第46話:航空技術者は完成した実験機を披露する
「なるほどなるほど。確かにこの性能でしたら、油圧シリンダーの調整で航空機はかなりの射出速度で打ち出せますな」
「でしょう? 出来れば簡単な試験モデルを来月までにこさえたいんですよ。立川飛行場の一画はそのために整備しておきました。丁度キ43の4号機がロールアウトするのですが……それを小規模改造してしまいましょう。30mで離陸できるところを統合参謀本部の方々に見てもらいます。一応、可能な限り大量のアキュムレーターを今は確保する予定で第二段も運んでる最中です」
「倉庫一杯あったのにまだ輸入するんですか?」
「ええ。当面の間は量産できないわけですからね」
「修理用と考えても予備が大量に必要なわけですか……そうですね」
正直言って、現在集まった芝浦製作所と茅場のメンバーで再来月には試験モデルが組めるほど油圧カタパルト自体の仕組みは難しくない。
試験モデルであれば……だ。
実用化する場合は、油圧計測器とか、その他諸々運用と整備を簡便なものとしなければならないが……
今ここに集まったメンバーはとりあえず形だけ作れば、適切な圧力でもって運用して飛ばせる。
それだけ彼らが優れてるといえ……つまりはアキュムレーターが入手できなかったことが油圧式カタパルトが実現化しない最大の障壁だったのだ。
油圧シリンダーはかなり大型だが、皇暦2599年の現在は艦船用の作業用クレーンが油圧式。
駄目だとしても大型の蒸気シリンダーを応用すればいい。
茅場なら作れる。
さっそく作り、試験機をこさえるのだ!
◇
皇暦2599年4月28日。
第三帝国が不可侵条約を破棄。
いよいよ世界が新たな戦乱へと赴くことが確定的となったその日。
立川に新たに整備された区画である、新たに整備した短距離離陸試験用滑走路に集められた海軍将校と西条ら陸軍将校の目の前には、キ43の試製4号機が鎮座されている。
4号機のパイロットは篠原尾道准尉。
キ43の4号機における射出試験に、情熱の篭った手紙を出してまで嘆願した男。
後の皇国陸軍のエースパイロット候補である。
九七式戦で常日頃訓練を行っていた彼は、周囲から"キ43はすごいぞ"といわれ、かねてより1度乗りたかったらしい。
技研による短距離離陸試験の募集の話を聞きつけた彼は、駐留しているハルビンからわざわざ手紙を出してきた。
俺は西条に"彼はとても才能あるパイロットなので"――と伝え、飛行試験を含めた短期間の間、立川に呼び寄せ、キ43に搭乗してもらうことにした。
このキ43には彼に敬意を表し、彼の部隊マークの稲妻が描かれているのだが……
篠原准尉は"今すぐハルビンに持ち帰りたい"と言うほどの性能である。
何しろこいつは12.7mm×4でありながら、最高速度は631kmに到達する化け物。
現時点で勝てる航空機は早々いない。
あの一郎をして「重戦闘機で良いのでは?」――などと言うほどであり、ハ43搭載見込みが強まった新たな隼においては、この4号機か、ハ43を搭載し直した1号機が濃厚となっている。
当初はハ33で十分かと思われたが、十二試艦戦こと零との一騎打ちでの性能差で驚くほどの差がつけられず、おまけにその零がハ43搭載で高性能化することから、ハ43搭載へと改められた。
これもハ43がハ33譲りの性能を示したためであるが、せっかくのハ33はそれなりの数を量産していたため、今後の用途については協議中。
今四菱は必死でハ43の量産に勤めているが、ハ43はハ33と同様、量産もそれなりにしやすいものであるようだ。
まあ構造的な無茶が全くないからなハ43も。
結局2号機は高性能なれど攻撃命中率の観点から見送りとなった。
現在は1号機と同じ仕様となり、海軍に預けられたままである。
海軍では、大急ぎで組み立て中の十二試艦戦の4号試作機こと、俺のプランによる新たな零が組みあがる間において3機の先行試作機を用い、キ43の2号機とキ47の1号機をアグレッサー機として対決させているものの……
一撃離脱を行われるとまるで勝てず、本来の未来で痛感する零の弱点に海軍は早い段階から気づくことが出来た。
四菱はヒィヒィ言いながら必死で4号機を作っている模様だ。
3号機は後の改修プランの試験機という形で立川にて試験が続行。
同じくハ43を搭載し、機首砲を新たに搭載。
12.7mm×6としたが、現用だとハ33の頃のキ43と似たような性能となる。
やはり12.7mm×6を運用するにはエンジンパワーが若干足りない。
4号機はキ51と十二試艦戦の実証実験用モックアップにて特に不具合もなかった強制空冷ファンを導入することで、可能な限りエンジンカウルの形状を空力的に整えるよう若干設計変更している。
このことで機関砲による抵抗増加を極限にまで押さえ込み、2号機が635kmである所、-4kmで抑えることに成功。
重量増加を加味すれば、かなりがんばった方であるが……
特に強制空冷ファンを導入していない1号機が627kmであるので、エンジンカウルの構造見直しで速力減退を大きく緩和していた。
ただ、4号機方式の強制空冷方式にて翼面の機銃を減らした1号機を作れば恐らく640km台には乗るため……
西条は最終的な結論に関しては改修も容易であるので、一旦エンジンを強制空冷の4号機方式で機首砲のみとしながら量産しつつ、いつでも翼面への搭載が可能なよう、あらかじめ準備工事しておくことにした上で量産化を決定した。
正式決定名はラインなどの整備に時間がかかることから、量産開始が皇暦2600年2月へとズレ込むため百式戦となる見込み。
本来なら九九式でもいいはずだが……
西条は皇国の未来を担う翼を百とする事に拘り、他にも同年に様々な新鋭機が出揃うため、百式シリーズと呼称して陸軍の士気高揚に利用している。
100って俺からするとセンチュリーシリーズが思い浮かんで嫌な予感しかしないんだが……ここは皇国だから関係ないか。
まあ零に対して陸軍的に名づけるなら百の方が格好いいとは思う。
同時に量産化が進むキ47も2600年1月から順次完成していくため、こちらも百式双発攻撃機となる予定。
百式司令部偵察機こと"百式偵"などと共に、"百式攻"などと呼ばれている。
すでに百式戦と呼ばれ始めたキ43はこの日、ブライドルを装備できる状態に改修され、アイドリング状態で待機している。
「海軍の皆様。本日は遠く横須賀からおこしいただき大変感謝致します。今回は統合参謀本部主催による短距離離陸装置の実証試験となりますが……これはいわゆる"カタパルト"というものです」
「あー、信濃くん。今カタパルトと言ったか?」
「はい」
「なぜ陸軍がカタパルトを?」
「アキュムレーターと呼ばれる油圧装置さえあれば、30mほどの滑走距離で飛行可能で、本来は滑走路と出来ない地域に飛行場を設けることが可能だからであります」
「うむ。我々も短距離離陸についてはキ57で用いたいのでな。ロケットによる離陸とどちらが優れているのか検討するために信濃に作らせた。ほら、キ57は傷痍軍人を運ぶケースもあるわけだから、なるべく離着陸場所は選びたくないだろう? よって急造型の滑走路が作れるというのは大きな戦術的優位性をもつ。このシステムをトラックで運べるように移動式にできないかと技研で研究中なのだ」
最近西条はこの手の誤魔化し方が相当上達してきているといえる。
打ち合わせもなく、よくもまあそんな作り話を即興で作れるものだ。
ただ、その目は本気でそういうことを考えている目つきである。
たしかに出来なくはないかもしれないが……
「そういうことなのですか。陸軍もなんだかんだいろいろと挑戦されておりますなあ」
宮本はうんうんと頷いているが、殆どの海軍将校は黙ったままである。
ただし、陸軍将校達はすでに事前に試験を見ていたので、海軍が驚く姿を見たいがためにそわそわしていた。
「では准尉。よろしくお願いいたします」
「はっ! 信濃少佐殿! 行ってまいります!」
キ43に乗り込んだ准尉は出撃準備を開始。
風防を締め切り、体制を整える。
俺は急いで装置の操作盤へと移動。
茅場の技術者などが見守る中、圧力状態などを確認。
試験機は万が一を考え、念のために圧力計などは装着しておいてある。
圧力は正常範囲内。
2個のアキュムレーターを使うため、多少圧力が高ければ圧力弁を開いてオイルを逃がせばいい。
そういうことも出来るようきちんと整えた構造としている。
まだ試作品の域は出ないが、形にはなっていた。
「それは皆様、最大8tを140km近くの速度でもって飛ばすカタパルトです! 技研の技術をご観賞あれ!」
甲高い金属音がしたかと思うと、風を切る音と共にキ43は加速。
その加速は初速はゆるやかに、そして次第に高速化していき、キ43の3号機はわずか40mしかない滑走路のうち、30mの滑走距離でもって見事に離陸。
空へと駆け上がっていった。
立川の空を、九七式戦に代わる、新たな陸軍の翼が舞う。
准尉の操縦は陸軍最強クラスのエースと言われるだけあって、落ち着いた、とても優雅な飛行であった。
彼は本来の一式戦でエースとなるが、どうか新たな百式戦で長生きしてほしいものだ……
「素晴らしい! これがカタパルトというものか! 信濃君、これは海軍にも譲っていただけるのか!?」
拍手喝采で喜んだのは宮本司令ではなく井下軍令部総長。
彼はカタパルト実用化に最後までかけていて、空母加賀の試験にも関わったとされる。
本来の未来であれば、その当時彼は航空本部長であった所、現在も西条と同様、軍令部総長と航空本部長を兼任している立場にあった。
「井下大将。この機器はもともと統合運用予定のものとして開発中です。よって統合参謀本部により今後の運用を決定していただければと思います。まだ実証実験段階のため、完全実用化まではもう少々煮詰めたいのですが……現時点でこのようにキ43のような機体でしたら飛べます。恐らく九七艦攻なども計算上は飛ばせるはずですが、もう少々形作らせてください」
「そうか……ならば本日中にでも会議を行うとしようか」
「いや信濃。構わん。この場で決定としよう。今ここにいるのは統合参謀本部の中軸なのだからな」
「はっ!」
さすが、西条はこういう判断は素早いな。
この男に助けられている部分は少なくないと自覚させられる。
「しかし信濃君。どうやってこんなものを作れた? 我々もカタパルトの特許は見たが、構造がよくわからなんだ。フライホイールと空気式で代替できないかと考えていたのだが……そのシリンダー……もしや油圧式なのか?」
ピカピカと輝くクロムメッキが施された油圧シリンダーのシャフトを見かけた宮本は、蒸気が出る様子がないことから、それが油圧シリンダーだと即座に見抜く。
こういうものについてはわかるのか。
まあ海軍と油圧シリンダーは関係が深いからそうなのか……
「アキュムレーターと呼ばれる、油による圧力を発生させる機器を使います。詳しい仕組みは資料にまとめたので、ご覧いただければ」
俺は事前に大量に印刷した資料を陸軍と海軍の将校らに手渡していく。
その時、西条がウィンクした姿を間違いなく目にした。
よくやったなという意味なのか、私もいい作り話ができるだろうという意味なのかはわからないが……少しだけ頭を下げて反応はしておく。
「ふむ。やはり流体力学の専門家だけに流体を用いているのか……こんなとっぴな構造、王立国家にしか思いつかんわな。ははははっ」
やや乾いた笑いを示した井下大将は、割と王立国家の暗黒面的な構造に笑うしかないといった様子を示す。
確かにそうかもしれない。
流体の法則性を用いる機器とはいえ、他国の技術ではこういったものは考え付かないものなのかもしれない。
とはいえ、国産化は急がねばならないんだ。
ヴッカース社とはライセンス交渉も行っているが、割と前向きな反応を示している。
最悪ヴッカース社は現地法人を作る予定すらあると言ってくれたのはありがたい。
さすがに海軍などを通して関係が深い企業だ。
器がでかい。
「む、ヴッカース製だと? 三笠や金剛の? 意外な企業が作っていたものだ……」
アキュムレーター輸入予定の企業の欄を見ていたある将校は、ヴッカースの企業名に反応を示す。
これを見て彼らが独自に交渉してくれても構わない。
交渉に海軍が参加し、円滑に進むならばそれで構わない。
とにかくアキュムレーターの数が欲しいのだ。
「王立国家との摩擦が緩和された影響で、順次重要部位となるアキュムレーターは到着予定です。第二弾と第三弾がロンドンを出航し、パナマを通ってこちらに来ます。計二隻分の貨物船一杯に積載できる量を調達できました。これが油圧システムの要。ただ、今後はどうなるかわかりませんので、空母での運用は装甲などを施し、せめてアキュムレーターだけは守ってください。現用の空母全てに回す分はあります。倉庫一杯に買いましたから……後は茅場が国産化を目指して努力しておりますが、即座にできるものとは言えませんので……」
「信濃君。航空機で運用するためには改修が必要のようだな? 後ほどメーカーを通して改修方法を教えてくれ。これなら商船改造空母を増産できうる」
「恐縮ながら、これなら例えば戦艦後部に甲板を設けるという方法もあるかと……」
「うむ、確かにな……そちらも前向きに検討してみるか。夢が広がるな!」
宮本を含めた海軍将校は機嫌を良くし、皇国の明日が切り開けると口々に語り合っていた。
実用化するためにはもう少々整備が行えるような整備性の優れた構造とするなどの調整が必要だが……
運用マニュアルなどもすでに作ってあるので、それなりに形となったならば後は海軍のメンバーに引き渡してあっちで何とかしてもらおう。
今のところ特に不具合もない。
俺が思うに、もしや茅場は王立国家より油圧系の機器の製造能力が上なのでは。
現実の油圧システムはNUP現地法人のヴッカース社が改良、これによってより安定的な性能を誇るものとできたが……
NUPこそが真っ先に油圧エルロンやエレベーターをこさえたわけで、同じことができる茅場製作所もまた、それだけの精度を出せているのだと思う。
アキュムレーター以外については、基本構造は割とシンプルだし理論もシンプルだ。
ヘタにクネクネさせない配管構造などを採用したこともあって、油漏れなどもなくきちんと作動している。
その分、全体のシステムはおよそコンパクトと言い難いものの、30m以内に収まればいいわけだし、現在の状態でもやろうと思えばトラック数台で運べる程度。
主要部分のアキュムレーターなど一式はトラック1台に詰め込める。
トラック3台使えば、陸上輸送した8t以内の航空機を、30m~35m前後の滑走路から飛び立たせることができるようになったわけである。
流体力学の基礎を総動員するだけで何とかなった。
後は割とゴテゴテしたシステムをどう空母に搭載するか……だ。
そっちは造船関係の技術者に努力してもらうしかない。