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第72話:航空技術者はハ43による高速戦闘機を模索しはじめる

 皇暦2599年8月6日。


 俺は再び加賀に乗船して海上にいる。

 毎日繰り返される訓練に参加してはカタパルトなどの改良を模索するのが最近の日課。


 王立国家においても結局Cs-1やエンジン開発者と会うことは出来なかった。

 まあ現時点では皇国と第三帝国は繋がっているのだから無理もない。


 この繋がりから情報が漏れる可能性がある以上、彼らと完全に縁を切るまでは見せられるのはスピットファイアまでという事なのだろう。


 そのスピットファイアだが、特に変わった様子もなく可も無く不可も無くな機体であった。


 なまじベースの設計が優秀だったために、この機体は大戦末期まで強化され続けて少しずつ変化していくのが好きだ。


 といっても、変化の大半はエンジンや翼内部の構造部材などで劇的な外観的変化は少ない。


 スピットファイアは大戦期を通して戦える設計だったことで、最後まで優秀であり続けたエンジンのパワーアップだけで基本は済んだ。


 現在のスピットファイアは皇国の情報により当初より12.7mmを4挺ほど装備するという。


 皇国がそうしたと聞いて第三帝国もそうすると考えたらしい。

 Fw190の情報を断片的に掴んでいた可能性もある。


 本家の12.7mmだから、それなりに攻撃力は高いが……パワー不足だな。


 試製ホ5を持ち帰ってライセンス生産する気満々なのだが、俺は威力などから考えてヒスパノの方がいいと思っている。


 重量的にはホ5が勝るが、ホ5の威力は正直大戦期の20mmの中では高いとは言えない。

 まあ20mmを開発できなかったNUPは手に入れて衝撃を受けたらしいのだが。


 一方の王立国家だが、本来はヒスパノを手に入れて独自改良する予定だったはず……


 それが彼らは動作不良が多い初期のヒスパノを見限り、弾丸本体に問題があったホ5を量産していることが判明した。


 ヒスパノの問題は薬室の構造そのものだったのだが、彼らは12.7mm機関砲より25%も軽量でありながら12.7mmから87%も弾丸威力が増強されたホ5に惚れ込んだ。


 こいつも本来の未来においては初期に問題を起こしたのだが、ホ5本体の動作不良の原因は規格統一がされていなかった事。


 メーカーごとに独自の詳細設計にしてしまっただけで、最初からそれを見越して規格統一していたことで問題は弾丸そのものだけとなっていた。


 しかしそれも技術力で上回る王立国家では特に問題とならず、そればかりか独自に開発した弾丸を正式採用している。


 ホ5はヒスパノと比較した場合、貫通力は2割減。


 連射力こそ上回るが後に様々な専門家が語るように、連射力が高いってことは継戦能力が低くなるわけで20mm弾丸の大きさはある程度決まっていて大量に詰め込めないわけだから、連射速度は戦術的優位性とはならない。


 重量よりも弾頭スペースという問題が航空機用の機銃には常に付きまとう。

 特に翼やエンジン付近にしか配置できないWW2の頃では。


 しかし王立国家はこれに対してNUP式の方法で解決を試みた。


 すなわち多少の改良を施して連射力を下げ、その上でタングステンを採用した20mm徹甲焼夷弾Mk.8を開発し、それを正式採用してしまっているのである。


 こうすることでホ5は12.7mmよりスペースを取らず12.7mmより軽いのに威力はヒスパノ並みで、 その分ヒスパノより大量の弾丸を装填しようというわけだ。


 名称のホ5はそのままに彼らはそれを20mm Ho-5 Mk.1として正式採用。


 遠距離で弾がバラけるのもバレル長の延長で調整した。

 Mk.8の貫通力はヒスパノの徹甲弾どころか試製ホ3より格上。


 信じられないような傑作航空機関砲が王立国家にて完成していたのである。


 機関砲とは弾丸とセットで語るモノとは良く言うが、皇国には真似できない芸当を……


 弾頭にタングステンを採用するというのは、俺が知る限り20mmを開発できなかったNUPの苦肉の策だ。


 製造したNUPとレンドリース法で提供を受けた王立国家は、そこで味をしめて高貫通弾頭の開発に熱心になる。


 最終的にはコストの影響で元の路線に回帰するけわけではあるが、王立国家はNUPと様々な分野でライセンス提携をしているので、タングステン弾頭についてはかなり早い段階から製造方法含めて認知はしていただろうが、実際に作ろうと思ったのは弾丸自体をNUPより提供されてからだったはず。


 その未来が変わってしまったか。


 彼らなりにヒスパノに劣るホ5をどうにかしようと思って見出したのだろう。 

 俺達皇国陸軍もどうにかしようとはしていた。


 同じく弾頭威力に劣っていた皇国はかの有名なマ弾こと榴弾を開発。

 最終的に弾頭命中時の断熱圧縮を利用した信管の無い特殊弾頭を実用化させる。

 これは現在の状況でも変わらない。


 幾分早く空気式信管なんて呼ばれるものを実現してみせただけだ。

 タングステンなんて貴重で加工の難しいものを皇国で量産する事は出来ない。

 だから皇国はこれに頼るしかないんだ。


 こいつは何度も金属を折り曲げたりすると熱くなるのと同じ原理を利用している。


 弾頭が何かに命中すると発射されて命中するまでに残された運動エネルギーを消耗して物体を貫通するわけだが……


 この時、物体が硬いないし弾丸が柔らかい場合、運動エネルギーの高さによっては弾丸自体が押しつぶれたり破壊されてしまう。


 後の未来世界においては、これをあえて利用した弾丸が登場する。


 禁止されたダムダム弾、殺傷力を落とすためのホローポイント弾なんかはマ103と同じ原理でもって弾頭を押しつぶし……


 その力によって前者は命中者の体内をズタズタに内部で引裂くため、後者は貫通させないことで重篤なダメージを与えさせないようにするため、同じ原理でありながら真逆の性質を持つに至る。


 俺がやり直す頃なんかは対象に命中すると針のように拡散するような弾丸などがあった。

 RIP弾だとか言ったか。


 あれらも命中時にあえて弾頭が変形することで人体に損壊を与えようとするものだ。


 マ103の場合は命中した際の弾丸の変形によって先端の空洞に詰め込まれた空気が圧縮。


 この時、空気を囲む弾頭が変形することで熱も発生するので炸薬が爆発するだけの力を得る。

 運動エネルギーによる弾頭の破損を炸薬の爆発に変換しているわけだ。


 似たような方式の弾丸はヤクチアなどからも戦後登場するが、実用化して用いたのは皇国とヤクチアなどの一部の国家のみ。


 割と珍しい弾丸だったと言える。

 だが破壊力は抜群。


 ホ5にも存在した20mmのマ弾はかなりの威力を発揮したし、同じ方式の弾丸は海軍も採用してそれなりに活躍した。


 とはいえ俺は個人的に普通弾の方がいいと思っていて、なればこそ普通弾頭で高い威力を誇るヒスパノを推していたが……王立国家にて大量に並ぶホ5と、Mk.8を見たとき正直震えた。


 冗談抜きでヒスパノを量産してなかったんだ。


 そりゃ確かにスペースが限られるスピットファイアにとってはホ5を4門~6門搭載したいとは思わなくもない。


 だが、まさか本気でやられるとは……


 スピットファイアの形状に変化は起こらなかったものの、あの機体はあの機体らしく内部で大きな変化が生まれたようだ。


 戦う事になるパイロットは身震いする事になるな。


 開戦当初から末期の頃の貫通力を誇る機関砲を搭載している可能性があるのだから。

 王立国家の空軍将校曰く、12.7mmはホ5が揃うまでの一時措置でしかないという。


 12.7mm×4がホ5×4になったら……百式攻でもわかっているが、大変な火力になる。

 皇国に出来る事はホ5を第三帝国に譲らない事だけ。


 まだ彼らはその存在の優秀さに気づいていない。


 ホ5vsホ5などという不毛な戦いにはなってくれるなよ……


 俺はカタパルトから射出される新鋭機を見守りながらも、妙なことを考えていたせいで操作ミスをして油まみれになってしまう。


 あまりに同じ作業を繰り返していて寝ぼけたか……


 ◇


 戻ってきてから1週間。

 加賀の船内の雰囲気は大幅に改善された。


 他の艦はどうなのか知らないが、現在の連合艦隊においては全ての艦が巡回隊を組織。

 私的制裁は厳禁とされ、新たな海軍へと生まれ変わろうとしている。


 そりゃ当然ミスをすれば怒号は飛び交うし、陸軍のごとく床に物を叩きつけたりするような光景は見るが、そこで留まればいいのである。


 規律を守って軍規といった規則に縛られつつも、暴力に頼らずに結束力を高められるならそれでいい。


 現在、太平洋に戻ってきた連合艦隊はレーダーを利用した戦術を考案しようと毎日のように様々な作戦展開を試しているが、俺が宮本司令などに提案したように現代戦は早期警戒が重要。


 つまり艦隊では常にほぼ24時間体制に近い状態でレーダー網を張り、早期警戒機を飛ばすのが好ましい。


 実際アドリア海では挑戦的な国が皇国の新兵器を確認しようと偵察機を飛ばしたようだが、キ47こと百式攻はこれを見事に補足。


 高空を利用して敵の偵察を逃れたという。


 陸軍ではいかに偵察が重要なのかということを藤井少佐などが唱え、後に百式司令部偵察機と歩兵&航空部隊が連携することで敵を震撼させたが……


 海軍も早期警戒や威力偵察からの作戦展開の重要性に気づき、第一弾として少数の警戒用航空機を飛ばし、第二弾として敵の規模や敵の戦力に合わせた航空機を飛ばし、戦艦の役割は敵艦隊への遠距離攻撃といった艦隊戦ぐらいしか出番がなくなった。


 宮本司令は"もしや艦隊戦など全く起こらないのではないか?"――などと周囲に漏らしていたのだが、その通り。


 東亜大戦争では戦艦同士の戦いは殆ど無い。


 つまり大和型戦艦などは完全にデクの棒も同然。

 艦隊戦は東亜大戦争においても序盤に多少あるだけ。


 航空機が台頭してくるようになると戦艦の砲射程外に空母は常に留まれるようになり、戦艦はもっぱら盾になるしかなくなってしまう。


 戦艦の方がよほど高価なのにも関わらずだ。

 だから戦後廃れるのである。


 宮本司令はどうやら戦艦クラスのほぼ全艦を航空戦艦化してしまうことも考え始めたようだが、あんまりに中途半端な航空戦艦を増やすなら改装空母を増やして欲しい。


 司令の話では扶桑型を皮切りに伊勢型も改装する事が決定されたらしいのだが、金剛型以外は改装空母にして欲しいぐらいだ。


 4万トン級の主力空母2隻だけではまだ心もとない。


 しかし海軍においては未だに砲術科が誉だとする者達が多く、すでに時代が変わったのだと理解できない者達がいる影響で中々が手が付けられない。


 連合艦隊は今回のアドリア海への1月に及ぶ派遣で様々なデータを得ただろうが、当面の間の悩みの種は身内だからな……敵じゃない。


 それも変わる事だろう。

 ヘタすると近いうちに再び地中海に戻ることになるのだから。


 ◇


 訓練が終わると最近の俺は船首の急造カタパルト制御室内に臨時で設けた仮設の設計部屋を利用し、ほぼ寝るまで新たな航空機の設計を行っている。


 西条から、もしものための高速戦闘機の検討を頼まれていたのだ。


 現在、皇国にはハ43があるが、一方で皇国には高性能エンジンがハ43しかない。

 俺はそれを理由に重戦闘機については一時中断したいと申し出ていた。


 しかし陸軍上層部としては俺の話に納得はできるものの、万が一ハ43を越えうるエンジンが完成しなかった場合の保険が欲しいと一致し、西条へ俺から案だけでも提出するよう嘆願したのである。


 海軍が開発中の迎撃機はある意味で重戦闘機ではあるが、理想系とはいい難い。


 疾風のような存在を現時点で作れないか……そういう相談を持ちかけられたのだ。


 無論、あるにはある。


 ただ、あまりにも製造、保守、改良、整備を度外視しているため、俺としてはできれば採用したくなかった。


 しかし求められた以上、案の提示だけはしといてしばらく様子を見ることにする。


 考え方としては2つ。

 1つはDo.335と同じく前後にハ43を装着。

 事実上の双発機としてしまう方法。


 強制空冷ファンがあるために現状ならどうにかなるが、運動性はさほど落ちず、航続距離を犠牲にするような機体となるだろうな。


 航続距離を稼ぐならば胴体にも燃料タンクを満載するような状態になる。


 防弾を考えるとかなりの重量になりそうだが、胴体構造さえどうにかなれば作れる。


 ただキ87などを理想とするなら程遠い。

 運動性はあっても失速特性は最悪だ。


 皇国陸軍が望む機体とはならないだろう。


 もう1つはターボコンパウンド。

 割と現実的であるが整備と保守を考えたら最悪。


 こいつで二重反転プロペラも検討するわけだが、1660馬力のハ43をターボコンパウンドで強化すると2400馬力相当になる。


 整備性を犠牲にすることで俺が欲しいエンジンが手に入るわけだな。


 ターボコンパウンドとは何かと言うと、排気エネルギーをさらに回収しようと考えたものだ。


 実は排出される排気エネルギーは通常の排気タービンの場合、入手できているのは3割程度に過ぎない。


 排気ガスというのはもっと大量のエネルギーを保有しており、これを回収したくなる。


 それを実現化させたものこそ、B-29に搭載されたB-11タービンだ。


 こいつは二段二速の排気タービンとされるが、排気ガスで得た運動エネルギーで排気ガスを圧縮した後、さらにもう1個のタービンで吸気側を二重で圧縮するんだ。


 このように排気側も吸気側も二重にするツインターボとすることで、相当量のエネルギーの回収に成功している。


 だが、それでもまだ排気ガスの5割程度しか回収できていない。

 そこで当時の技術者が考えたのがターボコンパウンドである。


 排気ガスをガスタービンのようなタービンにて圧縮。

 そこで得られたエネルギーを減速機器などに用いる。


 この時得られるエネルギーはプロペラを高速回転できるほどで、試験機レベルとはいえ二重反転プロペラシステムが作られた。


 あまりに複雑すぎて実用化はされなかったが……な。


 ターボコンパウンドについてはDC-7が採用。

 こいつはターボチャージャーを3つ搭載。


 18気筒あるうち、6気筒ずつ排気ガスを取り出して小型のターボでエネルギーを回収。


 DC-7の場合は二重反転プロペラではなく、ターボコンパウンドで得られた出力はクランクシャフトに還元される。


 そのための排気ガスから得られたエネルギーをギアを介して別のシャフトを通じてクランクシャフトに運び込む機構があった。


 結果排気ガスのエネルギーの7割近くの回収に成功。


 劇的な燃費の改善と共に、最大出力は3700馬力を誇った。

 2200馬力のエンジンが3700馬力に化けたわけだ。


 1660馬力のハ43にこれを試そうとすると出力は2400馬力は軽い。

 だが可能だったとしてデリケートなレース機になるとしか思えない。

 苦肉の策すぎる。


 技術屋としてはやってみたいが軍人としては許せない。


 となるとDo.335方式の方が現実的か。

 離着陸も難しい極めて運用上に問題が発生しそうな機体になる。


 正直どうなんだろう。


 例えばハ43が本来の未来のようにある程度強化されたとして素の状態で2000馬力に到達すれば、排気タービンで2200馬力まで持っていけるはず。


 だがそれなら百式戦でソレを達成すれば十分になるというジレンマがある。


 百式戦の翼などを延長すれば十分だ。

 しかしそれだと運動性などに支障が出るし機関砲を搭載するスペースもない。


 俺が欲しいのは2400馬力。

 現時点でも2000馬力に到達するエンジンが欲しい。


 そうすれば設計案はある。

 暖めておいたものが。


 陸軍上層部には一応2つの案を提示しつつ、Cs-1の量産が可能ならばジェット戦闘機移行も考えるか。


 とにかくエンジンだ。

 エンジンをどうにかしなければ高速重戦闘機は作れない。


 キ47こと百式攻を高速化する手もなくはないが、それじゃP-38と変わらない。


 本当に困ったらR3350あたりを輸入してくるしかないか?


 出来るかどうかはおいといて、R2800かR3350のどちらかを手に入れれば、高速戦闘機はどうにかなる……か。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ん、という事は、ソ連製のとびっきり速いレシプロ機Tu-95は、このターボを使用しているって事か。 この主人公なら作れるんじゃ・・・とも思ってしまう。 きっと整備性が最悪って事なんだな。…
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