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番外編3:ある上級将校の悩み

 その日は生きた心地がしなかった。


 いつもであれば、ただ酒を飲み、一心不乱に酔いつぶれ、ただただ狂乱に満ちた会場に合わせて狂気と混沌に自らを落とし込めばよい。


 しかしその日だけは違っていた。

 元帥はその日、将校一人一人に問いかけを行う。


 その問いかけは真に不気味で答えが出せぬものであった。


「同志諸君。今日君たちに聞きたいことは1つだ。この世に魔法や魔術と呼ばれる類が存在すると思うか?」


 突然始まった狂言回しには皆一様に黙り込む。

 どう答えればいいというのだろう。


 ただ踊り狂えばいいだけの場は、その瞬間にて死のロシアンルーレット会場と成り果てた。


「同志スターリン。どのような魔術なのでしょうか」


 勇気ある将校は1歩前に出て問いかけるが、今日の元帥の顔色が優れている事に気づかないのか。

 元帥は今シラフだ。


 迂闊な発言は身を滅ぼすぞ。


「どうも東亜三国には先の先が見えている者がいる気がするのだ。蒙古での揺さぶりに対し、奴らは一斉に我がコミンテルンの情報網を一掃した。まるで瞬間的に気づいたかのような反応だ。我が皇国の同志はそれまで一切の隙を見せていなかったのに、何故だ」

「ど、同志スターリン。もしや身内にスパイがいるとおっしゃるのですか!?」

「私も最初はそれを疑った。だが檻に入れられた者達が伝書鳩でも使わぬ限り、絶対に漏れ出さないような情報が漏れ出している。鳩など確認できないという話だがな。反逆者シェレンコフだけではどうにもならぬはずなのに、皇国も統一民国や集とやらも雲を割る稲妻のごとく反応を示すのだ」



 ああ…これは……我々の命も残り数分といったところだろう。


 どうすればこの状況を打破できるのかわからん。

 疑心暗鬼に陥った元帥殿がやることは1つ。


 シベリアに死出の旅へと向かうか、この場で射殺されるか。


 この場にいる将校は10人。

 予備の弾倉がないなら2人しか生き残れん。


 元帥は射撃も一流。

 万が一外したとしても1発程度。

 残りの人間がそのまま家に帰れるとも思えん。


「それだけではないのだよ諸君。東の島の国にいた同志は手紙を送ってきたが、ここには1つの国と3つの国が円卓を囲んで話し合ったとある。しかし、しかしだ。円卓を囲んで明るい未来を語り合ったとあるのだが、どうして今の状況でそれが出来ようか」

「と、いいますと……」

「彼らは怯えるしかないはずだ。我々とNUPとの協定の内容を知っていたとしても、彼らの勝ち目は薄い。まずはユーグ、次に東亜。第三帝国との関係を揺ぎ無いものとすれば達成可能な程度の話でしかない。それを知らなんだはずがない。円卓の騎士はな」


 右手に持つ紙の束はなんらかの報告書とみられる。


 先日の狂乱の場でワインを片手ににこやかに語っていた、元帥曰く"田舎侍と没落騎士の円卓会議"が少し前にあったそうだが……


 ここ数日での東亜周辺での相次ぐスパイ逮捕によって、その円卓会議の場にいた者達への認識を改めたというのだろうか。


「同志スターリン。円卓会議の場において何かあったのでしょうか。我々が知りえぬ所で何らかの力が……」

「力ではない。人だ。おそらくはその背後に国旗も領土もある。円卓会議の場にいたのは3人の田舎侍だけではない。彼らと手を組むことで、話題が明るくなるような者がいたとしか思えん」

「それは一体どのような?」


 私もよほど命が惜しくないのか、それともこの狂気の空間に慣れてきたのか。


 もしくは地獄から早く抜け出したいのか。

 小さな勇気でもって無謀ともいえる形で疑問を元帥に投げかけたものだ。


 こちらの問いかけにしばし元帥は黙り込む。


 しばらくするとワイン蔵へと向かい、4本の瓶をこさえてきた。

 テーブルに置いた元帥はゆっくりと椅子に座り込んだ。


「円卓会議の場にはこの4本のどれか、もしくはすべてが並んでいた。彼らはそれを飲み交わしたか、持ち込んだ人物が振舞ったか。ともかく、3つではない。円卓のテーブルを介して、4つ以上が会議に参加したということだ」


 並べられた瓶に目を向ける。


 1つは元帥も好んでいる共和国のワイン。

 もう1つはアペニンのワイン。


 残り2つは王国と、NUPか。


「同志スターリン。総統よりいただいたワインはテーブルの上には置かぬのですか」

「この場において総統と没落騎士が仲良くワルツを踊ると思うかね。あまり投げやりな返答をしてくれるなよ。諸君。今日の私は1滴たりともワインを飲んでいない……この意味がおわかりか?」

「も、もうしわけございません」


 馬鹿な奴め。

 お前のミスは私のミスにもなるのだぞ。

 迂闊な発言を……ええいもう。


「NUPはありませんな」

「なぜそう思う? 皇国は裏でNUPと繋がっているとの話だが」

「NUPは華僑での対応を巡って我らと共同歩調をとり、皇国や統一民国とは表向き積極的な関係を構築せずにいる。協定を無視しての行動はされていないとの情報が我々の下にも入ってきております」

「それだけか?」

「手紙の内容については察せませんが、先日元帥殿が話された内容が事実であれば彼らはNUPという銀行に総出でつめかけて金を借りようとしたとのことではないですか。なれば、その場にいたというならば、その場で願い出るべき所では」

「ふむ。君もそう思うか。私はこの銘柄が円卓会議の場においてあったと思うのだが、諸君らの意見を伺おうか」


 そっと瓶を掴み、ストンと一番手前にもっていったのは……アペニンのワインである。


「ムッソリーニがその場にいたと?」

「いたというわけではない。いなくともいいのだ。考えてみたまえよ。王立国家と東亜が手を結んだとて、どうやって総統閣下を止められるというのだ。そればかりか、我々の動きに釘をさせるような関係性ともならない。円卓会議の場はそこまで明るい内容とはならないはずだ。しかし、しかしだ。すでにローマの剣闘士達と裏で肩を組んでいたとなれば、話は変わってくるというもの。共和国と王立国家によってスエズを通れたとて、ジブラルタルまで軍艦を通過させられるわけではない。オリンポスから手を借りて陸を進むか? それではせっかくの皇国の艦隊も無用の長物と成り果てる。……だがしかし、そこにローマの使いの者がいたとすれば話は別だ。フランクス・フランシスコと話をつけ、ジブラルタル通過を認めさせられるのは、現状において2名しかおらん。その1名を騎士達の場に引き入れて見ろ……地図の色が変わる。西に向かう総統に対し、東と南と北から挟撃できる事になる。帝国が得意とする包囲殲滅陣をやり返される構図だ。これまでグレーだった地中海は白く染まり、黒海すら白化させられる」

「同志スターリン。考えすぎでは。あの場にどうやってアペニンの者達が交わるというのです。表向き、未だに対立を続けているように思えるのですが」


 冷静な将校は、改まって落ち着かせようと言葉を投げかけるが、なぜ彼の意見を否定しようとする。


 それは大変に危険なことなのに。


「だから、魔術の類があったのではないのかと言っているのだ。何かこう、超常的な力があったのではないか」


 本気でそのようなことをお考えだというなら、元帥も頭がおかしくなられてしまったのではないか。


 確かに、アペニンが手を結ぶと黒海まで資本主義の勢力が手を伸ばせる。

 それは事実。


 しかしそれは最悪のケースであるし、いくらなんでもとっぴ過ぎる話だ。


「諸君。恥ずかしながらだが私の身の上を話そう。最近妙な夢を見る。皇国の全領域を占領して高らかに演説を行い、その最中に視線の先に掲げられた皇国の国旗が燃え盛ると、敵愾心に満ちた声で誰かが演説中の私に向かってこう叫ぶのだ。"皇国を救うため、人生をやり直してでも貴様を殺す"――とな」


 突然何をおっしゃっているのだ我が元帥は。


「皇国の強さはどんな苦境でも立ち上がろうとすることだ。例えば集やサハリンを皇国から開放したとして、皇国にも大打撃を与えたとしよう。諸君らはきっと、皇国はもう二度と島から出てくることが無いと言うはずだ。確かに、ある期間はそうであろう。しかし永遠ではない。負かされても、あの民族は必ず立ち上がって来る。ではもし、完膚なきまで叩きのめし、二度と立ち上がれなくなったとしたら? その時やつらはどうなるか……きっとそれは未来から過去へ……立ち上がるために戻ることすら可能として……実行するのではないかと思う」

「同志スターリン。さすがに冗談が過ぎます。相対性理論の発表から、先の先の未来へは行けても、過去にはいけないという話。世には物理学でもってこの世が常に同じような歴史を何度も巡っていると唱える者もいますが、それが事実だとして未来に飛んだことで過去の世界に戻ったというならば話はわかりますが、そのような話も狂言に過ぎません!」


 ある将校の勇気ある言葉に、元帥は屋敷内の床が震えるほどに笑い出す。


 そして突如として笑うのをやめた。


「だが、そういうようなまやかしの類でもなければ、現在の状況は起きないと言っているのだ。例えばある日突然アペニンが王立国家や共和国、そして東亜三国との同盟を結んでいると宣言し、我々が第三帝国に加担して東に向かうのであれば、黒海に皇国と王立国家の艦隊を派遣して、我々のアキレス腱たる油田を奪うぞと連合国が脅してくるとしよう。ローマの剣闘士が円卓会議の場に混ざればそれが現実となる。そんな状況をつくりうるためには、華僑の事変において早急な解決をすることが必要だった。王立国家が東亜三国と手を結ぶという第一条件に必要だからな。コミンテルンの同志は華僑の事変の長期化に努めていたし、彼らは私に対して長期化は免れないと言い続けた。だが……まるでそれを見越したように先手を打ち続け、あの地域に平穏をもたらしてしまった……たったの1年しか続かなかったのだぞ。もはやあそこを奪うのは容易ではない。協定の影響でユーグから先に責めねばならず、集にある、例の油田はその後でなければならないとNUPと約束したわけだが、それすら知っている超越者が東亜にいるのだとしか思えん。なぜああまで蒋懐石は変わってしまったのだ。あの優れた戦術家が第一次世界大戦のような連合国を形成した方が得策と考え、NUPまでも漁夫の利を得ようとしたら、我々は孤立する。第三帝国と手を結ぼうとしている今において、なぜそれを見越したような障壁が目の前に出来上がらねばならない!」


 演説によって喉が渇いたのか、我慢ならんとばかりに元帥はコルクを引き抜き、アペニンのワインを腹の中に収める。


 飲まねばやってられんとばかりに勢いよく。


「競技大会や万博を理由に第三帝国の動きに歯止めをかけようなど、こうも立ち回るなど東亜三国にできようはずがなかった。奴らは外交など知らぬはずだ。情報などまるでない中で迷走し、NUPと華僑と王立国家を相手に皇国は滅びの道を辿り、華僑もまた疲弊した状況で平定させるのは容易。後は蒋懐石を持ち上げながら、我々の同志とさせる。卯はそれで用済み。それが出来すぎたストーリーだというか? 出来すぎているのは今の東亜三国だろうが!」


 激しく響くガラスが割れる音。

 NUPのワイン以外、すべての瓶を床に叩き付けた元帥の姿があった。


「諸君。もう一度聞こう。この世に魔術はあるか? あると思うか?」


 誰も答えられず困惑する。

 すでに3名ほどは生きることを諦め、目を瞑って歯を食いしばっていた。


 私は生きたいがためにもがく。


 己の脳髄を活性化させ、答えを探り、そして少しばかりの勇気でもって口を開いた。


「元帥の想像力はすべてにおいてこの世を超越します。元帥があるというならばあるのです」

「いい答えだ。気に入った。貴様をシベリア送りにするのは最後にしてやろう」


 その言葉を最後にすぐさま私だけ帰ることが許された。


 他の9名の姿を見たのはその日が最後だった。


 屋敷から出て兵舎に戻るまでの間、一人だけ帰ることを許された私は震えながら戻り、冷たいベッドに横になってまた明日を生きる事が許されたのだと、静かに目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
死刑囚の様な日々。 哀れな。
[良い点] このシリーズは好きなので、また続きを書いて頂けると嬉しいです。 とはいえ、彼(上級将校殿)がまだ生き残っているのかどうかが・・・ [一言] 皇軍の活躍が、ほぼ第三者的なものからの描写となっ…
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