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第3章 それぞれの受難

「おい、唐橋(からはし)――」

安堂(あんどう)くんは引っ込んでて」

「いや、俺も加勢する」


 (そう)知亜子(ちあこ)の隣に立った。やや緊張の面持ちながらも、尚紀(なおき)もその後ろに場所を移動した。


「何なんだ、お前ら」刈川かりかわは、馬鹿にしたような笑みを漏らしながら三人の顔を順に見回すと、「一年だな。クラスと氏名を言え」

「三組の唐橋です。新聞部に所属しています」


 真っ先に知亜子が答えた。続いて宗が口を開きかけたとき、


「永島くん」


 開け放たれたままだったドアの向こうから呼ぶ声がした。室内にいた五人は一斉に向いた。


「……桜井(さくらい)先輩」


 安堵した表情で永島が呟く。対照的に刈川は、ふん、と面白くなさそうに息を吐いた。


「刈川先生」桜井は部室内に入ってきて、「今日は部活動はありませんよ」

「桜井、永島がまだ猫を処分していないぞ」


 刈川の言った「処分」という言葉に、永島はびくりと体を震わせ、宗たちは教師を睨んだ。


「先生、彼のことは俺に任せてくれるって約束したじゃないですか」


 対峙した桜井は、余裕のある態度を崩さない。


「まったく」刈川は桜井に対しても馬鹿にしたような笑みを漏らすと、「こいつといい、お前といい、この学校の美術部は問題児だらけだな」

「俺のやったことに比べれば、永島くんなんてかわいいものでしょ」

「いい青春の一ページになったか? 校舎の窓ガラスを壊して廻るっていう歌が昔あったが、舗装のコンクリートをぶっ壊してタイムカプセルを掘り出す卒業生なんて、初めて聞いたよ」

「斬新でしょ」

「馬鹿が」刈川は小さく呟くと、「その害獣を置いておくと、またろくでもないことをしでかすぞ。明日中に何とかしろ、いいな」

「ちょっと――」


 かけられた知亜子の声を無視して、刈川は部室を出て行った。


「……なに? あいつ」


 ドアも閉めずに退室した刈川の足音がまだ聞こえているうちに、知亜子は口にした。宗も開いたままの出入り口を見て、


「美術教師の刈川だろ。ほら、湯本(ゆもと)先生の代わりに来た」

「初めて口を利いたわ。最低ね」

「湯本先生が入院から帰ってくるまでの臨時教師だろ」と尚紀は歩いてドアを閉めにいき、「来年度の一学期途中までの任期らしいけど」

「私、美術専攻してなくてよかった」

「湯本先生はいい人なんだけどな」

「惜しい人をなくしたよな」

「おい」


 宗に尚紀が突っ込むと、永島は少しだけ笑みをこぼした。桜井も笑うと、


「ところで、君」と知亜子の顔を見て、「取材はお断りしたはずだが。今度は永島くんに取り入って外堀から埋めようってことかい? 見上げた記者魂だが――」

「違うんです」桜井の言葉を止めたのは永島だった。「あの、僕のほうから頼んだんです……」

「頼んだって、何を?」


 桜井に見つめられた永島は視線を逸らし、


「桜井先輩が……あんなことするわけないって思ったから……」


 それを聞くと桜井は、


「何を言ってるんだ永島くん。するわけないって言ったって、俺と(まき)がコンクリートを壊したのは歴然とした事実じゃないか。潔く自首までしてるんだぜ」

「で、でも――」

「にゃー」


 永島が興奮して力を入れてしまったためか、抱かれていた猫が鳴いた。


「ごめん、レーザークロー」


 永島は左腕だけで猫を抱き直して、右手で頭を撫でた。猫の喉に、ごろごろという音が戻って来る。桜井も永島のそばに行き、レーザークローの顎を撫でると、


「永島くん、今日はもう帰れ。レーザークローのことは俺が何とかするから」

「何とかって……」

「心配するな」

「……は、はい」永島は猫を桜井に手渡すと、「じゃ、じゃあ」


 ちょこんとだけ頭を下げて、美術室を出て行った。


「桜井先輩」知亜子が彼を向いて、「このままお話訊かせてもらえると考えてよろしいんですね」

「取材拒否を解くつもりはないよ」

「いえ、先輩に話しを伺うのは私じゃありません。この」と知亜子は一歩横に動いて、「名探偵、安堂(あんどう)宗と、そのワトソン、長谷川(はせがわ)尚紀の二人です」


 並んだ宗と尚紀を手で示した。


「名探偵? ワトソン?」

「おい! 唐橋! やめろよその紹介!」


 桜井は怪訝な顔をして、宗は知亜子に文句をつけた。


「面白そうじゃないか」猫の頭を撫でながら桜井は笑みを浮かべると、「いい卒業記念になるよ。名探偵から取り調べを受けるなんてね」


 レーザークローは、自分を抱いた桜井と対面する宗、二人の顔を大きな目に交互に映した。

 桜井は皿に盛ったキャットフードを猫に与え、宗たちに適当な椅子に腰を下ろすよう促した。猫が満足そうに()む、カリカリという音が聞こえる中、


「さて、俺に何を訊きたいのかな? 名探偵くん」

「その呼び方はやめて下さいよ。安堂です」

「はは、悪かったよ、安堂くん」


 桜井と宗は一メートルほどの間を置いて、ほぼ対面して座っていた。宗の両隣には尚紀と知亜子が並ぶ。


「さっきの、刈川先生のことなんですけれど、レーザークローのことを異様に嫌ってるのは、やっぱりあれですか。レーザークローが部室を荒らし回ったと言う話は永島くんから聞きましたけど、それが理由ですか?」

「そっちのことかい」と、タイムカプセルについてを訊かれなかったことを意外に思ったのか、桜井は一度食事中の猫を見て、「ただ暴れたからっていう理由だけじゃないんだよ。あいつ、レーザークローが、刈川先生が大事にしていた画集で爪研ぎをしてしまったからなんだ」

「えっ?」

「ものの見事にボロボロにしちゃったんだよ」

「それもあって、刈川先生はレーザークローのことを嫌ってるんですか。というか、先生だけじゃなくて、美術部員ほとんど全員が」

「あいつの味方をしてるのは、永島くんと俺くらいだろうね」


 ははは、と桜井は笑う。


「でも、永島くんはどうして猫を拾ってきたりなんかしたんですか?」


 宗に訊かれると、桜井はレーザークローを見て、


「あいつ、怪我してるだろ」

「はい」


 宗たちも猫を、その包帯を巻かれた右後ろ脚を見た。


「一週間くらい前って言ってたかな、永島くん、下校している途中に、道の端でうずくまっている猫を見つけそうでね。近寄ってみると、どうやら交通事故にでも遭ったのか、右後ろ脚がひどい状態だったんだ。永島くん、猫好きだから放っておけなくて、猫を抱きかかえて動物病院に連れて行ったんだ。そのまま病院で緊急手術を終えて、猫――レーザークローは何日かの入院をすることになった。で、四日前に退院できる運びになったんだけど、永島くんの家はアパートで――」

「あ、それは本人から聞きました。ご両親も動物が好きじゃないとか」

「ああ、そうなんだ。だから、病院から連れ帰ったレーザークローを、こっそり部室に運び入れたんだ。その時間はもう放課後で部活動も終わってたんだけど、永島くんは、そこの」と桜井は校舎裏に出入り出来る掃き出し窓を見て、「窓から入ったそうだ」

「あの窓は、いつも施錠はしていないんですか?」

「そんなことはないよ。最後に部室を出る生徒が鍵をかけていくことになっている。だけど、その日、最後まで部室にいたのは永島くんだったんだ」

「猫を運び入れるための準備として、鍵をかけずに部室を出たと」

「そういうことだ。その日にレーザークローが退院することは前もって病院から知らされていたからね。そこで永島くんは、その日は最後まで部室に残って、そこの掃き出し窓の鍵をかけないまま病院へ行き、猫を連れてまた学校に戻ってきたというわけさ」

「なかなか周到ですね、永島くん。大人しそうな感じに見えたのに」


 それを聞くと、桜井は苦笑を見せて。


「最初から、俺なり誰かに相談してくれればよかったのにと思うよ。でも彼、あのとおり引っ込み思案で、他人との関わりを拒絶……というか、怖がってる部分があるから」

「誰かに相談していれば、もっとやりようがあったでしょうね」

「ああ、俺も――」

「え?」

「いや、俺も、もっと手助けできたのにってね」

「ああ、はい」

「それで永島くんは、ひとりで猫のご飯やトイレなんかを買い込んできて、レーザークローをここに一時かくまうことにして帰宅した。で、翌日、いつもよりも早く登校した永島くんが、真っ先にここに様子を見に来てみると……」

「レーザークローが、やらかしちゃってたというわけですか」


 桜井は頷いて、


「たいしたものだよ。後ろ脚一本なくした手術後とは思えない暴れっぷりでね。石膏像を置いた棚なんて、二メートルくらいの高さなのに、後ろ脚一本だけの跳躍で跳び乗っちゃったんだからね」

「そのときに、刈川先生の画集も餌食になってしまったんですね」


 桜井はまた頷いた。


「さすがにその惨状には、永島くんも青くなったらしくて、俺のところに相談に来たんだ。で、部長と連れ添って、臨時顧問の刈川先生に報告に行ったんだ」

「怒ったでしょう、刈川先生」

「ああ、あのクールな刈川先生のどこにこんなエネルギーがあったんだって思ったくらい。永島くんは泣き出しちゃうし――おっと、これは本人には言わないでくれよ。で、俺と永島くんで猫のことは何とかするから、他の教師や校長には黙っていてくれって頼み込んで、何とか了承してもらったんだ」

「他の美術部の人たちの反応は、どんなでしたか?」

「それは、いい顔をする部員はいなかったよ。猫の暴挙はもとより、永島くんの独断行動に対してもね。部長なんて、卒業間近になってこんな問題が起きて、決まっていた就職先に報告はしないですよね、と何度も刈川先生に確認していたよ」

「それにしたって」と知亜子が不満を隠さない表情で、「生徒ならまだしも、大の大人が本気で猫に対して怒るだなんて、それこそ大人げないですよ。しかも教職にあるような人間なのに」

「ああ、それはね……レーザークローがズタズタにした画集っていうのが、ただの画集じゃなかったからね」

「何だったんです?」


 宗が訊くと、


小瀬(おぜ)飛鳥(あすか)って知ってる?」


 宗と尚紀は顔を見合わせて首を横に振ったが、知亜子は、


「知ってます! イラストレーターですよね」

「さすが、女の子は知っていたね。もともと水彩画を描く画家だったんだけど、仕事の幅を広げるために始めた、女性向け雑誌のイラストで人気に火が点いて、本人が美人なのも相まって、一時マスコミ受けして話題になったよね」

「もともとは画家だったんですか」


 知亜子の意外そうな声に、桜井は、


「そう、特に若いファンにはイラストレーターとして知られているけど、もともとは美術コンクールで賞をとっての画壇デビューだったんだよ」

「もしかして、レーザークローが爪研ぎに使った画集というのは?」

「そう、小瀬飛鳥の画集だったんだ。まだ彼女がブレイクする以前に出した水彩画だけを収めた画集でね。しかも、初版本で、出した当時はまだここまでの人気はなかったから、刷られた冊数も少なかったみたいでね。希少本になってるそうだよ」

「それを刈川先生は持っていたんですか」

「うん、しかも、先生はブレイクする前から彼女の才能を見抜いていたと言っててね、だから、画集も発売されると同時に購入したんだそうだよ。新聞部の彼女も知っていたように、若い女性に人気があるからね、先生はその貴重な画集を部員にも自由に閲覧させてあげようと家から持って来て、部室に置きっぱなしにしていたんだよ」

「うーん……それは」と宗は腕組みをして、「一概に刈川先生を大人げないって責めるわけにもいかないかもしれないですね」


 横目で知亜子を見た。


「何?」

「あ、何でもない」


 知亜子に睨み返されて、宗は目を逸らす。その様子を見て、桜井は笑うと、


「でも、確かに永島くんの行動は軽率だったけれども、彼を責めるのもかわいそうだよ。なにせ彼、レーザークローの治療費や入院費なんかを、全部自分の貯金から出したっていうんだからね」

「え? あれだけの怪我なら結構な出費になったんじゃないですか? 猫用バスケットとか、トイレ設備とか、食事とかも入れると、かなりの出費になりますよ」


 宗は改めてレーザークローを見た。猫はすでに食事を終えており、蓋が開いたままのバスケットに潜り込んで満足そうに丸くなっていた。


「うん。彼の両親は動物嫌いだそうから、治療費を出してくれとも言えなかったんだろうね」

「あ、そうかもしれませんね。永島くんの性格も考えれば」

「でも、永島くん、本当にレーザークローの面倒をよく看ているよ。退院直後の頃は、休みの日や夜でも、包帯を新しいものと取り替えるため、部室に来てたそうだからね」

「ああ、あそこから」


 宗は掃き出し窓を見た。


「ああ、夜中でも永島くんが出入りするため、鍵を掛けない必要があるから、それ以来、必ず俺か永島くんが最後に部室を出るようにしてるんだ。これは他の部員や先生方には内緒だよ」


 そう言うと、桜井は、壁にかかった時計に視線を移して、


「さてと、そろそろ俺も帰らないと」椅子から立ち上がり、「部室は鍵を掛けるから、みんなも出てくれるか」

「部室に施錠するのは、レーザークローがいるからですね」

「そう。あいつの力なら、ドアくらい簡単に開けちゃうだろうからね」

「分かります。俺の家でも猫を飼ってるんですけど、居間から廊下に出る引き戸を開けちゃいますからね。両前脚の爪を枠に引っかけて横になって、全体重をかけて、ぐいぐいと。そんなふうにして校内に出て暴れたら大変なことになりますね」

「そうなんだ。刈川先生は、今度レーザークローが何かやったら、問答無用で保健所に連れて行くし、永島くんのことも校長と両親に言いつけるって、すごい剣幕だったからね。絶対に部室から出せないんだ」

「誰か飼ってくれる人がいればいいんですけどね」

「永島くんが手放さないよ。彼、レーザークローに完全に情が移っちゃってるからね」

「でも、このままの状態をずっと続けるわけにはいきませんよね」

「そうなんだ……まあ、何とかするさ。さ、もう帰ろう」


 桜井は宗たちを部室から退出させた。ドアを閉めて施錠する瞬間、部屋の中から「にゃー」という、まるで見送りのような猫の鳴き声が聞こえた。

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