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第52話:航空技術者は大型機の開発についに関わる

「全幅42m前後……か。大きいな」

「積載重量は開発中の深山よりも圧倒的に上ですがね……速度を犠牲にしてますが」

「最高速度は自力飛行250km、牽引時300km前後。使用限界高度は5000m未満か」

「エンジンは十二試艦戦のために大量生産されていたハ25を4または6基使います」

「信濃。これでどうやってコストを下げる? 半木造とのことだが、木造は我が皇国だと問題があると言っておったではないか」

「確かに、王立国家が開発中のモスキートは皇国周辺では使い勝手が悪い。湿気が多すぎます。ですが、これはNUPからもたらされた新素材を使いますので」

「新素材?」

「メタライトです」


 メタライト。

 本来の未来において終戦後に俺が知った非常に優秀な木材を利用した特殊部材だ。


 仕組みとしては、バルサ板の間に樹脂とセラミックを挟みこみ、その上にアルミ板を貼り付けるというもの。


 しかもこのバルサ板はハニカム構造である。


 構造上、曲線なども簡単に作れるので形状を整えるのが容易。

 それでいて湿気に強く、海軍機に採用しようとNUPが画策していた。


 なによりもこいつは一般的な航空機の外皮と比較して非常に頑丈で、軽量化とコストダウンを目的に作ったNUPの変態機……


 いわゆるフライングパンケーキに採用された際、あまりに頑丈すぎて解体すら困難だったというので、"もはやジェット機にも使えるのでは?"――などと考えられ、F6Uにも採用されたという経緯がある。


 そんなこんなで生まれ、皇暦2604年に初飛行したこいつは全金属製のF9Fに負けた。

 だがこの素材のせいじゃない。

 双尾翼なんぞ採用したからだ。


 設計者の空力の理解度の低さが、重量面においてF9Fより優れていたにも関わらずメタライトの評価を下げた。


 他にもとある火器ミサイルに対する防御力の問題など理由はなくもなかったものの……


 直接の原因はF9Fに負けたことが不採用となった最大の理由となっている。


 俺は戦後、この素材をNUPの技術者から聞きつけ、30年後に手に入れて構造部材の強度を試してみたことがある。


 木材を腐らせる湿気を樹脂で囲うことで防ぎつつ、セラミックプレートとアルミ板の複合素材というのは、後の未来世界の複合装甲などにも通じる思想。


 防弾性すらあったというが、翼にも使えるほどに優秀な素材。


 しかもこいつは構造部材とほぼ同じ働きをするため、もはやセミモノコックとは言えないほど骨組みを減らせるのだ。


 翼なんか主桁とメタライトだけで構成されていたようなものだぞ。

 その他の構造部材は不要なんだ。


 おかげで同時期のジェット戦闘機よりもF6Uは900kgも軽かった。

 F6Uの性能が平凡だったのは尾翼や、なによりも胴体設計がよろしくなかったせいだ。


 この頃のジェット機は胴体設計がエンジン性能を左右させた。


 F-8クルセイダーが明らかに一見すると他の戦闘機より性能が低そうなのに、非常に高性能だったりなど……


 ちょっとした部分における流体力学への理解不足から、大幅に性能を落としていたのである。


 俺はメタライトを皇国製の戦闘機に採用することで、更なるコストダウンを行いたい。

 皇国は決して資源に恵まれていない。


 メタライトはその後も研究が継続されたが、すぐさま訪れた超音速機の時代になると外板が気流の流れによる摩擦熱で高熱化することから使えなくなり、極めて優秀な素材でありながら時代の闇に消えていった。


 俺はNUPの技術者の言葉が忘れられない。


 "俺たちがもっと早くに気づいていればNUPの戦闘機をもっと高性能にさせられたかもしれない……それだけじゃない。皇国にこれが知られていたら手がつけられなかったかもな"


 ――その技術者には悪いが、皇国が生き残るために俺は手段を選ばない。

 ありがたく使わせてもらう。


 ただ、これまでこいつを採用できなかった理由があった。


 樹脂、セラミックプレート、そしてアルミ板を接合するための接着剤は、NUPですら王立国家からの輸入に頼っていたのである。


 先日、輸送機が大量の接着剤を満載して到着したが、これによってメタライトが作れるようになった。


 メタライトは公開技術で、皇国も再現を試みようとしたのだが……従来までは整形するために必要な接着剤がないので作れなかった実情があったものの……


 王立国家の接着剤を用いてとりあえず1枚こさえてみたら割とあっさりとNUPと同性能のものを作れた。


 これは、やつらが公開技術としていたのも"諸外国には接着剤がない"というのを知っていたからあえてやっていたということに他ならない。


 そんなに難しい技術ではないんだ。


 セラミック関係の技術は我が国もそれなりに発達しているので、素材の組成表通りに有田の職人に作らせたら普通に作れた。


 今後は有田などを中心とした、焼き物職人の副業としてセラミックプレートをこさえてもらう。


「――なるほどな。最近技研の技師達がなにやら騒いでいたのは、このメタライトの開発に成功していたからなのか」

「メタライトは皇国でも2595年から開発をしてましたが、これまではまともに接着できず上手く行かなかったのですよ。圧着してもすぐ剥がれてしまうのでは意味が無い。NUPから現物を取り寄せてもいましたが、それと遜色ない強度と耐久性を誇る物が作れました。滑空機に採用する上では最適の素材です。製造コストも大幅に下がりますよ」

「よし。ならば信濃。滑空機は2機種作ってくれ。1つは大型機、もう1つは兵員輸送用の完全な中型滑空機だ。この構造では戦車と人は同時に運べまい?」


 確かに西条の言うとおりだ。


 大型滑空機は戦車を運ぶ場合は戦車のみ、人を運ぶ場合は人のみ。

 両方を同時にということは出来ない。


 しかし西条は人も運びたいのか。


「滑空歩兵隊を組織されるのですか?」

「お前のレポートを見て私は去年から落下傘部隊を組織して訓練中であるが、彼らの装備をどんなに豪華にしたところで、短機関銃と小銃をそれぞれ1挺ずつしか持たせられん。機関砲、山砲、対戦車砲といったものを迅速に前線に運びたいのだ。しかし必ずしもその空域が制空権が取れているとは言いがたい。おまけに着陸場所も選べん。キ57は非常に優秀な着陸性能があるそうだが……キ57を前線の荒野に着陸させるつもりか? ならば使い捨て覚悟で滑空機を使い、翼などを折りたたんだ上で車両で牽引して持ち帰るほうが有効策だと考えている」


 ……確かに。


 車両関連は空中投下するという方法もあるが、それだって制空権が取れていなければ不可能だ。


 必ずしも制空権が取れないならば使い捨て目的で兵員を投入したいわけか。


 ヘタに発動機を背負うと重くなるから、そっちは人と野砲を運ぶ……兵員20名~30名前後で、積載重量は5t程度のキ57と似たような性能があればいいわけか。


 うーむ。

 一応一言添えてはおくか。


「首相。私もその意見に前向きではありますが、野砲、対戦車砲については空中投下という手もあります」

「何?」

「例えばキ57は高度1万mまで飛行可能ですが、その状態でも空中で後部ハッチを開いて物を落とす事が可能です。この機体は未来に存在する航空機をわりかし模倣した機体で、こいつは輸送機でありながら長距離爆撃をしていたという、すさまじい戦果を残すことになります」

「輸送機から爆弾を落としたのか?」

「原案となる輸送機体の場合、飛行中にハッチが開けました。後部ハッチから5t分の爆弾を滑車をつけて落としたそうです。同じことが出来るキ57は250kg爆弾なら15ほど積載できます。元来は前線基地に輸送すべきソレを爆撃に使い、小型艦を撃沈したのが原案の輸送機ですが……同じことが可能です」

「なんと……」


 嘘みたいだが事実だ。

 しかも沈んだのはNUPの情報収集艦だ。


「そしてこの機体の最大の特色は榴弾砲などの類を空中投下していた事にあります。酸素マスクを装着した工兵が、パレットに積載した野砲をけり落として空中投下させていました」

「落下傘で減速させたのか」

「はい。練度を高めねばなりませんが可能です」


 その話を聞いた西条はなぜか椅子の背にもたれかかる。


「つまり我々は現状で最大6トンの積載を誇る爆撃機を保有するわけか」

「命中率は格段に低いですよ。おまけに連続投下もできませんし」

「だとしても余計に重爆の設計に困るな。お、そうだ。すっかり忘れていた。今日お前がここに来たら是非伝えてくれと長島大臣から頼まれていたことがあったのだ」

「なんでしょう?」

「深山についてどうにかしたいそうだが、ようやく海軍の許可を取れたそうだ。キ57と開発中のカタパルト、それとよくわからんが潜水艦が決め手になったそうだ。今後は海軍の仕事も舞い込むようになるぞ」

「覚悟は出来ております」

「野砲をキ57から空挺降下させるという話には興味がある。落下傘の設計についてはお前に任せるぞ」

「はっ!」

「ただ、人員輸送用滑空機も作れ。キ57は絶対ではない。航空機は使い捨てに出来んからな。中型滑空機はいくらでも使い捨てできるように設計してくれ」

「承知致しました」


 敬礼をした後は即座に退出。


 そのまま鉄道省へと向かう。

 これから忙しくなるな。


 キ78、新鋭潜水艦、油圧式カタパルト、キ51、キ57。

 そこに深山、大型、中型滑空機ときたか。


 西条は去り際に"手が空いている航空製造メーカーに滑空機は作らせろ"――と言ってきたが、立川にある立川製造という下請けメーカーすら今はキ43の量産を手伝っている。


 手があいている航空機メーカーは少ないだろうな。


 双方ともにメタライトを使おう。

 アレは結局接着剤が手に入らねば真似できん。


 鹵獲したところで製造は出来ん。

 敵に鹵獲されても問題はない。


 ただ、滑空機として必要な頑強さは手に入る。

 鹵獲されそうなら運用上破壊させておけばいいな。


 こちらは修理できるが、あちらは修理できないというのが重要なファクターとなる。


 ◇


「失礼します」

「おお、信濃くん! 来てくれたか! ようやく許可が下りた。それではすぐに太田に行こうか」


 挨拶の時間も勿体無いとばかりに長島大臣はこちらを急かす。

 汽車の時間が迫っているというのだ。


 向かう先は長島飛行機生誕の地とも言える群馬県は太田市。


 長島飛行機が戦時中に航空機を製造するのは、この太田製作所と小泉製作所の2箇所を中心に、疾風を量産するためだけにこさえた宇都宮製作所と、彩雲などの単発機のための半田製作所が後年になって相次いで建設される。


 この太田製作所は皇暦2598年に陸軍主導による大拡張計画によって新工場と旧工場に分かれるわけだが、新工場は大型機も組み立て可能な製作所であった。


 これに触発された海軍が、海軍機は海軍機で別の場所で量産したいと訴え、皇暦2600年から稼動させたのが小泉製作所。


 場所は群馬県の東の端の方だ。


 だがそれだと海軍本部から距離が離れているというので、後に愛知県の半田に新たに工場を設けたのである。


 DC-4Eは海軍機ではあったが、深山の開発や製作はこの時点では太田で行われている。


 そして記録ではそのまま太田からすぐ近くの巨大飛行場である、太田飛行場から飛んだとされる。


 途中で小泉製作所に部品が移されて組み立てられたという話もあるが、この太田飛行場は小泉製作所と太田製作所の中間地点にあり、両者からはここに翼を広げたまま大型機を輸送する専用舗装道路を設け、大型機を平然と道路の上を滑走させて太田飛行場まで持ち運んだ。


 そのため、どちらで作られようが試験飛行に利用した滑走路は同一であり、映像が残っている連山の試験飛行などもこの太田飛行場によるものだとされる。


 浅草から東武鉄道に乗り換え、ひたすら汽車に揺られる。

 その間、長島大臣と今後について打ち合わせをした。


「Model 307?」

「DC-4Eよりかはよほど完成度が高いんですが、こいつもちょっとした失敗作でしてね……DC-4よりよほど手に入りやすそうなんですよ」

「失敗作を買うというのかい?」

「性能は文句なしです。旅客機として失敗した理由は性能ではありません。成金しか乗れないような豪華装備を施したことで、ただでさえ現用の航空機のチケット料は高いのに、それよりもさらに高まったせいで旅客用として扱いづらかったのです」


 まあそれ以外にも理由はあるのだが。

 "B-17を流用した"というイメージが良くなかったとかな。


「噂のDC-4を買いなおすより価値がある何かを持っているのかね」

「キャビンが全面与圧なんですよ。西条首相を通して購入を打診しているのですが、なにぶん旅客機なのでB-17を購入するよりよほど楽で、後はあちらがサインをするだけという所まできています。優秀な航空機なのにセールスが不調で先方も売却したがってますしね」

「ふむ」


 Model 307については、西条を説得して購入を打診していた。


 当然NUPは警戒すると思っていたのだが……


 このB-17からパーツを4割以上も流用した機体について、先方側が積極的にセールスしたいと意気込み、3機同時購入を条件に皇国に売りつけていた。


 皇国は1機を予備機とすることを条件に旅客機として採用する傍ら、後の時代でいうファーストクラスの設備を取り払って座席数を増やしたものを所望し、70席の座席数に増やしたシンプルな307を3機購入したいと伝えると……



 当初こそ通常仕様で売りたがったメーカーは、周囲の民間の航空運行会社からも同様の希望を受けたため、307の70席化を施した機体を307-70として皇国に販売することを決定。


 NUPの審査も通過し、あとは先方がサインをするだけという所にまで来ていた。


 NUP自体はヤクチアとの関係があるのと、中立法の観点から、民間を通してのB-17といった一連の最新装備については基本売却しない方針としており、M1921などのすでに渡ってしまった分野のみ不問としていた。


 なんだかんだで本来の未来よりすこしばかり資金に余裕がある皇国は、B-17といった大型4発機をほしがり、これを長島、山崎、川東などに分配し、大型戦略爆撃機をこさえようとしたのだが……


 こちらは頓挫した。


 購入できなかった理由は価格ではなかったということだけは聞いているが、様々な理由を述べてはいたとはされるものの、結論から言えば皇国に渡すと外交問題となりかねないことを懸念したのだと思われる。


 現時点での最高性能爆撃機はある地点から往復すれば普通にヤクチアの都市部を爆撃可能だからな……


 それを知らぬウラジミールなどではあるまいし、NUPの大統領だって知らぬわけがない。


 しかしB-17と共用パーツが非常に多く、それでいて与圧室という後のB-29に使われた技術がそのまま搭載され、未来の旅客機の雛形ともされた307については"旅客機だから仕方ないよね!"――とばかりに許可したのである。


 手に入れてもまともな改造なんて出来るものかとタカを括っているのだろう。


 おまけに当のNUPはどうもこいつをDC-4Eと同じ存在だと思ってるようだが、こいつはとてもシンプルなとても優れた旅客機なんだよなあ。


 多少の不具合はあったが、手に入るのはその改良版だ。


「――DC-4Eを捨ててB-17の部材を大幅に流用した307を参考に深山を作り直してみません? 深山の設計を1から全部見直すことも出来ますけど、快適空間を目指した旅客機の技術はいろいろ役に立つんですよ。深山は今どれほど完成してます?」

「設計は終わっているのだが、ハ43を搭載しても尚重量過多が激しい。ただ、出来れば深山は形にしておきたいのだ。今からすべてをやり直すとすると、皇暦2603年以降となってしまう」


 まあ深山がまともに飛ぶのは3年後なんだが、長島大臣は307を利用した4発機よりもDC-4Eをどうにかしたいわけか。


 これは俺の予想だが、海軍は十二試艦戦で大幅な生産性の向上を果たしたことで、俺が深山に対してもそれが出来ると考えているのだろう。


 出来るっちゃ出来るが、それなら一からやり直したほうがよほど早いんだよなぁ。


 整備用と称して307の設計図を先に送ってもらって、それを参考に一からやり直せば、早ければ皇暦2602年には完成してしまう。


 しかもそいつはB-17と同じように高空を飛べるように出来る。


 ……まあでも、現物を見てからでも遅くないか。


 長島の技術者の話では、深山もかなりがんばったと聞いている。


 ハ43を搭載した以外でどうにか出来そうなら、やってみる価値はあるかな。

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