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第7話:航空技術者は技術者と共に攻めの一手を繰り出す

 本来なら次世代軽戦闘機の開発を行わなければならない所、四菱の技術者を集めて急遽会議を開く。


 呼ばれた堀井は不服そうな素振りは見せなかった。

 目標はたった1つだから奴にとってはそう難しくない。


 ハ33を利用して高度3000m程度で600kmを達成する。


 この時代、空力関係の技術に関しては四菱が最も進んでいた。


 というより、終戦に至るまで堀井一郎こそが最も空力的に洗練された航空機を作ることが出来た。


 他には今まさに百式司令部偵察機をこさえようとしている窪野という一郎の後輩もかなり優秀な男であるが、彼は百式司令部偵察機に集中してもらう。


 概略図面はこちらで用意した。


 一郎が作りたがるであろう航空機を予め提示しておくことで奴の興味を引く。


 翼は逆ガル。

 速度向上のため、プロペラ径を増大させる。


 理由としてはエンジン径が大きい分、空力的に不利なものを600kmに到達させるには、プロペラ径を増やした上で回転数を上げる事が必要だからだ。


 その上で引き込み脚とするが、脚はともかく小型化したいがために逆ガル以外の手立てがない。


 風防は21世紀最新鋭の技術を当時の技術で可能な限り再現した曲面ガラスをふんだんに採用。


 皇国ではバードストライクなどから嫌われる形状だが、構うものか。


 さらに今の皇国において特段それといった呼称はないファストバック型とし、可能な限りエリアルールを意識した形状にする。


 すでに簡単な模型すら作ってみたが、エンジンカウル形状も2601年相当の技術を用いたものに。


 四菱の連中は驚きを隠せない。


 当然だろう。


 その姿はエンジン以外は九単よりも九六式三号艦戦に似ているが、明らかにそれとは一線を画す存在。


 Fw190に逆ガルを装着し、さらにファストバックにしたものと酷似するソレは一郎がこさえた9単とはワケが違う。


 申し訳ないが、こちらには半世紀鍛えた地力というものがある。


 大戦に負けても尚、流体力学を捨てることはしなかったんだ。


「あの、この横の隙間はなんです?」


 模型を見て早速興味を示したのは発動機部門の技術者。

 当然にして奇怪な隙間に興味を抱くとは思っていた。


「第三帝国の技術書類を読み漁っていたら偶然見つけたんですよ。排気口をこのように配置することで胴体に風を纏わせ、胴体側面の空気抵抗を大きく減らすことができる。これだけで何km速度が上昇するか予測できんほどです。乱流抑制にも繋がる」


 フラップすら付けないその機体は西条によりキ35の試作名称が与えられている。


 後に我が皇国が五式戦闘機でやろうと考えたことを今まさに5年前倒しでやろうというのだ。

 ハ33ならそれが出来る。


 忘れやしない。


 三式をどうにか金星エンジンで飛ばせないかと上層部に求められ、技研の我々が苦労の末に編み出した方法こそコレなのだ。


 五式は急造品だったが、こちらは違う。


 馬力換算では五式に搭載されたハ112に劣るハ33だが、五式より相当に洗練された上、五式よりか非常に小型で細身だ。


 その一方でプロペラ径をさらに増大させるのだから逆ガル以外方法がない。


 これには、引き込み脚を採用した一方で翼などは徹底的に軽量化したいという思惑もある。


 作れぬモノではない。

 そう、一郎達ならば。


「信濃技官。陸軍は一体どこで空力について研究されてるのですか? この機体、伝え聞くスピットファイアとも酷似しているようですが……これは……」

「国の内外を問わず広く技術を集めて日々風洞実験などしておりますから。ただ、翼などは現時点では適当にこさえたものです。これは作りながら煮詰めます。なれど、胴体に関してはほぼこの模型通りに作っていただきたい。計算書も用意しております。殆ど継ぎ目のない胴体構造ですので、後は細かい部分に目張りさえすれば計算上600kmを越えられる。発動機さえなんとかなれば……ですが」

「陸軍より貴方に興味が沸いてきましたよ。キ35ですか……やってやりましょう」


 一郎の目が輝いているな。


 まあ彼は知識に貪欲な男だからな。


 今提示したのはお前が後に開発する烈風とは違う、陸軍の技研による苦労の積み重ねの果てに誕生する技術の賜物。


 いわばやり直す以前の別世界の者達の血が宿る存在だ。


 これでどうにか……やってみる他ない。


 ◇


 翌日よりキ35の諸所の設計については一郎に任せつつも、俺は発動機部門とカウルやナセルなどの形状を整えつつ、集中式の推力式単排気管の構造設計について協議を重ねながら細かい設計をまとめていった。


 翼こそ適当にこさえたものだったが、モックアップを用いた胴体形状の風洞実験結果は良好どころではない。


 当然なのだが、西条は機嫌を良くしていた。


 この胴体の主軸となるのが推力式単排気管だ。

 こいつの構造はハ33ならさして難しくない。


 余分な隙間がいくらでもあるからこそ、ハ33の可能性の高さが伺い知れる。


 排気系統の処理については五式戦闘機でやったことをそのまま踏襲した。


 というかそれ以外に方法などない。


 ほぼ同一エンジンであるハ112でやったことと同じことをやる。


 ただ、それだけでは出力に不安があるので、現状で離昇出力1220馬力のハ33を1300馬力相当にパワーアップさせて対応させる事とした。


 出力アップさせる方法選択についてはボアアップなど、ありとあらゆる手段を検討する。


 どうせ短時間しか飛ばないので、何でもいいのだ。

 達成できればいいという事になっている。


 よもや我が国でこの時期にレース機のようなものを作ろう事になるとは……


 キ35は桜が咲く前には作れるだろうが、ふざけた要求を……



 俺はさっそく完成したモックアップにて推力式単排気管の効果についての確認を行う。


 当然のごとく排気ガスは機体にへばりつき、薄い膜のようなものを形成。


 これが高空を高速で飛翔した際、大きなアドバンテージとなる。


 ただ彼らは「そんなことをしては乱流が発生して大変な事にならないか?」ーーと、不安を隠せない。


 そこで俺は空力特性について未来の流体力学を交えて説明を行う事になった。


 そもそも空を飛ぶとは何かといえば、空気を纏うことだと思ってるのが彼らだ。


 そう、確かに翼の揚力とは空気を纏うこと。


 例えば下敷きがあったとして、その上に水を流すとしよう。


 その下敷きを外側に折り曲げても、水は下敷きに沿ってツーっと流れる。


 60年後に誕生する未来の自動車であれば空力的に洗練されすぎていて、走行中の後部ガラスに水がへばりついて下へ下へと流れていくが、これこそが空を飛ぶ上では重要となる……などというのはあくまでこの時点での常識。


 彼らが知らない事が1つだけある。


 それは気圧差と温度差。

 排気ガスは高熱。

 当然気圧も低い。


 周囲の温度は低く、気圧は高い。

 するとどうなるか。


 より、気圧の高い大気が胴体を押さえつけられる形となり、排気ガスがバリアのようなものを形成する。


 これが摩擦を大きく軽減するのだ。


 一見するとどう見ても空力的に無駄な隙間エリアルールすら無視しているように思える形状。


 そこに排気ガスを流し込むだけで機体の安定性が増加すると共に大幅な速度向上が見込める。


 一般的に低気圧ほど内側へと働くコリオリの力が強くなるというが……


 低気圧であればあるほど、高熱であればあるほど増加するので機体側面を滑るように流れる風流は強まり、機体を保護する力が強まる。


 こういった技術は後に第三帝国からもたらされるのだが、実は現時点でも第三帝国はそれについて知っている。


 俺がやったのはあくまで「それを見つけてきたことにする」だけ。


 胴体開発を担う部門にいる俺は普段から同僚や後輩に対して「これを読め」とか「あれを読め」だとか言ってるが、課長すら最近は食い入るように国外の技術書を読むようになったのはメーカー任せで当時の陸軍が敗戦が濃厚になるまでやらなかった国外技術の吸収だ。


 それを促しているだけにすぎず、本当の意味で未来的な技術についてはエリアルールなどの未知の法則性だけに過ぎない。


 しかも、こんなのはNUPでまだ生まれぬP-51などで採用するレベルのものだ。


 だから少し勉強するだけで理解できる。


 おかげで一連の技術についてはすでに技研はきちんと把握しており、モックアップ製造にすらそう時間はかからなかった。


 キ35は順調に開発が進む。


 ◇


 2日後。

 キ35の開発と新鋭戦闘機3種の開発を継続する傍ら、千佳様に呼び出された。


 参謀本部へ向かうとなにやら不機嫌そうな千佳様がいる。


「どうなされたんです?」

「最近会いにきてくれないではないか!我が陛下を説得する際にもついてきてほしかったのに……」

「もしや、陛下直筆の要請書についてお書きになられていただけなかったのですか」

「それは手に入れた。元より様々な組織に出しておられるものであるからな。陛下は十字架を掲げる宗教の総本部にすら要請しておられるのだぞ。そればかりか直接足をお運びになってまでお願いしたのだぞ」

「半年前の話ですね」

「うむ」


 まあ声明を出してもらった割にはNUPを中心に国連決議を出されてあまり効果がなかったのだが。


 あの大統領は敵だ。

 かといって暗殺されても奴と変わらぬ者が大統領となるだけだろうから、これがまた難しい。


 しかも現段階で西条はまだ首相ではない。


 このままでは国政関与は3年後までお預けか……


 稲垣大将は現時点ですでに西条を次期首相の有力候補としているから、恐らく未来はそのまま変わらぬだろうが、ここも注意せねばどうなるかわからん。


 出来れば2年は前倒ししたい。

 機会が許すというならば来年の今頃には……


 ただ、千佳様がいる限り仮にもう片方の候補となってもどうにかできるのは強みだ。


 彼女は統制派ではないからな。


「千佳様。それではこの書をもって説得と参りましょう。まずは協力を仰ぎ、NUPを揺さぶる基盤を作るのです」

「無論そのつもりじゃ。信濃。ヌシが空を飛ぶ鉄の鳥に拘っている間に我も働いたのだぞ。何かかける言葉などないのか」

「千佳様の働きにかける言葉など見つかりません。私のような人間では……」

「食えぬ男だの。まあよい。行くぞ」


 そのまま参謀本部を出てNUP出資企業へと直行。

 NUPの経営幹部と会談を行い、要請書を直接手渡した。


 まあこれでどうにかなるわけではないのだが……本格的な活動は西条が首相にならないとどうにもならない。


 頼むから変な方向に未来が変わってくれるなよ……

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