第3話:航空技術者は秘書官になる
翌日、仕事を早めに切り上げた俺は再び参謀本部へ。
ただし、今度は自発的に向かうのではなくあちらから迎えが来た。
課長や局長含め青ざめていたが、悪いことをしたわけではない。
これから皇国を救うために仕事をすることになるだけさ……多分。
名前すらわからぬ将官級の者に帯同され、向かった先は昨日の一室。
参謀本部内に入ると部内では様々な軍人がひしめき、駆け巡っていたのを目にした。
「信濃、ヌシの予言は当たったぞ。海軍の阿呆がやらかしおったわ」
はにかむ姿の彼女がなによりもの結果通知であった。
「して、被害はいかほどに?」
「死者2名、負傷者3名だ。そればかりか、奴らときたら我らが命じて撃沈した事にするつもりのようだ。海軍の内通者が伝えてきおったわ」
「このままだとNUPとの火種を生みかねん。信濃陸軍技術曹長。貴様はどれほどの状況を知っている。正直に話したまえ」
先ほどから隣にいる人間、このメガネ男は誰かと思えば西条中将ではないか。
しばらく顔を合わせなんだから忘れてしまっていた。
千佳様のお目付け役にして後の陸軍参謀総長にして首相。
そして陸軍大臣を兼任せし男。
現在の役職はなんだったか……
というか、華僑にいるのではなかったのか。
この男との縁は切れないな。
何よりも、この者は半年後に失言をして航空本部長になる男。
つまりこちらの直属の上司になる予定の男だ。
最終的に処刑されるのだが……しかし不思議だ。
この者。好戦派であり、NUPや王立国家との対決も辞さない姿勢であったはず。
現時点で千佳様と階級を同じくするだけの者であったはずだが、こんなにも聡明かつ柔軟性のある思考の持ち主であったのか?
まあいい。
立場上、俺の頭の中にある皇国存続計画において彼の存在は大きかった。
今のうちに交流を深める必要性はあるのだ。
事実上、千佳様と西条の二人でもって陸軍を掌握。
海軍を乗っ取って動かねばどうにもならないからな。
現時点で他に適材となる人物はいないと思われる。
「私が知るのは、このまま皇国が華僑事変を解決せぬまま進む未来についてです。これから約4年後に我々はNUPと王立国家双方と戦わねばならなくなります。当然にして勝ち戦などではありません。彼らとは4年ほどは戦えましょうが、その対決の最中にヤクチアが裏切ります」
「ヤクチアが裏切った……とはなんだ。今まさに我々は火花を散らそうという時であるのだぞ」
「ええい、立ったまま話すでないわ! 何のために机と椅子をこしらえたと思っておる。座らんか!」
机に対し、華奢な体格からは想像もできないほどの大きな音を拳でもって打ち鳴らし、西条の非礼に激怒する。
すぐさま西条は腰を丸めて姿勢を低くさせた。
「こ、これは大変失礼を! 信濃! 貴様さっさと着席せぬか!」
いや、貴様が直立したまま話しかけてきたのだろうが……やはり性格は伝え聞くまま……か。
統制派にもかかわらず、この者は皇族には頭が上がらんのは本当だったようだ。
そのまま西条に促されてすぐさま下座に位置する場所に着席すると、千佳様と目線を合わせる状況となった。
「それで、信濃よ、ヤクチアが裏切るとは?」
「そうだ。我も聞きたい。ヤクチアと同盟を結んだというのか?」
「ヤクチアと直接の同盟を結ぶのは第三帝国です。今より約2年後に不可侵条約を結びます」
「なんだと!?」
「ばかな、第三帝国がか」
むう。
言っていいのかどうなのか怖いな。
現在において第三帝国に対しては不審な視線を送りつつも共同歩調路線を模索している。
同盟こそ結んでいないが、すでに防共協定などを結び、三国連携の意思を表明しているほどだ。
NUPと王立国家との関係に亀裂が入ったうえで第三帝国とまで亀裂が入るとこちらはどうにもならない。
果たしてこの情報を千佳様ならまだしも西条に対して述べて問題がなかったのか不安だ。
だが仕方あるまい。
「ええ、共和国とヤクチアが事実上の同盟を結んで2年。彼らは第三帝国と我らが皇国の同時侵攻に打ち震えており、その結果、一時的に歯止めをかけようと同盟を画策します。我々も最終的に相互不可侵条約をヤクチアと結び……その……」
「どうした信濃、答えよ」
「この中にその……NUPや王立国家との参戦を決議する者がおりまして……」
「誰じゃそれは。西条、貴様か!?」
「えっ、わ、私がでありますか!? 信濃貴様! 私は確かに王立国家などのユーグへの参戦を常日頃口にしているが、陸軍の士気向上のためだけのものであるぞ! ふざけているのか!」
額に血管が浮くほどなので相当頭にきているのだろう。
だが、事実は事実。
「断じてふざけてなどおりませぬ! 誓って申し上げます。西条閣下。近いうちに参謀総長が入れ替わりますが、その際、閣下は陛下から陸軍をまとめるため、首相と陸軍大臣を兼任することを申し渡されます。当初こそ閣下は陛下の意向によって和平へと歩みますが、NUPは王立国家とヤクチアに唆されて最終通告を送りつけてくる。事実上の無条件降伏とも言える内容です」
「信濃曹長。それはどういう内容なのだ」
西条は落ち着きを取り戻しはじめてきた。
やはり陛下から常日頃和平について話を伺っている様子。
陛下は基本的に平和主義者。
西条はこれまでに何度も直接陛下に目通りする機会があり、彼の思想や言葉を直に受け取ってきている。
だからこそ俺の話を完全に否定できぬのであろう。
逆を言えば、それは西条だからこそ通じるのであって、この場にいたのが西条でなければそのまま軍刀で切り殺されていたやもしれん。
本当はもっと尾ひれを付けようと思ったが、あえて内容について一言一句偽り無く伝えておくか。
尾ひれを付けてしまうと逆に疑いだしそうだからな……
「すべての国の領土と主権尊重。他国への内政不干渉を原則とすること。通商上の機会均等を含む平等の原則を守ること。平和的手段によって変更される場合を除き太平洋の現状維持。華僑などからの全面撤兵。国民政府の否認。第三帝国とアペニンとの三国同盟の空文化……以上です」
「破廉恥な! 何をすればそんなことを要求されることになる。私のせいだというのか!? 本日の誤爆撃沈が引き金とでも言うか!?」」
「いえ、閣下に問題があったわけではありません。閣下は陛下の意向を汲み、最大限の譲歩を行います。その譲歩案をNUPは蹴ったうえでこちらに改めて提示してくるのです」
「列強の豚共めぇッ!」
テーブルを思い切りに叩くあたりがこの時代の風物詩といった感じで、ようやく俺も戻ってこれたのだなと安心する。
内親王殿下の前ですらこんなことができるいい時代だった。
「王立国家は自らがユーグにおける主権を取れるものだと浮ついており、NUPとの交渉を妨害し、参戦を促そうとします。また、今現在は単なる列強に過ぎぬNUPの内部にはヤクチアのスパイが多くおり、同じく参戦を促そうとします。彼らにとって我々など取るに足らぬ存在だと思っている反面、ヤクチアは我々の植民地化に熱心だということです……現在においても……」
「信濃、率直に問おう。貴様は負けた未来を知るというならば、勝ち筋とはいったいどこにあるというのだ」
良かった。
西条はそこまで頭のキレが悪い者ではない。
現状の戦況からNUPと王立国家、そして華僑との争いに勝てる見込みなどないことをよく理解している。
ならば話は早い。
「王立国家とNUPには反共主義が渦巻いており、我々も反共国家である以上、戦うべきはヤクチアです。華僑の事変は早々に解決し、ヤクチアとの決戦を考え、早期に社会主義を根絶やしにすることこそ、最優先事項とすべきです」
「して、具体的な方策とはなんなのだ」
方法か……基本は全て博打に近いものがある。
何しろ皇暦2600年~2610年頃の世界情勢の動きはあまりにも複雑。
この激しい波に逆らうにはかなりのリスクを背負わねばならないが、方法はある。
やり直す前に集めた資料から、攻略法は掴んでいる。
胸を張って言おう。
我々の勝ち筋というものを。
「我が国に出資するNUPと王立国家の企業群と手を結び、NUPとの交渉を有利にもっていくこと。国家とは手を結ばず、企業と手を結んで国家を揺さぶります。NUPとの開戦は皇暦2601年12月8日。これを遅らせるか回避するというのが当面の目標ですが、その前に2601年までに大戦内にて我が国で完成しなかった航空兵器群のいくつかを完成させてみせます」
「信濃、ヌシにそのようなことが可能なのか?」
「千佳様のおっしゃる通りだ。貴様はただの技師であろう。可能なのは航空機だけではないのか」
「技師だからこそできる交渉というものがあるのです。どうか私に階級は与えずとも地位と権限を与えていただけないかと」
席を立ち上がり、頭を下げる。
この立場を得て、初めて1歩が踏み出せる。
「面白い。この手妻師が何ができるか賭けてみようではないか。この我のお目付け役に信濃を推薦するが……西条、よろしいか?」
「千佳様の秘書官という役職であるならば構いません。千佳様が決められた事に我々が口を挟む権限などありませぬ」
「ならば決定であるな」
その向日葵のような笑顔、いったい何十年ぶりに見たのだろう。
もう一度見てみたいものだった。
そうか……本当に俺は……戻ってこれたのだな。
「なれど下士官となりますと……」
むう、西条め、この期に及んで……
こちらから何か言うとやかましく一蹴されそうなため、とりあえず千佳様の方向だけに顔を向ける。
少々困った顔をしたものの、すぐさま千佳様は答えを出した。
「特進させるが良い。不服か?」
「いえ……そのようなことは」
「なればよしッ! 信濃、一昨日の件は水に流してやる。我を導いてみせよ!」
「はっ!」
さすが千佳様だ。
彼女がいてこそ、やり直しができるようなもの。
いくら感謝しても足りない。
そこで会議とも言えぬ秘密会談が終わり解散となったが、翌日に俺は武官進級令による特別進級によって陸軍技術少佐となった。
やらねばならないことがいくつもあるが、まずはNUPとの参戦回避のため、とある企業との交渉に乗り出す。
あそこを揺さぶるのは難しくない……