出来なかった。現実と理想のギャップに悩んでいました。そんな時に、先輩の山口さんが、こう言ったんです。「サムライ、右足ちゃうか?」って」


 それは青天の霹靂だったという――「体全体のバランスで考えた時、右足を動かすことはまずありえない、と思っていました。私は自分のことは誰よりも自分自身がわかっている、と思っていたので、彼の言葉も、最初は受け入れることが出来なかったんです。しかし、どうせ引退をするつもりなのだから、と彼の言う通りにしてみると、以前とは違うけれど、こう、感覚が戻った気がしたんです」


 事実、彼のスウィングスピードは以前とは比べ物にならないほど早くなっていた。そして、そのカタナの軌道にも変化が生まれたという。


 「自分が望んだ軌道に入ることは、十回中六回あるかないかです。それは、一流なら誰もがそうでしょう。練習中ならそれが出来ても、本番になったら、それが三回、四回程度になる。それが、十回中十回、自分の狙った軌道に入れれるようになった。これはいける、と思いました――。去年、本来なら引退をするつもりでしたが、今年、これで結果を出せなかったら、嘘だと思ったんです」


 そして、その感覚を得たサムライは、今シーズン、破竹の快進撃を見せる。


 ――3・4月、5月、6月。3か月(3月は短い為、4月と合わせて一月と見なされている)連続のMVPは史上初です。

 

 「ですが、息切れをしてしまいました。とは言え、それでも、復活を印象付けれたのではないか、と思います。国も独走状態に入り、隣を見れば、後進も育っている、と強く実感させられるシーズンでした」


 ――彼の言葉通り、今年は島根は強かった。シーズンが終わってみれば、40クリティカルを超えた選手がサムライを含めて5名に上り、ボスモンスターの撃破は両リーグ1位の好成績。この選手たちを有していたのだから、優勝は必然であった、と言えるだろう。

 けれども、その選手たちが自然に育ったわけではない。勿論、そこには、サムライだけではない、国のスタッフたちの懸命の努力があったことは想像に難くない。


 「ええ。彼らには本当に感謝しています。優勝は、選手たちだけのものではなく、国全体のものですから…。嬉しいですね。渇望した、優勝です」




 鳥の音が聞こえる。夜が明けていく。

 緑の隙間から、朝露の混じったような、澄んだ空気がさわやかに吹き抜けていく。

 闇が晴れる――サムライ氏の停滞していた時間が動き出したかのように。


 「行きますか」


 サムライ氏が懐に入れていた水筒を取り出して、くすぶっていた火種に水をまいた。

 そして、焼けた薪を踏み、背を向ける。


 ――優勝を決めた島根は、これからCSに挑むことになる。

 アドバンテージがあるとは言え、勝ち上がってくるチームは勢いに任せて来るだろう。

 しかし、きっと、跳ね返してくれるに違いない。


 期待していよう。今年の島根はきっと、日本一になってくれる。


 島根の一ファンであり、一国民である私は、その晴れ姿を待ち望んでいる。






 おわり。

謝りません。

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