第68話:航空技術者はFw190の性能に勝機を見出す1
長すぎたため読みにくいので分割します
「地中海協定により誕生する地中海中央銀行に対し、NUPがドル貸借を表明。大統領は通貨高騰に対し国外に拠点をもつ国内企業の保護を目的とした行動であると説明するも、事実上のユーグ支援政策と思われる――か」
「地中海中央銀行への協力を表明しているNUPの資本家は多いです。何しろスワップに加担すれば上手くいけば資本を増大させられますから。ようは国家が自作自演に近い協力体制によるマネーゲームに興じる中、資本家はその波に乗ってインフレを煽ろうとしてくる。NUPが国外に出資した企業が製造した製品はNUPへ向けて輸出されるものであるわけですから、急激なドル安変動は困るわけですよ。大統領はドル貸借を表明せざるを得なかったという所でしょう」
第三帝国へと向かう汽車の中で、小野寺大佐が用意してくれた通訳は新聞を広げる俺にNUPについて解説してくれた。
なるほど。
確かに脆弱すぎるユーグだけではハイパーインフレ化は必至と思われたが、恐らく皇国なども加担することが判明したためにNUPが手を打ったのだ。
ムッソリーニ流のNUPの揺さぶり方とはこういう方法か。
彼にとってはこれも想定内に違いない。
アペニンの経済学者は後の世においても名を馳せるが、バルボも含めて想定範囲内だろうな。
にしても随分と詳しいなこの男。
当然にして単なる通訳ではないようだ。
この男。王国の言葉も普通に話せるが他にも5ヶ国語に通じるらしい。
国籍はエーストライヒであるが恐らく偽装だ。
明らかにエーストライヒの人間じゃない。
顔つきはどちらかといえばガルフ三国などに通じる。
恐らくはそっち系の工作員。
俺と行動を共にすることで主に第三帝国の情報を欲しているのかもしれないな。
皇国の人間の付き人なら怪しまれないと考えたのだろう。
それを理由に保安警察に逮捕されそうになるなら囮にして逃げる事すら厭わず行動する必要性がある。
小野寺大佐には悪いが俺は捕まるわけにはいかない。
まあ西条からその辺は強く求められているだろうから、選りすぐりの人選をしているとは思うが誰なのかさっぱりわからん。
名前もそれっぽいだけで嘘くさい。
あるとすると後に総統暗殺に関わるエーストライヒの秘密工作員。
7名いたとされる者の1名かもしれない。
エーストライヒには後に第三帝国にてSSの活動に従事する者達もいるが、全ての国民が第三帝国に平伏したわけではない。
水面下では戦おうとした者達もいた。
それこそ第三帝国内にそういう人間がいたようにな。
この時期は世界各国で諜報合戦だ。
こと諜報において頭角を現したのは王立国家とヤクチア。
ただヤクチアの方が1歩上回っている。
何しろMI6の中にすらスパイがいるわけだからな。
無論すでにケンブリッジ・ファイブは対応済。
皇国政府がMI6と個人的な関係を構築する中で、俺は例の皇国のスパイをどうにかしようとした際にケンブリッジ・ファイブを思い出した。
だからラブレターを送り続けるMI6に教えてあげたのだ。
MI6に1名、外務省に3名、そして王室の王族と血縁関係を持つ者に1名いると。
MI6についてはCIAとの共同活動にて、身内の中に情報をヤクチアに漏らす謎の人物がいることは早期に気づいていた。
しかし中々正体がつかめず、本来の未来においては最終的に亡命を許す。
俺は今後の活動も考えてMI6には予め手を打っておくべきだと考え、最低限、入局したばかりの1名は更迭すべきだと西条を通してアドバイスしている。
この男を更迭するだけでMI6内にはスパイがいなくなるからだ。
当時の王立国家においてMI6とはそれだけ厳格な組織だったわけだが、それでも尚1名もいたことになる。
本来の未来では皇暦2648年まで存命のこの男は、新聞を見る限りつい先日ロンドンにて不審な死を遂げたらしい。
どうやらMI6は追放してやるほど優しくなかったようだ。
人の運命を変えるのはあまり気持ちのいいものではないものの対ヤクチアにおいてはこと手段は選んでいられない。
奴らはやさしさにつけこむ。
共産主義の名の下に人の感情全てを国家の利益に利用しようとする。
独立解放運動で何度も痛い目を見たから俺は対ヤクチアにおいては鬼になると決めている。
だから負い目に感じる事はない。
こういった細かい動きがユーグの一致団結に繋がっていると思うしな。
以降、ケンブリッジ・ファイブは相次いで国外追放となり、1名を除いて全てヤクチアへ向かった様子。
王立国家外務省はまだ人間的な情があった様子だ。
王国の新聞にはこの4名についてヤクチアのスパイと断じる記事が出ているが、ユーグ全域にスパイがいることはブタペスト会議でも、王立国家を中心として警鐘を鳴らしていた。
だから会議後相次いで国外追放となった様子から、一般人でもそれがスパイだと結び付けられるが……王立国家外務省に3名もスパイがいたなど大事件も甚だしいことであろう。
チェンバレンの足を引っ張る者達が周辺には少なくないわけだ。
それでも最も重要な5人とされたケンブリッジ・ファイブは崩壊。
国内に唯一残ったのは王室顧問の人間ただ一人。
彼女は後に女王陛下となる人物との血縁者。
立場上、軟禁以上の事はできないだろうし、実際に本来の未来においてもスパイ発覚後もそうせざるを得なかった。
ケンブリッジ・ファイブの情報を提供したあたりから、MI6は直接皇国議会に訪れて顔を出すようになった。
その際に彼らは「どうやってこの情報を見つけたのか:――と、皇国の諜報能力に大変興味を示し、諜報機関があるなら連携したい旨の提案をおこなったのだが……
実態は未来を知る人間の一言であるため、西条はシェレンコフ大将などの親皇国派のヤクチア人からの情報提供と主張してその場をしのぎつつ、MI6に並ぶ諜報機関を組織した上でその教育指導を彼らに行ってもらいたいと提案。
彼らはそれを受け入れた。
そこで新たに皇国特務機関を創設し、小野寺大佐などが所属している状況にある。
なお、以前より陸軍には特務機関があったものの、これらは独立性が強く、対象地域や展開地域ごとに小規模組織が存在する程度であり、しかも陸軍参謀本部直属の組織となっていなかった。
元々の呼称理由が各組織との繋がりがない存在を特務機関と呼び、それが定着してしまったためである。
そのため、一連の特務機関は部隊の人間が併任で所属する特殊組織となっており、表向きの実態は良くわからなかったのである。
一方で小野寺大佐などのように事実上の組織指導者でありながらも、表向きは参謀本部に所属していたケースもある。
彼の場合は参謀本部ヤクチア課であるが、これは情報収集は目的としているも諜報組織とは言いがたい。
しかし彼は実態としてはハルビンにて教育を受けた人間であり、各種特務機関の諜報員、工作員らと同列の能力があって、その能力を活かした活動を行っていたのだ。
こういった人物が続出したため、その境界線が曖昧となっていた事を俺は気にかけていた。
こと勝敗論においては正確無比な情報が迅速に伝わることが重要であるため、陸軍内においても統一型の特務機関を用意しようという声はあったのだ。
そこでMI6への提案を契機に西条はそれらを一括してまとめあげるための組織を編成。
統合参謀本部下部組織として皇国特務機関を創設。
陸軍海軍共同で情報を一元化する組織として、陸海合同組織として誕生した。
まあ海軍はそういう組織を殆ど保有していなかったので、殆どが陸軍メンバーとなってしまったのだが、西条は今後を見据えて才能ある両軍の選りすぐりの人材を選出し、この組織に所属させることにした。
ちなみにこの機関にはシェレンコフ大将も所属している。
彼は小野寺大佐とも協力してヤクチアの有志より情報を集めているが、皇国も現代戦へといよいよ突入してきた事になる。