表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/341

第83話:航空技術者は各国首脳が頭を下げる姿を目撃する

「ぶえっくしょい! なんて寒さだ。これではガソリンも凍るぞ」

「まだ序の口です。ヤクチアはこの時期-40度に達する場所もあります。今後彼らと戦うことを視野に入れるなら-40度での戦闘も視野に入れねばなりませんが、現在の気温は-17度。この程度なら防寒着があればどうという事はありません」

「意外と寒さに強いようだな……」

「私の実家は冬の時期-20度に達する山間でしたからね。立川の寒さなど大した事ないぐらいですよ。 さすがに高度1万1000mでの-30度は堪えましたが」

「開会式は昼だからまだマシなのだとしても、これ以上は耐えられん。 ホテルへと戻るぞ」

「はっ!」


 完成した会場内には暖房設備も多少はあったが、一般的なスタジアム形状のため、外気の影響をモロに受ける状態にあった。


 風が吹くとそれなりに寒い。


 皇暦2600年1月17日現在、開会式のリハーサルのために日の沈んだ会場内に入った西条は、自身も試した事がある電熱服1型の上にコートを羽織って開会式に臨むことを本気で検討するほどだった。


 残念ながらこの時代には高性能バッテリーなどないため、有線式にしない限り実現できず、体のどこからの部分からか黒い線が出る滑稽な姿となる。


 正直否定したい所だが、健康を害されても困るので黙っておく。


 残念ながら2600年の現在、まともな暖房器具は灯油ストーブぐらいなものだ。


 灯油ストーブはブルーフレーム式ストーブが王立国家やNUPで開発され、皇国にも多数輸入されてきて北海道などで使われ始めた。


 北海道の陸軍などでは石炭などと違い使い勝手がいいとの事で、大変重用された存在である。


 電気ストーブもすでにある。

 ニクロム線を用いているので残念ながら現在の皇国では生産中止となっているが。


 ニクロム線をカンテラ線に代用する手はあるのだが、カンテラ線は電熱服に最優先で回されたために暖房器具に回す余力が無い。


 従って今は湯たんぽなどを服の中に入れて耐えるしかないのだ。


 しかしまさか本当に開催に漕ぎつけるとは。


 俺は別に五輪なんて2600年に出来るとは思っていなかったので、返上した歴史こそ2597年時点で西条には伝えたが、返上で構わないと思っていた。


 全てが終わった後にやればいい。

 そんな程度にしか考えていなかった。


 それがまさかこんな事になるとは……


 歴史とは一人の人間に制御できるものではないことがよくわかった。


 本来の予定では2月5日~14日の9日間開かれる予定だった札幌五輪は、予定を少々前倒しして1月21日~2月1日までの11日間開かれる事になった。


 開催日数が伸びた最大の要因は参加国の増加と、もう1つ。

 スキー競技が増えた事である。


 本来計画された札幌五輪においては、誘致の時点でスキー、ボブスレー、スケートを中心として競技種目が組まれていた。


 しかし当時の五輪組織委員会と国際スキー連盟が対立。


 競技種目からスキー競技全般が除外されるという事態に陥る。


 皇国は2598年までに各国の競技団体を個別に説得し、国際スキー連盟の態度が変わるよう水面下にて活動したものの、結局いくつかの競技団体の賛成意向を取り付けた段階で返上した。

 完全にスキー競技が行われる許諾は得ていないままだった。


 つまり本来の未来でなくともただ開催するというだけならば、2600年の五輪もスケートを中心とした五輪となる予定だったんだ。


 だが事が動いたのはブタペスト会議。

 即位式を執り行った王国とその周辺国にいる要人こそ、国際スキー連盟を構成する最高幹部達。


 俺が知らぬ間に西条は会議後に彼らと協議を行い、組織委員会と連盟の対立関係を解消させる事に成功。


 元々スキー会場も準備していた札幌ではあったが、ユーグ全域のスキー選手達が参加への意向を表明したこともあり、連盟側が折れる形で認められた。


 連盟が組織委員会と対立した原因は、"スキー教師"という存在が背景にあった。


 皇暦2590年代からスキーというのは軍事、文化、そして競技の三方向で見出され、各国ではより高速で雪上を滑る理論と手法の構築を目指し、シュヴィーツなどを中心に相次いでスキー学校が設立。


 このスキー学校の教師達は、持ち前の理論でより高速に雪上滑走できるスキー板や走法を確立しようとしたが、国際スキー連盟により彼らスキー教師達はスキーを売り物に財を成そうとする存在とみなされ、国際スキー連盟は排除しようとした。


 彼らの生徒である選手達の競技への参加は認めたが、彼ら本人の競技参加は認めなかったのである。


 一方の組織委員会は彼らもプロフェッショナルとして参加を許可しようとした。


 これによって深い溝が生じ、スキー連盟は五輪におけるスキー競技において、国際スキー連盟所属下の人間は一切の参加を認めさせない事になり……


 それはつまりスキー競技の開催が不可能になるということを意味する事態となった。


 何しろ皇国スキー連盟も国際スキー連盟所属。

 国際スキー連盟に所属しなければ国際大会への参加は出来ない。


 五輪に参加するために国際スキー連盟から脱退すれば、五輪より重要なワールドツアーなどへの参加が出来なくなる。


 だが、国際スキー連盟としてみれば、選手育成だけでなくスキー場へのスキー客の誘引を目的としたスキー学校は正直言ってスキーを売物に金を稼ぐだけの行為であり……


 相次いで国家資格化されたスキー教師という立場の人間を選手として認める事はできなかった。

 まあ最終的には連盟側が折れたわけなんだが納得はできずとも理解できる話ではある。


 国際スキー連盟の幹部級はユーグ全域に散らばっている。

 アペニンにも第三帝国にも理事がいる。

 シュビーツや王立国家、NUPにもいる。


 この時代においてまるで国境や国家の思想など関係ないとばかりに散らばり、これらを俺がやり直す前の皇国がまとめるのは不可能に近かった。


 全てはブタペスト会議による各国の情勢の変移によるものだ。

 第三帝国も軍拡のために多少は時間を稼ぎたかったのだ。


 だから冬季五輪においては国際スキー連盟と組織委員会のわだかまりを解消することに賛成した。


 各国の政治戦略が大きく反映される決断ではあったものの、おかげで当初の日程では足りなくなったというわけだ。


 各国の選手はすでに現地入り。

 周辺のスキー場などで北海道の雪の状態を確かめたりなどして調整を行っている。


 ユーグでは一部の地域が既に火の海となっている状況ではあるものの、エーストライヒとポルッカは共に臨時政府として参加。


 第三帝国はこれを非難したものの、組織員会はその非難声明を認めなかった。


 西条は参加国の定義は皇国が行うものではなく組織委員会が行うものとして、皇国、ならびに皇国五輪委員会が特段なんらかの判断を示す事はないと主張。


 実際、立場上不可能に近いので第三帝国が皇国へ向けて非難する事はなかったものの、札幌入りした臨時政府の要人と第三帝国の要人らは、明らかに目には見えない火花が散っている様子が表情から見て取れた。


 俺が不思議だったのはモロトフだ。


 極東から樺太を通って北海道入りしたモロトフは、まるでヤクチアは全ての事象に関知していないとばかりに、向けられた視線に目をくばらせる様子すらなかった。


 ポルッカに攻め込んだのは第三帝国だけではないのに。


 モロトフという男がどういう男なのか俺は語られる歴史の中でしか知らなかったが……つまりこれが奴の平常なわけだ。


 自身は無関係の立場を平然ととりつつ、挑発的な態度で迫る。


 語られるヤクチアの外交手法は自身に自己暗示をかけて己を誇張化し、対峙する国家に背伸びをした状態から重圧をかけるものであるが、それはモロトフのミームによって生じたモロトフ流外交が根付いた影響だったりするのかもしれない。


 そのあまりの横柄な態度についついモ式に手が伸びそうになる。


 外交においては、この男にどれだけしてやられたかわからん。


 何しろこの男は直前まで中立条約を更新するそぶりを見せながら、裏ではヤルタ会談の事実を知ってある時期で掌を返したんだ。


 勝ち戦とわかって第三国を裏切るというのは、さぞ気持ちよかっただろう。

 今もまだヤクチアは勝ち戦だと考えているようだ。


 ユーグ全域を落として全てを奪えば東亜などとるに足らない。


 それがまさに態度に表れている。

 ある意味でそれに近い態度で周囲と接する者がもう1名いる。


 NUPの大統領である。


 競技会場から戻った札幌のホテルにて、今まさにそのモロトフとも仲良く会話に興じるこの男。

 MI6が送ってくる情報を見る限りヤクチアと裏で手を繋いでいることはわかっている。


 NUP自身がなんとかまともでいられるのは、市民単位での活動と上院下院の双方が押さえつけているため。


 民主主義的自浄作用が多少なりとも働いている。


 それでも暴走が止まらないのは、この男を含めた共産主義に染まった奴らがNUPの内部に少なからず混じっているからだ。


 その筆頭がこの男。


 NUP自体は反共主義ではあるのだが、民衆や他の政治家によって表向きの活動は押さえ込まれる一方、本来の未来でも独断で行っていた政治的裏工作を別の世界たるこの世界でも密かに行っている。


 YP-38を全て共産党軍に売り渡した?

 王立国家と共和国向けのリストにP-38は入っていなかったのに?


 F3FとかF2Fとか一昔前の機体しかなかった。


 F4Fは確かに生産開始は本年の11月だから仕方ないにせよ、現時点で完成しているならば売るべきはずの戦車も航空機もリスト内にない。


 俺はレンドリース法制定前の状況がよくわかっていないのだが、中立法改正時の当時のリストもこんなもんだったのか?


 実際問題、こんなの王立国家の既存の機体で十分なのだから買う必要性がなく、王立国家自体も購入していない。


 金がなかっただけでなく買う理由が全く無い。


 フライングバレルを買うぐらいならばCR.42の方がよほど優秀だ。

 あいつにマーリンを搭載させれば500km台に乗る。


 あの生産性の高さで12.7mm×2のあの機体なら緒戦を乗り切れる。


 実際、バルボは王立国家やNUPと交渉しているらしいが、C.202は開戦に間に合わん。


 マーリンを搭載させたCR.42が当面の間のアペニンの戦力で間違いない。

 それでもフライングバレルよりよほど高性能だ。


 どうせ事実上の失敗作をこちらに押し付け、虎の子の最新鋭機を共産党軍に押し付けて、各国の出方を見ようという魂胆なのだろう。


 上院、下院の監視を潜り抜けてよくもそんなことをやってのけたものだ。

 前科があるとはいえ、懲りない男め。


 チェンバレン首相がさほどいい気分で接しないのも、この男を信用できないからだろう。

 そのチェンバレン首相は明らかに体調がすぐれない様子。


 癌の悪化だ……


 2日前に西条と会食した際には食事中度々テーブルの席を離れたが、その間に何度も嘔吐を繰り返していたことが判明している。

 

 少々頬がこけてやつれた姿になっても尚、9月1日までは何があっても死ねんと親しい者達に語りかけているそうだが、貴方は9月までは生きられる。


 その2ヵ月後までしか生きられないが……だが、すでに覚悟は決めている様子だった。

 東京会議の日からその目には曇り1つない。


 西条との会食では後継者をすでに考え始めているとのことだったが、名前が出たのはやはりチャーチルである。


 王立国家は戦う選択をとる以上、この男以外いないのだ。


 すでに海軍大臣として復帰したチャーチルは、航空機嫌いなのか船で渡航してきていた。

 単なる海軍大臣が五輪開会式に参加するのも後継者であるがゆえ。


 宮本司令の話では皇国の海軍戦力について調べている様子があったそうだが、軍令部に現れた彼は大和の存在を仄めかした上で、"そんな巨大な戦艦を作るよりも空母を作りたまえ"――と促したという。


 最高機密が漏れていた事に宮本司令は汗が止まらず喉がカラカラとなってしまったが、チャーチルは"大西洋は王立国家の艦隊だけでは守りきれない"――と、皇国との連携で第三帝国の潜水艦部隊と戦う意向を示したという。


 海軍の知り合いが速報で伝えてくれた話だが、チャーチルは今のところ皇国と戦う気はないらしい。


 そればかりか、小野寺少佐からの情報では同盟に前向きだったのはチャーチルの方で、彼の現在の意識はNUPをいかに引きずり込むかに向いていて……


 引きずりこめなかった場合は、皇国の艦隊と王立国家の艦隊によって大西洋を守りきるしかなく、皇国の海軍戦力増強はむしろ望むべくものだと考えているようだった。


 チャーチルは戦後もUボートには最も苦労させられたと話していたが、大西洋や地中海における絶対的な制海権確保のために、非常に強い危機感を抱いていることがよくわかる。


 NUPを除くとまともな勢力の艦隊を保有するのは皇国しかない。

 アペニンは戦艦6隻が建造中のままで空母は無い。


 空母建造はあまりに難しく、皇国か王立国家の技術指導が必要。


 6隻の戦艦は改装空母となる可能性が高いが、それ以外の戦力は旧型艦の近代改修戦艦2隻を中心とした脆弱なもの。


 共和国海軍はこれを多少マシにした程度。


 一方の第三帝国は潜水艦増備を決定してしまった。


 本来の世界では26隻+26隻増産だったのだが、やはりNUPから支援を受けているのか、ここからさらに増えるという。


 俺が基本設計を担当した新鋭潜水艦が活躍しそうだ。


 すでに大型モックアップによる試験が行われているが、艦内スペースがやや狭い以外は極めて高い評価を頂いている。


 まあ船体構造的には30年後の構造を採用しているからな。

 Uボートに対して今の時代においては摩訶不思議な涙滴潜水艦で挑むしかない。


 軍令部は71号艦をチャーチルに公開した上で、潜水艦では決して劣らないと胸を張ったそうだが、あの71号艦ですら王立国家海軍の目が飛び出しそうになる存在ではある。


 どういう表情でアレを見たのか興味が沸く。

 そんなチャーチルもすでに北海道入りしていた。


 4日後の開会式の写真が早く見たい。

 後に各国の教科書に何度も出てくるはずだ。


 ほぼ全員集合だからな。


 ブタペスト会議の時にいなかったメンバーも揃っているし、これが今の世界の図式を表しているのだから。


 ◇


 皇暦2600年1月21日。

 開会式は華やかに行われる。

 当日は晴天。


 陛下による開会の宣言が行われた後、西条の開会の挨拶も行われた。


 東亜史上初となる五輪は大戦を遅らせるための政治利用されたものではあったものの、選手達に有利不利が働くものではないので大会自体が批判される事はない。


 ただ入場行進の際、エーストライヒ臨時政府から参加した選手と、ポルッカ臨時政府から参加した選手は明らかに総統を睨みつけていたし、ヤクチアの選手入場においても一部の外国人観覧客からブーイングが起こるなど、今の時代を風刺する状況は生じていた。


 皇国は事前通達により紳士的でない行為は禁じていたし、陛下も見学される大会でそのような事をしでかす人間はいなかったが、陛下本人がモロトフやNUPの大統領に顔を向け、"東亜の、世界の平和を祈っている"――とやや声を大に話したのが印象に残る。


 今東亜を揺さぶっているのは他でもないヤクチアとNUPの大統領。

 それは皇国の皇帝によるしたたかなけん制であった。


 モロトフ本人はいつもの調子であるが、その調子がいつまで持続するのか俺は興味があるね。


 一方のNUPの大統領は流石に顔が引きつっていた。

 予想外だったのだろう。


 陛下は平和だけを願う聖人君子ではないことを理解しただろうか。


 その陛下の開会宣言についてだが、西条への俺のアドバイスの影響か起立と礼の号令がかけられ、 全ての首脳陣が頭を下げる面白い一幕もあった。


 開会式にはユーグの王族も多く参加していたが、彼らも陛下に合わせて自国式の礼で応える。


 もしやこれは後世に残る歴史的な一幕だったのでは。


 これだけのメンバーが大集合した上で、彼らが全員頭を下げるシーンは当日のニュースでも紹介された。


 この映像は永久保管レベルだぞ。


 俺が知る世界にこの映像を持ち込んだとしよう。

 きっと世界の大半の人間はこう言うはずだ。


 "B級映画のギャグパートか?"――と。


 頭を下げるシーンだけ見ればそう感じる。


 総統閣下含めて殆どの者達が脱帽したシーンは、民衆の上に王ありという現実を現した瞬間。


 俺はこの世界にきて初めて心の底から欲しいと思う映像だ。

 何度も再生して見て見たくなる。


 結局彼らも背後に国家を背負う者とはいえ、礼節を無視した態度に出ることはできないわけだ。

 恐らくこの場にてそれをした可能性のある人物は、ウラジミールのみ。


 ウラジミールだけがそれをやらない気がする。


 モロトフだった影響で普通に頭を下げていたが、頭を下げたくないからこそモロトフにさせた可能性もあるかもしれない。


 奴は自国の王にすら頭を下げなかった男だから。


 しかしとても不思議な時間だった。


 これから大戦に赴こうという各国の首脳陣は、平和の祭典の場においては自らの矛を収め、あくまで祭典を祝う事に終始していた。


 選手団入場の際にムッソリーニなどは自国の選手に敬礼したりなどしていたが、それは圧力でもなんでもなくエールでしかない。


 思えばベルリンオリンピックもそうだったか。


 開会式の映像はリアルタイムで生放送されたが、他の皇国民も同じような感想を抱いたのか、それか戦火という存在があまりに遠すぎて世界は平和なのではないかと錯覚したかのどちらか。


 ただ、増え続ける難民達は東京などにも姿を現し始め、皇国民も単なる対岸の火事ではないことに気づいている。


 それでも今は馬鹿になって波に乗るしかない。

 競技自体は公正に行われるのだから。


 ◇


 華やかな開会式が終わると各国の首脳陣は散り散りバラバラに帰国。

 今回は状況が状況で東京会談などを行う事はなかった。


 ただし第三帝国の総統が突如会談を提案。

 わずか1時間30分ほどでしかなかったものの西条と会談した。


 首相補佐官である俺も影ながらにその様子を見ていたが、総統が提案したのはユダヤ人の皇国への移動。


 反ユダヤ政策に乗らないと公言している西条に対し、強制移住先として皇国を提案した。


 さらに現時点での皇国への渡航許可も出している事を暴露する。


 敦賀に到着した4万人以上のユダヤ人の中には正規の渡航許可を得ていた者も少なくなかったが、同盟国に限り渡航を許可するとしたのは他でもない総統によるものだった。


 西条はこの提案に対し、表向きは協定締結国としての立場があるため批判などはしなかったものの、正規の渡航許可を得た者と人道的に救うべき全ての者にできる限り手は差し伸べるとは主張した。


 その代わり皇国が第三帝国に求めたのは戦車用の成型炸薬弾。

 やや威力不足の88mm砲の威力を補うために求めたのである。


 総統はわかっていたはずだ。

 それが自らの戦車に使われる可能性があることを。


 だが彼はわかっていなかった事があったようだ。


 きっと彼は皇国には47mmが精々で、開発中の王立国家の17ポンド砲が最大威力なのだと。

 そして17ポンド砲搭載の皇国製戦車など大した脅威ではないと考えていた。


 だから航空機にて図面をすぐ運んでくるという約束を取り付けてしまった。


 まさか自国の海軍が開発していたFLAK18に匹敵しうる8.8 cm SK C/30が量産化されていたとは知るまい。


 しかも、それは皇国が改良を施したもので、性能的には8.8 cm SK C/30に勝るとも劣らない。


 皇国が量産化にあたって施したのは整備性の向上と、耐久性の向上、そして軽量化。


 56口径九九式八糎高射砲は、成型炸薬弾があればその貫通力は飛躍的に向上する。

 間違いなく500m以内だろうが500m以上だろうが150mmを貫通できる。


 一部では勘違いしているのが多いが、成型炸薬弾は弾速800m/s未満ならば効果を発揮する。

 むしろ重要なのはその際の弾丸の回転速度だ。


 つまりFLAK18の初期型~中期型までなら相性は抜群。

 だからこそ第三帝国も初速が800m台になっても効果があるため活用していた。

 それ以上へと進化した王立国家はもてあましたが、同じく800m台のNUPは上手い事活用した。


 APDS弾丸は音速の三倍程度でないとその貫通力は期待できない。

 王立国家のAPDS弾の初速は秒速1200mを越えていた。


 一方の九九式八糎高射砲は現時点で730だがこれ以上の高速化は皇国では不可能。

 だから別に相性は悪くない。


 成型炸薬弾において最も重要な回転力の制御についてはヤクチア方式でいい。

 弾頭に尾翼を付ければいいだけだ。


 回転力を弱めればいい。


 800m以上の初速を誇りながら成型炸薬弾で暴れたヤクチアが出した答えを用いれば、九九式八糎高射砲でも活躍が期待できる。


 何よりもアレの強さは距離を選ばない事。

 弾頭の大きさが全て。


 曲射砲という使い方が出来るようにしているこの駆逐戦車においては、榴弾と並んで使い道は多い。


 航空機との連携による弾着観測という方法もあるし、元より単独で扱うことなど考えてなどいない。


 そこはM4と変わらない。

 それに応用が可能な弾頭故に手に入れておきたい。


 本来の未来においてもこれを手に入れてから砲弾製造に大きく影響したんだ。


 更なる未来の状況を考えても今手に入れておき、俺流の改良を施して1歩上回る砲弾として完成させよう。


 どうも総統はそういう人間がいるとすら理解してなかったようだ。


 総統はこの会談の際、"戦車開発に失敗しているようだが、これで多少は挽回できるといいな"――などと笑っていたのだが、笑わば笑え。


 砲塔は回転しないが88mmはこちらにもあるぞ。


 しかも元々はそちらの国のものだ。


 精々、完成した皇国戦車が傑作とは言わないまでも、決して侮れない存在となるように努力するさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ