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第4話:航空技術者は京芝を説得する。

 翌日からすぐさま行動を開始。

 千佳様を伴って向かうは芝浦。


 この際、千佳様に対しては記憶がある限りの敗因と今後絶対にすべきことをまとめたレポートを渡している。


 これらは覚えている限り起こる事象なども日付を記載して渡している。


 その中には現時点で陸軍が知らず、後に各国が公開情報とした内容についても過去から現在まで覚えている限りを記載した。


「ふむぅ……信濃。第三帝国とは敵対せぬのか?」

「当面の間は……特に主要幹線道路の舗装技術に関しては技師を招集して大至急行わねばなりませんので」

「何の意味があるのじゃ」


 それまでレポートを覗き込んでいた千佳様は舗装の利点が理解できなかったようで、とても不満そうにこちらに顔を向ける。


 彼女にとって舗装などどうでもいい政策であるばかりか現在の立場においてはまるで進言できない政策のため、不必要な項目だと思ったのだろう。


 だが、現実を見てもらえば理解できるはずだ。

 今日の天気はそれを説明するのに丁度いい機会であった。


「見ての通りですよ。本日は雨。我々が移動する道路の状態は悲惨なものだ。台風が来るたびに立ち往生してはどうにもならないのです。NUPは国内の主要幹線道路の4割以上を舗装化しておりますが、これだけで陸上輸送効率は6倍以上に膨れ上がります」

「鉄道があるのにか?」


 確かに、この時代においては鉄道は絶対。

 ユーグですら似たようなことを考えている。


 だが、第三帝国とNUPだけが舗装の利点を知っている。


 これがあるからこそ、NUPの工業力は高いのだ。

 道路交通の円滑化の必要性についてはなんとしてでも理解してもらわねばならない。


「鉄道はレールを走る以上、多少の攻撃ですぐ不通となってしまいますが、道路はちょっとやそっとでは寸断できません。壊れた部分は可能な限り補修するだけで輸送効率を向上。これだけでも工業生産力に大きく関わります。輸送コストが下がるので、結果的に生産コストも下げられます」

「わかったが……今の我ではどうにもならんのう」

「このままいけば、貴方のお目付け役でもある西条閣下にやってもらうことになりますね」

「だから西条にも同じものを渡したのか」

「ええまあ」


 その後も移動中の車の中で渡されたレポートを確認した千佳様は興味ありげにいくらか質問を投げかけてきたが、俺が記載した内容でどうにかなるのは今から会合に臨む芝浦電気のCEOだ。


 G.I……ゼネラルインダストリアルの子会社となっている芝浦電気は、2年後に東京製作所と合併して京芝と呼ばれる会社組織になる。


 重要なのはこのメーカーが握る戦時中の秘密。


 彼らはNUPから最新鋭の技術文書を渡され、日々その研究開発に勤しんでいる。


 それが戦時中にまで続くのである。


 どうやってそんな技術を渡しているのか知らず大戦後の不思議の1つとされるが、京芝はNUPの最新鋭技術を余すことなく実証することができる状態にあったのだ。


 そして……


 日本において起死回生を狙うがごとく製造に成功した虎の子の技術であるジェットエンジンを作るために絶対必要な合金とタービン製作を可能としたのは、海軍と陸軍が共同で開発を行いだした際に京芝を陸軍が強引に引き込んだことが関係している。


 信じられないことに、現時点であそこの技術者はウォータージェット推進機関を密かに研究中だ。


 ジェットエンジンの前身とも言える存在だな。


 圧力を加えた水を推進機とする……それを大気から生成した高圧ガスに置き換えようと王立国家にいた変態技術者が考えて生み出したのがジェットエンジンなのだ。


 しかもこのウォータージェット推進は元をたどればウォーターポンプであり、そこから蒸気タービンへと派生。


 その蒸気タービンの技術を再び水に置き換え推進力にできないかと模索して生まれたものを、別の形へ……


 一連の技術については驚くべきことに全て王立国家の者たちが基礎部分を生み出したというのだから怖い。


 なにをどうしたらウォーターポンプから蒸気タービンを思いついたのかわからんが、蒸気タービンから直接ジェットエンジンになっておらずに一旦回帰するというのが技術者的観点からすると興味深い。


 水を推進力に変えることができるなら大気を推進力にして飛べるのではないか……


 普通ではそんなの思いつかんが、わざわざ推力を生む実物をこさえて特許出願してしまった男がいる。


 ジェットエンジンの存在について我が国が認知したのは2590年初頭。


 2589年に出願されて公開された技術によって新鋭エンジンとして注目された。


 一方、かねてから蒸気タービンなどから発展したウォータージェット推進は後のジェットエンジンに進化するのは前述したわけだが……


 この時点で一定の技術を確立させており、奴らは海軍に売り込まんがために密かに開発している。


 それを知ったのが今より60年後。


 当時俺は上層部がそれを把握していたことすら知らず、資料収集の最中に偶然その情報を見つけてしまったのだ。


 この会社は現時点で奴らはウォータージェット推進についてある程度目処を付けた状態のものを作り出してすらいる。


 こんなのを野放しにしていいわけがなく、彼らの力を借りて早々にジェットエンジン機を作る以外皇国を救う手などないのだから、一番最初に協力を取り付けておこうというのだ。


 ジェットエンジンなら軍用機として完成せずとも、試作機ですら抑止力になりうる。


 この時点での我々が知らないだけで第三帝国はお粗末ながら世界初のジェット機を飛ばしているのだからな。


 我々もそこに追いつかねば。


 大したことはないのだが、諸外国ではそれで飛べるということが判明し、王立国家などを中心に開発が盛んに行われるようになる。


 だが我々が彼らに追いつくのは東亜大戦争末期。


 それも、これから会合に臨む奴らの企業を陸軍が強引に徴収し、わずか半年という速度でエンジンを完成させるという荒業もとい偉業によって完成したネ-20によってだ。


 基本構造は出来上がっていたものの、それを再現する合金やタービンが作れなかったところ、彼らによってそれが可能になって生まれたネ-20は、我が国唯一のジェット戦闘機として末期も末期に初飛行に成功している。


 この状況を覆し、2601年頃までにまともに飛べるジェット戦闘機をこさえたい。


 流体力学のスペシャリストである俺なら、今なら可能かもしれないんだ。

 やるっきゃない。


 問題は……海軍の技術者を現時点では一切招集できないこと。


 彼らの力なくしてできるかは未知数。

 陸軍だけの力でどうにかせねばならない。


 また、今後の陸軍機についても、現在の立場を大いに利用して道筋を作らねばならないが、そちらについては既に今朝の段階で西条に伝えてある。


 完成したばかりだが、将来性のある四菱が海軍向けに提供しようとしている金星エンジンを陸軍にて採用し、97式を超える次世代型軽戦闘機と、双発重戦闘機を開発する。


 千佳様と西条の人脈を利用することで、一式戦闘機を将来性のある拡張性の高い戦闘機に仕上げることが目標だ。


 そのためには彼らの企業と結託すること……そして後に京芝となる芝浦電気のCEOを別の方向性から開戦回避してもらうために説得せねば……!


 ◇


 すでにアポイントメントは取った状況であるため、来賓という形で応接室に案内される。


 応接室には京芝電気の後のCEOとなる人物が控えていた。


「ようこそおいでいただきました。西ノ宮様と……そちらは……」

「信濃忠清シナノ タダキヨです。よろしく」


 差し出したのは左手。

 一瞬驚きを見せるものの、すぐさま右手を添える形で両手で挨拶を交わした。


 陸軍技官が社交儀礼を知らないと思っていたのだろう。


 甘いな。

 陸軍とて礼節は重んじるのだ。


「こちらこそ。Mr.シナノ。して、本日はどういったご用件で参られたのでしょう?」


 英語で話し込むせいで完全に千佳様は硬直しているが問題ない。


 話に割って入ってもわからんだろうし。


「信濃、ヌシは本当に英語が喋れるのだな……」


 千佳様と同乗した車の中では、本来ならばこの時点では読み書き程度しかできなかった王立語について「できる」ーーと豪語していたが、信じてもらえなかったようだ。


 技術士官と呼ばれる存在は国外の技術資料を読み漁るため、基本王立語ができないと話にならない。


 海軍の方が王立国家式にならって英語に堪能な者は多かったが、陸軍ではその立場に技術者がいるということだ。


「多少は。Mr.ビアーズ。本日私どもがこちらへ伺った理由は貴方がたの助力を頂きたいと考えているからです」

「助力とはなんでしょう。軍需ですか?」

「それも多少はありますが、それよりももっと大きな仕事を手伝っていただきたい」

「はて……我々にできることとは」

「NUPとの戦争の回避です。先日の事件の件はMr.も承知のことでしょう。大変申し訳ないことをしてしまいました……きっと今NUPの世論は我々に対し冷たい視線を投げかけつつあるところでしょう。しかし、我々としては貴方がたとの戦いは避けたい」

「これは陛下の意向でもあるのじゃ!」


 かなり発音は怪しかったが、よくぞおっしゃってくれましたな千佳様。


 事前に何度も復唱させて教え込んでいたが、暗記はできたようで何より。


「陛下の……西ノ宮様がおっしゃられるということは間違いないということですか?」

「必要であれば貴方がたに陛下から直接協力を要請する書面の提出は不可能ではありません。我々ができることといえば、貴方がたの皇国における利益の担保ぐらいしかできませんが……NUPとの直接対決に至ってヤクチアに侵攻され、彼らが漁夫の利を得ることをなんとしてでも防ぎたい。これが我々と……陛下の意向なのです」

「ふむ。どちらかといえば私共よりもG.Iの力を借りたがっているご様子だ」

「無論、G.Iの経営幹部も兼任しておられるMr.だからこそできる相談です。これから他にもオースチンエレベーターといったNUPの出資企業にも個別に協力を要請してまいりますが、我が陸軍はユニバーサルオイルとだって交渉する所存です。王立国家の……サンライズ石油などとの交渉も行います」


 こちらの言葉に耳を傾けていたビアーズの顔がほころぶ。


 どうやら俺は合格点を貰えるだけの人物として評価されたようだ。


「Mr.シナノ。貴方の敵はヤクチアということでよろしいのですか?」


 そうだ。

 貴方がたとは共通の敵だ。


 貴方がたが少し前に革命が起きたヤクチアによって天文学的な損害を蒙ったことぐらい知っている。


 本来の俺なら知らないが、未来の俺が知っているんだ。

 奴らはどうひっくり返っても敵にしかならないんだ。


「無論です。現在こそ強硬的ですが、しばらくすれば情勢が変わります。現時点でNUPは"集"の独立権の担保などを求めておりますが、できればNUPとの不可侵条約を結びつつ、"集"などに治安維持部隊と称して共同で軍基地を据え置き、安保を図りたい」

「ほう……」

「そこまでの妥協なら現時点でも陸軍を説得することができるのです。ただ、ここより譲歩となると難しくなってきます。要因は王立国家といった国々が自身が領土をこさえながらも、こちらにそれを許さぬという姿勢です」

「ですが、王立国家は列強。我々とて早々強気の態度には出られませんよ」

「あの国はしばらくすると第三帝国の手にかかる。噂ほどには聞かれたことがあるのではないかと。NUPはその状況を利用して超大国になれる素質があります」

「現時点ではそうは思えませんが……」


 確かにそうだな……


 超大国になると信じられるのは第三帝国が行動を開始して特需が発生してからだ。



 でも、現時点でもNUPは大きく工業国として発展しつつある。


 ユニバーサルオイルといった企業が反トラスト法にて分割されたが、一方で反トラスト法の影響を受けた企業の躍進は凄まじい。


 世界をリードしつつある。


 だから……


「なります。間違いなく。それでも、ヤクチアの進撃は抑えきれない。貴方がたは皇暦2299年の際に我々の独立権を担保してくれた御恩があります。我々は少なくとも、独立権を今後も確保したうえで絶対防衛ラインというものを華僑に敷きたい。華僑を反共主義の防波堤としたい。報酬と言えるようなものを与えられるかどうかはわかりませんが、貴方がたが国家とは別の企業としての存在として民主主義の下、彼らを説得してくださるというなら協力は惜しみません」

「ふむ。それは陸軍……いや、皇族の意思とみてよろしいですか?」


 さすが物分りがいい。

 伊達にG.Iの経営幹部ではない。


「その通りです。今わかっていただきたいのは、華僑の現状を野放しにすると、ヤクチアに隙を突かれて共産主義に全土が飲み込まれるということです。現に最前線にはヤクチアの最新戦闘機とヤクチアのパイロットが確認されております。我々はすでに彼らと戦うこととなってしまった」

「やはりヤクチアはすでに南下を考えているのですね……」

「NUPは我々の行動を非難するが、正直非難しないでいただきたい。まあ、この件については批判するよう仕向けている連中がいるんですがね……貴方がたも気づいておられるとは思いますが、ヤクチアのスパイが政府内に少なからず潜んでいる」

「Mr.シナノ。貴方の情報網には驚きです。どこでそこまでの情報を仕入れているのですか?」


 嘘を述べているつもりはなかったが、やはりG.Iともなると政府内部の状況は把握しているようだ。


 俺の話を妄想やでっち上げだと主張するかと思ったのに……


 G.Iの内部報告書では現時点で米国にはびこる赤い者達を憂慮する記述があったが、赤狩りを早いうちにできるかもしれない。


 とりあえずどこで情報を手に入れたかについてはそれっぽく誤魔化しておこう。

 未来で情報を集めたなどは言えない。


「Mr.ビアーズ。我々にもNUPの内情を憂いて助けを求めてくる政治家がいるのです。持ちつ持たれつという関係で……ただ、彼らは立場上弱いので、情報を伝えることしかできません。民意という形を意識せざるを得ないNUPにおいては、Mr.ビアーズのような有識者による自浄力が必要なのです」

「ふむ……では、できれば先ほどの書面を早急に我々に頂きたい。そして、交渉の際には常にそれを掲示して望むべきです。西ノ宮様だけでは説得力に欠けます。貴女と貴方だけでは暴走した陸軍の一部としかみなされないでしょう」

「承知致しました。大至急手配致します。それと別件についてですが――」


 CEOは思った以上に理解のある人物だった。


 元々親皇国派として有名なビアーズは最後まで戦争回避を願っていた人物の一人。


 NUPとの開戦は全力で回避する傍ら、なんとしてでもヤクチアと戦う戦力を整える。


 恐らく……このままいくとWW1とそう変わらぬ状況になって我々は第三帝国とも戦うことになる。


 仮に本来の未来と相違ない状況に陥ったとしても、全力で押しのける兵器をこさえてみせる。


 いや、そうならないだけの抑止力のある兵器群を生み出すしかない。

 これからが本番だ。

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