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第38話:航空技術者はNUPの国民に問いかける

第38話:航空技術者はNUPの国民に問いかける


 …


 ……


 …………


 ………………


「これは……」

「頭が痛いですね……」


 芝浦電気の応接間において、二人の外国人と対面しているのは俺と千佳様。


 西条の許可を取り付けた俺は、G.Iに王立国家からの情報を提供する事に決めた。

 何としてでもNUPの動きを阻止したいためだ。


 そしてそれは偶然であったのか、必然であったのか、G.IのCEOウィルソンは皇暦2599年2月中旬にハリマン氏を連れて皇国に来訪。


 好機と見た俺はハリマン氏とウィルソンに情報を提供したのである。


 二人は現時点でNUPの大統領の裏での動きを良く知らない。


 特に表向き対ヤクチアとして働かされているハリマン氏にとってNUPの大統領が起こした行動は裏切りも同然。


 現在、反共主義が高らかに叫ばれつつあるNUPの世論に真っ向から背を向ける行為に、全ての資料を見たハリマン氏とウィルソンは互いに額や目元に手を当て一言"oh……"と嘆いてしばし無言となった。


 王立国家の首相からもたされた恋文には、要約するとこのような記述がなされている。


 モンロー主義を崩壊させるNUPに対してはその行動を抑制する気はないものの……


 反共主義で共闘しようと表向き持ちかけながら、ヤクチアと裏でつながりを持ち、防共協定のようなものを密かに結び、第三帝国とヤクチアが近く結ぶ不可侵条約締結の際に、ユーグ地域の領土の割譲をどうするかについて話し合っており……


 王国などの地域をNUPは事実上の傀儡政権として管理し、ズデーデン地方の管理についてどうするかまでウラジミールと話し合ったのだという。


 表向き王国と話し合ったのは、傀儡政権とすることへの布石でありながらも、もしものことを考えて共闘路線も考えてのことであった。


 これは西条の言葉を借りれば、列強だからこそできる二兎を追う行為であり、ヤクチアと共に互いに二兎を追うからこそ可能な"勝てばよかろうなのだ!"――を地で行く破廉恥極まりない行為。


 NUPの大統領はズデーデン地方の王国による管理も考えつつ、ガルフ三国など、ヤクチアが欲しがる地域を全てヤクチアに明け渡し……


 自らは中立の立場をもって行動し、最終的に集の利権はヤクチアと分配しようと考えていたのである。


 この秘密会談で決まったのは、ヤクチアが集を攻め込んでもNUPは加担せず、東亜において防共協定も結ばないという秘密協定であった。


 おまけに、王立国家に対しても本来の未来では存在した"大西洋憲章"のようなものを結ばせようとせず、第三帝国が王立国家に参戦した場合でも当面の間の支援は見送るという、中立法の皇暦2601年までの絶対維持というものをヤクチアに約束している。


 正直、俺からすると信じられないような内容が秘密協定で結ばれてしまっている。


 これがキ47などを用いて、華僑の事変を早期攻略した報いだというならば、あまりにも現実世界は茨の道すぎる。


 単なる航空機エンジニアではどうにもならない。


 西条がNUPと外交ルートを通じていくら交渉しても、まるで対話の窓口を開かない原因はここにあったのだ。


 クラーク・グルー駐留大使は薄々そこに気づいていたものの、彼にすらどうすることも出来ず、苦しんでいた。


 しかし王立国家の危機感は当然にして強く、すでに同様の恋文がモーラス・コーウェンを通して蒋懐石にも渡っているのか……彼も内容の詳細を把握していた。


 蒋懐石は表向きはヤクチアに渡すぐらいなら民族玉砕をかけてでも徹底抗戦をする構えであり、西条にもその参戦を希望したが、当然にして西条も前向きである。


 これがどれほど本気なのかは不明だが、自らの生存圏において危機感を抱かぬ国の長などいるわけがない。


 少なくともヤクチアに蹂躙されるというならば……という前提においては間違いなくこのような意思を持っているはずだ。


 皇国は集の首脳陣と共に改めて東亜三国の共同声明を確認。

 共同声明は何があっても不動のものとすることで一致した。


 蒋懐石はここにきて皇国との繋がりを深めつつあるが、彼が周囲に主張しているのは皇国は親友ではないが共通の敵をもっている悪友ではあるとのことで……


 反ユダヤ政策への対応などで第三帝国からも狙われはじめた中、王立国家や皇国との四国同盟すら検討するに至っているとのことだ。


 特に蒋懐石が考えを改めたのは、モーラス・コーウェンと共に上海に訪れたユダヤ人からヤクチア内でも行われている少数民族虐待についての話を聞き……


 統一民国がそんな行動を起こす国家になびき、それでもって皇国を裏切るぐらいなら死んだ方がマシだとすら考えるようになったからだという。


 彼はどうやらここにきて、ヤクチアが完全に漁夫の利を狙い、皇国と戦わされていたことに気づいた模様だ。


 そのため、王立国家とより一層の結びつきを強めるよう、西条にも提案してきていた。


 ただ、最大の懸案事項は東亜三国と王立国家の距離が遠すぎて、防共協定を結ぶに対してなかなか行動がしにくい点にあった。


 特に艦隊を派遣するとヤクチアから突然攻撃を受ける可能性もあり、NUPとヤクチアと第三帝国の共闘路線は真の悪が世界の覇権を握るのも同義でありながら、それを突破するための道筋が見えない恐怖を孕んでいる。


 王立国家の首相は一連のNUPの大統領の行動から、現在ではもはやNUPよりも西条を通した皇国の方が信用出来、皇国と王立国家の同盟を破棄したことについて後悔するほどであるという。


 当時はそれが正しかったものの、現在においては全くもって正しくない。


 特に皇国は現在第三帝国とは防共協定を結びつつも、それは対ヤクチアのためであり、東亜三国の共同声明にも代表されるように、全てが対ヤクチアのものとなっている。


 恐らくだが、王立国家としてはこの共通点を拾い上げるとアペニンと皇国との同盟は事実上可能だと考えているだけでなく……


 超大国化のために形振り構わぬNUPをけん制するための国際社会における発言力を高められるのではないかと考え、秘密首脳会談すら申し込んできているのだ。


 この秘密首脳会談についての情報はウィルソンやハリマン氏には伏せている。


 彼らに渡した内容は、第一報として皇国に注意を促し、王立国家は現時点では今後も東亜情勢に対して中立を守り……


 そしてこれ以上の紛争が華僑内で起きない限り、その考えは一切変えぬという立場の表明。


 それと同時にNUPの数々の裏切りについて刻々と報告書を綴り、もはやNUPはそのために皇国との同盟関係を崩したかったのではいかと疑心暗鬼にすら陥っている様子であった。


 ただでさえ第三帝国という目の上のたんこぶを抱えながらも、ユーグ地方の危機を乗り越えたい王立国家にとってもはやNUPによる陰謀としか思えない。


 こうなると交渉する上で説得できるのは……


 対NUPと王国においては対決姿勢を見せない西条と、実直かつ素直で、独裁者ではあるが国家としてやるべき事はやっているアペニンの首相。


 この両名の方がよほど信頼できてしまうのだ。


 特にアペニンの首相は第三帝国、そしてヤクチアの首脳陣からも高く評価されているが……


 NUPからも、ひ弱な国力に対して蜂の一刺しのようなものできる力があると警戒されていた。


 王立国家としてはアペニンと同盟関係とすることで、対ヤクチアのための防波堤を築けると考えているのだが……


 皇国としてもここがヤクチアの手に落ちるとヤクチアの艦隊が西から東へ攻めてくる事が容易となり……


 いくら近場で資源などを確保できているとはいえ、その危険性については多分に理解できている。


 だからこそ、NUP国民に問いかけるのだ。

 それでいいのかと。


 反共主義の風が吹くNUPの国民が選んだ大統領が、こんな真似をしていいのかと問いかけるしかない。


 西条がウィルソンを通して活路を見出したいのも、少しでもその動きを妨害したかったからである。


「来年、NUPは大統領選があります。このままそんな状況が続くならば現大統領の三選は阻止してもらいたい。Mr.ウィルソン。Mr.ハリマン。ユーグが第三帝国やヤクチアの手に落ちて、本当にNUPの思惑通りになると思いますか」

「思いませんね。ユーグはユーグだ。我々は元ユーグ地方の移民者の末裔でしかない。ユーグを追われて新たな地に活路を見出した移民者であり、すでにユーグとは違う歴史を歩んでいるNUPの国民です」

「ハリマン氏のおっしゃる通りです。ただ、三選は阻止できない可能性が高い。中間選挙でも彼は勝ちましたから。というよりも、中間選挙を鑑みたからこその秘密裏の活動なのでしょう。我々にできるのは四選をさせないということ。そして、可能な限りNUPの中立を維持し、反共主義同盟として王立国家や皇国との仲を取り持つこと」


 そうなのか。


 まだどうにか逆転の芽がないかと思っていたが、ハリマン氏までそうおっしゃるならどうしようもない。


「近くユーグは火の海になります。王立国家の首相は我が国に対し、"もはや第三帝国の暴走は押さえ込むことができず、宣戦布告すら辞さない"――と主張してきました。彼らが皇国に対し少しでも力を借りたいのはそれを乗り切るためです。我々は前向きです。ですが、その時ヤクチアが背後から手を伸ばしてくるのは明らか。この状況においてNUPが中立を守るというのは……」

「Mr.シナノ。我々は企業です。企業体だ。企業が出来る事は1つ。商品を提供することだ。……中立法には穴があります。統一民国が現在も続けているNUPからの物資調達を可能とした事です。貴方方の戦いが中立法に穴を開けた。この改正は未だに行わずにいるというのは彼らの弱点だ。ここを突き、NUPから本来購入が難しいものを購入してみてはどうでしょう」

「どういうものです?」

「B-17などの戦略爆撃機など、多数のものですよ。我々もNUPの世論をたきつけて揺さぶりはしますけども、その前の段階で我が国の優秀な製品群はじゃんじゃん購入すべきです。統一民国を通して秘密裏に……われわれはそのサポート体制を構築できます」


 なん……だと?


「それは一体どうやってなのですか?」

「今我々はNUPにおいて企業連合体を構築しつつあります。政府……というよりも大統領サイドがあまりにも危険な行動をしつつあるので、企業でもって民意を問おうと思っています。企業連合体は協定を結んでおりますが、例えば相互で技術者を派遣しあうなど、そういうことが可能です。形式上、出向という形で処理されます。一例を示すならば、芝浦タービンは我が社の子会社ではありますが、ある日突然重火器が作れるようになるやもしれません。貴方方の扱う航空機関砲である12.7mmの弾丸を、本国と同等のものに品質を上げることが……不可能ではありません」


 そんなことをやっていたのか。

 ここのところ、やたらNUP出資企業が提供する製品の品質向上が著しい。

 芝浦タービンだけじゃないんだ。


 西条は皇国内のNUP外資企業が、数多くの技術者を本国より招集しているのはなぜなのかと聞いていたが……


 要因はこれか。


 国家としてのNUPは味方をしてくれない。


 だが、国民としてのNUPは影ながら支えてくれていたのだ。

 それに気づかぬとは……


「Mr.シナノ?」

「そんな頭を下げんでください」

「いえ、こうさせてください。全くもって何も知らずに……」


 千佳様も即座に俺の真似をして頭を下げる。

 内容はわかっていないが、しなければならないと感じたのであろう。


「NUPの人間が皇国に増えれば増えるほど、NUPが中立でいるのは難しくなります。それが少しでも抑止力になってくれればというのが我々の思いです。出来れば、可能な限りでいいので今後も世界情勢の鍵を握る情報は提供してください」

「こちらとしても、協力は惜しみません。よろしくお願いします」


 二人の男とかたい握手を交わし、対談は終わった。


 俺たちは最悪の方向性に舵を切っているのだとしても、希望はまだ残されている……


 残されているのだ。


 …


 ……


 …………


 ………………

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