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第66話:航空技術者は第二次地中海協定のための会議に参加する

 即位式は滞りなく終わり、ブタペスト市内は祝賀ムード。


 新たなる王は馬車にて街の中をめぐり、多くの民衆に歓迎されながら、時おり馬車から身を乗り出して沸きあがる民衆に応えた。


 歴史が変わった瞬間である。


 しかしこれで終わりではない。


 東亜三国による事実上の同盟が出来上がってから続く歴史変化の流れは、ついにユーグ地域にまで影響を及ぼし始めたとはいえ、一歩間違えればすべてが崩壊する状況に依然変わりないのだ。


 だからこそブタペストには各国の首相も同時に集まった。


 これは後の世にて、東京会談に続く"ブタペスト会議"と呼ばれる歴史上の出来事である。


 ◇


 翌日。

 まるで俺をからかうかのように航空機の見本市を引き起こした者たちによる、世紀の大会議が始まった。


 全体の8割が自国に"王"という存在をもつ国家。

 それはまるで円卓を囲んで騎士たちが語り合う場のようであった。


 どこか場違いな雰囲気のある東亜三国の首相達であったが、本日の西条は和服ではなく軍服である。

 軍閥上がりは多くが軍服姿であった。


 やはり今の世界の状況に民族衣装による礼装は合わないなとは思う。

 そんな会議の中心となったのはやはりムッソリーニであった。


 この時期を代表するカリスマ的政治家は、開口一番に面白い言葉を口にした。


「さて、本日の議題だが私はこの1点に限ると考えている。私が望むのは地中海協商の復活。すなわち、第二次地中海協商……地中海協定と言い換えてもいい」


 そう言って彼が掲げた内容は、一度目の大戦を防ごうと奮起した者たちが一時期結んでいた協定。

 様々な思惑が絡んで一時的に大戦を乗り切った地中海協商の拡大版である。


 ようは何をしたいかというと、地中海協商を太平洋の沿岸まで拡大させるというもの。


 地中海協商。

 当時はどこの国もある程度の拡大路線を考えていた。


 そのため、互いが互いに睨み合うことでギリギリ戦を防ぐという、極めて危うい綱渡り政治がユーグ全域では行われていた。


 その理由の1つには戦における戦略が近代化していなかった事が挙げられる。

 当時戦争とは国をあげた総力戦で、1つの戦場において総力と総力をぶつけ合うものだった。


 いわば進軍するとは全軍進行を意味するもの。


 すでに国力から言って別動隊を組織することはできたはずなのだが、その意味も戦略的優位性もまったく認知されていなかった時代である。


 だからこそ、産業革命によって国力が大幅に増強された結果、一種の抑止力のようなものが生じて各国はにらみ合っていた。


 ただし、その行為はどちらかといえば不発弾で遊ぶようなもので、不発なのだからとばかりにリボルバー式の銃の引き金を何度も引いて、互いに脅しあうという危険極まりないもの。

 弾丸が民衆なのだとすれば、その民衆の暴走1つで全てが終わる。


 まさにそれこそが一度目の大戦を生じさせた理由であるが、当の国家はそれが不発弾であることがわかっていても、何度も引き金を引く行為をとめることが出来なかったのだ。


 そこに一石を投じたのが、かの有名なビスマルクである。


 拡大路線をやめぬ共和国と帝国時代のヤクチアを前に、地中海の安定化と不動化を果たそうと彼が仲介して生まれた協定こそ、地中海協商なのである。


 内容としては黒海、エーゲ海、アドリア海をすべて内包した、地中海全域の権益の共有と現状維持を定めたもの。


 ビスマルク体制などと呼ばれる状況を構築する彼が、体制構築中に爆弾ともいえるバルカン半島含めた周囲一帯での戦乱によって、帝国時代のヤクチアがバルカン半島からユーグ全域に手を伸ばすことを防ごうと様々な国家間で結ばせたもの。


 一般的な歴史においてはビスマルク体制の集大成などと言われるが、無能すぎる次代の王が全てをぶち崩してしまうのであった。


 チェンバレンの宥和政策とはまさにこのビスマルク体制の模倣に近いものであったが、そのチェンバレンの能力だけではバルカン半島などの常に揺れ動く地域まで安定化させることは不可能。


 しかしここにムッソリーニが混じると状況が変わってくる。


 そういうことか。

 ティトーが現地入りした理由が見えてきた。


 太平洋全域までを反共主義のための防波堤として現状維持を画策し、巨大な鉄のカーテンをこさえようってわけか。


 本来の未来ではミュンヘン会談が宥和政策の頂点であり、後は下降路線であるとされる。


 しかしそこで終わらなかったわけだ。


 効果があるかどうかはわからないものの、民衆の意識を変えることで第三帝国&ヤクチアという、正直俺も勝てるか不安な連中相手に勝機が見えてきたような気がしてきた。


「この協定の最大の意義は、積極的中立という姿勢をユーグから無くすということだ。我々はユーグ地域の現状維持のため、賛同の意向を示す者はこれを絶対として守るために銃を取らねばならん。ボスニア湾に佇む国家も我々は永世中立であるなどと言わず、今会議に参加する全ての国が対ヤ、対帝国主義(第三帝国)のために戦わねばならない。その上で互いに現在の国境線を認め合い、不動のものとする」


 東亜はやや置いてけぼりな感がしなくもないが、この協定はいわば東亜王国の南側の諸島やインドラといった地域も、現状維持を継続させようというものである。


 正直俺にとってはそれはどうなのだと思わなくもないが、現在の東亜においてインドラなどはまるで不要の地域。


 東亜三国が否定するような内容ではない。


 ただ、あの辺りは俺たちが戦うことで独立運動が盛んになるのだが、この周辺地域が安定化したら逆に彼ら現地住民には辛いかもな。


 まあ戦況次第だ。

 東亜王国などの拡大戦略姿勢を持つ国がどう動くかわからん。


 例えば黒海で事実上の戦略拠点を失ったヤクチアが、太平洋沿岸での勢力確保のために南下してティベとインドラを占領する。

 これがありえる。


 東亜三国の戦力は現在馬鹿に出来ない。

 進軍こそ怖いが防衛においてはシェレンコフ大将も認める力がある。

 極東を奪うメリットがまるで無い。


 しかし東亜三国周辺のティベなどの国家は、現状で防共協定に参加していない。

 独立を半ば認めただけに過ぎないのだ。


 ここにヤクチア侵攻の隙があるからな。


 黒海がこちら側の管理下となれば、奴らは黒海奪還とスエズを奪うための戦略拠点を欲しがるだろう。


 まあこの協定自体がそう簡単に結ばれるようなものではないのだが。

 皆が皆、野望や想いを抱えているからな。


「ビスマルクにでもなったつもりかムッソリーニ!シュチパニアを併合したばかりの貴様がよくもそんなことを!」


 まずは想いを抱えている者が反応した。

 野望を抱える者たちに怯える目で見上げる姿の男は、現状でもヤクチアと縁が深いガリアの首相だ。


 この男が会議に参加した理由はおそらく参加しておく意義だけはあると思っての事。

 各国の姿勢がわかるだろうしな。


 参加しなかったことへのデメリットは大きいが、参加しても協定参加などにNOを突きつければいいわけだからな。


 ユーグには現状3つの勢力がある。


 1つ目が拡大路線を歩もうと実行に移す者と、内に拡大路線計画を秘めたまま隠す者。

 2つ目が国家存続など、なにかの想いを秘めた者。

 3つ目が自分の場所に火の粉が降りかからねばどうでもいいと思う者だ。


 今まさに衝突しているのは内に拡大路線計画を秘めた国家の首相と、単純な現状維持を望む国家の首相だ。


 おそらくムッソリーニ最大の狙いは、バルカン半島の連中がこの協定に賛同せずそのバルカン半島の国々がヤクチアに占領された状況で傀儡国家となり、その傀儡国家を解放して割譲することにあると見た。


 東亜との5ヵ国協定でも勝利した場合の割譲は別の話としていたが、ムッソリーニはその話に強く賛同したからな。


 拡大路線は一時封じるが、勝てばいいのだ。

 その辺りを弁え、王立国家や共和国と手を結びつつ、協定に参加しない者達にも余裕の態度をとる。


 ムッソリーニの真の狙いは、黒海に佇む巨大国家を仲間に引き入れる事にあると見た。


 ガリアなど壁にもならないと思っているはずだ。

 よほどシュヴィーツやオリンポスの方が壁になりそうなのは言うまでも無い。


 表情が余裕を物語っている。

 彼は写真では見たことのないほどの明るく精気に満ちた表情で反論を述べた。


「我々は先の世界大戦に勝利した。その際の参戦協定に該当地域の割譲は含まれている。それ以外に我々が新たに手にした領土はない。あくまでこれは先の大戦に参戦したことによる正当な報酬を得たに過ぎん」

「世迷い言を……!」

「なればミュンヘン会談にて領土を増やした王国やポルッカの立場はどうなる。我らが許されぬというならばズデーデン地域の処遇をこれから再び話し合うか? それは無駄なことだぞガリアの首相。貴様がやりたいのはバルカン半島の安定化と黒海を中心とした連合体の形成だろう!」

「そのバルカン半島を民族主義で混乱させたのは他でもない貴様だ!この場において全会一致など簡単にできると思うな!」


 確かに一理ある。

 ただガリアの言葉は俺からすると己の身を弁えない発言だと思える。


 彼らは一度目の大戦の前に帝国時代のヤクチアと手を結ぼうとしたし、そもそもが共産主義に傾倒しかけた時もあった。


 2度目の大戦期には中立のような立場であるが、本来の未来での三国同盟に加担し、分が悪くなるとみるや単独講和を試みようとする。


 おそらく今回の会議に参加した理由も、経済基盤が弱く、積極的中立でありたいがために周囲の様子を見て仲間入りはしておきたいという魂胆なのだろう。


 ムッソリーニはそれを認める気はないようだがな。


 ただ、俺もそうであるべきだと思う。


 彼らは戦時中ヤクチアに経済的支援すら行っていた。

 第三帝国とヤクチア、皇国とヤクチアによる不可侵条約を理由に。

 そのことで戦後王立国家とNUPは処遇に迷い、ヤクチアに蹂躙されることになる。


 こういった国を事実上見捨てることで、戦略的優位性のある土地をヤクチアに奪われることになるわけだ。


 それは現大統領や次代大統領を含めた者達が原因なわけだが、戦後の後続の大統領らから痛烈に批判される。


 オワフ島より西側の太平洋に佇む大半の陸地だけでなく、そこから西の西まで、ペルシャ湾、黒海や地中海の東側など、戦略的に重要な区域の殆どをNUPは失うわけだ。


 太平洋など一体どれだけの航空機が墜ちたのかわからん。


 冷戦と言いつつもあの周辺では度々双方による小規模戦闘が発生。


 旧オスマニア地域の軍事力があってどうにか地中海の均衡は保てたし、スエズも何とか道を閉ざされる事はなかったが、ユーグは太平洋内から大半の地域の独立を許してその手を退けられ、西側諸国は怯える戦いを何十年も続ける事になる。


 2度の大戦の反省から大規模な戦争は起きなかったが、小規模紛争は国境で続き、ことヤクチアとの国境線に位置する国ほど苦労していた。


 NATOを結成したとて、核ミサイルによるミサイル防衛網を構築したとて、国境線における紛争を防ぐ会心の一手とはならない。


 NATOが守れた海域など、スエズ程度だ――などと嘲笑されたわけだが、ヤクチアはそのうち民族主義すら利用するようになり、民族解放を理由に拡大路線をとる。


 その時になって初めてNUPの大統領は公の場でこう言った。


 皇国と戦ったのは失敗だった――と。

 何が失敗だ。


 戦争を未経験の者だから、命を散らした双方の軍人に対してそんな失礼な物言いが出来る。


 世界の警察を自負しながらもそんな言い訳しか出来ないのかと、本来の未来にて映像で見た時に怒りを抑えることができなかった。


 そんなNUPによる虫食いだらけの若葉のような警備体制に批判が強まり、ユーグはユーグで一致団結しようとするが時すでに遅し。


 大量の資源保有地域を手にしたヤクチアは強く、西側諸国は長らく続く不況の影響もあり、いつ蹂躙されるかもわからない恐怖を抱えて彼らは気づいた。


 倒すべき存在を間違えたことを。

 真っ先にそれに気づいていたチャーチルは結局NUPに振り回された。


 彼が何とか守れたのはユーグの一部にしかすぎず後悔に後悔を重ねたのか……


 晩年、「王立国家が滅びかけてでもヤクチアを追い出すべきだった」――と、ムッソリーニの棺の前に突如現れてまで述べたのはニュースにすらなった。


 彼は最後まで総統閣下を恨んでいたよ。

 奴がいなければヤクチアと戦うだけで済んだのだとな。


 そのチャーチルが首相となる前の段階で、前任のチェンバレンは王立国家に何を残しすことができるのだろうか……


 ムッソリーニに対してぶつけられる罵声を前に、チェンバレンは沈黙を守っていた。

 今は何か擁護しようと述べても火に油を注ぐ。


 おまけに王立国家は立場上弱気になれない。


 本当は弱気になって助けを求めるがごとく手を結びたいわけだが、ユーグとはそういう一致団結の仕方はできないのだ。


 互いに悪友のような関係でいるのが最も結束力が強い。


 そういう意味では悪ガキの1人であるムッソリーニは、周囲からは嫉妬されて当たり前だし、批判されるのも頷ける。


 そんな中で先に口を開いたのは……西条である。


「皆の者。東亜三国の一代表として意見したい。私が述べたいことは集約すれば一言である。社会民主主義も結構。共和制も結構。王政も結構。この時分において帝国制を掲げるも結構。だが、赤化だけはするな。ムッソリーニ卿やチェンバレン閣下、そして私が常日頃恐怖しているのは自国の赤化だ」


 西条の言葉に二人同意とばかりに頷く。


「赤化は帝国主義よりもよほど卑下すべきもの。本日集まった国々においては誰しもが思うことがあるだろう。それは自国が失われ、国民が蹂躙され、所有権や財産権を弄ばれ、この世に人権などないのだとばかりに民衆が虐待される世界にはなりたくないと。我々だってそうだ!」


 顔を紅潮させつつも表情は冷静さを保ち、バンと軽く机を机を叩きながら西条は立ち上がる。


「即位式で陛下が述べられた恐怖は何よりも皇国民が抱いている感情だ。五輪や万博で湧き上がる皇国民は、世界がそれで満たされるならばと思ってはいるが、本心では常に恐怖し、銃や剣を磨いている状態にある。貴方方もそれは同じはず! その原因は共産主義最大の弱点にある。共産主義は拡大路線を維持しなければ自国の経済力を維持できんという。他国を支配して己のものとする以外に経済を維持できず、一方で他国を支配して経済成長するということが民衆の活動意欲に繋がるため、指導者による命を脅かす暴力が平然とまかり通るという、あってはならないことが正当化される事にある。私は亡命したシェレンコフ大将からヤクチアの実態を知った。まさにそれが我々が公開した大粛清だ! 貴方方もそれを見ただろう! 支配のために200人以上の将校を処刑した事実を! 私は公開した情報以上のことを知っている。公開できないほどの惨状が刻まれた資料も手元にあるわけだ!」


 静まり返った会場。

 一人吼える闘将に対し、皆耳を傾けていた。


「私はこれまで何度も軍の人間や政治家を更迭したりはしたが、政治家の立場をもって処刑したことは一度も無い。更迭された人間は私に殺意を抱くような者もいるであろうが実際に手をかけることはない。それは法と人権という、国家が存在することによって守られる概念が皇国内にも存在しているなによりもの証左である! しかし赤化すると国家のためならば全てが許容される。我々はある意味で正気を保っているからこそ、正気を保てぬ者に恐怖するのだ!だからこそ赤化してはならん! 正気だからこそ……!」


 あまりに熱が入りすぎた西条は一息入れる。

 水を口に含み、再び言葉を重ねた。


「私はこの会議の場にて訴えたい。自らが正気であるというならば、手を結ぶという選択肢を取ることが可能なのだということを。思想の違い、民族の違い、人種の違いによって皇国は悩まされてきた。我々が国際連盟に復帰しないのもそこにある。しかしブタペスト内にて皇国民を、東亜人を蔑む視線はなかった。誰しもが挨拶に応じる。それは王の即位式による一時の感情の高揚によるものかもしれんが、私はその状況を見て、今この場で東亜を誰も批判しようとする者がいない姿を見て、全会一致による協定受諾は可能と踏んだ。いわばこの協定は簡単だ。10年後地図を見たとて、今この場に集まった国々の領土はほぼ変わらない。そのためだけの協定に過ぎないのだ。それを守るために締結国全てが全力で立ち向かう。皇国が今アドリア海に艦隊を派遣したのは、いつでもそのために戦いに赴くという覚悟。同じ覚悟を、正気である皆様と共有したいだけだ。我々は貴方方が求めるならば最後まで闘うぞ」

「そうだ! 私は闘う。王立国家は最後までユーグを見捨てはしない。奪う者達が出てくるというなら徹底抗戦だ!」


 ここにきて声を張り上げたのはチェンバレン。


 それは宥和政策の否定に繋がる発言ではあったものの、ある意味で宥和政策の頂点こそがコレなのだと主張したいように見えた。


 宥和政策はここまで。

 これからは徹底抗戦による防衛戦争をやろうと呼びかけたのである。


「我々は脆弱な工業力ゆえに武器は欲するが、兵はいる。私は我が祖国の民族を守るために闘う。武器は東亜三国や王立国家が作ってくれる。特に華僑の銃器はいいぞ……我が軍は弾丸と機関銃を仕入れているが、東亜三国の力添えがあれば闘える。私は求めたい。旧オスマニアの者達の力を。オリンポスの神々の力を。かつて我々に少数で挑み、トリャヴナの戦いで勝利したガリアのツワモノの力を。皆が皆、戦おうと思えば戦える。私は関係ないと見て見ぬフリをするのは簡単だ。それで運よく今度の大戦を生き残れるやもしれん。しかしそうなったとき、周囲は赤く染まっていることだろう。君達はその次の大戦に震えたいのか? 私は嫌だ。民族は民族だ。強大な国家に飲まれたりなどせん。まさにバルカン半島の地域がそうであろう。最後に立ち上がるのは同じ血の通う者達だけ。だが国家は必要だ。頭脳があり、明日を切り開ける者は必ずしも肉体的強者ではない。国家は彼らを守り、彼らが国力を蓄えるからこそ勢力を保つ。民族主義においても国家は必要だが、民族を否定して蹂躙せし者とは戦わねばならない。だからこそ、地中海協定を唱えるのだ! 東亜三国の協力無くして戦えるというのか! スエズを通ったとて黒海が占領されていてどうやって助けに行く。彼らの支援の道を切り開く協定こそが地中海協定だ!」


 一部から拍手が沸きあがる。


 その拍手を送った者こそ、革命が成功裏に終わった旧オスマニアの首相と、オリンポスの神々に守られし国の首相。


 チェンバレンとムッソリーニの雪解けは1つの奇跡を起こしている。

 それはオリンポスとアペニンが敵対しない。


 アペニンがオリンポスに侵攻した原因は、王立国家が艦隊を派遣してきてオリンポス共々攻め込んでくるストーリー。


 併合されたシュチパリアを再び奪われたくなかった。


 だが元来この2国はつい20年前には互いに領土を分け合ったりなどしたので、そこまで険悪な関係もない。


 何よりも王立国家の艦隊が来ないとなれば、アペニンにとっては好機。

 ほぼ全勢力を北側に集中させられる。


 ろくな海軍勢力がないアペニンにとっては王立国家の艦隊こそ恐怖したが、今や味方であるわけだ。


 むしろこの状況ならばムッソリーニにとってはスエズから黒海まで安定化させたいのは言うまでも無く、そこから手を伸ばしてヤクチアのアキレス腱を破壊したいのだと思われる。


 なればこそ、この二国の協力は必要不可欠。


 どちらも侮れない軍事力を誇る国家である。

 ムッソリーニにとっては最終的にガリアなどが味方にならずとも、南側だけでも協定を結びたいのだ。


 そうすることでヤクチアの艦隊派遣を防ぎ、南側は皇国などを中心に艦隊を派遣。

 基本は陸上による進軍によってヤクチアを撃退。

 これだけで割とどうにかなる。


 北側はまず第三帝国をどうにかせねばならないが、ここには王国がある。

 王国がエーストライヒと再び1つになる事を未だ諦めてないとしても、まずは同君連合からという手段もある。


 西条からの話では同盟の条件が即位式であり、王国は当初より会議のはじまりにおいて、いかなる協定が示されても基本は調停すると主張していた。


 きっとムッソリーニはそれとは別にオリンポスと、旧オスマニアとも交渉していたのだ。

 かなりの勢力をすでに抱き込んでいるからこそ、北側はさておき南側は賛同しなければ見捨てられる構図となっている。


「一言言っておくが、協定を結ばぬ場合でも我々は共産主義と戦うつもりだ。奴らが南下するというならばそうなる。ただ、戦後に今の状態が維持できているという保障はない。そんな余裕は我々にはないし、そもそも我々にも内なる欲がある。内なる欲を防ぎたいというならばこの案に乗るほうが賢明だ。私はもう十分だと思っているが、戦時中に私が暗殺されれば、次の者がどうするかわからん。それはどこの国も同じ。しかしこれほどの協定となると破棄はできん。協定こそがブレーキとなる」


 完全に悪ガキそのものといった表情を見せるムッソリーニ。


 会議の場で敬服の念を抱かれていたのは西条であったが、このアペニンの人間は、まさに政治的手腕だけでこの会議を自身の掌で転がそうとしていた。


 転がすといってもこの協定はNATOに近いもの。

 ムッソリーニはユーグの明日のために、従う者と従わざるものを選別したいのだろう。


 その青写真とは言えない徹底したやり口により、ほぼ大半の国がこの協定に賛同することになってしまうのだ。


 まあ、オリンポスと旧オスマニア、そしてガルフ三国などのようなヤクチアの恐怖に怯える国が手をあげれば、俺も俺もとなってしまうわけだが。


 列強ばかりいるわけではないからこそ、この協定が上手く行くのはムッソリーニの中では想定内といったところ。


 後で小野寺大佐より聞いた話だが、チェンバレンに対して彼は「100%の結果を残して見せる」――と豪語したそうである。


 やはりこの男はビスマルクよりある種恐ろしい男かもしれない。


 そのやり口は内政と同じだが、内政だけでなく外交も自身のスタイルで貫き通したか。


 もし仮に大戦を勝ち戦と出来たなら、間違いなく第三帝国の復興をこの男が担当する事になるだろう。


 まあそういう政治的主導権を握り、国際社会での発言力を増したほうが、アペニンにとってはいい未来が切り開かれるかもな……


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