人類最後の男
戦いは既に始まっている!
ボクの名前はアキラ。
後もう少しで今年も終わろうとしている。
思い返すと本当にいろんな事があった。
一昨年の今頃にはこんなことになるなんて思いもしなかったよ。
だから今さらではあるけど、今日から日記をつけようと思うんだ。
……とは言ったものの、何処から始めたらいいのかな。
うん!まず、これを言っておかないと駄目だよね。
えっと、人類は絶滅しました。
あはっ、唐突すぎた?
ボクが生きてるから正確には人類が絶滅したとは言えないんだけどね。まあ、ほぼ終わってるって感じ。
原因はありふれたウィルスが突然致死性に変異したから。
う~ん、ベタって言われてもねえ。事実がそうなんだから仕方ない。
去年のお正月休みが終わった頃にニュースで新種の感染症で何人か死んだと言っていたかと思ったら、あれよあれよと拡がって、夏には大騒ぎになっていた。
その後もパンデミックは収まらず、秋の訪れを待たずして人類の半分、10月には90%、11月には99.999……%が死滅。去年の年末には完全に国としての機能を失っていた。
そんな風に周りの人がどんどん死んでいくのにボクは割りとぴんぴんしていた。
生き物って上手くできていてウィルスや細菌が感染しても何割かは助かるようにできているらしい。(まあ、AIDSとか狂犬病見たいに発病したら100%死んじゃう奴もあるにはあるけどね)
それに体質によっては発病しないケースもあるんだ。
つまり、ボクはそういう体質だったらしい。
ご都合主義? と、言われてもねぇ、事実なんだから……以下略
まっ、そんなこんなで今、このエリアにはボクしかいない。もしかしたら地球のどこか、例えばアフリカやアマゾンの奥地に誰かが生きているかもしれないけれど、少なくともインターネットなんかが繋がる世界ではもう誰も反応しなくなってる。
だからもう人類滅亡認定してもいいんじゃないかな、って思う。
嘆いたってしょうがないよね。泣こうが喚こうが死んだ人間は生き返らない。そんなことよりもボクの今のもっぱらの関心事は二つ。
一つは毎日の衣食住。
実のところこっちの方は余り気にしていない。なんといってもボクは人類の遺産を全て相続したんだから。
今だって空き家になった超豪邸に一人で住んでる。世の中正常だったら絶対こんな所には住めなかったね。
食べ物や飲み物だって選り取りみどり……
まあ、缶詰とか保存食ばかりだけどね。
なんにしてもボクは人類のキング……いや、違う。正確には―――
あれ?今、ノックの音がしなかった?
……
風の音かな?
……
また、した。
今のは確かにノックの音だ。
そんな……
この辺りにはボクしかいないはずなのに、何でノックの音が……
また、ノックの音がした!
もしかしたら誰か生き残りがいたの?
いや、いや、この辺は何度も調べて、誰も居ないことを確認済みのはず。
ああ、まただ。だんだんノックの音が激しくなってる。
なんか怖い。
怖いけど、出ないと。
そうだよ、出て確かめないとなにも始まらない。
よし、勇気を出してドアを開けよう!
……
「おう、晶、遅かったな」
ドアを開けたボクの耳に聞きなれた声が響いた。
「ほえ、明、何でここに?」
ボクはすっとんきょうな声を上げた。何故ってドアの向こうにはボクのパートナーである虹野明が立っていたからだ。
明は役に立つ物資を探す遠征旅行に出ていたはず。旅程は一週間で、出発してから三日しかたっていない。だから、こんなに早く帰ってくるなんて全く予想していなかった。
「出発してすぐに凄いもん見つけたからさ。早く晶に見せたくって戻ってきちゃったんだ」
明は顔をくしゃくしゃにしながら言うと、背後にある大きな物を指し示した。
「えっと、それって万能全自動育児器?」
「そうそう、二人でずっと欲しいって言っていた奴だよ。嬉しいだろ。一緒に中に入れようぜ!」
嬉々として万能全自動育児器を運ぼうとする明を見て、ボクは小さなため息をついた。
確かに欲しいとは言ったけど、なにもこれを持ってくるためにせっかく時間をかけて準備した旅行を切り上げるのもどうなんだろう。
まあ、そこが明の可愛いところ、とも言えるんだけど。
ボクは全自動育児器を運び込もうとする明の背中を見つめる。
虹野明、ボクのパートナー。正真正銘、人類最後の男。人類のキングだ。
ボクは愛しげに膨らんだ自分のお腹をさする。そこにはボクの二つ目の関心事、明とボクの赤ちゃんがいた。
ボクの名は虹野晶。
人類の最後の女にして、クイーンさ。
✴️
私はその小説を読み終えたのでディスプレイに映るテキスト画面を閉じた。
この間、思い立ってライブラリーから集めてきた人類滅亡小説の一つだ。
特に人類最後の生き残りが一人でいると突然ノックの音がする、と言うシチュエーションは一つの分野として確立していた。
ノックの正体の奇抜さを競う訳だか、そのバラエティーの豊富さには目を見張るものがあった。
良くあるのは人類最後の男がドアを開けると人類最後の女が立っていたと言うオチだが、今読見終えた物は叙述で人類最後の男と女を入れ換えたパターンだ。
他にも訪問者が人間以外というのもあらゆるバリエーションが考えられていた。宇宙人、タイムマシンを発明した進化したゴキブリ(亜流にネズミとかもある)、ロボット、吸血鬼(これも亜流に狼男とか妖怪がある)等々。人間の想像力には限界がないのだろうか、と感心するよりむしろ呆れる。
しかし、そんな想像力豊かな者たちも本当にその立場になってしまった者の気持ちを推し量ることは出来ないだろう。
今の自分ほどには……
そう、今の自分は人類最後の一人だ。この地上には俺以外の人間はいない。男女問わずだ。
大勢いた仲間たちは劣悪な環境下で放射線や栄養失調で次々と死んだ。残るのは自分一人だ。手持ちの食糧ももう底をついている。自分も長くはもたないだろ。
覚悟はとうに出来ていた。出来てはいるが少し悔しい思いもあった。
もっと上手くやれた、と後悔の念にかられた時だ。
ノックの音がした。
まじまじとドアを見る。自分以外に誰がいると言うのだろう。サポートロボットたちもエネルギー消費を抑えるために全て停止しているのだ。
ノックをする者なんていやしない。ノックの音がするなんてありえないのだ。
再びノックの音がした。
慌ててドアまで行くと、恐る恐るドアのオープンボタンを押す。
プシュという圧縮空気の抜ける音とともにドアが開いた。
ドアの向こう側には見知らぬ男が立っていた。
男は恭しく敬礼をすると言った。
「火星移民団、最後の生き残りの方ですね。
地球から救援に来ました。
もう安心です。
食糧もエネルギーも十分ありますから」
…… …… ……
…… ……
……
そんな夢を見て、俺は目を覚ました。
時計は夜中の二時を少し回っていた。今日は元日なのでこれは初夢だ。
俺は突っ伏していた机から身を起こす。どうやらうたた寝をしていたようだ。
俺の名は、秋山鳴美。
女の子のような名前だが男だ。念のために言うが人間の男で、さらに言うならここは地球だ。
そして、俺は人類最後の生き残り(@男女問わず)でもある。
人類滅亡の理由は良くわからない。
ある時を境に人類の種としての寿命が尽きたかように出生率が低下して人口が減り始めた。
結果、俺はめでたく人類最後の生き残りになったわけだ。
ドアを叩く音がした。
俺はドアを開ける。
「新年明けましておめでとう!
初詣行こうぜー」
やや赤い顔をした俺が言った。酒が少し入っているようだ。
その俺の後ろからもう一人、俺がひょっこりと顔を覗かせ、「まあ、いつもの神社だけどな。早く行かないと餅が無くなる」と言った。
最近、この俺は髭を生やし始めていた。正直、俺には髭は似合わない。こいつを見て、俺は髭を生やすのを止めたぐらいだ。なのに何故この俺は同じ俺なのに髭を生やすのを止めないのか不思議だった。
「ああ、分かった。支度してくるから待っていてくれ」
俺はそう応えると顔を洗いに洗面所へ行った。
冷たい水で顔を洗い眠気をとる。そして、鏡に写る自分の顔をまじまじと見つめた。さっき玄関にいた二人の俺と寸分変わらない。
それもその筈。彼らは俺のクローンだ。
確かに俺は人類最後の一人だが、たった一人で社会を維持することは出来ない。だから、俺たちは俺をクローニング技術で量産したのだ。
現在、地球には俺が3000万人ほどいる。
3000万人いても俺が人類最後の生き残りであることは変わらない。何十人、何百人で騒いでいても、時折強い寂しさを感じることがあった。それはおそらく他の俺も同じだろう。
口では誰もなにも言わないが俺には分かる。何故ならあいつらは俺だからだ。
「「おーーい、早くしろよ~。寒いぞ~」」
玄関から俺たちの声がした。
俺は小さくため息をついた。どうにもならないことを考えても仕方がない。
そう、自分に言い聞かせると俺はぱちんと頬を叩き、玄関で待ちわびる俺たちに合流した。
2018/12/31 初稿
2019/02/23 誤記を修正しました
ちなみに如月一名義の短編最後の作品でもあります