番外編9:稲妻と雷光
番外編9:稲妻と雷光
「准尉、また来ましたね」
「ああ。これで7度目だ」
キ43試製百式戦闘機4号機を受領してから2週間。
国境付近から飛来する謎の航空機に我々は苦慮している。
現在我々がいる北京の陸軍基地には、3日に1度ほど謎の航空機が飛来する。
北京は統一民国軍の電子探査網と駐留軍の電子探査機器双方により、陸と空双方を常に監視している状態にあるのだが……
高空より飛来せしそれは警戒網を突破してこちらを挑発してきていた。
「敵の速度はどうか」
「今日も計算の上での最大速度は600kmを軽く越えてます。九七では追いつけません。現在高度は9000m以上。1機しかいませんが脅威です」
「速いな……」
「ええ」
解析部隊によるデータでは、連日飛来する機体は最高高度9000mを600kmで飛行する化け物だった。
現在の皇国において600kmを越えることが出来る機体は、北京にて私が試験運用しているキ43と皇国で活躍が期待されるキ47のみ。
しかも計測最大速度は670km超に到達している敵機は、キ47より最高速度が上回っている。
技研の信濃技官はキ47は最高速度をやや捨てて、運動性を確保した性能であるのだと主張していた。
敵機の最高速度700kmだと仮定した場合、立川の信濃技官の見解が正しければ運動性は最悪。
失速特性も酷く、まともな旋回戦は出来ないことになる。
それを裏付けるように謎の機体はかなり大きな旋回半径で行動していたが、旋回半径を大きく取るのは偵察のためである可能性を捨て去れない。
信濃技官は2400馬力を双発とすれば、最高速度700kmに到達させた上で運動性も確保できると主張していた。
キ47でそれならば、この敵機はそういう機体である可能性もある。
現場では全ての可能性は捨てられない。
しかしこのまま挑発が続くとキ43の試験が中止になる。
せっかく新鋭機を先んじて受領して高揚感溢れる北京の駐留基地の空気に冷や水を浴びせかねない。
やはりここは……戦術を用いてこれを撃破すべきだ。
なによりも国境を越えて飛来する航空機への防空が果たせないなど、最新鋭機を保有する駐留軍の沽券に関わる。
「よしわかった。私は隊長に会いに行く。電子探査は常に怠るな」
「はっ!」
観測要員をその場に配置したまま一人で隊長の下へと向かう。
隊長は9月付けで北京駐留軍 飛行第11戦隊に着任したばかりの男。
この11戦隊は第1戦隊と並んで最も古い歴史をもつ部隊。
伝統ある戦闘機部隊ゆえに規則などはやや古臭いが、日夜訓練によりその戦闘方法は徐々に近代化しつつあった。
私達部隊員にとって11を象る雷光のマークは誇り。
その誇りを傷つけようとする者がどうしても許せないのだ。
だからこそ早足にて部隊長室へと駆け込み、嘆願並びに志願する。
扉をノックした後はすぐさま入出。
「失礼します!」
「やかましい音が聞こえる。例の戦闘機がまた来たようだな」
「これで7度目であります。そろそろ迎撃の是非を伺いたく入室した次第」
「准尉。君の言いたいことはわかる。新鋭機を利用して敵機を倒す。そうやって敵の士気を下げようというのだろう。東京には劣るとはいえ北京もそれなりに整った街。そこを悠々と敵軍の航空機が飛来するというのは好ましいものではない。だが、あの機体は高度8000m以上の飛行は難しいと聞いた。どうやって倒すというのだ」
「無論、おびき寄せるのであります。敵機は間違いなく我々の情報を得ようとしているわけでありますから、戦術を駆使すればあるいは」
「相手が偵察しか考えていないのだとしたら迂闊に身を晒すことは出来ん。もっと、もっともな方法を提案したまえ。その作戦は部隊長として容認できぬ」
「方法はあります。本国よりもう1機試製機を取り寄せていただきたく思います。キ45。山崎の双発機となります。キ47に敗れはしましたが、こちらも非常に高い高空性能を保持しているわけでありまして、かの機体をおびき寄せるには最適。降下してきた所をキ43で狙い撃ちます」
「上層部がそれを認めるとおもうのか?」
それは確かにそうではあるが、キ46、キ47、キ57……共に新鋭機はまだ表で晒す事などできぬというならば、代替となりうる機体で挑む他ない。
「隊長。相手の狙いは未だ不明。なれど、このまま偵察が続けばいずれキ43の正体が露見します。せっかく抑止力にもなりうる新鋭機の試験が中止されるとなると、駐留軍司令部の面目が立ちません。どうか申請していただけないでしょうか」
「東京組がどう応えるやら……わかった。私もあの耳障りな音にはウンザリしていた所だ。申請はしてみよう。准尉。君が所属する第四小隊の飛行隊長と連携してこれを撃破しろ」
「はっ!」
◇
通るか通らぬかわからぬ申請が通ったことを理解したのは、4日後のことだ。
本国より移送されてきたのはキ45。
キ47に全ての面で敗北した機体なれど、キ47と同じ心臓部を持つ。
排気タービンによってこちらも最大高度1万1000mを超えられるとのことだ。
飛行の際にはようやく支給されはじめた電熱服が必要とのことで、甲冑武者のごとくゴワゴワな服装の山崎のテストパイロットが運んできた。
奴らが最後に飛来したのは前日。
キ45とキ43、そして九州防衛に成功した九七式戦による第四中隊は、これより謎の新鋭機撃破に挑む。
その前にまずはキ45の性能確認である。
その日は中隊長直々に乗り込んでの比較試験となった。
◇
「水平飛行は高度7200mで620kmという所か……遅いな」
「中隊長殿。この高度ならばキ43の方が速いでありますね」
「キ47は立川で俺も乗った。こいつのエルロンは重い。ロール性能は大した事がない。空中機動で引き離すのは無理だ」
飛行試験が終わった後の作戦会議では、改めてキ45が不採用となった理由が続々と判明した。
運動性は単発機と比較したら最悪。
単座機体でありながら利点と言えば高度上昇能力しかなく、高度上昇能力こそ高く速度を維持したまま上へ上へと駆け上がれるが、1万1000mでおおよそ500km程度の速度しか維持できない。同じ高度で580kmは出せるキ47とは雲泥の差である。
「私が思うに、仮に落とされたとしてもエンジンとタービンだけは処理したい。地上部隊とも連携し、残骸処理を徹底させよう」
「問題は誰が乗るか……ですね隊長」
すでに私がキ43に乗る事は決まっていた。
部隊の中で最も実戦経験が豊富であるのが私だけだからだ。
私を除くと中隊長しか経験者はいない。
しかし中隊長が直接乗られるわけには……
「俺が乗ろう。降下速度を維持すれば700km出せる。つまり予め奴が飛来する9000mより上にいればいいわけだ。奴らが来る時間帯は常に一定。電子探査機部隊と常に交信して待ち構える。幸いにして航続距離はこちらにも分がある上、おまけに迎撃戦闘ならば燃料においても分がある。九七式戦は高度6000mで敵機の進路を塞ぐ役割を担ってもらう。いいな?」
「はっ!」
「キ45にも内蔵の電子探査機はある。敵機が13km以内なら補足可能だ。何としてでもこちらの戦場へ引き込むぞ!」
「はいっ!」
それから2日ほどはキ45の慣熟訓練と連携訓練などに費やした。
現在の北京の駐留軍基地には本国から新たな航空燃料が届いている。
よくわからんがこの燃料だと発動機がとても汚れにくくなるらしい。
本国の上層部お墨付きの品だそうだ。
実際、整備をしてみたところ発動機の内部を分解してもドロドロとした黒い液体が流れ出てくる事がない。
いつもなら整備班と共に整備していると服が汚れたものなのにな。
原液は発動機用洗剤としても使えるらしく説明書も添えられていた。
こいつで磨いた途端にキ43はまるで新品に蘇った。
これならば奴の優速に負けぬぞ。
◇
「これより作戦を開始する。今より20分後。ヒトゴーマルマルより順次離陸開始。敵機飛来はヒトロクマルマル頃。西側を警戒し、飛来せし新鋭機を討伐する。皆準備はいいか!」
「おおお!」
2日後。
いよいよ作戦が開始。
今回の作戦において最も重要なのは敵を逃さぬ事。
とにかく敵機をひきつけ、その上でこれを撃破する。
そのために電子探査機を用いてとにかく敵を早期に発見し、連携して追い詰めるのだ。
都市部からやや離れた場所を交戦領域とし、敵を殲滅する。
◇
「――准尉。12.7mm弾の中にマ弾は装填していません。本国がキ45の申請を受諾した際に注文をつけてきておりまして、可能な限り敵機を鹵獲せよとの事です」
「なんだと……」
飛び立つ直前。
隊長補佐の伝令役から突然の報告により、慌ててキ43の翼から落ちそうになった。
飛び立つ直前に伝えにきたという事は中隊長には伝えていない。
なぜそうしたのかはわかる。
責任の処遇を私だけに絞るためだ。
言いだしっぺの法則とは言うが、敵を逃しても失敗、敵を完全破壊しても失敗。そういう事か。
まあいい。ならば戦い方はある。
「大丈夫。准尉ならやれますよ」
「当然だ」
格好はつけて乗り込んでみたものの、九州襲撃時の藤井少佐のような事は出来ない。
敵は爆撃機ではないのだからな。
望遠鏡による肉眼で見た影の様子から恐らく戦闘機だ。
双発の……な。
私も部隊長に伝えていない事がある。
敵機が立川で見たキ47に類似した胴体構造を持つ機体であることを。
密かに軍の知り合いを通して確認してもらったがキ47は全て皇国本土にいる。
きっとキ47は現時点の双発機の理想系の形なのだ。
キ45のような旅客機然とした姿では駄目なのだ。
となると一体どこの国の機体なのかが気になる。
ヤクチアではないな。
洗練された空力を誇る機体……第三帝国か……NUPか?
どちらにせよ今後は600km以上の速度帯で戦わねばならない。
苦労を要する。
事変の頃は低空旋回で200km台だったというのに。
まるで別世界だ。
それはたった2年前の話なんだぞ。
唇をかみ締めたくなる重圧がかかるが、それでもいつものように飛んだ。
キ43は本当に素直だ。
飛べばその安定性には驚くばかり。
まるで揺れない。
この機体で思う事は独特の高音が機内に響く事だ。
雲などに近づくとヒュンヒュンと翼が風を切る音が聞こえる。
どこがそんな音を奏でる要因になっているのかはわからないが、速度が速くプロペラ音が静かだからかもしれん。
離陸した私はすぐさま操縦席内のミラーなどを調節。
キ43には新たに後方確認用のミラーが装備された。
大変視界が優れる風防をもっているからこそ出来る装備だ。
ミラーの反射光を抑えるために試験に参加する他の者は飛行中に動かして使うが、そんなに反射光が気になるほどではない。
演習中これに何度救われたか。
今のところ九七式戦に1度も負けた事はないが、上を取られてもミラーがチラチラと太陽光を反射するので見つけることが出来る。
複数のミラーで上空も確認できるようにしている点は素晴らしい。
後方確認で振り向く間に状況が一変する空戦においては、ミラーは今後必需品になるだろう。
――こちら中隊長涼風。前方に敵影確認できず。電子探査機に反応無し。地上も敵を確認できず。このまま雷光2~雷光9は高度6000mで待機。雷光1は我に続け――
諸外国の通信機はすでに音声通信が可能だというのに、未だに我々は光信号やモールスを利用しているというのはどうなのだろう。
こういうのも音声発信でやらねばモタつくぞ。
技研での無線開発はどうなっているのだ。
――了解。雷光1。涼風と共に移動ス――
現在時刻15時15分。
すでに都市部からは離れ、交戦空域に到達。
このまま旋回上昇して高度9000mまで上昇。
キ45はさらに2000m上昇。
作戦では敵の背後をとり、敵の降下を誘う。
敵に背後を取られた場合でも同じ。
高度を落としながら旋回戦に持ち込み、新鋭機を撃墜する。
機体の原型を留めるなら出来るだけ速度を落とさねばならないが、片側のエンジンを打ち抜くか。
ならば上を取るしかないな。
しばらく旋回しながら高度を上昇させ、6000mから酸素マスクをつける。
9000mとなると息がまともに出来ない。
なんとか平静を保っていられるのは6000mまで。
九七では緊急用の酸素マスクが常用になるとはな。
まあ容量はたっぷりとあるので問題ないのだが。
――こちら涼風。これよりさらなる高度上昇を開始。貴君はこちらにて待機せよ。尚、今だ敵機の反応ナシ――
――了解。ご武運を――
高く、より高く駆け上がっていくキ45を見送りながら、こちらはエンジン音で警戒されぬよう、必要最低限の出力にてゆっくり旋回を続ける。
時折雲の中に入り、身を隠す。
――そして30分後。ついに敵が現れた。
まるで教本どおりの動きだな。
――敵機発見! 敵機発見! 地上部隊より交信アリ。敵影は1機。9時の方向より飛来。現在の敵との距離140km。およそ15分で邂逅ス。これより迎撃を開始する――
――了解――
10km以内にまで近づけばこちらが補足できる。
キ45だってキ47と変わらん電波による目があるのだから。
◇
――そして12分後。
――敵確認10km遠方。雷光1より西。雷光の正面より一時方向より飛来。雷光1は敵の背後を取るため、旋回して肉眼で補足セヨ――
上手く合わせたつもりだったがこちらには電子探査機がないので、若干ズレていた。
すぐさま右旋回15度とし、相手を反時計回りに追いかけるようにする。
キ43も左旋回の方が高速で行えるためだ。
上空を見上げるとキ45が敵に向かって突入していく姿が見えた。
そのまましばらく進むとついに敵を発見。
同じ高度だが速い。
すぐさまエンジンを全開にし、左に旋回しながら後を追う。
この様子では相手に電子探査などの機器は積んでいないな。
この動きは誘いではない。
いつものように飛んでいるだけだ。うつけ者め。
――こちら涼風。これより高高度より敵に接近を試みる。敵のやや上空を通過し、敵の動きを見る――
俺は急いで了解の通信を送り、只管追いかける。
距離は徐々に離れていく。
相手の速度は現在640kmぐらいか。
まだ全力運転はしていないな。
最大飛行速度は都市部上空でのみだしているのか。
追いかけながら上を見上げるとプロペラ音を響かせて高度を落としてきたキ45を確認。
その音に気づいた敵機はすぐさま空中機動をとる。
敵機体はシザース機動をさせて失速させようと、左右に機体を振り回して煽ってきていた。
馬鹿め。
キ45の中隊長は実戦経験者。
そう簡単に貴様の誘いには乗らない。
そんな定石どおりの動きでこちらを欺けるわけがない。
お前達は事変で戦った事はないだろう。ずっと遠くから様子見だったものな。
だが我々は民国軍と一時はしのぎを削りあった。
だからそんな定石への対応策ぐらい頭の中に入っている。
中隊長はあえて上空に飛び上がる事で、敵機を追い抜かさないよう調節し、敵の出方を伺っていた。
一方の敵機。
左右に振り回すせいで速度が落ちてきた。
560km台ぐらいだな。
これなら追いつける。
一旦限界出力にまでエンジンパワーを上昇させ、一気に距離を縮める。
そしてついに真後ろについた。
まずは牽制。
12.7mmの両翼の機銃を使い、敵の上昇を阻みながら敵の頭上を通過しつつキ45を避けながらバレルロール。
キ45も阿吽の呼吸とばかりに連動し、敵左旋回を行いながら機銃を掃射。
これに怯えた敵機は一気に機体を90度傾け、水平ループで逃げようとする。
その時、初めて機影をきちんと確認できた。
なんというかキ47とは違う。
似ているのは真上から見たシルエットだけだ。
なんというか、奇怪な見た目だ。
キ47の方がよほど普通に見えるのは気のせいか。
よく見ると尾翼にはYP-38の文字がある。
P-38……?
……このコードナンバーはNUPのものではないのか。
NUPの新鋭機がなぜここに!
だが乗っているのは東亜の人間だ。
邂逅した瞬間に青ざめた顔をした操縦者がはっきりと見えた。
こちらはシザース機動を取り、相手の出方を見る。
空戦において重要なのは軸線をあわせ、さらに最も表面積を晒した状態にて射撃すること。
つまり真後ろを同じ高度で飛んで射撃しても攻撃は当たるわけがない。
攻撃を当てられるのは機体を真上から見た状態。
機体の表面積が最も増大する時だ。
だから空戦で重要なのは常に上を取る事。
より上を取れる戦闘機が勝つ。
そういう意味ではキ43はこの機体より不利だが、ちょっと旋回しただけですさまじい速度低下を起こしている事から、失速特性が酷いのだ。
運動性があった所で旋回して大幅に失速してしまうと、より失速しにくい機体に勝機が現れる。
パイロットはこの機体の使い方をわかっていまい。
キ45と同じく、常に真上を取ってゆっくり旋回すればいいのだが、こちらを引き剥がそうと必死だ。
現在高度8000m未満。
激しい旋回でどんどん機体が降下してくる。
9000m未満はこちらの戦場。
後は西に絶対に向かわないように機銃を射撃し、最後にエンジンに攻撃を命中させて落とす。
とにかく今は後ろにひっついて離れないようにする。
残念ながら運動性はこちらの方が上だ。
フラップを使わずともな。
キ43には空戦フラップなるものがあるが、俺は殆ど使わない。
使えば失速してこの手の機体と同じようにどんどん速度を失って不利になる。
速度が高ければ一旦上昇してしまえばいいんだ。
ロールしながら相手の速度を確実に落としていく。
すでに400km台まで落ちた。
中隊長は敵の進路を塞ぎながらこちらと空中衝突しないように努めている。
このパイロットは二流かつ戦闘経験もまるで無い者と見た。
一流なら最初の邂逅で高度を落としながらゆっくり旋回しつつ逃げる。
それをやらせない腕も我々にはあるが、そうしなかったのが運の尽き。
新鋭機は信濃技官の話していた一撃離脱タイプ。
水平飛行速度に優れるが一旦追い込んでしまえばどうにかなる。
一撃離脱ゆえ、高高度を取られたまま奇襲されると最悪だ。
きっとこのパイロットはこの高度に到達できる機体などいないと聞かされていたのだろう。
高高度での飛行は得意なのかもしれんが、低高度での空戦は素人丸出しだ。
おっと、その上昇は命取りだ。
キ43の加速を甘く見ちゃいけない。
状況を打破しようと上昇した瞬間、俺は機首の機銃で射撃。
主翼の一部と排気タービンと見られる部分に命中。
排気タービンから黒い煙が噴出する。
左側のエンジンが火を噴くかと思ったがエンジンには命中しなかった。
ここでエンジンの排気口の構造から気づいた。
この機体、液冷か!
黒い煙に混じって白い煙も噴出し始めたが、冷却水が漏れているかもしれない。
しばらくすると左側のプロペラが止まる。
それでも必死に機体を振り回そうとする敵。
もう無理だ、助からないぞ。
――死にたくなければ降伏しろ――
敵に対し、光信号を送る。
だがまるで聞く様子はなく、なんとか逃げようとする。
すでに速度300km未満。
フラップ開度15度。
エンジン出力にモノを言わせ、敵を煽りながら追いかける。
キ45はすでにある程度距離を離れた所からこちらを静観していた。
――中隊長涼風へ。可能な限り敵の鹵獲を狙う――
――了解した。雷光1の判断を尊重ス――
じれったいな。
まだ逃げられると思っているのか。
すでに高度3000m未満。
上昇した私は今度は右エンジンを正確に射抜こうと狙う。
12.7mmは見事に右エンジンに数発命中。
白い煙が出始めた。
停止までは時間の問題。
脱出するか?
今脱出されても困るんだがな。
こちらの不安をよそにパイロットはついに諦めたのかゆっくりと高度を下げ始めた。
緊急着陸を試みようとしている。
しかし12.7mmの命中によって左側からはランディングギアが出ない。
これは胴体着陸になるな。
――近くの平原に着陸し、投降せよ――
再び光信号を送るとパイロットは白いハンカチを出して振り回し始める。
降伏の意思はあるようだった。
攻撃はここで終了。
そのまま不時着地点を探して見守った。
敵に対して一度も攻撃をさせなかったのは敵が素人だったからだ。
もし中隊長ぐらいの腕前があったら3回ぐらいは射撃をうけただろう。
恐らく偵察だけがこの者に与えられた任務だったのだ。
しばらくゆっくりと降下した後、最終的に胴体着陸する形でなんとか着陸。
右側に機体を傾けたためその衝撃は最小限のものとなり、胴体全体の形状をほぼ保ったまま左側の胴体が地面を刷りつつ地面をえぐって停止した。
無線ですぐさま地上部隊に連絡を行うと、1時間もしないうちに味方部隊が到着して包囲。
操縦者は投降するまで操縦席から出なかったが、素直に投降に応じた。
別にパイロットを生かす必要性はなかったのだが、機体を生かすとなると仕方ないか。
少佐ほどではないが目的は達成したぞ。
◇
「以上。作戦報告を終了します」
「キ43の具合はどうだ? 今後もやっていけそうか」
「キ43は世界有数の戦闘機で間違いありません。例え高空性能を持つ戦闘機が現れてもキ47と本日のような連携が行えれば、かなりの局面で対応できます……単体で高空に飛び上がられればいう事無しですが」
「そうか。上層部は大変喜んでおられた。准尉には昇進も含めた相応の栄誉が与えられるであろう。与えられる栄誉に関しては追って知らせる」
「はっ! これにて失礼します!」
キ43は来年に配備予定。
北京にも来年1月より順次配備される。
蒙古地域に今後P-38が大量に現れた場合は対策が必要だが、現状程度の運用ならどうにかなるであろう。
ただ、P-38が相手になるなら排気タービンは必要だ。
報告書にもそれは書いておいた。
どうか信濃技官にその情報が届くように願う。




