第63話:航空技術者は航空見本市に遭遇する
皇暦2599年7月2日
皇国にもたらされた新たなる装置により、すさまじい勢いで航空機が離陸していく。
俺は一度立川で似たようなことをやったのでもはや珍しくはないのだが、その時に見学に来ていた統合参謀本部所属の将官らを除けば、海軍は初めて目にする者達ばかりである。
前日までに射出試験は行っていたが、あくまで10機~20機程度の航空機を何度も離発着陸させただけ。
訓練も兼ねた射出試験。
しかし本日は正規の訓練である。
赤城からも多数の航空機が飛び上がるが、加賀の方が明らかに早く全機出撃を可能とした。
カタパルトの凄さはまさにここにある。
出撃間隔は一見すると遅く感じるように思うが、そんなことはないのだ。
当日はキ47の二機も飛び、大多数の航空部隊をレーダーで確認した状態を写真に収めるなど、各種近代戦における状況確認も行われた。
飛び上がった航空機はある程度艦隊と距離を取ると、集団で艦隊を横切るように上空を飛行。
艦隊はレーダーを駆使して空の状況確認を行うが、当日はいくらか雲がかかっていたため、レーダーにより有視界外より飛来する航空部隊を察知することに成功。
海軍は肉眼に代わる新たな視覚を手にしたことになる。
訓練は終日続き、零は2号機を除いた1号機~4号機が飛んだが、1号機と3号機は極めて調子が悪く、おもちゃにされた影響が生じていた。
連日酷使されているキ43とキ47、そして零の4号機は快調。
訓練中には4機は敵機を演じ、それに合わせた艦隊の陣形変更なども行う。
統率のとれた陣形変更は見事という他なく、輪形といった陣形を披露する。
特にキ47は高速偵察機としても役目も果たせるため、高速偵察機とその護衛機という組み合わせによる威力偵察に対応する訓練も実施される。
4機の特徴はとにかく速いこと。
これまでの訓練において海軍機は400km前後の航空機しか所有してこなかった。
しかし彼らはそれより200km以上上回る。
気づけば横切られているため、レーダー確認の重要性が改めて証明された。
巡洋艦は4機に翻弄され、何度も見失ってはこちらにまで聞こえるほどの怒号が飛び交う。
訓練用の模擬曳光弾でのけん制対空射撃を試みていたが、まるで軸線が合っていない。
4機のパイロットが凄腕であるのも影響しているが、高速機への対空射撃など本当に当たらんものだ。
だから海軍も流星などを作ろうとしたわけである。
この訓練での経験は流星開発の契機となるかもしれない。
少なくとも水上機万能論は消えたことだろう。
時代は格納式の主脚を持つ艦上機。
水上機や飛行艇はまだ活躍の場があるが、主戦力ではない。
これより4年で航空機は700kmを上回る速度に到達する。
そしてこれより6年以内で900kmを上回るようになる。
それだけじゃない。
我らが皇国はこれより6年以内にケ号爆弾という、空対艦ミサイルを開発する。
俺はこれの開発に乗り気どころの話ではなく、大戦が終了する前に実用化するつもりでいる。
なぜそれが可能だと言い切れるのか?
赤外線シーカーは諸外国に先駆けて皇国の企業が作ったからだ。
あの京芝が……な。
彼らはNUPが実用化できなかった赤外線シーカーをG.Iからもたらされた基礎技術から作り出すことに成功する。
その後、長島と協力してケ号爆弾は作られるわけだ。
この空対艦ミサイルを開発しようとしたのはどこかだって?
我らが陸軍であり、俺達技研だ。
明日を切り開くため、俺達は最後の最後まで足掻いた。
海軍が桜花で妥協する所、妥協しなかった。
俺が京芝がG.Iよりもたらされた技術文書を保有していることを知ったのは、本土決戦やむなしとなった時期に技研に京芝が話をもちかけてから。
G.Iはなんとしてでもヤクチアによる皇国の占領を阻止したいがため、可能性に賭けた。
当時の俺は赤外線誘導についてまるでよく理解できなかったが、そいつが後の空対空ミサイルなどの基礎を形成するものだと知ったのは大戦後。
ヤクチアの連中にその技術を強奪されてだ。
奴らの喜ぶ顔が脳裏に蘇る。
再び欲しがるというならばヤクチアには今度の歴史においてもケ号爆弾をくれてやろう。
ただし、お前らの艦隊に対してプレゼントする形でだ。
こいつの技術はG.Iを介してNUPでも形にしようとしたわけだが、基礎技術が同じため、ケ号とNUPで開発されたLarkはソックリだった。
アレだ。
皇国の電気関係の技術は同盟国の集合体だった頃の第三帝国が製造したものとNUP製で分かれながらも、どちらもその特許保有者がヘンリー・エジソンであるのと同じ理屈だ。
つまりミサイル開発において我々は遅れをとる可能性は低いということ。
あと少しだったんだ。
V-1なんてどうでもいい。
それよりかよほど空対艦誘導ミサイルの方が重要。
キ47が未だに接近飛行をしている状況を見ていた俺はケ号開発の必要性を強く感じると共に、皇国海軍の近代化を確かに感じ取っていた。
◇
俺が加賀を離れたのは翌日。
朝から準備された九九艦爆改め、急造九九式小型輸送機に乗り込んで加賀を飛び立つ。
当日は多くの兵卒が甲板に集まり、敬礼して俺が王国へ向かう姿を見送ってくれた。
不思議と中には泣き出す者もいたが、そこまでの事はしていないと思う。
後の事は宮本司令ら連合艦隊司令部に任せ、白岩少尉の飛行によって途中何度も補給を受けつつ、王国へと飛ぶ。
すでに各国を通過するための許諾は得ていた。
この日のために俺は宮本司令が甲板に訪れて礼を述べられた際に"何か褒章など欲しいものがないか"――などと問われたため、「巡回隊を正式部隊とし、私的制裁を禁止した上で、空母赤城を含めた全艦に組織してほしい」――旨を伝えている。
それは栄誉でもなんでもないと将官らは困惑したものの、俺にとって何よりもかけがえの無い誉れとは、海軍の風紀の乱れの正常化にあると一切譲らなかった。
NUPほど自由でなくていい。
規律で束縛され、暴力で束縛されない。
軍としてあるべき姿を取り戻すだけでいい。
加賀は他艦と比較すると艦内が明るくなりつつある。
だがそれは遊んでいるわけでもなければ浮ついているわけでもない。
引き締める所は引き締める。
それが翌日の訓練での加賀の機敏な対応に繋がった。
だからこそ例えその場で非礼を理由に鉄拳制裁を受けようとも、階級や勲章よりも海軍の近代化を要求したのである。
場違いな要求であることはわかっていた。
だが何も言わずとも彼はわかっている。
俺が西条らに報告することで統合参謀本部会議にてこの話題が議題になり、今この場で拒否したとしても否応無しにそうせざるを得なくなる。
その前に"すでに手は打った"と言えたほうが海軍としての誇りを守ることが出来る。
宮本司令や井下大将らは先の先まで全てを理解し、甲板を響かせんばかりに高らかに笑いながら俺の提案を受け入れた。
戻ってくる頃に加賀が今以上の雰囲気となっていればいい。
俺はそのためだけに戻るつもりだ。
だからこそ"必ず帰ってくる"――と、手を振る者に笑顔で応え、いざブタペストへと飛び立とうとする。
その時であった。
見慣れた男が何やら大きなバッグなどを持ち寄って駆け寄ってくる。
「信濃少佐! これを!」
声をかけてきたのは加賀にて知り合いとなった上級将校。
彼により薄い金属の缶を複数渡される。
これは……これは!!
「まさか! 映されたのですか?」
「もちろん。大変貴重な映像でしたからね。こちらはマスターではなく焼き増しですが、あの空戦の映像は技研にも必要になると思いまして。私も海軍の航空技術廠が欲しがると思って部下に全ての映像を記録させておきました」
それは空戦の一部始終を収めた映像フィルム。
陸軍の技研にとっては何よりも貴重な情報だ。
準備不足で映像を納められなかったと後悔していたが、あの観客の中に全ての映像を納めた者がいたのである。
「ありがとう! 大切にします! すぐ立川に持ち帰らせて技研や航研の映像資料に提供します!」
「それとこちらを。王国にて必要になるやもしれません」
渡された大きなかばんを開くと、カメラ機材が入った大きな革のボストンバッグ。
加賀内にあった機材を一部貸与してくれたのである。
フィルム類も大量にバッグの中に押し込まれていた。
「すみません。これは必ず返しに来ます」
「ブタペストまでご無事で! ありがとうございました!」
加賀も気持ちのいい船員が増えてきて思わず泣きそうになるも堪える。
彼らの中で何かが変わってきたということなのだろう。
俺は海軍式の敬礼を見せる将校に陸軍式の敬礼で応え、カタパルトで射出された急造九九式小型輸送機で空へと舞い上がった。
急造九九式小型輸送機では初めてのカタパルト経験だが、他の機体とかわらない。
怖いのは加速中だけで衝撃は特にない。
Gはそれなりにかかるがそれだけだ。
◇
アドリア海の美しさは別格。
宝石のように青く透けた海は、2度目の大戦に向かっていることを忘れさせてくれる。
乗っていると不満は蓄積するがな。
バラバラとうるさい九九艦爆は白岩少尉の話すらよく聞こえないほどだ。
キ47なんて伝声管も不要と言われるほどなのに酷い。
乗れば乗るほどこいつの不満点を改良したくなるのは航空技術者としての性というものだろうか。
翼、胴体、ありとあらゆる部分が未熟で気に入らない。
なによりもこのプロペラ音は全てを台無しにする。
白岩少尉もほぼ同様の感想を抱いていた。
俺は彼とお互いに口裏あわせをして、本来は許されていない低空飛行を敢行。
付近で泳ぐイルカの群れなどを見ながら優雅なひと時を満喫する。
白岩少尉は悪童と呼ばれ、奇人などとも後年語られるが、別に非常識な男ではなかった。
どちらかといえば海軍の常識に逆らっていただけであり、バッターなどの悪習を忌み嫌っていた。
だからこそアレを捨てる時は胸がすく思いだったという。
こちらの指示に従ってくれた理由などはそこにあるとの事だ。
彼は今後も空を飛び続けたいそうだが、出来ればこういう形で武器を積まない航空機に乗りたがっていた。
俺はすでに民間航空会社に就職予定であるという彼に対し、飛ぶ時は細心の注意を払い時には飛ばないことも選択すべきだと、後の彼の運命に影響を与えるつもりで思いをぶつける。
特に"無茶な輸送任務"などきたら、何と言われようともやめるべきだと伝えた。
民間航空会社も戦時においては輸送任務に従事させられる。
DC-3は人員輸送機としても優秀で、皇国航空内に480機以上あったこの機体を中心に危険な戦地へ要人を運んだ。
大戦後に生き残ったのはわずか30機程度。
彼もその失われた400機以上のDC-3の一機に乗り込んで消息を絶つ。
これは皇国航空保有の15機のうちの1機である。
だから乗るなら王国で出会うことになるだろう307に乗ってはどうかなどと冗談交じりに話す。
彼は自分の性格からしてお召し飛行機に乗れるわけがないと笑っていたが、別にお召し飛行機としてのパイロットに招かれずとも皇国航空には最低2機の307が運用開始予定であり、白岩少尉の腕なら307に乗せてもらえるのだから、是非志願した方がいいとは言った。
その話に真剣に耳を傾けてくれていたが、大空の侍すら焦がれた存在がどうか長生きできますように。
◇
アドリア海を越えた後、アペニン領となったシュチパリアで一旦補給を済ませる。
現地の空港では東亜人とのことで物珍しそうな目で見られた。
即位式に参加するために王国へ向かっていると伝えると、周辺でも即位式は話題になっており、連日この辺では物が売れに売れて商人の往来も盛んとなっているらしい。
不思議だ。
俺はこの時期のバルカン半島というのは割と混乱していたと考えていたのだが、シュチパリアは案外自然な形で併合されてしまったようだ。
そもそもがここはつい30年前まで火薬庫などと言われた地帯。
1度目の大戦の引き金となった地域である。
もっと混沌とした場所だと思っていた。
しかしシュチパリアの人間は普通にアペニンの言葉を話せ、東京より持ってきたアペニンの辞書が役立つ。
俺はこの辺では使えないと緊張していたがどうにかなった。
白岩少尉は英語は話せるもののまるでアペニン語はわからず、もっぱら俺が現地の人間と会話しており、"陸軍の人間は第二言語を一切話せないと聞いていたので驚きだ"――などと己の心情を素直に語っていたのだが……
まあグローバルな時代まで生きていたので、俺は英語とヤクチア語なら喋れるためどうにかなった。
食事などを済ませ、急造九九式小型輸送機の補給を済ませるといよいよ王国へ。
バルカン半島の景色も見事であり、ほぼピクニック気分で王国へと向かった。
◇
「む? 信濃? 信濃か! 来たか信濃! 待ちくたびれたぞ!」
「うえっ!? 千佳様!?」
それから3度ほど補給し、ブタペストの空港に到着すると出迎えたのは千佳様である。
わざわざ滑走路まで足を運ばれて……いやおかしいだろう。
本来ブタペストへの御成りのご予定などなかったはずでは。
突然の降臨に白岩少尉は緊張仕切りで無言で敬礼したまま固まって微動だにしない。
敬礼した手は震えていた。
「千佳様。どうしてこちらへ足をお運びに?」
「誰かさんが空母加賀に向かったからのう。席が1つ空いておったからじゃ。にしても見違えたぞ信濃。随分逞しい顔になったのう」
「そうですか?」
多少の日焼けはしているものの、顔つきは変わったとは思えない。
ただ、千佳様は成長したとばかりにウンウン頷いている。
むしろ顔つきがどんどん大人っぽくなっているのは千佳様の方であるのだが。
ようは俺が加賀に向かうことになり、307の座席が1席空いたのを利用して即位式に訪れたわけか。
千佳様は東亜では数少ない女性皇族。
この時期の皇族は男性ばかりで女性は珍しい。
グローバルな近代国家をアピールするというならむしろ呼ぶべきではあったとは思うが、和服に身を包んだ彼女は空港に訪れる航空機に興味津々で、一日中ブタペストの空港を見学されていたのである。
「千佳様。307はいかがでしたか?」
「よきかな。とても快適であったぞ」
「それは購入を進言した私にとって大変喜ばしいお言葉です」
「西条には良い買い物をしたと伝えておいた。安くはないそうじゃが、我は皇族専用機が1機ほしいのう」
「いずれ国産であのような航空機をこさえてみせましょう」
「そうか。待っておるぞ。おっと、ではな!」
新たな航空機が飛来してきたため、千佳様は見慣れぬ航空機に興味を示しながら駆け寄っていく。
付人……あるいは護衛と見られる男達は無邪気な少女を慌てて追いかけていった。
彼女の目線の先にはいかにも王立国家臭が漂う航空機が着陸を試みる姿が……
……H.P.42か。
実物が飛んでいるのは初めて見た。
俺は早速機体より下ろしたばかりのカバンよりカメラを取り出して離着陸の姿を撮影。
恐ろしく着陸停止距離が長い……
こういう情報は案外軍の役に立つ。
――1つの航空機の特徴はそのままその国の他の航空機にも当てはまる――これは俺の格言。
メーカーが同じであるというだけでなく、例えばその国においては"着陸停止距離は度外視する性格を有している"――という、国の民族的な性格が工業製品には現れるからだ。
メーカーが異なってもエンジンやら何やらの影響でどうしてもクセや特徴は出る。
皇国の戦闘機が本来は装甲もままならない機体だったり……とかな。
実際問題、王立国家の輸送機の着陸停止距離は長い傾向にあった。
このH.P.42の頃から一向に改善する気配がなかったということである。
まあ構造上そうだろうなとは思っていた。
む、奥で荷下ろししてるのはG.38じゃないか。
あとでこいつも撮影しにいこう。
くそ、飛ぶ姿が見たい。
その方が資料になる。
やはりデカい……今ブタペストにいる中で最大サイズかもしれない。
にしても……第三帝国からも客人が?
うげ……なにやらUB-14かOA-1らしき機体まで飛んできたぞ。
遠くで千佳様がピョンピョン跳ねている。
ここは旅客輸送機の見本市か。
こいつは大変貴重な機体だ。
よもや飛ぶ姿が見られるとは思わなんだが、当時としては極めて珍しいブレンデッドウィングボディを目指した輸送機なのだ。
技研の他の者に説明する時の資料に使える。
撮影撮影っと。
……デカいフラップだぜ……おまけに格納式の半固定脚だったのか。
てっきり固定脚だと思ってたが、さすが新鋭機の部類に入る機体だ。
それにしても……目を凝らして周囲に見回せば確かに珍しすぎる航空機ばかり……
もしや彼女は航空機見たさに1日中こんなことをしているのか。
相手も皇国とはいえ王族が近づいてきたら緊張するだろうに。
まあ、この空港には王族も詰め掛けるわけだから、皇国のイメージアップに繋がるかもしれない。
「……ふぅ……さすが肝が据わっておりますな少佐殿。私は心臓が止まるかと……いきなり殿下が目の前に姿をあらわせられるとは」
しばらく石化していた少尉はようやく息を吹き返す。
航空機ばかりに気取られてすっかり忘れてしまっていた。
「……私も大変驚いてますよ。御成りのご予定はなかったと伝えられていましたからね」
さすがの悪童も皇族の前では悪童ではいられないようだ。
彼には一応多数の王族が詰め掛けているとは伝えていたが、俺にもこれは予想外。
目の前にポツンと放置された急造九九式小型輸送機は思わぬ人間に出迎えられたことになる。
こんなことならもっと磨いておけばよかった。
後で話をきいたところ、彼女が近寄ってきた理由はどう見ても皇国の軍用機にしか見えない機体が突然ブタペストに飛んできたかららしい。
一応武装類は全て外しており、民間機ではあるものの、塗装を完全に変更できず民間機であるための印を施したに過ぎない。そのため王族の警護を行っている軍人などはこちらから視線を外す様子がない。
まあこいつは旧型なんだけどな。
この機体を見て皇国を過小評価してくれればいい。
◇
「おお、これが我が国のお召し飛行機ですか。随分と美しい……陛下の名に恥じぬいい銀色だ」
パタパタとゆれる皇国の小さな国旗がたてられた307は、赤い円が胴体後部や翼に描かれた以外は俺の知る銀色の機体のまま。
この皇国の印は後から塗装で加えられたのだろうな。
羽田に到着した時点では描かれていなかった。
もっとシンプルでいいと思うが皇国で使うならこうなるか。
「……それがお話した307ですよ少尉。少尉の腕ならばなんてことはない素直な機体です」
「これが……いつかは機長になってみたいものです。軍を除隊するからにはこれぐらい乗りこなせるようになってみせますよ」
急造九九式小型輸送機を用意されたハンガーへと移動させると、そこには307やDC-2といった皇国航空の航空機が鎮座されていた。
他にも他国の航空機が多数鎮座されている。
おい、どうしてこいつらが珍しい形に見えてくるんだ。
特に307は未来の旅客機のスタンダードになる機体だぞ。
周囲が航空博物館と化しているせいでこいつが奇怪な姿に見えるんだが。
ハンガーの奥には307と同じメーカーがこさえたModel 221もいるのだが、こいつですら普通そうで普通じゃない。
技研はこいつを未来の航空機と見て借りた事もあったのだが、まるで単発戦闘機のようなフォルムでありながらエンジンの真後ろに6名が搭乗できる変態機だ……
一見すると本当にただの単発戦闘機にしか見えないのに人が6人も乗れるんだぞ。
実物は初めてだが、改めてみると奇怪なデザインをしている。
ただ、この時期から307のメーカーが空力的に洗練させた胴体としたかったのはよくわかる。
固定脚でなけりゃかなりの速度が出せそうだ。
すでに技研に資料はあるだろうが念のため撮影しておく。
その後、俺達は隣に急造九九式小型輸送機を駐機させ、しばらく少尉に博物館の撮影会を手伝って貰った後でハンガーを出た。
「少尉。この後の予定ですが、少尉は現地入りした海軍副大臣らの指示を仰いでください。海軍の独立性を担保する関係上、陸軍から命ずるわけにはいきませんので」
「ふっ、はははは。何を今更。まあ、おっしゃりたい言葉の意味は理解できます。承知しました」
「ここまでの航路お疲れさまでした。帰りもよろしくお願い致します」
「こちらこそ」
握手を交わした後、俺はブタペストの空港にて少尉と別れて西条らとの合流を試みる。
空港には少尉を迎えに来た海軍将校の姿。
海軍も陸軍も大臣級は即位式には参加しないが一応現地入りしている。
海軍大臣である井下大将は連合艦隊司令部として長門に乗り込んでいるため、ブタペストには副大臣や次長級の者達が入国していた。
俺はブタペストに少尉を出迎えに来た海軍に彼を預ける形で立ち去り、首相補佐官として陸軍の将校に出迎えられて西条のいるホテルへと向かおうとした。
その時である。
「中佐殿。こちらへ」
「……私は少佐だが?」
「いえ、中佐であらせられます。信濃技術中佐。お待ちしておりました」
何が起こったのかよくわからない。
しかし俺はなぜか昇級していた。
年齢的には速すぎる出世と言わざるを得ない。
少佐で何1つ問題がないと思っていたし、少佐だからこそ許されていた部分があった気がするのだが……なぜ中佐になった。
嘘だろ……まだ齢22なんだぞ!?