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第41話:航空技術者は海軍に出向する

 "十二試艦戦をどうにかして600kmを越える戦闘機にしてほしい。"


 2日前。

 西条から海軍総帥案件として通達されたのは、一郎と共同による零のやり直しであった。


 ことのはじまりはキ47の試作1号機の貸与と、キ43の試製2号機と十二試艦戦の交換運用による実証試験にてハ43搭載のキ43が生産性を含めた全方位にて勝利しており……


 そればかりか、現時点で海軍が作らせた新鋭機の大半が全ての面で陸軍に劣ることが判明。

 海軍がその要因を探っていたことに起因する。


 特に海軍としてはキ43は長島製だからという論理が成立したとしても、現時点で空前の性能を誇るキ47は十二試艦戦と同じ四菱製。


 どうして陸軍の機体ばかり世界記録を樹立したりなんだりとやたら高性能なのか。

 それが気になって仕方なかったのだという。


 しかも海軍としては世界記録を樹立したキ35の設計者は一郎という認識。


 にも関わらず軍用機としてキ35より速度が遅いのは仕方ないにせよ、キ43の1号機と比較しても20km以上最高速が遅いのは我慢ならなかった。


 そこで、宮本司令やその他の航空主兵論者達は一体どうしてこうなったのかについて長島大臣に伺ってみたのである。


 統合参謀本部の会議も参考までにと参加し続けている長島大臣に対し、会議終了後の帰り際に一声かけて聞いた内容は、陸軍の技研に航研の谷二郎によって鍛え上げられたエースがいるということだった。


 そしてそのエースが現在の陸軍の航空機の製造において大きく関与し、自らが軍の戦術や戦法とを刷り合わせ……


 列強の諸外国とまるで遜色がない戦闘機を作るに至っているということを素直にその場で話してしまったのである。


 おまけに陸上機としての速度記録は即塗り替えられたとはいえ、空冷型では現在も世界記録を樹立したままであるキ35についても、その頃はまだその技師が頭角を現していなかったが……


 仮にその事実をもっと早くに知っていたら四菱ではなく、長島でもって作らせたかったとも大臣は語っていたそうだ。


 これを聞いた海軍は、新たに陸軍の技研に十二試艦戦の代わりとなる戦闘機を試作させるか迷ったらしいのだが……


 検討の結果、海軍らしい思想による結論に達したのである。


 十二試艦戦はすでに量産化も視野に入れて四菱における生産ラインも設けている最中であって、現状で引き返すのは極めて厳しい。


 零のサイズに合わせた製造ラインをすでに準備してしまっている。


 そんなに優秀な技師だというならば……キ35で一郎と組んだわけだし、十二試艦戦をキ43並に大幅パワーアップできるのではないか。


 そう考えて陸軍に俺を召喚するよう伝えたのだった。


 かねてより海軍機も高性能化したいと主張していたため、西条は今後海軍の航空機も高性能化できうる道筋が開けることから快諾。


 結果、キ78やキ57といった、まだそこまで形となっていない航空機を一旦放置し、横須賀の追浜飛行場へと向かうことになったのだった。


 追浜飛行場にいたのは俺が良く知るキ43の2号機。


 連日による実証実験が行われているが……


 ある海軍将校曰、"長島に頼んで翼を畳めるようにできないか"――と、言いたくなるほどのものだという。


 ちなみに構造的にそんな改造を施すのは簡単だ。


 主桁の折りたたみ機構を搭載して重量は増加するが、構造的に翼にはいくらでも改修の余地はある。


 ただ、一郎がこしらえた十二試艦戦こと零については、やはり思い入れが強い機体なだけに俺自身としてもどうしても見捨てたくなかった。


 そこで、この日のために多少形の変わった十二試艦戦の設計図を入手した俺は、全体の構成の7割を構造変換してしまうという……


 外観はいくつかの特徴を除いてさほど変わらないのに、中身はもはや別物の機体となる案を持ち込んでいる。


 早速一郎達と共に海軍工廠内部の会議室へと向かい、彼と四菱の技術者を集めて検討会を開くことにする。


 ◇


「随分思い切ったことをやりますね」


 図面を見た一郎は、特に否定も肯定もしていない。


 ただ、感心はしている様子であった。


「堀井技師。零は本当によく練られた上で作られた機体だとは思っています。ただ、私ならこうする。無理して軽量化するぐらいなら、エンジンパワーに任せ、こうやって処理してしまえばいいんです。製造ラインについてはキ47向けの工作機械なども使えますし、なによりも製造工程が減るのでどうにかなりますでしょう」


 俺が十二試艦戦について最も弄ったのは、胴体部分と翼。


 というか、このあたりはほぼ新規造型に近くなっている。


 何をしたかというと、厚板構造の採用と、内部の構造部材の減少。


 一郎がこさえた零は、とにかく構造部材が多い。


 軽量化のために、構造部材を小さく薄くしてさらに肉抜きし、その上で機体を構成しているのである。


 その構造部材の数だけを見ると本来の未来における疾風の3倍だ。

 どれだけ骨組みとなる構造部材が多いんだと言わざるを得ない。


 ほぼ同じ大きさの隼ですら1.6倍ぐらい構造部材が多い。


 逆を言えばいかに疾風が合理的かつ凄まじい設計をしていたかということだが……


 俺は素直に多すぎる構造部材の数を半分近くに減らした。

 外観は全くもって変わらないが、内部はある意味でスカスカである。


 スカスカなのに本来の零よりよほど頑丈になるのは、長島と技研が得意とする設計を零に取り入れたからである。


 外皮を厚板とすることで骨組みを減らせるというのは、海軍も本来の未来における連山、彩雲にて採用する。


 しかしこれには技研のほうが早くより気づいており、先に登場させたのは陸軍機。


 もっと言えば史上初の厚板構造はNUPがB-24で採用し、B-24を回収した皇国も研究段階にてそれがベストなのではないかと考えていたため、実際に実機を作ろうとしはじめるのである。


 NUPが採用した理由は俺がキ43やキ47でやりたかったのと同じく、優れた層流翼型としたいがためにそうしたこと。


 彩雲も同様の結論に達して厚板構造を採用している。


 これが既存の皇国機とは一線を画する空力特性を得た秘密である。


 やり直した俺は当然未来の戦闘機と同様、板を厚くした分、骨組みを軽量化する手法としている。


 こっちの方が防弾性能も高まり、全体では構造部材が減るため、リベット数なども減って圧倒的に空力的に洗練されるのだ。


 触るだけでペコペコしている零とは異なり、カンカンと甲高い音色を響かせるソレは7.7mm機銃など角度によっては弾くだけの防御力がある。


 距離さえ遠ければ12.7mmだって弾く可能性もあり、防弾鋼板の性能を外板がさらにサポートするわけだ。


 おまけにリベットなどが減るということは、生産時や整備時の負担が減るということ。


 戦いは数。

 数とはすなわち稼働率と生産性。


 この構造の採用により、俺はリベット数を零の23万本から9.8万本に減少させている。


 これが凄いと思うなら間違いだ。


 彩雲はあの巨体と零の2倍の重量で10万本なんだから、もっと減らせるはずなんだ。

 俺の力不足か零の限界か……どちらだろう。


 少なくとも満足はしていない。

 キ43が8万本なことを考えたら、9.8万本はまだ多い。


 考えられる原因はキ43で採用できた外板の折り曲げ加工が、零の全体構造だと採用しにくいこと。


 部分採用しかできていないが、キ43はプレス成型で構造部材に頼らぬ形状に整えている。


 分厚い外板を折り曲げ、骨格を構成する構造部材を減らす。

 彩雲が採用したのと全くもって同様の手法である。


 これがやりにくいために半分にしか減らせなかった。


 軽量化しても俺の採用した骨格との重量差は60kg程度しかないのだから、いかに非効率なことをやってたか……


 外皮によって重量は増えてしまったが、骨格はシンプルでいいんだ。


「翼の主桁を減らした理由はなんです?」

「重量増加分の影響があると思って前縁スラットを採用したからですよ」


 零の主桁は2本ある。


 しかしこれだと重量増加に伴う離陸性能のカバーには若干の不安があった。

 そこで採用したのが前縁スラット。


 これも重量増加要因だが、翼形状の見直しで低下した運動性能もカバーできる。

 だがそのためには主桁の構造が弱すぎる。


 そこで採用したのが、一郎が現在設計中の雷電と同じ1本方式。


 十四試局地戦闘機と呼ばれる雷電を一郎が担当する際、彼はエンジンパワーがあると聞いて零の反省を完全に活かしたものとしようとした。


 そのエンジンが欠陥品で泣くことになるのだが……


 現在、半年ほど前倒しで開発が開始された十四試局地戦闘機はすでに4割ほど設計が終わっていたが、ハ43を採用したことで俺の知る雷電よりダイエットに成功していた。


 こんなにゲッソリしつつもファストバック型だったり、翼も逆ガルだったりと不思議とキ35に似た外観を持つ。


 それでいて厚板構造というほどではないものの、零よりかはよっぽど厚い外皮を用いているために骨組やリベット数はそれなりに減ってはいた。


 こっちは明らかに名機たりえる存在だと思うわけだが、零は一郎が作ろうとしている雷電よりさらに洗練させてしまう。


 1本方式にしたことで余裕が出来た分は、構造部材を強化することで対応。

 1本方式に出来たのも厚板構造などにしたおかげである。


 ダイブ性能も当然厚板にすることで確保出来、ハ43を搭載したコイツは630km前後を発揮できそうであった。


 胴体後部の構造も当然見直し。


 燃費が悪い分をカバーするため、胴体を延長。

 ただし垂直尾翼の位置は現在と同じ位置とし、一部パーツを共有。


 水平尾翼が伸びた分長くなった胴体内には、今まで以上に多くの量を防弾タンクとして燃料を搭載。


 通常の燃料タンクもキ43と同じく3分割方式防弾タンク。

 重心点の問題も胴体延長でカバー。


 翼が頑強となったので主脚を延長。

 プロペラをより効率の良い3翅タイプのものとした。


 海軍からは陸軍が開発中のホ5が非常に高性能と聞いているため、ホ5に変更した分、20mm機銃の携行弾数を増加させる設計とすることを要求されていたが……


 その要求も達成できている。


 ホ5は俺が西条に指示したことで12.7mm機関銃ことホ3と並行開発されている。


 技研がホ5の開発を行ったのは秘密特許情報から皇暦2598年だったことがわかっているが、実機による実証実験と並行しての開発が皇暦2599年になる予定だった。


 約1年前倒しで開発に成功しているのは、ホ5を作ろうと考えればいつでも作れる体制であったが、12.7mmで当時は十分だと考えていたからだ。


 また、ホ5が現場で規格統一されておらず混乱したのも予め西条に伝えて手を打っていた。


 そういう意味では急遽輸入が決まったヒスパノ・スイザ HS.404はホ5の開発促進に大きな影響を与えたと言える。


 エンジン部分には強制空冷ファンを導入したことで、さらに機首砲として12.7mm機関銃を装備することを可能としている。


 7.7mmでは威力不足だと数年後に嘆かれるのは見えていたので、それは当初より防ぐ。


 エンジン径が大きくなったものの、空冷ファンによって最小限のカウル径と出来たため、両サイドに推力単排気管の集中排気口こそあるが、全体の印象としては全長が少し伸びた程度の零に収まっている。


 元々零は全幅が長いため、翼構造を変更しても全幅はほぼ変わらず。

 運動性の低下は前縁スラットでカバー。


 航続距離は何とか2100kmを確保し、増槽で2800kmを確保した。


「正直言って四菱の皆さんならこの構造で普通に作れてしまうでしょう。後は堀井技師、細かい詳細設計があるんですが……基本設計はこんな感じでどうでしょうね?」


 生まれ変わった零は防弾鋼板も新たに装備し、風防はより洗練された上で現在の陸軍方式となって小型化したが……


 それはまだ零という存在から逸脱しない程度の……


 艦上戦闘機として暴れまわった零を、今の皇国の技術力でもって海軍が求めるスペックをオーバーさせたようなものに留まる程度で仕上げることが出来そうだ。


「いいですよ自分は。それよりも信濃技官。いくつかの構造部分の空力特性について教えてください。十四試局地戦闘機の設計のために参考にしたいので」

「構いません」


 かくして一撃離脱によってP-38に苦しめられるようになった零は、自身すらもダイブできるような戦闘機に生まれ変わった。


 装備重量だけで650kgも増加してしまったものの……エンジンパワーがあればどうにかなるさ。


 というか一郎。


 本来の一式戦こと隼が1975kgに対して、零の1650kgは軽すぎるんだ。

 その分、ありとあらゆる性能が足りてなかった。


 本来の未来における零の最終型である五二は400kgぐらい増加してたわけだが、厚板構造採用で防弾ガラスや防弾鋼板まで装備しているのに650kg増加で収まったとみるべきだ。


 彩雲の技術の前倒しのおかげで重量増加は最小限となっている。


 その分、機体の総合性能は大幅に上がった。

 まあこれで、零は皇暦2605年頃も何とか戦っていけるようにはなっただろう。


 ◇


 一連の基本設計とそこから導きだされたスペックを見た海軍は、零がどうしてここまで高性能化できたのか目をまん丸に見開いて不思議がっていたが、どうせよくわからんだろうからと俺はハ43のおかげですと嘯いておいた。


 基本設計さえすれば、四菱は一郎もいるので長島と同じくほぼ完璧なものを作れるため、詳細設計はある程度で切り上げて一郎にブン投げ、俺は横須賀から立川に戻ろうとする。


 すると海軍の者達から新たな提案を受けることになってしまったのだった。


 ◇


「――マル4計画で新たに建造する潜水艦の構造について考えてほしいですって!?」

「そうだ。君が得意としている流体力学は水にも応用できると聞いた。しばらくの間、我が海軍の新鋭艦の建造にも関わってもらえないか。すでに首相……参謀総長には話をつけてある」


 横須賀に本部を置いて普段は陣頭指揮などをとっている宮本五十六は、一体どうしてそんな斜め上の発想に至ったのか……


 俺に対し、海軍が採用する新鋭艦のためのスクリュー構造と、統合参謀本部の会議で閣議決定された、マル4計画による、横須賀で造船予定の新鋭潜水艦について俺に作らせたいと主張してきた。


 いや、出来なくもないが、俺は航空技術者なんだぞ。

 どうして航空技術者に軍艦を作らせようと思ったのか!?


 さすが水からガソリンが作れるという嘘を信じた者達だ。


 時に彼らは水とはすなわち流体なのだから、大気に精通するだけでなく水にも精通すると思ったわけか。


 確かにそうなんだが……よほど軍艦関係はいろいろ専門的な分野があって難しいのに……


 陸軍が俺に戦車を作らせようとするようなものだぞ。

 確かに戦車よりかは潜水艦の方がよほど詳しいといえば詳しい。


 だが、この当時の潜水艦に流体力学を活用しても、そんなに大幅な性能向上は望めないとは思うが……


「一体どうして航空技師の私に依頼しようと思われたのですか?」

「我が国の潜水艦はようやく第三帝国かぶれから脱して皇国独自のものとなってきているが、どうももっと水中航行を効率化できるのではないかと思っているのだ私は。その件を造船所の者達と話し合っていたら、流体力学の専門家に聞いてみろというのでな。君も専門家であろう?」

「……わかりました。流体力学的な見地にて何か意見が出せるかもしれませんが、何分門外漢なので期待されないでください」


 水と大気じゃ計算方法がまるで違うんだよなぁ……


 仕方ない。

 やるだけやってみて駄目だったらそこまでだ。


 どんな潜水艦か知らないがやってやる!

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[気になる点] 「こさえた」は「こしらえた」では? そもそも「製作した」とか「製造した」では何故いけないのですか?
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