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第45話:航空技術者は皇国が求めた存在を作り出す

 横須賀に訪れて1週間ほど。


 ほぼ缶詰状態である程度の設計を切り上げた俺は山崎の造船技術者がある程度理解がある者達だったので、詳細設計の現場を任せて立川にとんぼ返りした。


 理由はついに念願の代物が立川に届いたからである。


 喉から手が出るほどほしかったのにまた随分と時間がかかったものだ。


 空輸してほしいとあれほど言ったのに……


 まあ数が数だけにそうなるのも仕方ないか。

 立川の陸軍倉庫を埋め尽くさんばかりに購入してしまったし。


 届いたのはアキュムレーターである。

 戦艦金剛を建造したヴッカース社が開発した流体力学を応用した装置。


 これで一体何をするのかというと……お楽しみだ。


 ◇


 翌日。


 届いたアキュムレーターの試験稼動のため、適当な新品のオイルを用いて動作試験を行う。


 立川の実験施設を使い、確かな性能を発揮していることを確認。

 さて、これでようやく皇国の明日が開ける存在の開発に移れるぞ。


 茅場や芝浦製作所の技術者を呼びつけた俺は、ついに皇国が本来の未来の世界にて喉から手が出るほどほしがった存在に手をつける。


 こいつを皇暦2601年頃までに最低限形としておきたい。


 作るのは……カタパルトだ。


 油圧式カタパルト。

 2個のアキュムレーターを使い、滑車とワイヤーを高速回転させて8t程度の航空機を時速140kmまで加速させる装置。


 実用化自体は4年も前にすでにされている。

 王立国家によって。


 アキュムレーターとは一体何かというと、力を一時的に溜め込んで解放する装置だと思ってもらえれば話が早い。


 仕組みはこうだ。


 まずなんでもいいのだが、アキュムレーター内に2つある弁を1つ閉じたまま、アキュムレーター内に大量のオイルを送り込む。


 この時、アキュムレーター内にはブラダと呼ばれるゴム風船のようなモノが内部にあるのだが……


 この中には窒素などのガスを一定の圧力でもってブラダ内部に満たしておく。


 ここにオイルを大量に流し込むとどうなるか。


 内部のブラダはどんどん圧力によって収縮し、しぼみながらアキュムレーター内に大量のオイルが満たされていく。


 ある程度の圧力まで溜まったらオイルを流し込んでいた弁を閉じ、もう片方の弁を開く。


 すると、すさまじい圧力が開放され……排気管から大量のオイルが流れ込む。


 これを回転エネルギーに変換。


 まるでケーブルカーやロープウェイのごとく、滑車とワイヤーを高速回転させ、シャトルトラックと呼ばれるU字型のレールの上をシャトルと呼ばれる固定器具によって、ブライドルと呼ばれる使い捨ての固定器具でもって一時固定させた航空機を据え置き、時速140km以上の速度を誇るケーブルカーのような仕組みで射出。


 これが油圧式カタパルトの仕組みである。


 蒸気カタパルトがシャトル部分を単純に蒸気でもって押し出すのとは異なり、油圧カタパルトはそのままでは強力すぎる圧力を回転運動に変更するのがミソである。


 油の流体のもたらす力は強いので、減速ギア代わりとなっているが、ヘタすると構造上は減速ギアが必要だったかもしれない。


 ただ、その辺はエネルギー変換理論としてパスカルの原理を応用すればどうにかなるはず。


 パスカルの原理とは簡単に言えば、流体にかかる圧力というのはかけた部位から均等に全方位に向けてかかる法則性があるため……


 10c㎡の容器に100kgの重りを置いた際、1000c㎡の容器を別途用意して、1tの圧力をかけ、互いの容器をパイプでもって接続した場合には力の強さが均等にかかるので10c㎡の容器の重りが吹き飛ぶことはないというもの。


 流体静力学の基本といわれるものだが、流体力学の専門家である俺と、同じく専門家ばかりである茅場、芝浦タービンの技術者ならどうにかできるはず。


 少なくとも俺は滑車とワイヤーの長さ、そして油圧シリンダーの長さなどで調節していたという話しか聞かない。

 

 ちなみにカタパルト自体は、それなりのものが皇国にも存在してはいる。

 皇国内に存在し、海軍がこさえた空気式だ。


 こいつはアキュムレーターの自作を失敗した皇国海軍が、そもそもアキュムレーターというものの仕組みや存在を知らずに似たような方式でもってカタパルトとしたものだ。


 知らないというよりは、勘違いしたというのが正しいかもしれない。


 空気の圧力を使うという理論は油圧式カタパルトの公開特許にも記されていた。


 カタパルトは公開技術だったのだ。

 ここが勘違いの基であった。


 戦後俺が資料を集めた限り、海軍の技師は循環するとされたオイルを潤滑剤と勘違いした可能性が高い。


 王立国家の技術書に対し、循環を潤滑と翻訳している。

 これが恐らく最大の間違いを生み、実用化に失敗した。


 戦後の歴史学者の中には、俺と同じく油圧カタパルト実用化失敗の原因はこれではないかとする説を唱える者もいるのだが……


 カタパルト開発秘話は少なく、よくわかっていない。


 ただ1ついえる事がある。

 現在存在する空母。


 これらには殆どがカタパルト設置のための準備工事が行われている。

 嘘だろと思うが本当なんだ。


 海軍は皇暦2597年の段階で、カタパルトは規定路線で作れるものだと思っていた。

 何しろ多くの海軍の現用空母には設計段階でカタパルトの存在が描かれている。


 だが、肝心な性能が書いていない。


 当時の技術者に聞くところによると、王立国家の公開技術だったために"俺達だってどうにかなる"と考え、海軍は"何!? 30m前後の甲板から8t級の航空機を射出だと!? 夢が広がる!"――などと喜び、即座に採用決定となったが……


 いくら似たような方式を作ろうとしても、まるで要求性能を満たさない。


 皇暦2601年。

 なんとかとりあえず形になったカタパルトでもって海軍は加賀でひそかに実験を行う。

 完成したソレは空気式とフライホイールを用いた宣揚式と呼ばれるもの。


 空気式は後に改良されて発展されるものだが、この当時は完全なパワー不足であり大した結果は得られず。


 一方でフライホイール式は射出パワーが強すぎ、見事なまでにパイロットが鞭打ち状態となった。


 海軍はとりあえず今後のために空気式の改良を促す一方、正規空母への搭載を見送る判断を示す。

 きっと今頃必死で開発しているんだろうなとは思う。


 最終的な空気式の性能はそれなりのものだった。


 皇国もまたカタパルトの技術はある程度進んでいたものの、どうやって8tのモノを140kmに加速するだけの圧力をもたらす油圧の流動を作り出すのか……


 これが最後までわからなかった。


 アキュムレーターの国産一号は皇暦2618年。

 各国からの技術情報をヤクチア経由で入手できるようになってからだ。


 その存在がわからなかったために空気式でかなりの所まで作れていたのだが、空気で代替すると4分間に1回の射出しかできない。


 一方、こちらはオイルを送り込むモーターとタービンの出力次第。


 圧力管理を怠るとアキュムレーターが耐えられず爆発するので、あえて2つのアキュムレーターを使い、耐久限度圧力の7割~8割程度の力に調節させて安全性を高めている。


 ただ、仕組み上オイルの中にゴミが大量に混じるため、メンテナンスには苦労を要する。

 それでも尚、キ47を空母から射出できるというのは非常に魅力的。


 それも、軽空母だろうが30~35mのスペースがあれば、8tまでの航空機を飛ばすことが出来る。


 さて、35mというとどれほどであろうかというと……航空戦艦伊勢は甲板長75m。

 なんだ余裕じゃないか。


 水上機としてしまえば着水後にクレーンで回収可能。

 うむ、航空戦艦は正しかったな。


 後は設計だけなのだが、設計については知ってる。


 しかもNUPがまだ開発できてない、もっと高性能で信頼性が高く整備性も良いMk8以降の構造を知ってる。


 彼らはなぜかそれを公開技術としてしまっていたからな。


 それでも尚、スキージャンプ型空母が未来のもう1つの世界にも存在するのは……航空機が重くなりすぎたからである。


 油圧だとせいぜい10tちょいぐらいまでが限界。

 確か王立国家が開発した最終型が13t×50mの滑走距離のものだったはず。


 未来の軍用ジェット機は軽戦闘機ですら10tは軽くオーバーし、一般的な艦載機は20tに到達してしまう。


 使えるのはA-4あたりまでのジェット機までだ。


 もはや蒸気カタパルトが開発できなければ、そっちを採用する他ないのである。


 だが現在はまだ違う。


 燃料積載量にもよるがキ47すら航空戦艦から射出できうるというのは、皇国の未来を切り開けるということだ。


 それこそ海軍が"もう全部の戦艦に飛行甲板を設けるか"――などと考えはじめてもなんらおかしくない。


 すでに設計図は完成していたため、事前に声をかけていた茅場製作所などには"航空機の時代を変えるぞ"――と言ってたきつけておいた。


 これなら中型の商船にちょっとした航空甲板を設け、週間空母すら出来るかもしれない。


 着艦に必要な距離は現用の着艦フックだと最大50m。


 発進が35mだとして、直線距離でも100m前後の甲板があれば飛びたてることになる。


 これは……これまで目をかけられていなかった中古のポンコツ商船が護衛空母になるのではないのか。


 とりあえず甲板と航空機があれば、今後も大量に輸入予定のアキュムレーターでどうにかなる。


 当然、茅場は後に航空機用アキュムレーターを作るので、この構造をそのまんま量産できるようにしろとは命じていた。


 現時点でも着艦フックなどの一連の機器をこさえてるメーカーだ。

 頼りにしている。


 出力が同じならば大型化してもいいんだ。

 艦艇には航空機よりもよっぽど内部に空間的余裕がある。


 とりあえず俺が持ち帰ったヴッカース社のアキュムレーターを、可能な限り性能だけ再現できるものが作れるようになればいい。


 オイルなどの油圧系の流体においてトップクラスの技術を誇る茅場製作所については、ラムジェットエンジンなんかよりもよほど皇国の光になるものを作ってもらおう。

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