第39話:航空技術者は山崎の技術者に思いを伝え、研三を作ろうとする
「信濃技官。試験機なのにこんな民間機みたいにしてしまうのですか?」
不満を漏らしながらこちらが提案した図面を目視しているのは、山崎の技術者である。
ようやく技術力を誇示できる貴重な機会を得られて高揚する精神に冷たい釘を刺されたような……そんな気分なのだろう。
不思議なことに軍用機の世界においては小型機こそ華である現状、彼らにとって中型程度の輸送機の設計開発は燻るものしかなかったのだ。
それが爆発しかけているのであろう。
キ57の設計があらかた完了した後……
俺はキ47やハ33、ハ43量産化のためなどに忙しい四菱や、キ43の開発や深山などの開発で忙しく手があいていない長島の代わりに、山崎の者達とCs-1を利用した試験機をこさえることにした。
しかし彼らはこちらの設計案について難色を示したのだ。
彼らが不満を表明する最大の理由は、まがりなりにも国産史上初のジェットエンジン機が、単純双発機だったことによる。
そのデザインはキ96のようなものではなく、輸送機にもなりそうなとてもシンプルなデザインをしていた。
搭乗者数10名ほど。
俺はこいつを哨戒機ともしたいのだが、彼らにとってはそれが不満らしいのである。
「せっかくのエンジンですし、最高速を目指しましょうよ」
「そうですよ。700kmぐらい出したいですよ」
「ほう?」
山崎はきっと高速戦闘機が作りたいんだろうな。
本来の未来であれば秋から開発が始まる研三ことキ78も山崎が手を挙げたわけだし、キ64という存在もある。
キ64なんかはどう考えても無茶だと思っていたが、彼らは実現できると最後まで主張していたことが記憶に残っている。
後に三式戦闘機となる前身のキ60の開発計画はまだだが、最近王立国家から独自にマーリンをこさえ、長島に負けんとばかりにハ40の代わりにならんかと挑んでいるそうだと聞く。
そこまでして液冷エンジンの高速戦闘機が欲しいか。
どうしてもというなら、案がないわけじゃない。
「3日ほど待っていただけるならば別案を用意しますがね……この設計を完全再現できるならばやりましょう。言っておきますが、途中で諦めた場合は今後陸軍が山崎に航空機生産を依頼することはなくなりますよ。それだけのリスクを背負って尚、欺瞞なく出来ると判断されたのなら、その案でも技研としてはよろしいですが……」
さすがに顔が引き攣り気味だった山崎の技術者ではあったが、俺としても遊びで航空機を開発しているわけではない。
今は皇国の明日のために戦っている以上、生半可な思いで航空機など作らせない。
……結局、山崎はあーだこーだと愚痴を述べた上で、見るだけ見て見ると主張してその日は解散となった。
……3日後。
◇
「コレが信濃技官が考える高速試験機なのですか!?」
「最速の双胴機ですよ。ジェットエンジンは特性上まだ不安があるんで、信頼性を確保するために単発式を採用することは技研として認められません。その上で700km台を目指すというならば、この方法しかない」
唖然とする山崎の技術者の目の前に現れたスケッチと図面は、かねてより俺が1度やってみたかった双胴機である。
全体構造は軍用でもなんでもない趣味領域(レース機)な代物。
それはXF5Fを双胴型にしたような、およそ常識的な航空機を逸脱したようなデザインであった。
ほぼエンジンだけで飛んでいるほどに翼も小さい。
これは、大戦機がエアレースで消耗するのを憂慮し、エアレース界に新たな一石を投じようとした航空機"Pond Racer"を母体に、これを俺のもつさらに先の時代の流体力学を駆使してブラッシュアップしてこさえたものであり、皇暦2599年の段階でそれを可能な限り再現してしまおうという……
むちゃくちゃだが、エンジンパワーでどうにかするという山崎に作れるもんなら作ってみろと主張せんばかりの……
あまりに斬新かつ未来に目を向けすぎた航空機である。
すでにCs-1は本来のスペックを取り戻し、カタログスペック上の数値である1040馬力を達成している。
2つで2080馬力。
これを飛べばいいのだとばかりに運動性だとかそんなものはかなぐり捨て、水平飛行の絶対的安定性と、上昇力だけを確保し、XF5Fが達成できなかった700km台に到達させようと試みるもの。
まあ機体が軽いせいで必然的に運動性も手に入ってしまうのだが。
美しいラインを纏う双胴型の胴体の間に、まるで皇暦2650年代のグライダーのコックピットなどの先端を中心部にさらに乗っけたようなPond Racerをさらに洗練してみたようなものを図面に描いた。
あの特徴的な前進角の付いた翼はさらに空力的に見直され、双胴型の2つの胴体部分もCs-1に合わせて整えた。
外観はまるで2頭の馬が引く馬車のようでもある。
そういえばなんだかNUPのSF映画にそれっぽいレース機が出てたな。
ポッドレーサーだったか?
まあアレを現実世界でやろうとするとこうなるわけだ。
最も特徴的なのは、後退角のついた垂直尾翼だろうな。
X字の垂直尾翼ならびに水平尾翼は採用していない。
その代わりに安定翼として固定式カナードを採用。
離着陸性能すら最低限のものしか確保せず、皇国至上初となる4翅可変ピッチプロペラすら装備。
やるというならば徹底的にやる。
俺だって一郎のような挑戦をすることはある。
「設計最高速度は730km。どうせカタログ数値で皇国ではこんなに出ない可能性が高い。……しかしこいつは高度9000mでも700km出せる素質があるんです。社運をかけてまでこの航空機の計画に乗りますか?」
山崎よ。
この未来では三式が生まれる可能性は低い。
なぜなら皇国に三式完成を待つ余裕はないからだ。
キ60の開発は一応継続するらしいが、第三帝国とは最近だんだんと距離が離れていくのを感じる。
最新のDB601が手に入らない可能性が高い。
お前らはそれを知らないだろう。
だが俺は政治の表舞台に立たないだけで、政治に関わっている以上、第三帝国と皇国の関係が揺らいでいることを知っている。
一方でマーリンをすぐさま国産化できるとも俺は思ってない。
王立国家はまだ慎重姿勢。
本当に必要となる2段式スーパーチャージャーが手に入るかは不透明。
これがない限りマーリンは性能不足。
となると今、一番可能性が高いのはCs-1。
こいつの量産化は皇暦2600年までに達成させる予定だ。
なにしろこいつの設計は我が皇国で作れといわんばかりの、アルミ合金など、ニッケルを多用しない構造部材ばかりで構成された次世代型エンジン。
燃焼室がどうにかなった上に燃焼室などは茅場がこさえられる以上、俺はCs-1からターボジェットやターボファンを作るつもりだ。
その前段階としてCs-1は量産する。
使い道としては輸送機関連。
今西条と話し合っているモーターグライダー系の輸送機に採用を目指して設計案を思案中だ。
だからこそ俺は、足がかりとして10人乗りの双発機輸送機としたかったのだ。
一方で、この機体を山崎がそれでも作るというなら、航空研究所こと航研の研究者の方々も参画させることとなる。
申し訳ないがメーカー単独では信用できない。
一方の航研に関しては技研とも技術共有がある影響なのか航研機は本来よりも記録が伸びていた。
理由はキ35などによる翼のデータから多少改良が加えられたからだという。
それだけの技術力と信頼が航研にはあるわけだが、彼らのサポートでもなければ全くもって不安要素だらけな計画となる。
それでも記録は塗り替えられそうではあるが、彼らと組み、名前をキ78とする。
彼らが本気なら、俺がどうしても未練がある研三を我が師匠の名前が世界に轟かんばかりの栄光ある皇国初の実用ジェット機に仕上げてみせる。
「――以上です。私の思いは伝えましたよ。技研としてはそれだけの覚悟でもって航空機を開発している。旅客機だって、人を運ぶ大事な仕事があるわけだ。そもそもが航空機は元来人を運ぶ物であって、武器弾薬だけを運ぶものではない。大型機を多くこさえている貴方方だからこそ期待して設計したのにソレが嫌だと申すならば、これを設計どおりに……いや……航研の者達とさらに洗練させ、730km台を出せる航空機を作ると今ここで約束していただけるならば、私もこの案に乗りましょう」
俺は一連の事情、航空機に対する思い、輸送機が決してバカに出来ない存在であること……
そしてやるならこうしたいことを伝え、新たな研三となる存在に山崎が挑むのか最後の確認を取る。
山崎の技術者の中には耳を赤く染める者、目を赤く染める者とがいた。
自分達も会社の存続のために必死なのだろうが、プライドを拗らせて戦闘機ばかりに目を向ける姿勢を俺は許したくない。
正直山崎は小型な航空機を作る事はさほど得意ではない。
このまま行くとキ66なども作られる可能性が低いとはいえ、どうせそれらは量産されなかった代物だ。
得意の機体は大型機。
戦後もそのミームは受け継がれていく。
山崎が未来の皇国に残すのは、人を救うための救難機や、震災時に活躍したヘリコプターや輸送機などだ。
人を殺めるよりもっと高貴で俺も作りたくなるようなものを作るメーカーになるからこそ、俺はその一歩としてキ57を作らせたかったのだ。
エゴだと言われればそうかもしれないが、エゴで何が悪い。
俺が本当に作りたいのはそういう存在だ。
山崎の技術者はキ57について面白みがないだとか言っていたが、キ57は重症者を運ぶ救難機としても使われる予定なんだぞ。
そんな機体を他のどこが作ると言うんだ……
だからわからせる。
高速機を作るというのがいかに難しいかということを!
その上で滑空機についても彼らにやらせよう。
「やらせてくださいッ!」
小声でボソボソと囀るように言うならば即座に"ふざけるな"と言うところであったが、彼らは満場一致で肺から全ての空気を吐き出すがごとくこちらに言葉をぶつけてきた。
航研機は逃したが、研三だけはどうにかしたかっただけに、彼らを運命共同体としてキ78を形にしてみせる。