第64話:航空技術者は昇進し、未来の友人と出会う
乗せられたタクシーの中でずっと考え事をしていた。
何度確認しても俺が中佐で間違いないというのである……
――陸軍においては22歳での少佐任命が過去の事例にあるからと、20歳の俺を少佐にすることにさほど異論は出なかったと言われる。
しかしその22歳とはかの有名な陸軍の聖将であり、陸軍の参謀本部においては技術大尉にまで一旦昇進させ、22歳となってから少佐としようという声はあった。
つまり、本年に少佐とする案も出されたほどだ。
ところが千佳様がそれを押し切って俺を少佐にさせてしまい、俺は上級将校としての立場を得ている。
特に俺は技術士官であるからこそ、特進が許されたと言える。
技官は通常の将校よりも立場上は下とみなされていたので、周囲は精々大尉とかそんな程度の認識であったわけだ。
少なくとも、同じ少佐階級の者は俺に対等以上の立場で迫られることは当初こそあった。
次第に消えていった理由はその階級を補正する肩書きが付与されていったから。
すなわち統合参謀本部総長補佐といった、もう1つの肩書きによるもので、海軍にすらこれは効いた。
ただ、現実的に考えてみれば、大尉と少佐……尉官と佐官で大きく立場が違なる。
ここに絶対的な壁があるというのは陸軍内での共通認識であり、大尉では肩書きがあっても舐められると考えての配慮だったと聞いている。
最終的に陸軍参謀本部の者達を納得させたのは"技術少佐は少佐未満"という彼女の言葉による所が大きく、一般の上級将校と比較した場合は少佐未満大尉以上という立場が俺だった。
おかげで尉官の者達からは敬語かつそれなりの態度で臨まれるが、もしこれが技術大尉だと尉官の枠組みに入れられて准尉といった者達からも同格の扱いがなされる可能性があり、千佳様はそこを憂慮されて徹底的に反対の姿勢をとった。
拡大解釈させないようしてくれたのは最大の配慮であったと思う。
今にして思えば本当にこれに何度も助けられた。
少佐になったことで外野の声が小さくなったので、だからこそ俺はこの階級を大変気に入っていたのだ……
これが割といい塩梅となっていたからである。
そもそも聖将が中佐になったのは28になってから。
大佐こそ30までに昇格したわけだが、俺は22の時点で中佐になっていいのか。
それとも、技術中佐は一般的な少佐階級と同等ともっぱら言われるため、これまでの功績から同格にさせたかったのだろうか。
一体誰がそんな事を決めたのか……
外の景色が楽しめなくなるほど不安に駆られつつ、ホテルへと向かうことになってしまったのだった。
◇
「無事、到着したようだな信濃」
ブタペストのまさに近代ヨーロッパといいたくなるホテルに到着した俺は、荷物一式を抱えたまま西条の姿をみかけたロビーの応接間へと足早へ向かった。
そこには珍しく軍服を身に着けない西条の姿である。
常に軍服を身に着けているので珍しいが、どうも軍の任務とは関係ないパーティにでも誘われた様子だ。
「首相。なぜ私が中佐に?」
「大佐の方がよかったか?」
「えぇ!?」
いやいや、漫画ではないのだから22で大佐など……
「連合艦隊司令部からの報告は受けている。よくやった。だが、私はお前が戻ってこないことも考え、予め昇級させようとは思っていたのだ。陛下からのお言葉もあってのことだがね」
「そうだったのですか……」
「本当はお前を絶対に失いたくないので加賀になど向かわせたくなかった……お前が作った百式攻を信じて向かわせたのさ。今のお前は海軍の意向もあり、統合参謀本部総長としても昇進させざるを得ない。ほれ、もっと喜ばんか!」
「私は聖将より優れている立場ではありませんので……」
「どうかな。それは近いうちにわかること。それに、加賀には艦長以外中佐未満しかおらん。お前はまた戻るつもりなのだろう? だとしたら加賀の艦長以外の将校が素直になれる階級である方がいいと宮本からの進言もあったのだ」
……先に外堀を埋められた。
連合艦隊司令部め……昇格をダシに加賀に戻るつもりがあると嘯いたな。
俺は確認程度に加賀に戻るだけでいいと考えていた。
バルカン半島やアペニンのどこかの港に停泊中に顔を出せばいいと。
まあいい。
「随分逞しい顔になったが、やはり加賀は酷かったか」
西条もそんな言葉を述べるのか。
自分では違いなどわからない。
やり直し始めた頃と何が違うのだろうか。
顔つきはその時点で変わったとは思う。
「307に乗って帰りたくなるほどには……」
「ふふっ。そうか……」
俺の言葉に西条は何かを察してくれた。
その上で次の指示を出してくる。
「いいか信濃。8月上旬頃までに皇国に戻って来い。海軍はしばらくアドリア海に艦隊を展開させるのだが、即位式の後にすぐさま加賀に直接向かっても疲れるだけで得るものは少ない。いい機会だ。暫く王立国家や第三帝国の航空機の状態について探ってこられるか?」
「はい……?」
それは突然の申し出だった。
自分としてもせっかくの機会だから考えてはいたが、何かあったのだろうか。
「いやな、どうも私は皇国の未来が変わったことで、ユーグにも影響が及んでいるのではないかと思う。ムッソリーニとチェンバレンの雪解けのようなことが、航空業界にもあったりしないか? 気になるのだ」
「……それは確かに。私も考えてはおりました」
「だろう? スピットファイアとBF109など、お前が知る限りの航空機に変化がないか調べて欲しい。今ブタペストには小野寺大佐もいるのだが、ブタペストに到着した海軍の新鋭機について周辺各国は見せかけのためだけの機体だと踏んでいる。もっと高性能な機体が背後にあるのだと信じて疑わん。正直それは怖い」
なんてことだ……
国家や軍というものはそこまで愚かではなかったか。
情報は駄々漏れであるわけではないが、G.Iなどを通して高性能機を保有していることが少しばかり伝わっているのだ。
九九艦爆がせめて格納式の主脚なら騙せたが、固定式なせいで流石に違うと思われたに違いない。
格納式の主脚を持つ九七艦攻はなぜか加賀に搭載されていなかった。
カタパルト機器や新鋭機のためのスペース確保のために下ろされたのだ。
航空士も大半が戦闘機乗りであり、九六が増やされたからでもある。
赤城内にはあったわけだから赤城から拝借すべきだったか……
あえて固定式のほうが騙せると思った俺が甘かったな。
海軍機は九七以外固定式で、陸軍機も大半が固定式だから騙せると思った俺のミスだ。
しくじったが仕方あるまい。
ここから挽回しよう。
きっと俺のミスのフォローを小野寺大佐などがしてくれている。
皇国は未だに固定脚に拘っているとか説明してくれているはず。
この場でキ47や零、百式を公開しなかったことが重要なんだ。
負けたわけではない。
疑われただけに過ぎないんだ。
九七だから疑われなかったとも思えない。
「首相。承りました。即位式が終わり次第大至急王立国家と第三帝国へと足を運びます」
「頼む。キ43を繰り出したらさらに高性能な戦闘機をぶつけられるのは御免だ。特に当面の敵となりうるBf109に細心の注意をはらえ」
「はっ!」
かくして俺の即位式後の予定がきまり、俺は中佐となることを受け入れざるを得なくなったのだった……
◇
ホテルの個室を案内された俺は一旦部屋の中で飛行服を脱ぐと、時間が空いたため私服に着替えてブタペストの街をめぐることにした。
西条はどうやら小野寺大佐と何やら"パーティ"に出かけたようだが、政治家と会うわけではなく、政治活動家などと会合する予定らしく、俺に対しては「疲れただろう」――といってその日は休息日にしてくれた。
恐らく、蜘蛛の巣状に広がったユーグの情報網を利用し、ポルッカなどの活動家と親交を深めるのだと思われる。
ムッソリーニ達を裏切る目的ではなく単純に情報収集が目的だろう。
小野寺大佐共々、後で詳細を教えてくれるそうだ。
二人とも俺に対して情報を包み隠さず伝えてくれるので特に不安などはない。
街を歩いているとブタペストには政府の要人も多数出入りしている。
その中に妙な人物を一人見つけた。
ティトーだ。
ウラジミールを震え上がらせた男……数々の逸話を持つバルカン半島のカリスマが王国内にいるだと!?
いや、あの男は王国の国境付近の生まれ。
いても不思議じゃない。
ってことはヤクチアの人間もいるな。
いまの彼は現在パルチザンの一角を担う人物。
ここから頭角を現し始める。
背後にいるのはヤクチアと……王立国家。
あの男は連合国ともヤクチアからも支援を受けて立ち回った。
しかし戦後はウラジミールと対立して社会主義国家でありながら西側に所属するという、多民族国家で不安定なバルカン半島に一時代を築くカリスマの中のカリスマ。
即位式に来た理由は情報収集だ。
間違いない。
即位式の後の会談でバルカン半島に関する戦中の処遇が決まるのかもしれない。
ティトーは戦後ムッソリーニを高く評価していた。
そもそもが彼らが崇拝した民族主義がどれだけバルカン半島に影響を与えたか。
ティトーはそれを押さえ込む力を持つムッソリーニと並ぶ主導者でありながらも彼に対して敬意を表していた男。
一方のムッソリーニは自身と並ぶ者がいなければバルカン半島は対立が激化して内戦が発生することを予言していた。
まさしく21世紀に入っても度々内戦が起きて分裂していったのは彼がムッソリーニと並ぶかそれ以上の傑物であり、以降、彼と並べるだけの者が出てこなかったことを表している。
実は……俺は彼と知り合いだ。
本来の未来では……なのだが。
俺の独立解放運動に彼は賛同的だった。
直接対談したことすらある。
彼は資本主義には否定的な見解を述べつつも、皇国を救うためには民族主義でもって対抗するしかないと述べていた。
ヤクチアと東亜は民族が異なる。
その一点のみが皇国を解放する。
可能性があるとすればそこしかない……
私財をなげうって俺の影のパトロンにすらなってくれていた彼だが、一方で日ごろ俺に話していた秘密があった。
――私はもしものために国家予算として使える秘密資金を隠している――
後に見つかるソレは、彼がいかに指導者として優秀だったかを表している。
見つかった金塊などは自身のためではなく、国家のためとしての秘密資金。
皇国にも秘密資金はあるのだが、特定の独裁者が国家のためにこさえた例を俺は他に知らない。
いかにしてあの不安定な国を保たせようか……最期の瞬間まで考えていたのだろう。
俺は資本主義かつ共和主義者であるため思想こそ異なったが、彼には敬服の念を抱いていた。
彼もまた、思想が違うだけの友人と言ってくれたのだ……
ただ、残念ながら俺達は今、味方同士とは言えない関係にある。
彼がムッソリーニと手を繋いでいるのであれば別だが、恐らくそれはない。
ムッソリーニは尊敬しつつも、彼にとっては政敵なのだから。
彼の人生は後に彼が語るように、立場の違いによる敵が多すぎた。
それでも尚、国を引っ張れるのだ……
出来れば味方にいてもらいたいが、彼は生粋の社会主義者で我々と完全に手を結ぶことはないだろう……
俺は周囲を見回し、他のパルチザンの仲間達と思われる者達の姿を横目に通り過ぎる。
その後も街を巡ると後に有名人になる者達の姿を多数みた。
航空機だけじゃない。
ここには今、ユーグ全域の有名人が多数集まっている。
まるで著名人のバーゲンセールだ。
王族だけではなかった。
ユーグの縮図が詰まっているんだ。
いないのは総統らごく少数の者達だけか。
ウラジミールも招待されていない。
何やらおもしろい方向に未来が変わったようだ。
それを体験できることに感謝する。