第53話:航空技術者は4発エンジンの大型陸上機を再設計する
太田製作所に到着すると、深山を担当する大型機の製作メンバーの歓迎を受ける。
そして製作所内を長島大臣に案内され、最新の風洞実験室などを紹介される。
それと同時に深山のモックアップや解体されたDC-4Eも見せてもらった。
見れば見るほどDC-4Eは無駄が多い。
DC-4とはまるで違う。
これならModel 307のほうがよほどシンプルだ。
バラバラになったDC-4Eを見た後は、すでに完成した翼を見せたいと言われて翼を見に行く。
◇
「これは……」
目の前には見たことがある油圧システムのパーツが装着され、エルロンの動作試験が行われている巨大な翼がある。
「そうだ。茅場の油圧システムだ。キ47の話を聞いてすぐさま取り寄せたんだよ。翼の設計はかなり変更が入った。……ほとんどは君がキ47でやったことの模倣だがね」
確か深山では油圧システムを採用していたが、なんていうか山崎のベアリングの件と同じで、なぜか自作していたんだよな……
素直に油圧は茅場を頼るべきはずなのに。
後に別機体で茅場に頼ったことからも、ここは見直しがあったに違いない。
長島は基本不得意な部品は外注が多いが、油圧は自作に拘ってたのが不思議だ。
その未来が変わったのか。
ただこれでは……こんな全長の長い翼じゃだめだ。
翼が長すぎる原因はわかってる。
「――我々もなんとか深山を形にしてみたかったのだが、ご覧の通りさ。ハ43を搭載しても大した性能にならない。設計陣は君が山崎に作らせてるキ57に感動してたよ。あんな小さいのに我々が作ろうという深山よりも積載力がある。飛行中に後部ハッチが開けるなら爆撃も出来るんじゃないかね?」
「想定外の運用ではないです。爆撃照準もないために命中率はお察しでしょうけど」
「私はどうしても深山を形にしたい。信濃君。何か手立ては無いか。十二試艦戦のような、アバンギャルドな方法はないものかな?」
期待した目をこちらに向ける長島大臣だが、正直言って一から設計しなおさない限りは難しい。
大型機は様々なジレンマを抱えている。
俺が出来る限り排除したい爆弾倉を必ず装備しなければならないことや、パワーを上げるためにエンジンを増やせばそのエンジンが抵抗を増やし、抵抗を制御しようと翼の全長を伸ばせば、重量が嵩みという無限ループが続く。
小型機の方がよほどやりやすい。
航空機の開発において最も辛いのは増大係数だ。
未来のジェット戦闘機なんかはこれが10倍ぐらい平気である。
増大係数とは、何かを増やそうとした時に他で支えるために増える重量。
ここでいう10倍とは、1kg増やすのに必要な補強部材などを合わせると、10kg増えるという意味。
レシプロの小型機なら増大係数なんて3とか4なのだが、爆撃機、それも爆弾倉を装備した機体は平気で8とかに増える。
これが爆撃機にとって何よりもジレンマなのである。
基本的にはエンジンパワーでどうにかするしかないが、エンジンパワーといっても限度があるのがレシプロ機。
せめて2000馬力以上発揮できるエンジンがなければどうにもならない。
正直俺は連山を大幅に洗練したような大型機を示したい。
それが出来ないなら話は厳しくなってくる。
ならば……あの手で行くしかないな。
1つだけ案がないわけではない。
「長島大臣。とりあえず会議室を借りられます? 深山の問題点は設計図などをあらかた見させてもらったのでわかりました。1つ私が考える大型爆撃機の形を示させて下さい」
「ふむ。案内しよう」
俺は長島大臣と深山開発者達とともに太田製作所の会議室に移動した。
◇
「深山の悪い部分を言い出したらキリがありません。ただ、その原因の大半はDC-4Eという失敗作に由来していると言えます。そこで私が提案する爆撃機はこのような形ですが……深山をほぼ一から手直しするという勇気がないなら、Model 307の到着を待ってModel 307を模した爆撃機を作ることを考えるべきです」
チョークを取り出し黒板に深山の問題点を描き始める。
深山については何よりもまず問題なのが重過ぎる双尾翼の存在。
きっと運動性を確保したいがためにそうしたのだろう。
元のDC-4Eではフェイルセーフのために通常の垂直尾翼に加え、さらに双尾翼を装備していた。
深山ではこれを双尾翼に改めているのだが、俺は双尾翼をまず却下する。
双尾翼。
基本的な考え方は複葉機と同じ。
2つ増やせば効率2倍。
つまり尾翼1本あたりの大きさを2分の1にしても、本来の垂直尾翼と同じ働きをするという考え。
大型機の多くはこの時期のものは双尾翼を採用することが多かった。
特に双尾翼は機銃搭載において尾翼という邪魔な存在を左右に排除できるので有利になると考えられたが……
何よりも運動性や安定性を確保したいがために、実質タンデム翼のごとく尾翼の長さを長くした上で垂直尾翼を2本にするという処理が横行した。
原因は主翼が洗練されていなかったからだ。
B-17の主翼とModel 307の主翼の違いを見れば、いかにB-17の主翼が非効率だったかがわかる。
これがほぼ不正解の回答というわけだな。
この時期の双尾翼は揚力確保のために主翼の全長を伸ばさざるを得なくなる。
尾翼の乱流制御が難しいからだ。
主翼側で調整せざるを得ない。
DC-4Eの主翼がこんなに伸びたそもそもの原因だ。
DC-4が片側5m以上も短くなったのも双尾翼をやめたからだが、事実上双尾翼でこの時期に成功したのは双胴型だけだ。
未来の航空機においても採用には慎重を要する。
例えば機体上部になんらかのモノを積載するといった、スペースシャトルを乗せるみたいな事でもないなら、基本的にこの手のH型双尾翼など不要。
まあ運動性をどうしても確保したいというなら無くは無い選択肢ではある。
また、後の未来にはステルス性確保のために尾翼を垂直尾翼上面にT字型にした上で、小さな垂直尾翼をウィングレットのごとく装着したような双尾翼を装備した亜音速航行の大型ジェット機が登場するが……
ステルス性など考慮しないなら重量が増えるのでさほど意味がない。
後の未来の超音速ジェット機においては、双尾翼の戦闘機が当たり前のように登場するのだが、それは単純に超音速飛行時の抵抗を下げるため、尾翼の全長を低くしたいがために採用しているもの。
レシプロ機時代とは異なる超音速領域に至った次元の世界においては、10cm尾翼が伸びるだけで機体の速度が100km単位で変わってくる事になる。
また、万が一破損した場合を考えた冗長性の確保のためでもある。
高速飛行中に翼が破損してその効力を失った場合、どうなるかわからないからだ。(空中分解も普通にありえる)
後方視界を効かせるといった利点もあり、重量がそれなりに増加してでもそうしたいわけだが……
大型爆撃機という、とにかく減らせるなら重量を減らしたい存在においては双尾翼など採用してはならない。
むしろ採用すべきは、俺が主流としている尾翼処理でありながら、実は連山も同じ方法でもって垂直尾翼の効力を高めていたアレだ。
垂直尾翼を水平尾翼の手前に持ってくる。
これだ。
まずこういった形で無駄な部分大幅に排除するが、それだけでは足りない。
重爆撃機最大のボトルネックの部分を解消し、大幅に軽量化を達成できうる構造があるからそちらを採用する。
「――なっ、爆弾倉を2つ?」
「そうです。爆弾倉を増やして小型化します」
大型爆撃機最大の悩み。
それは重心点と翼の頑強性の確保。
航空機にとって何よりも怖いのは重心点の変化。
燃料だって10000Lとか平気で積む大型の航空機は、離陸時と着陸時で重心点が変わらぬよう努めなければならない。
例えばNUPにおいては、燃料タンクをどうやって消費していくかについて綿密な計算が行われた。
すなわち重心点の移動を最小限とするために、どの順番で燃料タンクを消費すればいいのかを計算し、戦闘時において有利不利が生まれないようにと考慮していたのである。
そして爆撃機においては、大戦末期へと移る上で、エンジンパワーに悩まされたのは皇国だけではない。
高い要求性能を達成せんがために集中と選択を行い、1つの形を作る。
俺はここからさらに煮詰めて実運用に支障が出そうなまでの構造を採用する。
深山においては、翼の主桁の左右を胴体内で接続するため、中翼配置とした。
原因は爆弾倉を新たに設けるためには、低翼配置と出来なかったからだ。
だが、航空機においては低翼配置か高翼配置が最も頑強に出来る。
セミモノコックの構造上、中央部分に装着すると強度を保たせにくい。
重心調整もし辛いし胴体全体に負荷がかかりやすくなる。
一方、胴体上面か下面ならやりやすい。
だから中翼配置はブレッデンドウィングボディ以外廃れた。
ブレッデンドウィングボディは機体と翼を一体化させんがため、非常に頑強とできうるが、爆撃機に採用しようとすると重量過多となる。
深山の処理はたしかにある意味正しい。
この頃の爆撃機ではよくやった処理だ。
主翼を含めた胴体全体の空力的に洗練させるにあたっては中翼配置が一番楽だったので、強度確保や重量増加に目を瞑ってでも採用せざるを得なかったのだ。
それだけ主翼の設計に問題を抱えていたという裏返しでもある。
よって、この後に出てくる未来の爆撃機というのは、上か下、どちらかを選んで調整していた。
これは正直どちらでもいい。
俺はここで高翼配置を採用。
この方が空力的に洗練させやすいのと、何よりも揚力と安定性が確保しやすい。
でもそんなデザインなら爆弾倉を2つとしたか?
高翼配置ならば1つの爆弾倉とするだけの余裕があるだろうと思うエンジニアもいることだろう。
なぜならば、俺が描いた爆撃機はもはや人が立ったままでは通れないほどに細い胴体とし、前方部分と後方部分を完全に分離した状態で、後方機銃その他まではダクトを通してでしか移動できないという、B-29などの後の爆撃機のスタンダードを採用したからである。
B-29のように与圧室を持たないため、前後通路は筒状のパイプ型通路ではない。
文字通り這って機体内部を移動するためのものだ。
真の爆撃機は輸送機のような仕事などする必要性が無い。
空中給油機ならまだしも輸送機のように使いたいなど甘ったれた考え。
俺は皇国の爆撃機に対する汎用性を求める欲望を根底から否定する。
そんな太い胴体を採用できる余裕がどこにある。
ハ43を採用したって馬力は1基あたり最大1880程しかないんだ。
1880×4で、俺は運動性最低限担保した上で650km出せる爆撃機を作る。
積載力は4500kg。
防御兵装は後部機銃のみ。
強い構造とするために一部メタライトも使用。
揚力確保のため、翼の根元はやや太く、一見すると中翼配置にすら見える。
だが、上面から見て見れば、エリアルール確保のため、まるで女性の括れたボディラインのような処理となっている。
こうすることで主翼正面で受けた抵抗を逃がすことが出来るのだ。
高翼配置の未来の航空機がよくやる手法だ。
逆に膨らませるという手もあるが、現状は技術的な問題からそれをやらない。
これによって乱流も制御されつつ、極めて洗練された空力特性を確保。
なんたってこいつは狭い。
搭乗者は交代要員含めて基本4名、最大6名程度。
パイロットは交代要員の3名~で、機銃担当が1名~だ。
爆弾倉の真上はダクトしかないぐらい胴体は細いが、頑強なフレームと爆弾倉を2つに分けたことで重量増加をカバー。
機体の全長が20m以上あるため、爆弾積載量もそこそこ。
普通に爆弾倉には魚雷だって積める長さもある。
航続距離はインテグラルタンク採用で装備重量でも7000km以上をカバー。
乾燥重量は信じられない事に計算上20t切った。
その重量なんと17.8t。
これぞ割り切ったが故の性能というもの。
いっそ機銃をすべて外してしまおうか。
そしたら17.3tになる。
なんて機銃は無駄な装備なんだ。
全長24.1m
全幅34.8m
ありとあらゆる要素を削り、重爆撃機としてキ47の2倍の爆弾積載量。
ハ43×4+排気タービンB-2により、最高高度は1万1000mを軽く超え、最高速度は650km台に届く。
4発エンジンの場合、プロペラによる乱流によって主翼の表層剥離が凄まじいが、エンジン配置とエンジンナセル、エンジンカウルの構造を調整すればどうにかなる。
また、主翼には十二試艦戦で採用した前縁スラットを採用。
さらに深山では見送りになった親子フラップも採用する。
それだけでも足りないので、逆キャンバーを主翼下面に設け、未来の爆撃機と同じく翼の長さ以上の揚力を確保。
B-29とこの辺りの考え方は同じである。
翼にすべてを捧げて胴体を削る。
これぞ俺流の国産大型爆撃機だ。
連山は突き詰められていなかった。
まだやろうと思えば軽量化できるのさ。
キ47が守るべき大型重爆撃機とはこういうものだ。
本当は派生型に空中給油機も作りたいが難しいだろう。
「長島大臣。私が提案できるとしたらコレです。重爆撃機とはこういうものだと考えます。機内を自由に移動できるスペースなどいらない。爆弾倉のためにすべてを捨てる。人を乗せる部分は最低限で良いのです。この構造をもってしても仮眠スペースや簡易トイレを作れます。なぜなら全長が長いからです。いかに既存の爆撃機の胴体が太いか……」
「信濃君。正直に言って感動した。実は私は少しばかり君の才能について疑いの目をかけていた。君が優秀なのは間違いない。だが君は、小型~中型機を得意としていて大型機は門外漢なのかと、これまで大型機に関わってこなかったので勝手な先入観が生まれていた」
大型機は設計が大変だったし、何よりもキ43とキ47をどうにかしたかったから、あえて百式重爆には関与しなかったんだよな。
これまでの経験から長島大臣がそう思われても仕方が無い。
けど俺は元々大型旅客機を作りたくて技研に入ったんだ。
俺の本来の専門は大型旅客機……すなわち輸送機や爆撃機部門だ。
戦闘機よりもよほど大変だからこそ、設計のしがいがある。
まあ超音速戦闘機の方が設計が大変な分、楽しいんだろうけどな。
こいつはDC-4と同じで電子系統の装備は最低限。
まあ3ヶ月後には京芝になっているメーカーがNUPと同格の品質の部品を作れるが、それでも最低限の方がいいに決まってる。
運動性はそこそこある。
だが、運動性よりも何よりも速度と航続距離だ。
「キ47の性能は、この名前も決まらぬ機体のためにあります。西条首相には技研を通して提案予定でした。今大型滑空機に挑戦中なのですが、そこから信頼を獲得しようかと思いまして」
不安はない。
しかし信頼を損なわないため、初の大型機は滑空機からと決めていた。
ここでノウハウを構築しようと思ったのだ。
製造してみたら問題が出てくるとかありうるのが大型機だから。
今のところそういう問題がまったく起きていないからこそ、大型機で俺の設計手法の問題を確かめて見たかったのだ。
中型機のキ57も順調だったからな。
「信濃君。これは戦略爆撃機だと思うのだが、今からやり直して君の案を深山とした場合はいつまでに飛べると思う?」
「皇暦2601年末までに間に合わせられます。不要なものを削った影響で、胴体設計はシンプルでとても楽です。何よりも防御性能もそれなりなのに軽い。DC-4Eを捨てて、これをベースにModel 307で手に入れる予定の与圧室を導入し、さらなる大型戦略爆撃機を目指しませんか?」
「我々が作るのか? 山崎や川東、四菱ではなく、我々が……」
「長島大臣。貴方は就任挨拶の際に、空軍と戦略爆撃機を提案し、陸海軍の度肝を抜いた方です。その貴方と貴方の会社が作らずどこが作るというんですか」
長島大臣は手記に書き残すように、彼は空軍と戦略爆撃機のためだけに、大巨砲主義を否定せんがためだけに政治家となったのだ。
鉄道省にまわされても、それが航空機開発の向上に繋がると弾丸鉄道計画を立案するわけだ。
彼は後10年ほどで亡くなってしまうかもしれない。
それでも彼は最後まで夢を諦めず、そのミームは後の占領後の皇国に少なからず影響した。
貴方だけなのだ。
この時代に、俺のような立場ではないにも関わらず、先の先が見えていた男は。
俺は誕生するかもしれない富嶽を四菱や山崎に譲る気などない。
富嶽は長島に任す。
そう心に決めている。
その富嶽の前身となる存在を作るならこうする他ない。
どう足掻いた所でエンジンパワーは1880馬力以上の確保は現状では出来ないのだ。
百式重爆がポシャッたため、長島には大型機製造の余裕がある。
せっかく用意した太田製作所が無駄にならないために、こいつを作る。
「大臣。貴方が本気なら、海軍がやらぬとも陸軍主導でも作らせますよ。私はこれを作りたい。なぜならヤクチアがこの機体の存在を知り、この機体が手始めにハワイまで無着陸飛行したとしましょう。彼らは首都がいつでも空爆できることを知ります。本気で空爆するかはさておき、それが彼らの足を縛る。極東から攻めてくるならばモスクワを攻撃すると、そう言える機体が欲しいわけです。キ47では力不足だ。7000kmの航続距離はモスクワまでの距離を考慮しています。アペニンとの防共協定を活用できれば、ローマからモスクワまで往復できる力がある」
「正真正銘の戦略爆撃機か……」
「そうです。ヤクチアは高空性能において後手を踏んでいます。だからこそ、彼らが迎撃体制を構築する前の段階において、ウラジミールのために空中から大量の恋文を投下してやりたいぐらいです」
「今すぐ検討しよう! 統合参謀本部の会議で提案だ。丁度明後日にある! 深山を生まれ変わらせるぞ」
不思議だ。
深山という名前にそんなにこだわる必要性などあるか?
長島が拘ってたのは工場名にすらした呑龍ではないのか。
まあ陸軍機では呑龍と呼ばせたいと言い出すかもしれんが、百式重爆が流れた以上、新たな爆撃機はこうしたい。
高速戦略爆撃機だ。
B-17なんて目じゃない。