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第67話:航空技術者はジェットエンジンの神様とすれ違いになる1

長いので分割致します。

 翌日の新聞は会議の内容を伝える第一報で持ちきり。

 何といっても注目されたのはチェンバレンの会議内での主張。


 一部新聞では宥和政策の事実上の転換という記事を大きな見出しにて記載した。


 チェンバレン本人は転換ではないと主張しており、会議の場においては「宥和政策は協定の締結により頂点に達し、以降は積極的自衛姿勢に努める」――とマスコミの取材に応えていたが、俺も割と完全な転換はしていないと思っている。


 彼の宥和政策とは3つの論理から成り立つ。


 1.極限にまで戦争発生のリスクを下げる。

 2.拡大政策を行う者は海上封鎖などで根元から腐らせる。

 3.ユーグの現状維持に努め、反共主義をユーグ全体に広める。


 戦争自体を彼は否定していない。

 極限まで避けようと考えていただけだ。

 今回の協定はむしろその延長線上にある。


 ただ、勢力規模が大きくなったので強気の発言をしただけだ。

 それが転換だと思われたのだろう。


 地中海協定はムッソリーニ曰く100点の成果だそうだが、協定の内容は大きく3つの内容によるもの。


 1つが積極的な領土の不拡大宣言。

 1つが地図上にラインを引いた上での海域と国土に対する防共協定。

 1つが拡大主義をとる国に対する共同での経済封鎖。


 これらを達成せんがために皇国や王立国家など、経済大国とも言える国々は全力で支援することとなっているのだが、その支援政策が見事としか言いようが無い。


 一体、20年も前倒しでこんな政策を考えたのは誰だ?

 俺の予想ではファシスト四天王の1名。


 最も高貴な男と呼ばれ、ムッソリーニの後継者とされる男だと思うがどうだろうな。


 このアペニン空軍の父が本国に再び呼び戻されたことが判明したのは会議内でのこと。

 あのブタペスト会議に彼は参加していた。


 もともと彼の思想はその殆どが現在のアペニンの姿勢と一致する。


 新聞を見ればユーグの情報が得られたが、チェンバレンとの奇跡の雪解けの功労者が彼だとのことだ。


 どうやってムッソリーニを説得してみせたのかはわからないものの、皇国が切り開いたことで未来が変わり、時代が彼の味方をしたのかもしれない。


 特に現アペニンにとって彼は最も重要なポジションにある。

 あのNUPの大統領と唯一まともに交渉できるのは、このアペロ・バルボただ一人。


 つまりチェンバレン……いやチャーチルだろうか。

 王立国家と手を組んでNUPから支援を得ようと思う場合、最大の切り札となるのはこの男。


 個人主義的で現アペニン政権とは協調性がないが、非常に強力な指導力を持つ者であることに変わりはない。


 第三帝国と戦う決意をしなければ彼を呼び戻すことはない。


 ムッソリーニの意思は硬いな……彼の帰国はウラジミールと総統にとって誤算だろう。


 この男が暗殺されぬというならば、アペニンの空軍は本来以上の戦闘力を発揮できる。


 彼の空軍指揮官としての能力はユーグでもトップクラス。

 第三帝国とヤクチアという強大な敵を前にして、自身の席すら奪いかねない男を呼び戻したか。


 まさにジョーカーだが、こんな支援政策を提案するのは彼ぐらいしかありえない。

 それをベースに調整されたものかもしれんな。


 王立国家やアペニンの経済担当者が協議した上で協定として提示したのはユーグにおけるインフレ政策である。


 方法はこうだ。


 まずは協定の締結国が共通利用するための地中海協商国債なるものを発行。

 ユーグ各国の銀行と全世界の資本家に購入してもらう。

 この国債は完全固定金利である。

 その上でインフレ政策を示し、各国にて通貨スワップ協定を結ぶ。


 こうすることで通貨価値は飛躍的に向上するわけだが、各国は自国の紙幣を増刷することで、額面上の金額の価値を下げる。


 通貨デフレと経済インフレを同時に引き起こすわけだ。


 ただし、その前に必要な兵器類を事前予約と称して購入し、即金で支払わせるというもの。


 例えば、100円で昨日まで購入できたものが来月には120円となるが、月給は10万円から12万円になっているならば損はしない。


 そのための固定給与などの強制引き上げ政策も兼ねたインフレ政策である。


 こうするとどうなるか。


 貨幣価値にして後の世に10万円の価値がある工業機械がある。

 しかしこの当時のレートでは1万円で購入可能。


 1万円を借りて購入した後、価値が下がった1万円を支払えば、その時に同じ工業機械を購入する金額が10万円なら、9割引きで購入したのと同義となる。


 これはユーグの復興政策でNUPが用いた手法に似ているが、10年単位でのインフレ政策を行うことで、これを達成して少ない国家予算で大量の兵器や物資を購入しようというわけだ。


 無論、調整がきちんとできなければハイパーインフレとなりうるが、現在はユーグ全域にて軍拡が必須。


 ようは軍需によって儲けられる構図がありデフレとなりにくい。


 資金がまるで無い国家は銀行からお金を借りる形で、額面上の数字を一旦借り受けて様々なモノを購入するわけだが、固定金利を利用したインフレ政策を用いれば、善の循環により固定金利分の損益が銀行に生じても、絶対に不良債権化しないため損はしない。


 そればかりか、善の循環が働けば、むしろ銀行は貯蓄する金額がどんどん増えていく。


 物の売り買いの場合、銀行は一切損しないケースがある。

 消費税という存在があってもだ。


 ある人間が買い物をした時、100円を商店に支払った。

 その100円を銀行から下ろして使ったとする。


 この時払われた商店が同じ銀行に口座を持っていて、その銀行に100円を預けたとしよう。


 この構図では銀行は損しないケースがある。

 そればかりか銀行は得をするケースがある。


 それはもう1名以上の存在が出てきたときだ。

 商店が品物を調達する際、同じ銀行に口座を持つ生産者に40円支払った。


 それをちょっと調整して付加価値を付けて100円で販売した。

 この60円は商店の利益である。


 そして40円で商店に卸した生産者は10円で購入した材料で商店に卸す品物を作成した。


 つまり30円の儲けである。


 100円を支払って商店より物を購入した人間も同様の循環があるのは間違いなく、会社などから給与を得てその分を支払ったに過ぎない。


 いわばこれが資本主義の経済成長の基本。


 ようはこのループの積み重ねると、この世に銀行が1つしかないならば、銀行は貯蓄金額がどんどん増加していく構図になる。


 地中海協定はその協定締結者達の中央銀行が連合体を形成。


 銀行を1つにまとめるということを本気でやる。

 しかも協定間における関税を0%にするという附則まで設けられている。


 近代経済学者がやり直しでもしたか。

 いや、戦時中それを唱える者はアペニンの経済学者に多くいた。


 バルボもその1人。

 新聞にもアペニンが主導的にシステムを組んだとある。


 皇国は軍需があるため、実質的にはインフレ政策によって額面上の損はするのだが、内需喚起が起こるため、結果的に国民は損しない。


 NUPほどの貯蓄が無いユーグ全域にとっては、この方法でしか軍拡を達成できない。


 蒋懐石はこの協定を見事だと評して強い参加意欲を示したが、彼にとっても目から鱗な内容だろう。


 ただ残念なこともある。


 ガルフ三国や王国など多数の国家が協定に参加する意向を示したが、ポルッカとエーストライヒはそれを拒否した。


 エーストライヒは第三帝国との併合を考えているからなのと、総統からの圧力があったのは間違いない。


 結ぼうと意向を示した次の日には開戦するだろうから。


 一方のポルッカは平和主義に反するからと……

 積極的防衛姿勢は平和主義に反しないとの説得も効果なく、彼らは会議に参加するも協定は拒絶。


 これにて9月の開戦は不可避となったな。


 ムッソリーニはチェンバレンとまやかし戦争を許容する気であり、彼らをスケープゴートに軍拡を進める様子だ。


 まあバロボがいる限りポルッカのためには戦うのであろうが、さすがのバロボもすぐさま対応できないことぐらい本国が脆弱な事を知っている。


 しばらくは様子を見ながら機会を伺うのだろう。


 俺が興味あるのは今のところG.55。

 DB601を搭載したC.202はもうすでに形が出来上がっている。


 しかしこのまま行くとDB605は調達不可能。

 王立国家は5ヵ国同盟にてアペニンにマーリンの供給を決定済み。


 C.205とG.55はマーリンを装備することになるわけだが、どんな形になるのだろうか。

 王立国家からの技術共有があれば翼の形が変わりそうだ。


 しかし一連の供給は王立国家だけではない。

 東亜三国もこの会議ではそれなりに目立つ立場を示した。


 蒋懐石は銃器類の武器輸出を決定。

 生産拠点を増やして統一民国は銃器大国の立場を確固たるものとするようだ。


 ライセンス生産されたチハも供与するようだが、まあチハより悲惨な戦車ばかりだから、シャーマンまでの繋ぎにはなるかな……


 航空機については王立国家がマーリンを、そして皇国が新鋭1300馬力空冷エンジンを提供する事になった。


 名前は公開してないがハ33だろう。


 一応新鋭エンジンで間違ってない。

 まだ登場して2年も経過してない。


 百式戦のために大量生産されているハ43と違って大量に余っているのだが、ハ33も悪くないエンジンではある。


 高い信頼性があるからハ43が完成しなければ俺はそれを使ってた。


 一方のハ43は皇国の軍拡のために供与する余裕はないが、いずれライセンス生産などを認めることにはなるのだろう。


 ただ、現時点では非公開にしておきたい。

 1600馬力級を保有してたなどバレた日には、第三帝国がライセンス供与を防共協定を理由に求める事になる。


 三国の防共協定はまだ破棄しない。


 今回の地中海協定でも破棄となる根拠にはならない。


 そこが総統閣下にとってもしてやられたと思う点らしく、翌日には張子の虎などと称して批判演説を行っていたが、内心では不可侵条約を前に先手を打たれたと思っていることだろう。


 だから会議で漏れた情報を利用していろいろ揺さぶってくるのだろうが、これでBf109の派生型が空冷を採用してダサくなったら俺は泣くぞ。


 空冷はFw190だけにしてほしい。

 だからハ43は隠した。


 ただNUPが、「諸外国にはダブルワスプと同じ出力のエンジンが存在する」――と主張していることから、もうすでにバレかけてるけどな……


 現状ダブルワスプと並ぶのは第三帝国の139エンジンの1550馬力と、801エンジンの1600馬力、ヤクチアのM-90、そして我らが1660馬力のハ43。


 第三帝国は139を公開しており、801は噂程度に情報が流れる。


 M-90は普通に失敗作だ。

 ヤクチアにはもっと完成度の高いM-71といった2000馬力級のエンジンがある。


 といっても自国で産出するガソリンの質が悪くて高空性能はお察しなのでどちらもさして脅威と見ていない。


 皇国は本来の未来でもハ43らしき存在があると思われていた。

 これは護のことを指していたとも言われる。


 実際無くはなかったが、現状では本当にきちんとしたものが実在してしまっている。

 歴史が変わって過大評価であった嘘が真実になったのである。


 現状では801、ダブルワスプ、ハ43が現状1600馬力級では三強と言えるな。

 中でも801とハ43は重量が軽い。


 801は今後2000馬力級までパワーアップするわけだしハ43も負けていられないぞ。


 西条はハ33をブタペストに到着した新鋭中型機にも採用の傑作エンジンと呼称していたが、650km/hで飛行する双発機があるのではないかと周囲からつっこまれた。


 650km/h出したいが出せないんだなこれが。

 原因は調査中だが、もっぱら工作精度の影響だと言われてる。


 だからフックを付けた程度で最高速が下がらない。

 翼あたりに原因がありそうだが、現状いかんともしがたい。


 双胴機を現在の皇国で完全に作るのは難しかったということだろう。

 西条は600km/h台は出せたとしても650km/hはありえないと正直に吐露したが、誰も信じていない。


 第三帝国はすでに746kmの世界記録を樹立しているので、軍用機の600kmオーバーは航空大国なら可能だと思われている。


 嫌な傾向だ……


 その西条首相はこの会議の場にて各国の五輪への参加も提案した。


 揺れ動くバルカン半島もそれを好意的に受け止め、地中海協定参加者は五輪に参加した上で、その間の紛争の一切を行わないことを閣議決定する。


 少なくとも情勢が揺れ動くのはポルッカとエーストライヒのみとなった。

 今は蓄えるしかない。

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