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第2章 猫との遭遇

「姉ちゃんは関係ないだろ」


 姉の名前を出された(そう)は、ぷいと横を向いてしまう。

 宗の姉、安堂(あんどう)理真(りま)は作家という職業に就いているが、警察の捜査に協力して数々の不可能犯罪を解決してきた素人探偵という顔も持っている。が、宗はそのことをクラスメイトに話したりはしていない。宗の姉の安堂理真が素人探偵としても活躍していることを学校で知っているのは、親友の長谷川(はせがわ)尚紀(なおき)と、独自の情報網からそれを突き止めた唐橋(からはし)知亜子(ちあこ)の二人だけなのだ。

 そんな宗の態度も面白そうに見つめる知亜子は、


「どうして? お姉さんのこと嫌いなの?」

「そういうんじゃないけど」

「じゃ、好きなんだ」

「おい!」

「ふふ、ごめん」笑った知亜子は椅子に座り直すと、「でも、気になるでしょ。どうして二人の先輩は、埋めたはずのないタイムカプセルを掘り出すなんて嘘をついて、校舎裏の地面を掘ったのか」

「しかも」と尚紀が続けて、「その上に舗装されているコンクリートをぶっ壊してまでだぜ。どう考えても普通じゃない」

「ワトソンも気になるでしょ」

「誰がワトソンだ」

「そんなに気になるなら、唐橋、お前が直接訊けばいいじゃないか」


 宗の言葉に知亜子は、


「もちろん取材を申し込んだわよ。でも、あくまで『タイムカプセルを掘り出しただけ』と一点張りを貫かれて、二人とも全然とりつく島なし。おしまいには取材拒否食らっちゃった」

「証拠としてカプセルを見せてもらえばいいんじゃないか?」


 尚紀が案を出したが、


「それも、もう処分したって言われて終わり。それに、カプセルなんていくらでも捏造できるからね。実際に見せてもらえたとしても意味ないよ」

「お前が掴んだ情報を突きつけたらいいじゃないか。これこれこういう理由で、あなたたちがカプセルを埋めたわけはないんです! びしっ! て」

「それもやったけど、いいようにはぐらかされちゃったわ」

「何だよ、しっかりしろよ、新聞部……」


 と尚紀が腕組みをしたところに、


「ん?」


 知亜子が出入り口に目をやった。ノックの音がしたのだ。


「誰だろう?」と知亜子は、「どうぞ、開いてますよ」


 座ったまま声を掛けた。すると、ゆっくりとドアがスライドしていき、


「す、すみません……」


 ひとりの男子生徒が顔を出した。耳が隠れる程度に髪を伸ばしており、男子としてはかなり身長が低い生徒だった。


「どちらさま?」

「あ、あの、僕、一年の永島ながしまっていいます」

「新聞部に何かご用?」


 立ち上がって知亜子が対応すると、永島は、


「あの、廊下を通りかかったら、桜井(さくらい)先輩の事件のことを話しているのが聞こえたので、それで……」

「桜井先輩の関係者?」

「は、はい、僕、美術部員なんです。桜井先輩には、いつもお世話になってて……。皆さんは、桜井先輩が牧先輩と一緒に起こした事件のことを追っているんですか?」


 永島は、部室にいる宗と尚紀の顔も順に見た。


「い、いや、俺たちは――」


 宗は否定しかけたが、それを遮って知亜子が、


「君――永島くんも、あの事件のことが気に掛かってるのね」


 二人の間に割って入った。


「は、はい」と、知亜子の勢いに圧倒されるように永島は、「僕、先輩があんなことするなんて、どうしても信じられなくて」

「うんうん、分かるわ」知亜子は激しく頷き、「じゃあ、永島くんのほうから、正式に私たちに事件の調査以来を出してもらうということで、いいかな?」

「えっ?」

「ははあ、分かったぞ」と、そのやり取りを見ていた宗が、「唐橋、お前、先輩たちに取材拒否を食らったもんだから、その永島くんからの依頼という形にして、堂々と美術部に入り込もうって腹だな」


 が、知亜子は宗のことは無視した様子で、


「ささ、永島くん、どうぞどうぞ」と部室奥へ手を向け、「コーヒーとお茶、どっちがいい?」

「俺たちには何も出さなかったくせに、何だよ」

「調子のいいやつだ」


 宗と尚紀は並んでむくれる。


「あ、あの」だが、永島は知亜子の誘いを断って、「話なら、美術部でしませんか? 僕、ちょっと部室に用事があるので……」

「もちろんもちろん、願ったり叶ったりよ」


 知亜子は永島の手を握って、ぶんぶんと上下に振った。



 互いに自己紹介を済ませると、四人は連れだって美術部に向かった。美術部部室は新聞部と同じく一階にあり、校舎裏に面している。部室には通常の廊下からの出入り口の他に、すぐ校舎裏に出ることの可能な裏口も設置されている。これは、部員が玄関を経由することなく、部室から直接外に出て写生を出来るようにという配慮により設計されたものだった。

 部室の前に来ると、永島は懐から鍵を取りだしてドアの鍵穴に差し込む。


「美術部って、部室に施錠してるんだ。珍しいね」


 それを見た知亜子の言葉に永島は、


「う、うん。ちょっと、わけがあって今だけ……どうぞ」


 解錠したドアを開け、三人を部室に招き入れた。


「あれ? 意外と片付いてるな」

「そうね。私、美術部室って、もっとカオスな場所かと思ってた」

「普段授業で使ってる美術室のほうが、よっぽど散らかってるぞ」


 宗、知亜子、尚紀は部室を見回した。確かに三人の感想どおり、部室は綺麗に整頓され、カンバスや美術関連の本なども、きちんと棚に収められている。


「それにも、ちょっとわけが……」


 永島が口を濁した、そこに、


「にゃー」


 思わず宗たちは顔を見合わせる。


「猫?」


 宗が部屋を見回すと、


「あ、あそこ」


 知亜子が部室の隅を指さした。そこには、持ち手が付いたプラスチック製のバスケットが置かれており、その開いた蓋から、ちょこんと一匹の猫が顔を出していた。


「かわいいー」


 僅かに白が混じった、ほぼ茶色の毛の成猫を見て、知亜子は頬を緩ませた。


「美術部で飼ってるの? 永島くん」

「う、うん、飼ってるというか……」知亜子の質問に答えかけた永島は、茶色の猫が入ったバスケットに近づいて、「ちょっと待っててもらえますか。僕の用事っていうのは、これのことで」


 言いながらバスケットに手を入れると、


「レーザークロー、寒くなかったか」


 猫を抱き上げた。


「なにそれ、猫の名前?」

「うん、僕が付けたんです」


 永島は一度、宗を振り返ってから、猫――レーザークローを完全にバスケットから引き上げた。すると、


「あっ!」


 宗、尚紀、知亜子はそろって声を上げた。レーザークローは永島に抱き上げられ、だらりと後ろ脚を下げているが、


「永島くん、その猫ちゃん……」


 先ほどまでとは一転、知亜子は心配そうな目で猫を見た。抱き上げられたレーザークローは、右後ろ脚が通常の半分程度の長さしかなかった。その先端には包帯が幾重にも巻かれているが、それはもうぼろぼろに破れかけている。


「交通事故に遭ったらしいんです」永島は答えながら床に腰を下ろすと、ゆっくりと猫も横に寝転ばせ、「この右後ろ脚をタイヤで轢かれたみたいで。他に目立った怪我はなかったから良かったけど……」


 右後ろ脚に巻かれた包帯を(ほど)きにかかった。「うにゃー」とレーザークローは不快そうな鳴き声を上げたが、永島の左手で胴体を押さえられているため、身をよじることしか出来ない。そうしているうちに永島は、右手だけで器用に包帯を解いていく。


「手伝うよ」


 知亜子がそばに寄った。


「ありがとう。じゃあ、前脚を掴んでてもらえますか。爪を立てられないように、気をつけて……」

「オーケー」

「俺たちも手伝おう」

「ああ」


 宗と尚紀も応援に駆け寄った。三人にしっかりと体と脚を固定され、完全に身動きが取れなくなったレーザークローは、永島に包帯を解き終えられて患部をさらした。それを見た三人は思わず表情を歪める。失った右後ろ脚の先端は、まだ皮膚も再生しきっておらず、赤い肉が露わになって所々血も滲んでいた。


「もう少し、そのままにしてて下さい」永島はバスケットのそばに置いてある箱から、小さな瓶とガーゼ、新しい包帯を取り出すと、「今まで以上に暴れますから、気をつけて下さいね」


 三人に忠告してから、瓶の液体――消毒液を染みこませたガーゼを患部にあてた。


「ブニャー!」


 声を張り上げてレーザークローは、先ほどとは比較にならないほど激しく身をよじらせる。三人もより緊張の面持ちで猫を押さえつけていた。


「頑張れ、レーザークロー」


 永島が手早く患部を消毒し終えると、ようやく猫は幾分か大人しくなった。すぐに永島は、これも慣れた手つきで患部に新しい包帯を巻いていく。すると、消毒の痛みが消えたことで落ち着いたのか、レーザークローはごろごろと喉を鳴らし始めた。


「もう大丈夫、ありがとう」


 永島の声で、三人は猫を押さえていた手を離す。


「いつも永島くんが手当てしているの?」


 顔を上げた知亜子は僅かに涙目になっていた。


「うん。僕が拾ってきた猫なんで」


 巻き終えた包帯をしっかりと固定すると、永島はレーザークローを胸の前に抱きかかえた。完全に機嫌が直ったのか、茶色の猫は、ごろごろという音のボリュームを大きくし、自分を抱いた男子生徒の顔を見上げた。


「頑張ったね、偉いぞ」知亜子は笑みを浮かべながら指で猫の顎を撫でて、「えっと……レーザー?」

「レーザークロー」永島は笑って答えた。「せめて、強そうな名前を付けてやろうと思って」

「レーザークロー、いい子」


 改めて猫の名前を呼んで、知亜子は喉を撫でる。〈カミソリ爪(レーザークロー)〉と名付けられた猫は、気持ちよさそうに目を細めた。


「ところで、事件のことなんですけど……」

「あっ! そうだった!」


 永島に言われ、知亜子は猫の顎から指を離し、手帳とペンを持ち構えると、


「まずは、桜井先輩の人となりについて教えて」

「とてもやさしい先輩です」

「具体的には、何かある?」

「レーザークローのことをかばってくれましたし」

「その猫ちゃんをかばったって、どういうこと?」

「あのですね、実は……レーザークローをこの部室に連れてきたのは四日前だったんですけれど、その日の夜に、こいつが大騒ぎをしたらしくて、石膏像を落としたり、スケッチブックを引っ掻いたり、色々やっちゃったんですね」

「ああ、それで」と宗は部室を見回して、「こんなに片付いてるんだ」

「はい、再発防止のために。で、そのことで部員のみんなから総スカン食っちゃったんですけれど、桜井先輩だけはレーザークローのことかばってくれて」

「永島くんの家には連れて行けないの?」

「うち、アパートなんで」

「そっか」

「両親も動物のこと好きじゃないですし。だから、ここで飼ってるというわけじゃなくて、みんなに頼んで置いてもらってるというだけなんです、レーザークローは。もちろん食事からトイレから、世話は全て僕ひとりでやることが条件で――」


 永島がそこまで言ったとき、がらりと音を立ててドアが開いた。四人がドアを向くと、


「あ……」


 永島は萎縮したように身をこわばらせ、抱きかかえられたレーザークローは喉を鳴らすのをぴたりとやめた。敷居の向こうに立っていたのは、ひとりの男性教師だった。


「永島――お前、まだその猫……」


 教師が大股に部室に入ってくると、


「ご、ごめんなさい」


 と永島はレーザークローを守るように背中を丸めた。


刈川(かりかわ)先生」


 尚紀に名前を呼ばれ、刈川教師は足を止めた。


「何だ、お前たちは。美術部員じゃないだろう。勝手に入るんじゃない」

「ぼ、僕が入れたんです」


 永島が言うと、刈川はじろりと彼を睨む。それで永島はますます萎縮したようになり、すぐに視線を床に向けてしまった。痩せぎすで長身の刈川は、永島を見下ろしたまま、


「永島、いい加減、保健所に電話するぞ」

「えっ――」

「待って下さい」


 二人に割って入ったのは知亜子だった。知亜子は永島の代わりに刈川の冷たい視線を受けたが、一歩もひるむことなく、


「保健所って、この猫のことですか」

「当たり前だろ」

「仮にも教師が、そんなことを言っていいんですか」

「教職と、害獣を処分することとには何の因果関係もない」

「害獣ですって?」


 知亜子は刈川と視線をぶつけあった。

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