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第44話:航空技術者は新鋭試作潜水艦に航空機の概念を導入する2

「えーお集まりの皆様。集まっていただいたのは他でもありません。71号艦で得られたデータにさらに航空力学を適用した新たな潜水艦の建造について検討するため、本日は宮本指令以下海軍将校の方々にもお集まりいただきました」


 パチパチと最初に拍手をこちらに送ったのは宮本司令。


 しばらく一人で続けていたところ、宮本司令はキッと他の将校をにらみつけ、他の将校らも追随する。


「今回の潜水艦には3つの観点より航空機の概念を応用した部位を設けております。ではご覧ください」


 黒板にかけられたカーテンで急造した幕を下ろすと、現れたのは涙滴型潜水艦。


 そしてテーブルの上には簡単な模型と水槽、そして水流を発生させるタービンスクリュー。


 大急ぎで作った模型にて新鋭潜水艦についてまずは説明し、その後で技術者の意見を交えて検討してもらう。


 この間宮本司令に見せたものよりも、幾分現実的な構造となっている。


 それと同時に改めて計算したところ、確実に作れる構造となったので船尾の構造が大きく変わった。


「信濃君。後部のデザインが私が当初見た頃より変わっている。どうしてこんなX字状になったのだ?」

「被弾率減少、損傷時の安定化、抗力減少。山崎から頂いた海軍が用いる金属組成表を見て作れると確信に至り、この構造としました。操舵能力はこれによって運動性が最大14.5%上昇します。方向にもよりますが……」

「確かにこの方が操舵翼は独立する分抵抗が……減るのか?」

「私がキ43で取り入れた尾翼構造の応用だと思っていただければ」

「そういうものなのか……」


 宮本司令に話すことは無駄ではないと思うが、彼は興味は示すものの西条と違って勉強してくれない。


 最近の西条は技研メンバーにそれなりに協議できるだけ流体力学への理解を深めていて、陸軍の新型輸送機のアンテナの設置位置が間違っていると指摘できるぐらいであるが、彼はどうも違うようだ。


 航空主兵論者といっても、航空力学よりも侵徹理論や弾道学のほうがよほど詳しい。


「X字にすると水平と垂直の動きは他の翼の動きの工夫で代用できるようになります。1本喪失するだけで能力が半減する十字型と異なり、1本の喪失は4分の1の低下となりうる……実際は少々異なりますが、水平翼による操舵翼との複合によって艦を10度~20度傾けることで、後部操舵翼の破損をカバーリングできるわけです」

「なるほど。よくわからん」


 駄目だこりゃ。

 魔法の類の話だと思ってもらっては困るのに。


「信濃陸軍技官。私からするとどうも71号艦よりものすごく遅くなりそうな気がするのだが、どうしてこんな構造で22ノットもの速度が出せるのかわかりやすく教えてほしい」

「わかりました――」


 山崎の造船部門は大体の性能がわかっていたものの、海軍将校は明らかに抵抗が増えそうな構造の利点がわからぬ様子なので今一度流体力学を用いてきちんと説明する。


 大気においては基本、速度帯にもよるが粘性という存在は殆ど加味しない。


 いや、とても重要で翼における設計には大きく関わるし、今後開発する音速を超える戦闘機には極めて重要な要素。


 しかし時速800kmを超えぬ限り、この粘性など気流状況で多少変化する程度で、その影響度は水のソレとは比較にならない。


 だが、水の中であるというなら話が違う。

 水の粘性は尋常じゃない。


 特に海水においてはより粘性が高まる。


 流体力学において重要なのは、とにかく物体の流動において、流動する流体物の流れを剥離させないようにすること。


 谷二郎教授は、ここに流体力学の全てがかかっていると言い切るほどである。


 ではどうすればそんな理想な流動を生む事ができるのか。

 正面で圧力を加えてやるのだ。


 これはジェットエンジンの考え方とほぼ同じだ。


 涙滴型の最大の利点は、正面の一見するとどう考えても抵抗力だらけの構造が、圧力を生じさせて均一の流動を生むところにある。


 後はその流動が常に剥離しないようにキャンバー角をつければいい。


 こうすることで正面で圧力をかけられた流体は正面でこそ抵抗力となるものの、逃げようとして発生する抗力はまるで船体全体を押し上げようと、安定させようと試みるのである。


 これこそがマッコウクジラ型には不可能であった船体の安定化である。


 マッコウクジラ型は抵抗力を何とか減らそうと艦首を絞る構造とし、その後ろに向かって整流が流れ込むよう徐々に膨らませていく形状だった。


 これが不正解の解答であったのだ。


 整流が安定しているなどと、いつから錯覚していた?


 海流、潮流など一般的に安定しているわけがない。


 航空機も同じ。

 流れる大気は安定しているわけではない。


 流体力学においてはただ静かに流れるような構造とすると計算上の流体の流れは美しく見えるが、現実の世界は常に乱れた大気の流れが生じているのでカタログスペック通りの数値とならない。


 だからこそ作るのだ。


 風の流れを!

 水の流れを!


 圧力を加え、流体の流れを根本から作り出し、それを胴体部分で制御する。

 

 これは彼らには語らぬことだが、未来の潜水艦は尾部において一部の形状が逆キャンバーとなっている。


 抵抗が大きい艦橋部分などにおいては通常のキャンバー角では流体を制御しきれない。


 艦橋という障害物によって剝離しやすくなる。


 ここを攻略するためにX字とした上で上下を逆キャンバーとした微妙に楕円となっているのだ。


 この逆キャンバーが実は極めて効率がいい。


 粘性のある水においては大気と異なり圧力をかけられるとそのままどこかへ逃げようとし、船体を削り取るように勢いよく後部に流れようとする。


 その際に逆キャンバーを設けると、その勢いは加速し、スクリュー方面へと流れ込む。


 新鋭潜水艦がX字としている最大の理由は、そんな所に十字翼というこれまた邪魔な操舵翼があるとせっかく美しく流れようとしていた流体の流れが阻害されてしまうからという理由もある。


 いや、だからこそ運動性が構造によっては最大2割も向上する。

 この仕組みは航空機でも応用可能。


 時速900km近くの亜音速の場合、翼の下部は逆キャンバーとしたほうがより効率が良くなる。


 爆撃機、旅客機の一部、輸送機やらなにやら……


 その後の戦闘機とは異なる、とにかく効率よく重いモノを運びたいような航空機は、こうすることで翼の下部でも揚力を作ろうとするわけだ。


 当然俺もこれを採用する。

 現在の皇国の技術では真円にしか出来ない。


 だが逆キャンバーを設け、徹底的に安定化させる。


 こうすることで、船体は多少左右に傾けてもまるで揺れない構造になる。


 いやむしろ、この傾けることが出来る安定性が重要だ。


 未来の潜水艦は急速旋回が可能。


 この時、普通に潜水艦はバンク角を何度かとって傾く。

 現在の潜水艦の概念には存在しない急速旋回方法である。


 ただし既存の十字操舵翼ではこの際に機首が下がってしまい、どんどん潜行してしまうという欠陥があった。


 X字による操舵翼はこの弱点を解消。

 操舵方法にもよるが、機首上げ、機首下げ双方に対応する。


 これが可能な潜水艦により、ガトー級などという数だけが多い潜水艦を圧倒できる運動性と快速性を保たせながら、71号艦の弱点であった安定性をカバーし、そして水中内にて一切の水流剥離が生じないため……


 5000馬力程度あれば、大型潜水艦でも最大潜行速度22ノットを可能とする。


 船体構造はすでに皇国の潜水艦波九型で実用化できた複殻式とする。


 涙滴型はその形状から極めて複殻式にしやすく、山崎の資料を見せてもらった高張力鋼St52のデータによりほぼ全てを潤沢に高張力鋼St52によって外殻などを構成することで……


 Uボートやガトー級に負けるのは水上航行のみという、既存の潜水艦を根底から覆す潜水艦とする。


 高張力鋼St52。

 第三帝国が皇暦2590年代に開発して量産化に成功した高張力鋼。


 かねてより第三帝国ではリベットを多用する構造は資源の無駄だと感じ、各国が開発を急ぐ溶接という新たな接合方法に未来を見出していた。


 しかし当時の鋼は溶接時にクラックが生じることが多発。

 これを各国は"溶接方法が悪い"と考えていたのである。


 それはある意味正解であって、皇暦2595年と皇暦2603年にNUPが革新的な溶接方法を編み出してブレイクスルーを起こす。


 しかし、2595年から2603年の間において開発された手法……


 たとえば2603年のTIG溶接を試みた接合ですら、溶接によって本来望んだ金属特性から変化してしまう合金が大量にあった。


 第三帝国がいち早く注目したのは、溶接方法の問題ではなく、溶接に適した合金が現時点で殆ど存在しないのではないのかということ。


 そこで既存の大量の合金を集めて試してみた結果、溶接によって強度に変化を生じる鋼とそうでない鋼があることに気づく。


 そして、それらの組成表に一致する特徴はないかと探してみると、ある一点において共通事項があった。


 それは炭素である。

 元来、頑丈になるからと炭素の含有量は増加傾向にあった。


 皇国ですらそうだ。


 しかし第三帝国は既存の最新鋭の合金精製技術で作られた鋼よりも、古くから"使い勝手が良い"といわれた鋼……


 いわゆる軟鋼が極めて溶接特性に合致したものだと理解するに至る。


 だが問題は、この軟鋼だと溶接を採用してもリベット構造と大差ない重さとなる貧弱な特性の鋼であること。


 潜水艦などに用いたいのに用いられないといった状況となった。


 71号艦ですでに一部採用されているSt52は、これをマンガン、銅、ケイ素という、極めて大量にありふれた金属でもって他の炭素鋼とも言える高張力鋼に対抗しようとしたもの。


 この素材を選んだのは当然にして枢軸国なりの苦労と苦悩によるものであるが……


 実際には開発を急がんがため、既存の鋼から炭素成分を減らし、それでいて構造強度が全く下がらないものを探すという逆説的手法でもって発見、開発したものである。


 いかにこの時の第三帝国が必死だったかがわかるエピソードである一方、もはや奇跡とも言える発見によって生まれたSt52は、もうしばらくすると沈む戦艦ビスマルクにも多用されていたのだ。


 皇暦2599年現在、すでにSt52は四井金属などが組成表を入手している。

 これはベルリンオリンピック開催の際に皇国に持ち帰られたもの。


 新型戦艦建造のためにどうしても溶接技術を導入したかった大和建造に大きく関わる北島亮二が第三帝国に嘆願し、サンプルや組成表を入手することに成功したのだ。


 防共協定を理由に第三帝国にわらをも掴む思いでもってお願いし、皇国の明日を担う軍艦は溶接構造であるのだと考えた北島技術大佐の説得は、その熱意に素直に感動してしまった第三帝国がSt52を差し出すほどだった。


 以降研究資料などを入手し、本格的な量産化体制待ちとなっていた。


 そう、横須賀で建造予定の110号艦。

 こいつにも大量に使われる鋼であるのだ。


 もうすでにSt52については国内で研究しつくされており、どうやって溶接したってクラック1つ発生しない魔法の鋼は大巨砲主義の最後を飾る……予定の戦艦二隻に大量に使われる。


 そしてその技術で自信をつけた皇国は、ブロック工法などを実用化させて東側諸国でもそれなりの造船国であり続けるのだ。


 もしヤクチアに占領されてなければ、皇国は未来において造船大国であったのかもしれないな。


 多くの技術者がヤクチア本国に連れてかれたのを覚えている。


 さて、新型潜水艦には71号艦にも採用されたこいつをふんだんに使う。

 使うというか……伊201自体がそうなので使わざるを得ない。


 また、操縦システムはキ47で陸軍が完成させた油圧システムと自動操舵システム、そしてハンドル型操縦桿を採用。


 各種計器を確認しながら、航空機と同様の操縦を行える革新的な潜水艦を誕生させる。


 これも彼らにはこの時語らなかったが……


 海軍は後に海龍という、航空技師を呼びつけて作らせた代物をこさえる。


 こいつがNUPなどに戦後回収され、未来の潜水艦の基本操舵システムとなるのだ。

 思えば海龍の開発を主導したのは他ならぬ宮本司令であった。


 そうか……俺が海龍の代わりを作るよう、人の上に立つ何かが俺に対して運命を差し向けたのだな……


「流体を制御するためにあえて圧力を加える……その方が高効率なのか……そうなのか!」

「剥離した流体は、正面で受ける圧力よりよほど抵抗力になります。この構造はどんな荒波にだって耐える、すばらしい構造なのです。71号艦を作れた海軍であれば作れます。ただ、溶接を多用することになりますがね……」

「溶接か……」

「第四艦隊事件の原因は溶接ではありません。司令も、もうお気づきでしょう。第三帝国は溶接ばかり採用した戦艦を建造しました。溶接も一部原因がありますが、流体力学的観点から見れば波浪時への波の抵抗力の強さに船体が耐えられない構造なのです。新鋭駆逐艦に採用された鋼板の金属特性が溶接に向いていなかったのは事実ですが、高張力鋼St52はすでに四井金属などがデータを示す通り、極めて溶接へと向く特性ながら大量生産されている代物。この潜水艦を作る上では全溶接製とせねばなりません。ですが現時点で不可能ではなく、今から詳細設計に入れば皇暦2602年までの就航に間に合います」

「マル4計画で増備予定の潜水艦を置き換えることができうるのか……」

「まずは試験でお試しいただき、その上で判断なさってください。ただ、通常動力潜水艦としてはこれ以上のものを作るのは難しいです。流体力学的には艦内スペースを犠牲にした最高効率のものです」

「ふむ。山崎の諸君。どうかね? つくれそうか?」

「構造は簡便かつ単純なものであり、実現可能性は十分。内部の限定的空間領域をどう活用するか……ここの詳細設計により艦の性能が左右されると思われます。現時点におきましては、建造に関しては可能です。それも他の潜水艦より建造効率は良いやもしれません」

「さすが技研のエースだな。……なあ!」

「はっ!」

「ははっ! まことにそうでありますな! 海軍としても姿勢を見習わねば」


 どう考えても宮本に言わされただけに見えたが、理解できている者は技術者と少しだけ理解できたらしき宮本五十六ぐらいである。


 陸軍のメンバーを集めた検討会とはえらい違いだ。


 おそらくソレは、北島技術大佐が大和建造にあたり熱弁をふるうよりも遥かに熱い講演であったと思う。


 話し終わったときには、息が切れていた。

 顔も熱く、きっと顔面全体が紅潮していたに違いない。


 航空技術者である俺ができることは、目がキラキラして、まるで目から鱗が落ちてしまった山崎の造船技術者と共にガトー級に100%勝てる潜水艦を作るしかない。


 なぜなら、俺たちが王立国家と共に戦う場合、敵はUボート。


 そのUボートをヤクチアが大量購入し、いくつもの技術困難を乗り越えて大量ライセンス生産してしまったら?


 仮にNUPが後々になって大統領が死去し、皇国のために戦ってくれるとしても……その時においてガトー級vsUボートの同数勝負となってしまったら?


 既存の潜水艦では、後に出現するUボートXXI型と勝負にならない。


 潜水艦同士の勝負は2度目の大戦の頃には全くなかったものの、根本的性能差がある状況でUボートXXI型が大量生産されると戦況がひっくり返りうる。


 今の皇国にとって通商破壊作戦は最も危惧すべき事象。


 第三帝国が王立国家の商船へなりふり構わず攻撃して王立国家が大打撃を受けたとしても、現状ではNUPは助けてくれない。


 ならせめて、Uボートと対等な立場として第三帝国を揺さぶれる潜水艦が必要だ。


 NUPがアルバコア、次いでバーベル級で見出した涙滴型。


 こいつを最初に、現段階で実現できうるのは……第三帝国すら超える潜水艦製造技術を持つ、我々だけだ。


「信濃君。君はとても怖いな。なぜだろう。君の後ろにはなぜか、皇国の亡霊のようなものが背後にうごめいているように見える。北島技術大佐の言葉は正直に受け取りがたい内容も多く、私も同意しかねた部分があった。だが、なぜ君の言葉にはこれほどにも重みがあるのだろう?」

「自分は西条首相にも日ごろ訴えているように、皇国の明日を切り開くため、全方位で新鋭技術を実用化しようと日々歩んでおります。ですので、それが何かをひきつけているのかと」


 俺には見えない何かが宮本五十六らには見えるようであったが……


 ここまで基礎設計が出来上がっているとなると、3隻ほど建造してみて、それから判断しても遅くないのではということになった。


 それが伊201型になるのかどうかはわからないが、完成した潜水艦の性能が楽しみではある。


 構造は間違ってない……構造は間違ってないんだ。

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