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航空エンジニアのやり直し ~航空技術者は二度目に引き起こされた大戦から祖国を守り抜く~  作者: 御代出 実葉


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第61話:航空技術者は地中海にて"悪童"と"天下の浪人"による対決を見守る

 皇暦2599年6月29日未明。


 ついにカタパルトの設置が完了。

 気づけば艦隊はすでにスエズ運河を通過していた。


 今はもう地中海か。


 うーむ、海の景色はどこも変わらんな……

 作業に必死すぎて紅海などをあまり意識していなかった。


 だがそれだけ集中していなければ間に合わなかっただろう。


 設置したカタパルトはいつでも解体整備できるよう、取り外し等はボルトなどで簡単にできるようにしてある。


 掘られた溝に鋼板をめぐらし、ワイヤーが行き交う際の接触による摩擦で甲板が傷つかないよう配慮する。


 ここにはタップリとグリスを盛り付けておいた。


 浸水を防ぐためのボックスも設置完了。


 ボックスは二重底とすることでほぼ完璧に格納庫内への海水の流入などをシャットアウトした。

 加賀は今、正面より見ると4本の支柱に支えられた謎の小屋が艦首付近に佇む姿となっている。


 この小屋は海水の浸水がないよう、ゴムなどでシーリングを施した窓1つない質素な小屋なのだが、潮風によって冷やされるのかとても涼しい。


 一応、窒息しないために換気口はあるものの、それらは室温を適温に調節するような機能など備わっていない。


 茅場や芝浦電気、そして俺はここに毛布を持ち込み、いつの間にかここが新たな寝床と化していた。


 艦内よりもよほど安心できる相部屋であるのと同時に、そもそも加賀の艦内は暑すぎる。

 改修してこれとは……40度以上という状況から緩和されても30度以上あるぞ。


 俺は特に何も言わなかったが、かなり広い空間のため、巡回とかこつけて航空士なども10人近く寝泊りしていた。


 思ったより完成が早まった理由は、色分けによる作業員の効率的な割り当て。

 St52による溶接構造の導入。

 茅場と芝浦電気の技術者の24時間体制の作業によるもの。


 おかげでなんとか間に合った。

 いくら労いの言葉を重ねても足りないくらいである。


 そして"完成報告"を受けた際に艦長以下、非協力的な上級士官は顔が引きつっていたが……


 理由は俺が"協力者には平等に特別賞与等を付けてほしい"――などと連合艦隊司令部に願い出たことと同時に、非協力的な者の名前を全て列挙した上で「処罰も検討して頂きたい」――とはっきりと言い切ったことだ。


 ここは冷徹に処理する。


 連合艦隊司令部は総員がカタパルト設置に寄与すべしと命じてきていたにも関わらず、加賀の造船技師達すら最終的には積極的に参加したが、ごく少数の限られた者達だけ逆らったことを見過ごすわけにはいかない。


 例え10分だとしても手伝ったのなら見逃した。


 それがなかったということは反逆行為と同じであり、処罰を検討してもらう。


 なくともそれを伝える事をせねば、非番も返上して必死で作業に従事した兵卒者が浮かばれないからな。


 最終的には航海に関係する者達すら空いた時間で手伝い、下士官は全名が作業に参加。


 参加しなかったのは艦長ら艦隊派の一部の上級士官のみとなった。

 副長、参謀長などもフンドシ一丁で参加していたのにな。


 悪いな小久保大佐。

 陸軍は非礼を働く者はこうやって裁くんだ。


 海軍の上級士官の艦隊派は少々"軍"という組織を甘く見ている。


 この時点での陸軍は本来の未来でも近代化が遅れていたとはいえ、規律には厳しいぞ。

 規律が兵卒と下士官との関係を保ったのだからな。


 航海術に没頭していたなどという言い訳はもはや出来ないし、させん。


 総員出動命令をかけて己も多少なりとも参加すべきだった。

 加賀における艦長の座席に座っての航海は今回限りとしてほしい。

 航空機に関する技術を蔑ろにする者は空母に不要だ。


 俺は最後まで彼ら上級士官が考えを改めないかと待つだけ待った。


 参加した上級士官に頼み、艦内にいる総員全てに参加を促すよう何度も声をかけてもらった。

 そして考えを変え、部下と共に汗水流す者達も多く現れた。


 一方で完成する報告が来るまで間に合わないだろうと嘯き、ヘソを曲げたまま居直ることなく己を貫き通したことを評価し、本来の未来と同じく艦長らには霧島に異動してもらう事にしよう。


 俺は長門(連合艦隊司令部)との伝令役パイプと見られる男を見つけ、大艦巨砲主義に染まった彼らは霧島が適任だと言いつけておいた。

 近くそうなるかもな。


 現艦長は本来の未来とやや違う立場にいる。


 本来ならば本年の年末から加賀の艦長となり、一方で同時に霧島の艦長を兼任することになる男が大佐だ。


 なぜ彼が霧島の艦長を兼任していたか。

 それは加賀が嫌で嫌で仕方なくて加賀に乗船しなかったからである。


 歴代の各艦の艦長を見ても、兼任艦長は通常同艦種が基本。

 戦艦なら戦艦同士が基本。


 赤城なんかも蒼龍との兼任が行われていたりする。


 しかしこの時期の空母の風紀は最悪。

 ほぼ同時期の赤城の艦長らなどは戦艦と兼任し、実際には参謀長と副長に任せきりとなっている。


 この頃は航空機不要論が根強く、空母の操艦などは恥とされていたことも大いに影響した。


 航空機主兵論者は彼らの意識を変えんがために空母に乗せたものの、結局彼らの考えは変わらなかった。


 その後、東亜大戦争が近づいてきたために艦長は航空機主兵論を掲げる者達とし、以降の別艦種との艦長兼任は無くなる。


 小久保艦長についての戦後の情報は少ないが、同時期に赤城に乗船している兼任艦長の話から加賀の状況はわかっている。


 赤城の兼任艦長は元々巡洋艦志望なのだが、門外漢の赤城に割り当てられた際に神経をすり減らしたことを述懐している。


 そして同時期の加賀の状況はもっと酷く、加賀の兼任艦長はほぼ乗船していないと回想していた。

 自分も割と少ないが彼はほぼ乗っておらず無法地帯と化していたそうだ。


 つまり加賀の風紀の乱れが加速した原因の1つですらあるということだ。


 この男が今霧島に乗艦していないのは、未来が少し変わったから。

 本来よりも前倒しで加賀の艦長に任命されたので兼任していないのさ。


 上級士官から聞いたところ異動願いも出されてるそうだが、俺は宮本司令にその異動願いを受理するよう伝えておいたよ。


 霧島の艦長席に座れるとは思わないけどなな。


 ◇


 7月3日の射出訓練に向けて調整を行うため、艦内では巡回隊の者達による各航空機の割り当てが行われている。

 基本的に自由に決めさせている。


 彼らは現時点において凄腕のパイロットしかおらず、未来の航空士候補とされる予科練はまだ航空機すら乗っていない。


 同じく乗艦してはいるが彼らの仕事は、航空機の基本構造や攻撃を行う艦体構造の理解、そして先輩方から空中機動を学ぶためにいる。


 申し訳ないが一度も飛んだ事がないため、彼らを乗せることができない。


 近く乗ることになるだろうし、キ47の2号機があるので体験飛行も可能ではあるので機会が微塵もないわけではない。


 彼らを2号機に乗せるかどうかは巡回隊の意思に任せるが、どちらにせよ操縦は下士官で巡回隊の者達だけが行う。


 特に異論も出なかった。

 本日中に射出試験を随時開始していく予定であるため、巡回隊の臨時本部となっている相部屋の1室では、くじ引きや協議によって誰が何に乗るかを決めていた。


 やはり人気があるのは十二試艦戦とキ43、キ47の新鋭機勢。


 なにしろこいつらは96艦戦が400km台のところ、十二試艦戦ですら540kmオーバー。

 キ43、キ47に至っては600kmオーバーである。

 もはや世代が違う戦闘機と言えた。


 この日まで巡回に精を出した者達は、お互いにお互いを認め合って誰が最初に乗るのかを決めていた。


 俺は時間が許す限り整備員と整備を行って調整するので、とにかく希望だけ出してくれとは言ってある。


 一方で"新鋭機は絶対に着艦に失敗するな"とも言ってあるが、ここに集まるのは若松准尉のような腕を持つ者が基本レベルなので問題ないだろう。


 彼らも無茶な扱いはしまい。


 俺は朝から盛り上がりを見せる巡回隊仮設本部を後にし、甲板まで向かって日課となった朝の体操へ。


 それがが終わった後は数日ぶりに格納庫に訪れた。


 キ43やキ47の二機はあれから航空士らによる巡回隊が警備しているため、特におもちゃにされるというような事はない。


 しかし俺は今更になってもう1機本来は巡回すべき機体があった事に気づいた。

 十二試艦戦の中に、明らかに見た目が異なる存在が1機混ざっている。

 まず風防の形状がまるで違う。


 これは俺がキ43とキ47で実用化した2対1組のバブルウィンドシールドではないか。


 数字の4が割り当てられたその機体は、四菱がこの日のために間に合わせた試作4号機であった。


 一体どれだけ全力を注ぎ込んだのだろう。

 わずか3月半ほどで4号機を完成させていたというのか。

 特に報告はなかったから……サプライズでも狙っていたかな。


 やるな一郎。

 要撃機の開発もあったから大変だったろうに。

 詳細設計を必死でこなして完成にこぎつけたか。


 完成した真の零というべきそれはハ43を装備し、俺の設計を完璧に再現する形でやさしくやわらかい筆で描いたような美しいラインの胴体を持つ。


 3号機までの機体と比較するととにかく無駄がない。


 ボコボコしていた表面の凹みは無くなり翼も磨き上げられている。

 おまけにさらに磨き上げようと努力したのだろう。


 キ35で俺が試した塗装方法を施しているぞ。


 大量生産には向かないコレを試作機に採用したのは、少なくなったとはいえ鋲打ちの鋲と板の隙間すら塞ぎたかったからか。


 こいつは速そうだ……


 ◇


「――准尉。この機体、誰か乗ったことは?」


 あまりに興味がわいた俺は、巡回のために通りかかった若松准尉を呼び出して声をかけた。


「白岩少尉と稲本曹長が乗られた事があったかと思いますよ。まだ到着したばかりで私は……ただ、とても速かったそうです」

「彼らか……」


 どちらも皇国海軍のスーパーエース級ではないか。


 うーん面白い。


 ……閃いた!


 どうせなら試してみよう。


「准尉、准尉はキ43に乗りなれていましたね?」

「ええ、まあ多少は。白岩少尉と共にアグレッサー部隊を勤めてましたから」

「この機体とキ43で戦いたくありません?」

「はい?」

「いえね、この4号機……実は自分が一部設計しなおして改良した機体なのですよ。こいつらならキ43とまともに戦える。ハ43……海軍が木星と呼ぶキ43と同じエンジンを搭載しているんです」

「そうなのですか? そりゃ速いわけだ」

「だからどっちの性能が上か……試してみたくなりました。海軍ももう正式名称が決定されたんですって?」

「ええ。将官達はこいつを零と呼びます。"零式艦上戦闘機"だそうです。我々は零だとか零艦だとか呼んでおりますね」

「キ43は"百式"と呼称しています。本気の零と百の戦い……見てみたいでしょう?」

「それは……確かに!」


 まるで子供のようにはしゃぐ若松准尉であったが、俺も見てみたい。

 皇国最高峰のパイロットが操る百と零との戦い……非公式の模擬空戦を。


 ◇


「艦長。カタパルト試験のために模擬空戦を行いますが構いませんね?」

「……許可しよう」


 もはや鬼をにらむ赤子の視線でもって頷く小久保艦長であったが、鬼は鬼でもこちらは"なまはげ"だと言っておきたいな。


 いつの間にかイエスマンにまで落ちぶれているが原因は知ってる。


 加賀内で親しくなった上級将校より耳打ちされたが、連合艦隊司令部より非協力的な者達は全員叱責されたのだ。


 彼らにとってはバッターより怖い監督からの怒号とサインが送られてきたのだろう。


 耳打ちした上級将校は「まさにバッターアウトでありますね」――などと言っていた。


 こいつらも積極的に打席に立ってバッターを務めていたらしい。

 なら代打が出てくるのも時間の問題だろう。


 組織においては当然の処置。

 暴力に頼らずとも人を前向きにさせる方法は規律だ。

 規律を暴力で補佐する必要性などない。


 吉報を聞いた俺はそのままの足取りで巡回隊仮設本部へと向かう。


 すでに巡回隊に話を持ち込んでいるが、彼らは疼くとばかりに即座にこれを快諾。

 新鋭機による1:1の決闘に舞い上がっていたが、誰が零と百に乗るかはさておき、模擬空戦が急遽行われる事になった。


 無論、名目上はカタパルト射出試験のためである。

 問題は誰を乗せるか。


 やはり最も優秀な人間が乗って欲しい。

 どちらに対してもだ。


 ◇


 巡回隊仮設本部へと戻ると、2名のパイロットがなにやら話し合っている。

 どこかで見たことがある顔だ……


「稲本。零はお前が乗れ。華僑での撃墜数はお前の方が1機多いからな」

「よろしいのですか?」

「代わりにキ43は俺が乗る。若松に乗せてやりたいが、若松はキ43での経験が少ない。キ47ばかり乗っていたからな」


 何やら裏で話し合ったのか互いにニコニコしている白岩少尉と若松准尉。


 なんだろう。

 何かあったのか。


 特に若松准尉はしみじみとした表情と、白岩少尉の覚悟を決めた爽やかな表情が気になる。


 ……何かを忘れている気がするな。


 だが思い出せない……


「ははは……正直やりたいところではありますがね……」

「まあ、またの機会もあるだろう。今回は俺に譲ってくれ。少佐殿は最高と最高の戦いを見たいとおっしゃられているからな。練度の差を考えたら俺の方が適任だろう。丁度俺も96同士では決着がつかぬと思っていた。いい機会であろう?」

「はっ! よろしくお願い致します!」


 すごい……


 華僑の事変が早急に片付いた影響と航空機不要論が払拭された影響もあるのか、目の前にいるのは本物の海軍のスーパーエース達が集まっている。


 この時期の中でも……いや、後の時期においても海軍を牽引する凄腕……精鋭……選りすぐり……


 しかも海軍は1:1のドッグファイトを好むわけだから、陸軍のパイロットよりも戦闘機の限界性能を引き出しやすい。


 陸軍の基本はツーマンセルと共同撃墜。

 これは戦術としては正しいが、航空機単体の根本的限界性能はわからない。


 それでも陸軍にもそれなりの化け物はいるのだが。

 P-51を三型の隼で単独撃墜するような化け物が。


 だがどちらかと言えば陸軍は割とこれから芽が出てくる者が多く、大戦期を全期間通して生き残れるエースは少ない。


 また、戦法が一撃離脱へと変貌していくため、大戦初期と中期、後期では乗り方も変わってくる。


 本来の未来における四式疾風の存在が大きいな。


 一貫した戦闘方法で生き残った彼らは、軍用機を乗りこなすという意味では突出していたと言えよう。"悪童"対"天下の浪人"か。


 楽しみだ。


 ◇


「少佐殿。航空技師とのことですが普通に整備もできるのですね?」

「ええ、それなりに――」


 そうと決まれば話が早いとばかりに格納庫に駆け出した俺は急いでキ43の翼を組み立て、さらに調整を行う。


 加賀の整備員にはその姿をひたすらに感心されていた。

 機体は一時おもちゃにされたものの、特に問題は無い。


 少しでも何かひん曲がっていたら激怒する所だが、そんなヤワには作ってない。

 なにやらいろいろ曲がったりなんだりしている零の試作1~3号機とは出来が違う。


 あいつら零にまで酷いことを……あれではすぐに飛ぶことは不可能だろう。

 おまけに2号機なんて機体に穴が開いてたぞ。

 四菱の技術者が怒るわけだ。


 厚板構造もあってか4号機や他の新鋭機は無事だったのは幸いだ。


 艦内には天井や壁に反射して金属音が響き渡る。


 加賀には長島の技術者がいなかったため、キ43の整備が可能な者達は限られていた。


 俺は艦内にいる整備員達と協力して急いで調整をすますと、エレベーターでキ43を甲板に移動させ、エンジンをかける。


 潮風を切り裂くプロペラは時折ヒュルルといったまるで口笛のような音を奏でるが、特にエンジン類なども問題なかった。


 エルロン、フラップなども調整して完璧な状態に仕上げる。


 まあ技研でも現状でここまで一人で整備できるのは俺ぐらいかもしれんな。

 なにしろ技研が機体整備にも駆り出されるようになるのは皇暦2604年以降だ。


 俺も本来の未来における疾風や隼、そしてキ87といった長島の機体はよく整備した。

 キ87の整備は本当に大変だったな……


 それから比べればこいつは本当に整備がしやすい。

 隙間が少なく整備が大変だった隼を見直した機体であるわけだからな。


 まだ百式戦としか呼ばれないが、こいつにも"隼"の愛称が与えられるのだろうか――


 ――よし、整備完了だ。


 4号機は四菱の者達に任せれば大丈夫だろう。


 むしろ俺は詳細設計をブン投げてしまったせいで、設計図がないと整備に自信がない。

 彼らに任せよう。


 ◇


「ルールは簡単。15秒以上、同じ軸線にて相手の後ろを取り続けた方の勝ちです。10秒だとお互いに余裕そうなので15秒としました」

「面白い! 少佐殿。こういう機会を与えてくれて感謝しますぞ!」

「一所懸命に戦いたいと思います。少尉。よろしくお願い致します」

「おうよ!」


 二機の機体はカタパルトに配置され、エンジンをかけた状態となっている。

 洗練された零は百式に負けないほど静かになった。


 バラバラと煩かった零は消えた。

 何しろプロペラから何から何まで全部見直したのだからこうなってくれないと困る。


 横に並ぶとキ43の方が一回り大きいか。

 零も少し大型化しているがそこまででもない。


 俺はキ43に乗り込んで計器類の確認を行っている白岩少尉に声をかける。


「少尉。長く乗られているそうですが一言。よかったら迎角90度からのラダー操縦による空中機動などみせてください」

「さすが少佐。設計者だけにこの機体の特長をよくわかっていらっしゃる。こいつの翼は全く気流剥離を起こしませんよね。いい機体だ。ふふ……いいでしょう! 機会があればやってやりますよ!」

「ご武運を!」


 その言葉に海軍式の敬礼をした白岩少尉は風防を締める。

 いよいよ世紀の対決の時間となった。


 零も四菱による最終調整が終わった模様だ。


「開始40秒前! 開始40秒前! 甲板前方にいる者は退避してください!」


 拡声器により茅場の技術者による声が響き渡る。

 俺は艦内放送を使い、甲板上に兵卒者などを集めていた。


 こんな対決見る機会など二度とないかもしれないからな。


 何しろキ43は陸軍機。

 零の完成度が上がった以上、甲板に乗ることはもうないと思われる。


 連合作戦で緊急着艦するぐらいだろう。

 そして何よりもスーパーエースの両名による対決。

 こんなの俺だって生で見られるとは思っていなかった。


 怪我の功名ってやつか。


「開始10秒前! 開始10秒前」


 いよいよカウントダウン。

 浪人と悪童は互いにスロットルをあげ、両機は前後に揺さぶられる状態となった。


「3! 2! 1! 射出!」


 大きな声と共に両機が飛び立つ。

 カタパルトから飛び立った二機はすぐさま主脚を格納。

 低空飛行状態となった。


「――零が上をとったぞ!」


 さすが前縁スラットを装備させただけはある。

 キ43に食いついたまま上昇したのは零。

 同じエンジンでも揚力比の差が顕著に出た。


 悪童は背後を取られる状況となった。


「早々に決着がつくか?」

「いや! 見てみろ!」


 握り締めたストップウォッチを確認しつつ状況を見守る。

 零が同軸の後方を維持して9秒ほど。


 白岩少尉の丁寧なラダー操作による横滑り機動により、零は一端前に出てしまった。


「さすが少尉だ!」


 後ろにつかれた零は我慢ならんとばかりに急上昇。

 すでに十分速度が乗った状態にあった。

 待ってましたとばかりに百式もこれに追随する。


 上昇した二機は垂直ループを描くが、再び零が後ろに取り付いた。


 これに対し、遠点に差し掛かった所で百式は一気に迎角をとり、そこから強烈なラダー操作にて機体を180度水平反転。


 翼の表面にはあまりの速度に白い雲がまとわり付いている。


「うおおおお! すげえ!」

「なんだあの機動は! ブーメランか!」


 それに負けじと対抗したのは稲本准尉。


 遠点をやや過ぎたところで機体を360度ロールさせつつ、エンジンが地面へと向く中、左にラダーを操作し、エルロンも併用して強烈な機動を見せる。


「捻り込みだッ!」


 思わず声に出してしまった。


 さすが一郎。こいつでも捻り込みは出来るか!


 再び百式の背後に取り付く零。

 運動性能はほぼ互角か。


 加速についてはこちらの方がやや分がある。

 翼は百式の方が洗練されているからな。

 おまけに胴体後部の処理も大きく影響している。


 だがあの二式大艇にも使われた塗装方法による目張りの効果が大きい。

 失速特性では零の方が優位。


 変な注文をするんじゃなかった。

 エンジン性能は同じだから無茶な機動を繰り返せば百式が不利になってしまう。


 しかし悪童は甘くなかった。

 ロールと横滑りを駆使し、失速ギリギリで百式を操り、零を先行させる。


 あまりに失速ギリギリの操作のため、百式は雲を引いた。

 こんなこと現時点で出来るパイロットが皇国に一体何人いるというのだろう。

 実戦経験者だけにこの両名はモノが違う。


「おわあ! 悪童が雲を引いてるぞ!」

「なんて出力だ! 重戦闘機か!?」


 いや、エンジンは同じなのだ。

 同じだが浪人よりも悪童の方が機体に乗り慣れている。

 経験値では悪童が上回り、機体性能では若干零が優位な部分がある。


 ドッグファイトなら。


 気づくと赤城の甲板にも無数の人影。

 前方にいる長門ら戦艦からも多くの人影がいる。

 この世紀の大対決に気づいたようだ。


 彼らは零と百式の限界を引き出し、岩本准尉も次第に零に慣れ始めて膠着状態が続く。


 悪童はあえて狙ったのか、百式を低空飛行させて甲板上空を高速飛翔させた。

 零も負けじと併走しながら追随する。

 そのあまりの速度に俺を含めた少数を除いてしゃがみ込む者が続出するほどである。


 高度は150m近くとっていたが、速度がこれまでの常識的航空機と違いすぎる。

 間違いなく600km出ていた。

 悪童はそれを見せ付けたかったみたいだ。

 不思議な飛び方だ……なぜこんなことを。


「うわぁ! 一体何kmでてるんだ!」

「漏らすかと思った……」

「96艦戦とは別物じゃねえか! 3年でこうなるのかよぉ!」

「おかしいな……確かキ43って零に1度も負けなかったのでは」

「あの零はキ43に勝つために発動機を乗せ変えたらしいぞ!」


 兵卒者、下士官、上級士官、予科練の者達。

 ありとあらゆる者達は観客としてこの姿を見守っていた。


 カタパルトが大成功だったのは言うまでもないが、なによりも地中海の空を二機の皇国の翼が舞うというのは不思議な感覚だ。


 こいつらは信じられないことにこの後でアドリア海上空でも飛ぶのだ。

 なんて素晴らしい光景だろう。


 新たな時代を切り開く二機の機体。

 俺がやり直す意味はまさにこれを見るためにあったと言っても過言ではない。


 まだここで終わるわけにはいかないが……

信濃君は少尉がもうすぐ除隊することを忘れています。

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