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航空エンジニアのやり直し ~航空技術者は二度目に引き起こされた大戦から祖国を守り抜く~  作者: 御代出 実葉


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番外編5:立川の日常1

 皇暦2599年5月下旬。

 まだ肌寒い風が吹き付ける立川に足を運ぶ。


「よう中山。山崎からの帰りか?」


 白い息を吐きながら滑走路周辺を毎日の日課とばかりにランニングするこの男は信濃忠清。


 俺と同じく皇暦2593年から所属している同期であり、年齢は4つ下。


 ただ、陸軍は年齢よりも所属年で先輩と後輩の関係が決まるため、階級が例え上だとしても日常的には互いにくだけた口調で話す。


 特に不満は感じていない。


 ある時期までは青くさかったこの男は、キ27が正式採用された直後からなにやら風格の漂う男へと変貌した。


 何があったかは知らんが、もはや年齢が二周り上の者でも対等な立場のような配慮を見せるほどだ。


 彼は普段丁寧な口調を心がけているが、話しかけた将校は口を揃えて"ただならぬ気配を感じる"と言う。


 実戦経験がある者ほど感じるものがあるのだという。


 俺もそう思う。

 奴が強い口調で語るときには背後に何か見える。


 なにかに憑かれているような気配を感じるが、技研のメンバーにてこっそりとお払いをしようと神主を呼びつけた所、"彼の背後には無念と決意にあふれた何かがおり、それは呪いのようなものとは異なり祓うと逆に災厄が訪れるやもしれません"――と、祓うと逆に何かが起こると言って何もしなかった。


 憑いているのは悪霊ではないのだという。


 そういう雰囲気になってから皇国の航空技術の発展がすさまじく、同期の連中や課長、所長も含めて"きっと神憑きというものなのだろう"――と解釈して見守っている。


 皇国では、その昔より戦の場にてそのような何かを纏う者が度々出現したとされるが、戦神などというオカルトの類は、航空機への理解があるようだ。


 風の使い手なのだろうか。


「――ああ。信濃。研三だがよお、山崎の技術者が嫌がらせだと愚痴っていたぞ。どうしてあんな作り辛くしたんだ」

「最速を求めたのは俺ではない。谷先生もあれが現時点でベストだとおっしゃっているだろう」

「そりゃそうだが……」

「それじゃあな。あと四周しなくては!」


 俺が何か言う前に信濃は走り去っていく。


 奴は普段から"なぜ1日は24時間しかないんだ"――と口癖のように言い、分単位でその日の日程を管理する男。


 生真面目すぎて近づけない雰囲気すらある。

 むしろその気はある日を境にひどくなっているほどだ。


 山崎と技研のパイプ役である俺は今や山崎を懐柔する役目を担っている。

 彼らの不平不満を聞いて宥める仕事だ。


 ただ、彼らも信濃が基本設計を担当したキ57は褒めていたし、陸海共同での開発が決定されたキ68のような大型戦略爆撃機に興味がないわけではなく、信濃が語る構想には理解を示していたが……


 会社として生き残りをかけるならば川東が目指すように、大量生産に向く戦闘機の採用機が欲しいというのが本音だった。


 しかし信濃はそこに否定的で、やや摩擦が生じていると言える。


 信濃が山崎に提案するのは、偵察機とか写真撮影機といった高速ではあるが大量生産されない系統。


 確かにそれらを作る高い技術を山崎は保持しているし、4発大型機の経験すらあるのだが、だとするなら深山を長島に作らせるように山崎にも戦闘機を作らせて欲しいと言う彼ら技師達の言葉に耳を傾けて欲しいとは思うな。


 まあ、信濃本人も近く何か提案するようだが。


 にしても、今6時だぞ。

 いつ来ても思うが奴の1日は早い。


 聞いた話では5時頃には誰よりも早く立川に訪れ、ああやって体を鍛えて1日が始まるとのことだ。

 空腹を感じた俺はとりあえずそのまま食堂へと直行した。


 ◇


 しばらくすると信濃も食堂に訪れる。

 またいつもの組み合わせか。

 奴の朝食は毎日同じ。


 納豆、半熟卵、塩焼き魚、青菜などの野菜類、シバ漬け、そしてわかめと豆腐の汁物。


 俺は同期として技研に入ってから、これ以外のメニューを食している様子を見たことがない。


 朝は同じ構成でなければ1日が始まらんとのことだが、それを横目にしていても飽きないのかと不思議に思う。


 立川の朝食には献立メニューがなく、小鉢に入れられたおかずなどを自分で選んで小鉢1つ1つに決められた料金を支払うという一般的な食堂スタイルなのだが……


 彼の場合は他のモノを一切頼まないため、予め食堂に勤めるおばあちゃんが信濃用に一式取り揃えたものを用意してくれている。


 忙しい信濃への数少ない理解者だ。


 そして何よりも特徴的なのは飯物。


 奴は玄米に麦や粟、そして稗といった多種多様な穀物を組み合わせた物しか食べない。


 こういった栄養食は陸軍では不人気だが、陸軍では栄養価を高めるため、白米とは別に麦飯という形で出している。


 選択肢はあるものの技研の中では信濃と、7陸の四郎博士ぐらいしか食わん。


 やつはおかず無しでもそれを食えるほど穀物が好きで、むしろ白米は甘すぎる上に太るし栄養価も低いといって食べない。


 奴から言わせれば白米とは菓子らしい。

 俺からするとあいつが食う飯はこの世の食い物には感じないのだが。


 それを納豆と一緒に食べ、半熟卵をすすりながら、他のおかずに手をつける。


 しかも、その前に野菜類を一番先に口にする。


 これは信濃にとって絶対らしく、一番最初に野菜類を口にしない限り飯物には絶対に手を出さん。


 この方が食べ過ぎないし、消化にも良いというのだ。

 俺にはよくわからんが、食べるのも早い。

 ガツガツ食うが良く噛む。


 流し込んでいるようにも見えるが、すばやく食べ、間食しないことを心がければ虫歯にならんといって食後は30分ほど間を置いて歯を磨くのが奴の朝の行動だ。


 俺はゆっくり食べるのが好きで食堂内では奴と会話することもないが、いつもの姿を見ている間に10分程度で奴は全てを食べ終わってしまった。


「じゃあな中山。俺は先にいくぞ」

「あ、ああ……」


 後から食堂に訪れながらも、先に出て行く。

 これもいつもの光景だ。


 この後の奴の仕事は、担当する航空機があれば詳細設計の仕事。


 3時間ほどしないとメーカーの者達が訪れないため、設計図を描くのは夜か朝のどちらかなのだ。


 詳細設計を担当する者達はそれこそ缶詰の状態で1日中作業に従事するが、彼は設計が極めて早く、詳細設計については若手を含めた技研の新米メンバーや、メーカーの技術者に投げてしまうことが多い。


 ただ基本設計の時点でカチッとしており、設計的余裕空間が多い設計手法が特徴的で、重心設定も余裕があるように調整されており、メーカーからも非常にありがたがれている。


 メーカーが新鋭機構を導入したいと言ったとき、空間的余裕がないと困るのだ。


 例えば構造部材が真っ直ぐであればあるほど航空機は頑丈なものとなるのだが、97式戦なんかは一部の構造部材が斜めを向いている。


 これは試作段階では考慮していなかった機構を導入せねばならず、構造部材の位置変更が必要となったための苦肉の策で信濃から言わせれば"拡張性の無い機体に改良が生じればこうなる"――と、最初からそれを考慮しない設計なのが原因なわけだ。


 こと信濃はそれが大嫌いな男で、厚板構造などを採用する一方で構造部材は少なくするので、機内にはコックピットを除いたら極めて空間が多く、何か新鋭の機構や装置を組み込む場合、とりあえず重心設定を気にかけておくだけでいいのだ。


 これは長島飛行機の技師から言わせると、基本設計が神がかり的だといわざるを得ないものらしい。


 正直言って詳細設計と基本設計の中間的な設計を彼は基本設計と述べているほど洗練された設計書を描いてすらいる。


 俺らがいう基本設計書とあいつの描くものはちょっと違うのだ。


 キ43の基本設計を共同で担当した大山技師曰く、キ43は当初の自分の設計より機体が大型化したが、その大型化は機体内の空間的余裕を確保するためのものであり、基本的に自身の設計手法を否定するものではなく、むしろ自身の設計を発動機のパワーアップを理由に改良してみせたと言っていた。


 立川に運ばれた試作機を見たとき、97式戦からかなり大型となっていたので、テストパイロットは鈍重なのではないかと不安を抱えたそうだが、乗ってみると軽快や軽快。


 むしろ運動性に対してかかる荷重、NUPではGと呼称しているモノが強く、パイロットの肉体が強固でないと、機体を振り回せず、却ってそれが無茶な機動をさせない一種の制限装置となっていると評価されていた。


 より優秀なパイロットほど機敏な機動を見せるが、それに頼らない戦いをしたくなる特性なのだという。


 乗ったことがないのでよくわからんが、キ43はハ43に換装されてからはこれで次の大戦を乗り切れると豪語するパイロットが多く、立川には連日のように各航空部隊でも生え抜きの者達が召集され、新鋭機を体感しつつもより完成度を高めるための意見聴取を行っていた。


 信濃はハ43だけでなく、発動機の換装も視野に入れつつ、この機体を熟成させたいと主張していたが、上級将校達はスピットファイアやBF109がそうなる予定と聞かされていたため、東亜標準戦闘機などと呼称していた。


 排気タービンは搭載していないが、今後もアレはパワーアップできる余地があるらしい。

 皇国も随分な戦闘機を手に入れたもんだ。


 しかも信濃は、あくまでキ43を軽戦闘機と言い、真打は別にあると言い続けている。

 これを上回る戦闘機とは一体なんなのだろう。

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