第1章 二人の破壊者
新潟市にある大鳥高校で、ある事件が発生した。
その事件とは、校舎裏門から裏口に至るまでのコンクリート舗装路の一部が、粉々に砕かれているというものだった。
事件は、犯人自ら犯行を名乗り出るという形で発覚した。犯人は二人組で、そのうちのひとりは、サッカー部に所属する三年生の生徒だった。彼はすでに部活を引退してはいたが、後輩の練習に付き合う目的と、生活のペースを乱したくないという理由から、引退後も毎朝変わらず朝練習に参加していた。
その日も朝一番に登校していたらしいその三年生は、同じく早朝出勤をしていたサッカー部顧問の教師を職員室に訪れ、自らの犯行を告白したのだった。
すわ慌てて現場に駆けつけた教師を待っていたのは、もうひとりの犯人だった。共犯者は、二メートル四方に渡って徹底的にコンクリートが破砕された〈犯行現場〉で、破砕されたコンクリートの横に座って缶コーヒーを飲んでいたという。
二人組の犯人は、並んで教師に一礼し、改めて犯行を自供した。
「その二人組の犯人は、サッカー部の牧先輩と、美術部の桜井先輩っていう人なの」
新聞部所属の一年生、唐橋知亜子は、取材したネタが書き込んである手帳から目を上げた。
三学期が始まって、だいぶ落ち着いた一月半ばのある日の放課後。安堂宗と、彼の親友である長谷川尚紀の二人は、帰宅しようとしたところを同級生の知亜子に引き留められて教室に残り、昨日発覚した事件の話を聞かされていたのだった。
「しかし、何でまた、その二人は、舗装コンクリートをぶっ壊すなんていう、奇矯な真似をしでかしたんだ?」
主に知亜子とのやりとりをしているのは宗のほうで、尚紀は彼の隣で黙って話を聞いている。
「タイムカプセルを掘り返すためだって」
「はあ?」
宗と尚紀は、そろって怪訝な表情をした。
「だって、本人たちがそう証言してるんだから。二人とも知ってた? あの校舎裏の駐車スペースって、二年前までは舗装されてなくて、土が露出したままだったんだって」
「その時代に二人がそこにカプセルを埋めたと?」
「うん。今の三年生が一年生だった年だから、二年前ね。牧先輩と桜井先輩は小学校からずっと同級生の親友同士で、中学に入った頃から、高校も同じところに行こうと誓いあってたんだって。で、二人の学力と物理的に通える圏内での最大公約数的高校が、大鳥高校だったの」
「なるほど」
「カプセルは、二人が無事同じ高校に合格した友情の記念に埋めて、卒業するときに掘り出そうと約束してたの。ところが、その翌年、カプセルを埋めた場所がコンクリートで舗装されてしまった」
「どうして二人は舗装されるのを黙って見ていた? せめてコンクリートが打たれる前にさっさと掘り出すべきだったろ」
「埋めてから一年近く経って、二人とも忘れてたって」
「はあ? 友情の記念のものを、そんな簡単に忘れるか?」
「うん、確かにおかしいんだけど、そのことはあとで触れるから、ちょっと置いておこうね。今は本人たちの証言を追っていくから。で、工事が終わったあとになってから、二人はカプセルのことを思い出したんだけど、後の祭り。一時は掘り出すのを諦めたんだって」
「それがどうして、今になって」
「高校生活に悔いを残したくなかったからだと証言してる。あのカプセルを掘り出さずして俺たちの本当の卒業はない、とか言ってたそうだよ」
「一時は忘れていたのに? それにしても、コンクリートの舗装をぶっ壊すとは……」
「牧先輩の家って、建設業者なのよ。コンクリートを破壊する、ハンドブレーカっていう機械と、それの動力の発電機は、牧先輩が自分の家の会社からこっそり拝借してきたんだって」
「結構な物量だろ。よく学校まで持ってこられたな」
「牧先輩は、もう運転免許取得済みなんだよ。卒業後は家が経営する会社に就職することが決まってるから。会社の軽トラックに載っけてきたそうだよ。だから、表面上は凶器(?)を用意した牧先輩が主犯で、桜井先輩は共犯みたいな図式になってるらしいけど、犯行に至った経緯を考えれば、両主犯って見てもいいんじゃないかな」
「まあ、二人の思い出だからな」
「昨日の深夜、牧先輩が運転する軽トラックで裏口に入って、数時間でやっちゃったらしいよ。コンクリートを破砕するときって凄い騒音が出るけど、大鳥高校は周囲に住宅とかないからね。地の利も先輩たちに味方したってわけ」
「裏門はどうした? 鍵が掛かってるはずだろ」
「そこは抜かりなし。その日の放課後に牧先輩が職員室から拝借してたの」
「そこまでするかね」
宗は呆れて嘆息した。
「青春の暴走ってやつ?」
対して知亜子は、面白そうな笑みを浮かべる。
「で、どうなんの? その二人の処遇は」
「壊した舗装は、牧先輩の家の会社が無償で修繕するってことで話が付いたみたい。二人とも十分反省してるし、もう卒業まで間もないって時期だから、厳重注意で済ますみたいよ」
「二人とも、卒業後の進路に響いたりしないの?」
「牧先輩のほうは、さっきも言ったけど自分の家の会社に就職するからね。問題ないでしょ。桜井先輩は、大学に進学が決まってるけど、こっちはどうなるか分からないね」
「……何だか煮え切らないな。さっきも言ったけど、一度は埋めたことを忘れていたのに、急に舗装を破壊するなんていう暴挙に及んでまで掘り出すことにしたってのは。牧先輩はともかく、桜井先輩のほうは大学進学を控えた身でありながら」
「同感」
「そういえば、唐橋、お前も、それについておかしいみたいなこと言ってたな」
「そうなの。実はね……二人がタイムカプセルを埋めたっていう話は、嘘である可能性が高いの」
「えっ?」「どうして?」
宗と尚紀はそろって大きな声を出した。他に教室に残っていた数名の生徒たちは、何事が起きたかと二人に目をやる。
「場所、変えよっか」と知亜子は立ち上がり、「ここから先は、私だけが握ってる情報を教えるんだからね。人目のないとこに行こうよ」
眼鏡越しに細くなる知亜子の目を見て宗は、一度尚紀と顔を見合わせてから、
「どこに行くんだよ?」
「新聞部の部室。今日は部員は誰もいないから」
三人は教室から一階にある新聞部部室に移動した。部室中央に設えられた机を前に、宗と尚紀は並んで座る。知亜子も二人の対面に椅子を持って来て座ると、さっそく宗が、
「唐橋、さっきの話は本当なのか? 牧先輩と桜井先輩がタイムカプセルを埋めたのは嘘だっていう、あの話は」
「そう。あのね、私、この事件のことを知って、すぐに業者に聞き込みをしたの」
「業者って?」
「去年、あの舗装を施工した建設業者。そこで、タイムカプセルの話が嘘だって気付いたの」
「詳しく」
宗は机に肘を置いて身を乗り出した。対面している知亜子は、机に頬杖を突いて、
「そもそも、あの校舎裏が舗装されることになった経緯っていうのは……。あそこって、学校に備品を届けに来たりする業者が、車で乗り入れることが多いでしょ。裏門入ってすぐのところだから」
「ああ、正面玄関からよりも体育館にずっと近いから、体育用具の業者なんかがよく来てるな」
「あと、購買に商品を卸しに来る業者も使ってるな」
宗と尚紀が答えると、知亜子は、
「でも、舗装される前は、雨が降ると泥水が溜まって、それをタイヤが撥ねて校舎の壁や門を汚しちゃってたんだって。しかも、登下校時間なんかと重なると、裏門から出入りしてる生徒にも泥水がかかることがあって、だから、もっと以前から舗装工事の要望があったんだけれど、なかなか予算が取れなくて、ようやく去年になって工事できるようになったんだって」
二人は、ふんふんと頷きながら話を聞いている。
「それで、いざ工事をすることが決まると、まずは業者が調査をしたのね」
「何の?」
「地盤の耐力がどうだとか、そういうのを調べてたの。つまりね、地面の上にいきなりコンクリートを敷いても、それを支える地盤が弱かったら、せっかく敷いたコンクリートがすぐにへこんじゃうじゃない。あの校舎裏がちょっとの雨ですぐに水浸しになっちゃうのは、そもそも地盤が緩いからへこみやすくて、そこに水を溜め込んじゃうからなんじゃないかって業者は思ったんだって」
「そのための調査を」
「うん。で、調べた結果、案の定だった。このままだと、コンクリートを敷いてもすぐに駄目になっちゃうから、業者はまず地盤の改良から始めることにしたの」
「地盤の改良?」
「ざっくり言うと、今ある緩い土を掘り出して、もっと固くていい土に置き換えるってわけ」
「なるほど、それをやったうえでコンクリートを敷けば、下の地面が固くなるから、簡単にへこむようなことはないと……あっ!」
「どうした? 宗」
突然言葉を止めた宗を、隣の尚紀は怪訝な顔で見た。
「唐橋、その地盤改良をするときに、どれくらいの深さまで土を入れ替えたんだ?」
「一メートルは掘ったみたいよ」
「一メートル……」
「だから、何なんだよ、二人とも」
置いてきぼりにされている尚紀は、宗と知亜子の顔を交互に見る。
「尚紀、もしお前がタイムカプセルを埋めるための穴を掘るとしたら、どれくらいの深さにする?」
「そうだな……三十センチくらいがいいとこなんじゃないか? あまり深いと取り出すのが面倒だし、そもそも掘ること自体が大変……あ」
「尚紀も気付いたみたいだな。そうなんだ、もし、牧先輩と桜井先輩の二人が、校舎裏のあの場所にタイムカプセルを埋めていたとしたら、そのカプセルは工事のときに掘り出されていたはずなんだ。なにせ、地面から一メートルもの深さまで、そっくり土を入れ替えたっていうんだからな」
「普通、タイムカプセルを埋めるくらいで、そんなに深く掘らないもんな」
「でも、ちょっと待て、唐橋、今の話だけで、両先輩がカプセルを埋めていないと言い切るのは無理があるぞ」
「どうして」
知亜子は、にやにやとした笑みを浮かべながら訊き返す。
「何だよ、その顔、お前だって分かってるんだろ」
「名探偵の推理を聞きたいな」
言われた宗は、しようがないな、と呟いて、
「牧先輩も桜井先輩も、工事で地盤改良が行われたということを知らなかった場合だ。それなら二人は、コンクリート下の土がそっくり入れ替えられたなんてことは思いも寄らないはずだから、当時のまま、舗装の下にカプセルが残されていると思って、今回のような強行手段に出たとしてもおかしくはない」
隣で尚紀は、なるほどな、と納得していた。
「さすがね、安堂くん。でもね、それも確認済みなの。当時、学校の敷地内で工事が施工されるからって、物珍しさに結構な人数の生徒が休み時間や放課後に見学に来てたんだって。現場監督の人も、生徒用に工事の概要をボードにして現場に貼りだしてたそうよ。だから、そのボードを見れば、地盤改良が行われて土が入れ替えられることは一目瞭然なの」
「牧先輩も桜井先輩も、工事に興味がなくて、見学もそのボードを見ることも一切していなかった可能性がある」
「ところが、少なくとも牧先輩だけは確実に見学してたんだなあ。なにせ家が建設業者でしょ。勉強になるからって、結構な頻度で見学に行ってたの。しかも、牧先輩のほうから自分の家のことを話して、業者さんに積極的に質問したりしてて、『牧建設さんとこの倅』って呼ばれて、現場の職員たちと顔なじみにまでなってたんだって」
「それなら、地盤改良のことを知らなかったわけがないな」
「そういうこと」
「だがな、唐橋、まだあるぞ。それでも二人が暴挙に出る可能性は」
「ほほう、何?」
「二人がカプセルを一メートル以上の深さに埋めた場合だ」
「なるほどっ! だったら地盤改良の影響は受けないからな。」
尚紀が拳で手を叩いた。宗は、ああ、と頷いて、
「依然カプセルはその場に埋まったままだ」
「さすがだけど、それも残念。私、現場で実際に掘られた深さを測ってみたの。牧先輩と桜井先輩がコンクリートを破壊したあとに、その下の土を掘った深さは、三十センチ程度しかなかった」
「なに? それじゃあ」
「うん。二人はただ、地盤改良で入れ替えられた土を掘り返しただけってことね」
「しかも、舗装されたコンクリートをわざわざ破壊してまで」
「ねえ、安堂くん」と知亜子は机に両手を突いて立ち上がり、「この謎、解いてみせてよ。名探偵と呼ばれた、安堂理真の名に賭けて」
眼鏡の奥から宗を見つめ、楽しそうな笑みを浮かべた。