第5話:航空技術者は未来を変えて新たな戦闘機の製造を行いだす
CEOとの交渉により、こっそり裏でウォータージェット推進機関を開発していた者たちの協力を得る目処がついた。
彼らには当面、許される限りNUPの最新技術を活用し、新型ジェットエンジンの開発を行ってもらわねばならないが、そのためには上を説得せねばならない。
未来が変わったのは数日後のごと。
西条が稲垣大将を説得したことで航空本部長の席についた。
信じられないことに、左遷ではなく自らの意思による異動。
本来の未来より1年も早い。
千佳様の話では、稲垣大将に航空機に対する思いを強く語り、その上で技研の組織改革を行ってでも舵取りをしたいと申し出たそうだ。
本部長となった西条はすぐさま俺を招集し、次世代戦闘機3種についての基本性能の検討会議に参加させてくれた。
しかもこの時点で、こちらの意向を大幅に汲む内容が雛形として出来上がっている。
まあ当時の航空機情勢について海軍と違って陸軍はかなりの理解があったので、俺の考えは選択と集中なだけで本部長たる西条の鶴の一声で迷走さえしなければ問題がないのだ。
「えー諸君。就任当日から新鋭偵察機の心臓部を急遽変更したなど、製造企業から顰蹙を買うような行動をしていて申し訳ないが、ついては次世代機の開発計画を今より立ち上げたい。尚、今後の技研の体制はより強化する予定だ。これまで以上に航空機開発の中心となることをこの場にて宣言しよう」
偵察機とは百式司令部偵察機のこと。
俺が必死で説得したことで急遽四菱のハ33に変更になった。
当初四菱はハ26による開発を所望していたが、それでは要求性能を満たせない。
そんな細かいことを説明しても西条には通じないなどと考えつつも、俺はハ33こと海軍が金星と呼ぶ代物こそ未来があると進言した上で、すでに技研の発動機部門でデータが取られていた耐久試験のデータを彼に渡していた。
同時に最終的に完成しなかったハ43の可能性についても提示し、陸軍がソレを開発せざるを得なくなったことも進言している。
この時点で完成している優秀なエンジンとしては、かの零や隼に搭載された栄ことハ25と、瑞星ことハ26、そして金星ことハ33。
ハ33はやや大型のエンジンでありながらこの時点での出力はハ25とそう変わらない。
現時点ではパワーウェイトレシオ的にもハ25に劣っている。
だが、就任前の西条を必死で説得したくなるほど、ハ33には将来性がある。
まず拡張性。
最終的には14シリンダーで最大出力1500馬力相当となるだけの可能性がある。
97式戦闘機の後継機たる一式については軽戦闘機を目指してハ25の搭載が当初より考慮されているが、一式こそ最終型は優秀なれど、このエンジンの改良型を搭載して急造した五式には全方位で劣っていた。
西条に対してはハ33を改良し、陸軍、海軍にて主要エンジンを統一したほうがいいと主張したうえで、現時点で海軍はハ33の可能性を評価しておらず……
その性能については四菱しか理解していないため陸軍が先行する形となるので他の者たちを説得しやすく、かつ四菱が新造する偵察機に対し虎の子のエンジンと称して開発したハ33の搭載を強制しても、彼らは批判することがないと言い切った。
それはまさに当たったようで、四菱は開発中の偵察機をハ26からハ33にすぐさま設計変更。
かなりの部分で特に大きな設計変更もなく、当初より百式司令部偵察機は最高速度570km前後を発揮できうる可能性が出てきた。
この絶大なる信頼性あるエンジンを発展させることで、現時点での列強に追いつくことが可能と思われる。
後のハ45こと誉はすでに開発が始まっているが、できれば四菱にはハ43を開発してもらわねばならない。
「――すでに技研の各部門からまとめられた情報に変更ありませんが、次世代機は三機種に分けて開発する予定です。1つ目が軽戦闘機。97式戦闘機の直系の新型機にございます。2つ目が諸外国も開発中の重戦闘機。こちらは単発式です。3つ目が双発機による万能戦闘機。以上の3つにおいて、本部長から指示があるそうです」
腰を低くした姿勢を保つ技研の局長はもはやただの傀儡。
現時点で西条がほぼ全ての実権を握っている。
いまや何かあるとすぐ殴りかかってきた課長すら俺に対して何も言わなくなった。
何しろ階級が同じなのだ。
陰でコソコソと愚痴を零しているようだが、俺の今の立場は課長などとうに超え、航空本部長補佐という立場にある。
各課の大まかな戦略構想は西条と共に舵取りできる立場。
ただし、こちらはあくまでご意見番であって西条の裁量に任せている。
任せられるだけの力が西条にあるからだ。
西条がどうしてここまで俺に入れ込むのかわからないが、おかげでやりやすい環境がすぐさま整った。
千佳様には全く頭があがらない西条だから、きっと千佳様が絞首刑すらチラつかせていたのだろうとは思うが……
こちらがあまりでしゃばらない所を気に入ってもらえたか。
何かに付けて意見を求めるが、陸軍の流儀は心得ているので懐かしい気分になる。
「オホン。四菱の発動機部門の技師を呼んだのは他でもない。技研で耐久試験が行われているハ33だがな、あれはすばらしいものだ。長島には悪いが長島の小型エンジンでは2000馬力級にはならん。ひいては、本日集まっていただいた四菱にはハ33を土台とした、新たな発動機の開発をお願いしたい」
集まった四菱の技術者は背中を丸めながらザワつきはじめる。
これまで我が陸軍は寿をはじめとする長島製エンジンを中心としてきた。
ハ25の登場により、海軍も陸軍も長島製こそ誉れとばかりに小型機を中心に重用しはじめる。
本来の未来ならば。
四菱はそういう意味では陸軍に何度も苦汁を舐めさせられてきたが、ハ33をベースとした金星は我が陸軍が最も見出していた諸外国に勝ちうるエンジン。
これを現時点で長島製を見限るような真似をしてまで採用しようというのだ。
それだけじゃない。
陸軍はこの時点で捨てていなかった"重戦闘機"という可能性をもう一度目指す。
これは西条自体も可能性は捨てないと理解を示してくれていたが、我が陸軍は諸外国と同等の戦闘機が欲しいからこそ四式を量産化できたのだ。
戦闘機部門の開発者はついぞ海軍にばかり目を向けているが、発動機部門の者たちはこちらになびいてくれるだろうか。
「2000馬力級にございますか……」
まあ当然の反応を示したか。
現時点ですでに試作段階ならば英国などで2000馬力級のエンジンは完成。
今回の提案は各メーカーに渡すことになるのだが、軽戦闘機はハ33、双発機もハ33……重戦闘機については今しがた提案したばかりの新鋭エンジンを搭載したいのだ。
間に合うか間に合わないかについては正直怪しいが、根拠はある。
「それについては技官に説明していただこう……信濃!」
「はっ!」
立ち上がった俺は長島から頂いたブループリントを黒板に掲げる。
これこそが長島が開発し、我々が実用化させた決戦兵器に搭載される存在。
開発中のハ45の概略図面だ。
97式戦闘機の開発成功により、ある程度設計部門に出入りできるようになったのでコネを利用してこっそり回収してきた。
キ27を作る際、俺は彼らからの望みでキ18をリバースエンジニアリングさせていたが、これはそのお返しである。
悪いな長島飛行機……。
そちらはしばらくの間は胴体設計だけやってもらう事になる……
ハ45以上のものが作れるというなら別だが、残念ながら難しいだろう。
「これは!!」
やや遠くに掲げられた設計図に食い入るように目を細める発動機部門の技術者。
そうなるだろう。
今まさに四菱は自分たちの出遅れに気づいたのだから、そうもなろう。
「現在、長島で開発中の18気筒の新型発動機です。ハ25を基盤とした……ね。ようは我々が求めるのはハ33からこれを作っていただきたいということ。作っていただく試製発動機は2つ。1つは、ハ33から大きな設計変更無く信頼性を向上させたもの。もう1つは、この発動機と同じく新鋭技術を大幅に盛り込んだもの。両者には部品の互換性を担保したうえで、前者は最大離床推力1800馬力以上、後者は2200馬力を目指します」
不可能ではない。
現時点で1200馬力級のハ33。
ボアシリンダーを4つ追加し、ちょっとばかし強化するだけで1600馬力級ならば簡単に作れる。
計算上、4つ追加すると1.3倍の出力になる。
こんなものは発動機は基本的には門外漢の俺ですら力学的な理解だけで計算できる。
エンジン強化を行う方法は昔からさほど変わらない。
エンジンの回転数を上げるか、気筒数を増やすか、吸気量を増やして圧縮比を変更する。
これだけだ。
回転数を上げるというのは基本的に熱量問題が出てくる。
簡単な出力アップは可能だが限界がある。
気筒数を増やすと重量とスペースとの戦い。
スペースが限られる自動車においては安易にそんなことはできない。
だが、スペースの戦いとなるのは基本的には直列エンジンやV型エンジンであって、星型エンジンの場合は従来より空冷の冷却面を考慮し、シリンダーの間にはある程度の隙間が設けられているため……
ここにボアシリンダーの数を増やすことは容易だが、星型エンジンの場合は前述した冷却面に難を抱えるのである。
だとしても、性能に大きく余裕のあるハ33ならそんなに難しいことではない。
攻略法は知ってる。
俺は四式の稼働率向上のため、技研総出で忌まわしいハ45と向き合ったのだ。
「ハ33をベースに18気筒の発動機を搭載した重戦闘機の馬力は、現在の吸気、排気量から換算して1600馬力。諸外国に負けません。冷却面については我々技研によるカウル構造などでどうにかしてみせます。試製エンジンをできれば半年以内に納入してもらいたいのです」
「重戦闘機も評定が行われるのですか」
「無論だ。我々は四菱の戦闘機を嫌っているわけではない。これまでの結果は単純に全方位での軍用機としての信頼性を加味したうえで四菱のものが劣っていたに過ぎん。重戦闘機は20mm機関砲を二門搭載。新鋭エンジンの完成度によっては双発機が不要ではないかとすら私は考えている」
西条の予想は間違ってないが、できれば双発機も作っておきたい。
B-29が飛来せし状況が起こらんとは限らないんだ。
そうなると高空性能を高くできうる双発機に未来がある。
「四菱の諸君。 よいか、私はこの単純18気筒化の発動機をハ43と呼称する予定だが、ハ43の性能によっては軽戦闘機への搭載も考慮する。NUPや王立国家に全ての面で劣らぬ航空機を作るのだ」
「それはつまり、閣下は……陸軍は重戦闘機を作りたいとおっしゃられるのですか」
「基本は変わらん。運動性能はこれまで通り求めていく。ようは出力に余裕があればどうにかなるのだろう?」
「ええまぁ……」
「だとすれば出力向上を求めるのは当然のことだ」
「我々陸軍の新鋭戦闘機は四菱の発動機部門にかかっていると言って過言ではありません。長島の開発するハ25の18気筒版は開発が難航していると聞きますが、冒険してもいいエンジンとそうでないエンジン双方を作り、まずはハ43を来年の盆までに納入していただきたい……できますね?」
「そういうことだ。諸君らの活躍に期待する」
かくして、四菱は2597年年末の段階にて本来とはやや異なるハ33の18気筒版のハ43の開発を行う事になり……
2597年から開発が開始された百式司令部偵察機は双発機としてはモスキートなどと並ぶ異例の高性能さを獲得するのが確定的となった。
できれば、この百式司令部偵察機の設計思想をベースに万能双発機の可能性を示すことが可能な機体を3つのメーカーから提示させたい。
長島にはとりあえず好きにやらせつつ、二式の大幅な性能向上と、一式を全方位で零に勝てる戦闘機に仕上げてやる。
見てろ一郎。
零の設計は見事だったが、今の俺の基本設計は負けないからな。
そちらが栄を採用するなら構わない。
後で零に金星を採用することになる戦闘機を長島からこさえるだけだ。