第79話:航空技術者は喜んで落ち込んで武者震いする
「おい、宗一郎はどこに行った?」
「ああ、なんだか荷物が届いたらその荷物に入っていたものに興奮した様子で乗ったまま出かけましたよ」
「なんだって!?」
そういえばこの頃の宗一郎は四輪と二輪で草レースに明け暮れていた男でもあった。
俺達が来る前の段階で届くように手配したのは失敗だったな。
まあこれでよくわかった。
B-2タービンはあの男の手元にあることがはっきりした。
「はあ……私はまだしも今日ここに訪れる予定の男は陸軍の将校だぞ。何を考えているんだ、あの男は……」
「その……社長は機械を作るのと機械を操作する事と機械を作るために必要なことを学ぶ以外興味の無い男なので……」
「届いたブツは第三帝国製の貴重品なんだぞ」
「最初はおぼつかない操作でしたが、すぐ慣れたようです。とても乗りやすいといって箱根まで行って来ると出て行きました」
「あの大馬鹿者め!」
「長島大臣。あんまり怒ると頭の血管が切れてしまいますよ。そうでなくても高血圧気味なんですからそう怒らないでください。多少の時間の余裕はありますから」
顔を真っ赤にして眉間に血管まで浮き出るほど怒る様子を見せる大臣に対し、頭を冷やして欲しいので余裕を持った態度で接する。
彼は社交性に富む男であるため、こちらに向けてあらぶった感情をぶつける事はなかった。
「君がそう言うならば仕方ない……待とう」
現在時刻は10時。
東海道線の特急が高速化したため、浜松まではそう時間がかからないで到着できるようになった。
それでも3時間ばかりかかるが。
以前はもっとかかった事を考えれば幾分マシである。
結局宗一郎が戻ってきたのは18時過ぎ。
かっとばした影響で泥だらけとなったZDB125と共に帰還した。
◇
「何を考えているんだお前は! 何のための二輪だと思っている!」
「どうしてそんなにお怒りなんです。レースをするために大臣が個人で買い付けたんじゃないんですか?」
「馬鹿言え! 調達したのは陸軍だ。民生利用のためのライセンス契約ではあるが、最終的な納入先は軍なんだぞ」
「125ccのオートバイを……?」
「そうだ!!」
普段は温厚な長島大臣も、さすがにその日は怒りを隠さず机をバンバンと叩く。
事務所の机は金属製であったが、その度に床が振動するほどである。
「陸軍は案外現実を見ていますね。タイガーやスピードツインは敷居が高いとコレに興味を示したわけだ。まあでも普通に100km近く出てますけどね。軽いから。だけどこのリアは駄目だ。サスペンションを追加したらもっと良くなる」
「重くなるだろうが」
「それでも走破性は格段に上がります。アペニンのバイクがいい記録だしているでしょ」
そういえばこの頃か。
リアサスペンション装備の二輪が登場しはじめたのは。
ZDBは普通にリジットフレームだが、ここからスイングアーム方式が主流となっていく。
すでにその事を知っていたか。
「私はいいですよ。ともかくこれと同じ以上の国産バイクが欲しい。それだけですからね。宗一郎さん。貴方にそれが出来ますか? 可能なら2601年頃には量産化してほしいぐらいなのですが」
「エンジンの設計がどうにかなればまあ何とかなるでしょうね。ようは軍用の車両が欲しいわけでしょう?」
「民生利用も考えていますから、これをライセンス生産してほしいんですよ。もっといいものが出来るというならそれで結構」
しばらく目をつぶり、腕を組んで黙り込む宗一郎。
流石に言い切りすぎたと後悔したか?
「なぜ実績のある目白やオート三輪製造の三社ではなく私に? うちはただのピストンリング製造と自動車修理工場会社なんですがね」
「お前が届いたばかりの貴重なバイクを乗り回すような男だからだ」
大臣はもはや怒りで意味不明なことを言っているが、押しのけて少し黙らせたい気分だ。
落ち着いて欲しい。
俺は一歩前に出て若きもう1つの技研のまとめ役となる天才と邂逅する。
「一応目白にも供与はしてますよ。ただオート三輪の会社には供与していません。あの三社にはナナハンを作らせようと陸軍は考えていますが、彼らに事前に話を持ちかけたら排気量だけで全てを否定した。125ccの二輪に微塵も興味を示すことがなかった。私は重くて走破性も大したことがないナナハンに否定的なだけです。ZDB125は速かったでしょう」
「そりゃ軽いですからね。乾燥重量は80kgもない。ガソリン満タンで85kgってとこですか。それで450kmは普通に走れた。九七式側車付自動二輪車を二輪状態にしたら290kgでしたっけね。あれは重すぎて話になりませんわ」
アレは排気量だけ見れば1272ccと化け物だが馬力はたかだが12馬力。
最高出力は5馬力近くあって85kgのZDBの方がいかに速いか。
だからこそこいつに賭けているわけだ。
陸軍は結局九七式側車付自動二輪車がさほど活躍しなかったため、機動歩兵部隊は期待外れに終わった。
だがソレは単純にそのバイクが重過ぎるせいだ。
二輪そのものは軽いほうがいい。
排気量が多少低くとも軽い方が全てにおいて勝る。
この男もそれはよくわかっているはず。
「それでどうなんだ宗一郎。作るのか作らないのか。作るなら会社を新たに設立する資金を私が出す。最近はピストンリングの品質も上がってきている。エンジンは我々も手伝うから、ともかくこのバイクを量産化するんだ」
「改良の許可をいただけるならやります。正直言って本業は歩留まりが低くて首が回りません。人件費は安くないですからね。私は自動車製造がやりたいんですよ。そのステップになるなら是非」
「改良をしたいとおっしゃっていますが、条件があります。2つの条件を可能な限り満たして欲しいんです」
「どんな条件ですか」
大したことじゃない。
本来の未来で宗一郎がやることをやってもらうだけだ。
「1つ。片手でも楽に運転できる事。左手が自由になるぐらい楽なのが理想です。クラッチレバーは現状のままの配置で構いません。ただ左手はマシンガンを構えますから。それを考慮した構造にしてください。もう1つは重量は総重量90kg未満を絶対とする事。出来れば85kgから1kgたりとも増えて欲しくないです。リアサスペンションは認めますがね」
それだけじゃない。
何よりも重要なのがコストと生産性。
元々高い生産性を誇るZDB125だが、妙な改良を施して生産性を落とす真似はしてほしくない。
「フレーム形状は変更してもいいんですか」
「速度が落ちる事なく重量面も解決できるなら構いません。ともかく軽い事が条件です。悪路を走破できて軽いバイク。正直現状の完成度はきわめて高いので完全に同じ性能のバイクが欲しい所ですがね」
「まあ箱根の峠も普通に越えていけたし、性能は抜群なのは間違いない。中佐は100kmで走る軽量小型二輪車両が欲しいわけですか」
「その通りですよ。それも皇暦2601年には量産化できるような状態でね」
「随分厳しい条件ですが……やってみましょうかね」
厳しいのは100も承知。
だが宗一郎にポテンシャルはある。
だからこそ頼むのだ。
目白は大排気量バイクしか興味がなく、預けたはいいがまるでやる気が無いことは理解している。
山崎は興味があるようだが"山崎か……"になるだけだ。
今浜松にはもう1社将来飛躍するメーカーがいるが、そこにもZDB125は譲り渡した。
それがどう化けるかはわからんがな。
ともかく、未来の皇国を左右する二輪メーカー全てにZDB125は託したが、反応はどれも大したことがない。
それでも必要だから託したのだ。
「ならさっそく新たな会社を設立するぞ。二輪を専門とする会社だ。宗一郎! 明日からはじめるからな!」
長島大臣の言葉に宗一郎は何やら燃えてきたのかはっきりとした返答をした。
◇
皇暦2599年10月10日。
ポルッカの残存勢力が白旗を揚げる。
ここまではほぼ予想通りの展開。
唯一の違いはガルフ三国が無事な事だ。
ウラジミールは周辺国を脅す事に終始しているが、"予期せぬ出来事がある"――などと主張しながらも現在はあくまで交渉に終始している。
表向き戦争という形となれば総攻撃を受けるためだ。
その点において未来が少し変わっている。
地中海協定がある限り強引な行動には及べない。
その間に我々はポルッカの国民を犠牲に時間を稼いでいる状態。
何しろ東亜三国含めてほぼ全ての国が、2600年頃にならないとまともな新鋭兵器が投入できない。
だからこそ今は耐える事に終始せざるを得なかった。
しかし皇国は割と平和ムードである。
来年は2600年という記念の年であるが、9月1日までイベントてんこ盛りなのである。
まず年が明けた1月に札幌五輪開催。
急ピッチで進められた会場はすでに8割建設完了。
東亜二国からは多くの労働者が詰め掛けていてマンパワーで何とかした。
次に3月から万博開催。
8月31日までの延べ130日間の開催となる。
その間に夏季五輪が開催。
当初の予定では9月21日から10月6日までを開催日としたが、大きく前倒しして7月7日から25日に変更された。
そしてその目玉となるのがテレビ放送である。
皇暦2599年5月13日。
一般市民向けに観るラジオとして公開が始まったテレビ放送実験。
この時点ではまだ実験段階なのだが、実はすでに国産テレビ第一号は皇国内で誕生していた。
それどころか来年1月にはテレビドラマ放送すら予定されている。
実験放送では翌年にはお笑いコントが放送されるなど、まるで未来世界のような事がこの時点で行われているのだが、本来の未来においては五輪の名残のようなものでしかなかった。
しかし現在の皇国は違う。
現在のテレビ放送の最大の目的は札幌五輪、万博、東京五輪の目玉とする事。
皇国内では京芝を含めた4メーカーがしのぎを削っている状況にあるが、皇国議会においては札幌五輪にて世界初のテレビ中継を行うため、国家予算を投入しての開発が命じられている状況にあった。
にも関わらず皇国にはあるものがない。
音声通信が可能な無線である。
テレビ関係では当然音も出る。
それだけの電波送受信が可能でありながら、まともな音声の送受信が出来ないというチグハグさが皇国内には存在した。
なぜそんな事に……と思うかもしれないが原因の1つは中継局だ。
電波放送は中継局が多数必要になるし大規模な施設となる。
レーダー技術にも応用できるにも関わらず、現時点でまともな放送が可能でありながら、その施設は非常に大規模なものとなっており、これを人間単位で背負えるように小型化するのが難しかった。
またこれはもう1つの原因であるが、電波というのは受信は簡単だが送信が簡単ではない。
受信専用機器はいくらでも小型化できる。
だが送信となると話は別。
送信の場合は巨大な中継施設を建設すればどうにかなるわけで、第三帝国のように中継専用車を作る手もあるわけだが、現在の皇国の技術では中継車から伸びたケーブルによる、有線式での無線が限界。
しかもそれもまともに音声通信が行えない代物で、もっぱらモールス信号によるものだった。
これはテレビ放送が送信するだけ、受信するだけという、受信と送信を完全に分離できるラジオと同一の方式である一方で、無線は送受信を同時に行わなければならないという違いによるもの。
一方通行は楽だが、1つのアンテナで受信も送信もというのは簡単な事ではなかった。
放送局は未来においても送信と受信アンテナを分離している事が多いが、それもその方法が電波の届く有効範囲が格段に伸びるからだ。
送受信となると現状もっとも先行するNUPですら20kmとかそんな程度だが、送信受信の分離では数百km単位に出来る。
だからこの時代のレーダーもまた送信、受信は分離式。
完全に別個のアンテナが必要だった。
皇国においてはどうしてもこれをなんとかせねばならない。
だが皇国の技術では非常に難しい分野。
世界に先駆けて国際大会のテレビ放送をやろうというのに、戦場で活躍する無線機器がない。
そんなジレンマを払拭する吉報と同時にNUPのダブルスタンダードが明らかになったのは10月20日からであった。
ポルッカのユダヤ人が強制退去となる中で、大西洋にて第三帝国の潜水艦と戦艦がにらみ合う中、まずは吉報が訪れた。
◇
「中立法に地中海協定締結国を含ませる?」
「ええ。上院下院双方からの圧力により、大統領側が折れました。皇国は11月の段階からNUPの兵器類を金銭との等価交換で自由に調達できます。まあ制限付きですがね……新鋭兵器の大半は譲ってもらえないでしょう」
久々に来日したウィルソンから伝えられたのは、皇国のジレンマを解決しうる吉報そのものである。
「これで現在NUPで鋭意開発中の小型無線機器が導入できる……」
「そんなものが必要だったのですか?」
「正直軍の秘密の暴露になるのであまり話したくは無いのですが、ウィルソン氏を信用して話します……皇国は音声通信がまともにできる通信機がありません」
「はい? だって私は皇国内でテレビ放送を見たばかりですよ。今朝のニュースでは我が祖国の映像が音声付で流れていたではないですか。今回、皇国に訪れるにあたってはそれについて知ろうと思いまして、放送局も見学させてもらう予定だったのですが……」
さすがのウィルソンもテレビ放送が可能でありながら、無線機器の性能が極めて貧弱な事は知らなかったようだ。
皇国のテレビ放送は割とゴリ押しで解決していることに気づいていないな。
皇国は今、未来の世界よりもよっぽど大規模な中継施設と放送施設をこさえ、馬力で解決せんとばかりに放送を行っている。
しかもそれはすでに九州や四国を除いた本州と北海道での全国放送。
五輪と万博が決まってから真っ先に手が入ったのはこの分野だった。
中継車両や移動放送車両が開発中の皇国では、リアルタイムでニュースなどを配信して映像を受信可能という、一体何時の時代の話をしているんだというようなことをやり遂げようとしているが、それもこれも大量の電波塔を建設した事によるインフラ整備のゴリ押しによるものだった。
目標を達成することに躍起になると皇国人はこういう行動に出る。
フリーズドライと同じである。
松根油と同じである。
施設のコストやら何やらは度外視して高い目標を国家単位で達成しようとし、その結果20年は前倒しの事業を本気で達成しようとしていた。
流石に東京に333mの鉄塔を作る予定はまだないようだが……
「残念ながら送信受信の分離なら皇国の技術は先進的ですが、送受信を同時に可能としようとするのが難しいわけです」
「ふむ……送受信可能な音声通信用の無線機……ですか」
「パーツ単位で言えば一部はG.Iが納品しているもので構成されているはずですよ。モーターオーラー社が開発中なのでしょう?」
「背負い式の奴ですね。確かに納品してますというか、そのための構成パーツは皇国で製造しているんですよ。京芝がね」
ああ、まだこの時点ではSCR-300しか開発は開始されてないか。
性能だけで言えばアレも素晴らしいものだ。
正直言ってアレを航空機に搭載すればキ47はさらにパワーアップできる。
現状の無駄に重くてスペースを奪う無線機をアレに変更してしまいたい。
「率直に言って私はそれが欲しい。皇国軍は現在急速に近代化しつつありますが、その近代化の手助けとなるのが無線。ウィルソン氏にはお話できぬ領域の話でもありますが、軍の連携がより高まりますし、そのための兵器もありまして……」
「空挺降下を考えるなら通信兵は絶対だと思いますよ。恐らく通信機の納入は阻害される可能性が低いはずです。新鋭技術と言ってもNUPはそこまで戦況が変わるものと思ってませんから。不可能ならば我々が総出で皇国内でも作れるよう配慮しましょう」
「宜しくお願いします」
延べ2時間に及ぶ会談においては、双方が持つ秘密情報の交換なども行ったわけだが、ウィルソン氏曰く今回の決定の背後には、企業連合体と世論の圧力を押し返せない大統領が背景にあると語り、事実上の中立は果たせなくなってきている様子が伺える。
恐らく新鋭技術の大半は渋るのだろうが、まあ裏技的な購入方法もあるといえばある。
307のように兵器が民間に転用されたような代物は少なくない。
だがこれで皇国にはM-1すら手に入る可能性が出てきた事は大きいな。
M1921も非常に優秀ではあるし、モ式との連携運用は好評だが、小銃をM1、短機関銃をM1921、拳銃をモ式。
これが理想だと思える。
弾丸供給は現時点で非常に優秀な輸送機がこちらにはある。
前線に空中投下できる代物が。
NUPが最前線に弾丸供給できたのはC-47による空中投下だったが、あの小さな窓からの投下によって効率は悪かった。
キ57、ク1は後部から大砲類さえも投下できるようになっている。
人、物を投下できるわけだから皇国において問題なのはコスト。
そこは手に入れたM1から皇国初の自動小銃の開発で解決するしかないだろう。
和やかなムードで終始行われた会談だったが、一方でNUPの大統領が信用できなくなったのは3日後のことであった――
◇
「これは!」
机に顔を寄せ、目を凝らして凝視したくなる写真が目の前にある。
それは墜落した機体の残骸。
殆ど原型を留めたままの戦闘機である。
「どうだ? 蒙古地域国境近辺で百式戦が撃墜した新鋭戦闘機だが、お前が以前話していたキ47のライバル候補に非常に形状が良く似ている」
「百式戦を実戦投入されたのですか?」
「民国内での試験運用を行っていた最中に襲撃された。武装していたので対抗できたがな。ここ最近、付近では妙なエンジン音が聞こえていて警戒がされていたが、レーダー網に引っかかったおかげで対処できた。どうやら航続距離の長さと高空性能を利用して侵攻戦闘機として用いたようだな」
ほぼ不時着状態のXP-38とみられる機体は、蒙古で粘り強く抵抗を試みる共産党軍によって運用された。
使い方が良くわかっておらず簡単に撃墜されてしまったが、YP-38の文字が機体には刻まれているという。
様々な角度から撮影されたその機体はエンジンこそマーリンになったり空冷になったりはしていない。
だが尾翼の形状が違う。
キ47……いやP-83やP-61と言った方がいいか。
これらと同様の非常に効率的な尾翼形状となっている。
これだと本来のP-38より運動性は高まってるぞ。
使い方を知らないと話にならないし、この頃のP-38は油圧エルロンがないので、高速機動はパイロットの腕力次第の代物ではあったのだが、エンジンを打ち抜かれたパイロットは最後まで着陸を試みようとして不時着。
プロペラは破損したが胴体は残っている。
現地の陸軍も新鋭戦闘機だけに完全破壊はしたくなかったらしく、史上初の600kmを越える戦闘機同士の戦いでは、キ43こと百式戦闘機の試作型に軍配が上がった。
「落としたのは誰です?」
「篠原准尉だ。ほれっ、これが写真だ」
そこには稲妻のマークの描かれた4号機と、何とか生還したものの捕虜となるパイロットの華僑人と見られる人物。
なんてこった。
ライトニングを皇国の稲妻が落としたのか。
つまり稲妻対稲妻の戦いでもあったわけだ。
その写真はプロパガンダ用に広報が撮影したものの、なにぶん正式採用前の新鋭機とあって公開は保留されていた。
写真の右上には保留のスタンプが押印されている。
きっと正式採用後に公開予定なのだろう。
後に皇国の白い稲妻と呼ばれる男の百式戦による初戦果であった。
「彼が何度も必死に嘆願してくるので、上層部から1機だけでもと言われて貸し出し中だった。華僑における駐留軍の士気も向上するだろうからとまさか戦闘に至るとはな。丁度飛行試験中で一連の映像も撮影されているそうだ」
「それは朗報ではありますね」
「まあな」
准尉はどんな戦いをしたのだろう。
殆どダメージがない様子だからエンジンだけを正確に射抜いたことはわかる。
それか、ダメージを与えた後に空中機動に誘い込んでP-38のエンジンを故障させたか……だ。
どちらにせよ彼の機体はどう見ても無傷。
背後につかれる事はなかったようである。
「謎の新鋭機は現在皇国に移送中。信濃。NUP製で間違いないな?」
「間違いなくP-38の試作機か何かです。キ47のライバルになりうる機体ではあります」
「外交ルートを通じて非難をしたい所だが、中立法から皇国が除外されても困る……NUPの内部は混沌としているな……」
「真の中立だからこそ、そんな事をやるんです。現時点でなってはならない真の中立だから……」
「国家というのはまことに信用できん。私は今のNUPの自浄作用のなさに民主主義の限界を感じる」
「チェンバレン首相やムッソリーニ首相には情報共有しておきましょう。中立法の草案も含めて恋文として渡すんです」
「そうしよう。我々は立場上強くモノを言いにくい。チェンバレン首相ならNUPとの同盟関係故に批判できるはずだ。最悪、我々が秘密同盟を構築済みだと報告してもいいと伝えよう」
立ち上がった西条はすぐさま外務省へと足を運ぶ。
俺は立川に戻りつつ、YP-38なる機体に心度躍らせている自分に自己嫌悪した。
やはり新鋭機というのは技術屋として興味がある。
今後もペロハチが続々と戦闘を仕掛けてくるなら、それはそれで困るんだが……