第37話:航空技術者は4つのプランの輸送機を提案する
輸送機。
大戦期の輸送機といえば、大半の国家が旅客機を改造したような人員輸送を主体とし、物資輸送は小物のみといったような存在を空輸する機体が多かった。
皇国においてもそれは例外ではないが、側面扉の大きさを調整することでエンジンなどの整備部品を空輸したりはしている。
空輸の重要性に早くから着目したのは実は皇国とNUPだったりする。
華僑の事変において、皇国が拘束した航空参謀長は空輸による補給路の構築の重要性を訴えていた。
その彼はかの有名な戦略家ハンニバル・バアルに習い、補給ルートは一般の人間なら不可能とも言えるような困難なルートを選択し、そこに空輸を用いた。
エベレスト越えである。
陸上輸送は不可能な上、年がら年中吹雪いているので、常識からすればこんな場所を空輸ルートにするなどしないであろう。
しかし、皇国が捕虜とした華僑の操縦者ら3名はその任務に携わって鍛えられていたからこそ、熊本まで飛来することができたのだ。
吹雪やら何やらは視界を覆い隠し、飛ぶ上では危険ではある。
だが方角と高度さえ見失わなければどうにかなるし、相手の偵察部隊もこの時期には中々こういった山々へまでは来る事がないので、この空輸によって大量の物資を重慶や武漢などに運び込んでいた。
使った機種は主に爆撃機だったとされる。
爆弾の調達というのは当時容易ではなかった。
皇国陸軍は250kg爆弾の輸送に手間取り、大規模空爆のためには事前準備に大変時間を要した。
つまり暇な爆撃機というのは常にそこに存在し、輸送機の代わりとして使われた事も多々あるのだ。
皇国においては海軍が早くから大型飛行艇に目をつけていた。
事実上滑走路をいくらでも延ばすことができる飛行艇は離陸滑走距離が伸びやすい輸送機には打ってつけ。
戦中戦後と、なんだかんだで活躍していた。
ただし、人員輸送にも使ったがために、本来の未来では宮本が死去することになる。
陸軍は人員輸送は高空性能が必要と考えていたが……
海軍は大量の人員を同時に送り込めばいいと考えていたことが仇となった。
華僑の事変においては一連の航空機における優位性が幾多もの分野で示され、それらの情報によってNUPだけでなく第三帝国も空輸の重要性を認識し、各国で輸送機の雛形となるような存在を構築しようとしていくのである。
最終的に輸送機のテンプレートを構築できたのはNUP。
C-130と呼ばれる傑作機の登場により、以降各国はこの機体を参考とした輸送機を登場させることになる。
ただし、そのC-130自体は第三帝国からアイディアを多く拝借していた。
それは開発者自体がそう主張するように、それまでのNUPの輸送機はあんなに合理的ではなかったのだ。
本来の未来における皇暦2605年。
1つの大型輸送機が産声をあげる。
その機体はB-29より全長が大きく、その見た目はどう見てもB-29を輸送機化したようなものだったが……このC-74はB-29とは製造メーカーも異なる大型輸送機であった。
B-36が装備したものと同じエンジンを4発搭載したこの機体は、第三帝国が崩壊した後に勃発した東西戦争においてNUPによる空輸活動によって大きく活躍し、NUPは大型輸送機の必要性を痛感することになる。
それまでC-47と呼ばれるDC-3の輸送機版で十分と考えていたNUPだが、大戦期にC-74が飛んだ場所にて活躍していた敵側の大型輸送機などの活躍ぶりなども見て、様々なものを見出していくことになる。
その結果が次の次の世代にて花開くこととなる。
次の次の……とはどういうことかというと、C-74が少数生産に留まったためにさらなる輸送力の増強を欲したNUPは続く大型輸送機として新たにC-124という存在を世に送り出すのだが……
これなんかは今からしてみると完全に失敗作で、正直使い勝手が非常に悪かった。
だが、そんな世紀の大失敗ですら救世主ではないかと錯覚してしまうほどに、輸送と補給という概念の重要さを理解するにいたり……
その間にこれまで培った経験やノウハウを基にC-130を開発し、皇暦2614年になってついにそいつを世に登場させることに成功する。
しかしこのC-130の仕様は、明らかに大戦期による第三帝国の輸送機との類似が見られた。
それまで低翼配置ばかりだったNUPの輸送機は、ここにきて初めて一般的な胴体構造による高翼配置を採用する。
高翼配置というだけならばC-119カーゴマスターと呼ばれる機体がすでにこの世に存在したが、一般的な単胴機による高翼配置はNUPにとって初めてである。
これによって翼より胴体が下になるため、C-124のように積み込み用クレーンやタラップといった無駄な装置は不要となり、積み込み時間もかかるといったような事がなくなる。
その合理性を最初に示したのが他でもない第三帝国の輸送機"ギガント"である。
単なる超重量級滑空機であったギガントだが、曳航による事故が多発したため、モーターグライダー化させた。
即ち曳航するだけでなく低速ながら自力飛行もできるようにした。
この機体は当時としては空前絶後の輸送力を誇り……
また、滑空機という特性から着陸の場所を選べないため、主脚は後の輸送機に通じるような構造を固定式として採用。
これによってどんな荒地でも着陸できるようにし、戦車を前線基地に大量に運び込むことすら可能だった。
第三帝国の電撃戦は100名以上を乗降させることが出来るこの存在による力も大きく、特にヤクチアはそれに大きく苦しめられる事になる。
制空権を取られやすかったヤクチアにおいてはギガントの輸送は何としてでも防ぎたかったが……
それは末期まで上手く行かなかったほどだった。
つまり対ヤクチアを考えても、ギガントは有効戦術であるとは言える。
別途6発輸送機も考えとくべきか。
それはさておき、第三帝国がC-130に影響を与えた輸送機はこれだけではない。
ムカデと呼ばれたAr232と呼ばれる存在がある。
こいつはほとんどC-130と同じような仕様だ。
短距離離陸など必要なものを全て備えている。
ただし、C130と比較すると機銃装備など無駄が多いし、貨物ハッチの位置もよろしくない。
おまけに扉も小さい。
ギガントの利点とAr232の性能。
C-130はこれを目指したと明言されてしまうほどだが、第三帝国がその結論に達することができなかったのが残念ではある。
うーむしかし、軍部が要求するのは双胴輸送機か。
たしかに量産されたものもあることにはある。
こいつの設計も割と合理的で、実は目立たない傑作機でもあった。
ギガントなどに何度も苦しめられた共和国は戦後新たな輸送機の存在を欲するようになり、自国のメーカーに開発を要求した。
それがノラトラだ。
高翼配置など輸送機として重要な要素を満たしつつも、
こいつはなぜか双胴機だった。
理由はいくつかあったとされる。
なるべく空力的に洗練させたかった。
その上で当時の技術力で作れる範囲で可能な限り主脚を頑丈なものとさせたい。
……となると単純な胴体構造だと主脚が隠れきらない。
キ47もあの頑丈な主脚が隠れきるのは双胴型だからだ。
エンジン全長が短い空冷エンジンの場合、通常のカウル構造だと中々主脚を長くしたりして頑丈なものにしにくい。
高翼配置となると特に主脚の位置には困る。
タイヤを大量につけるのはいいが、C-130が生まれるまでは、この手の機体において大量のタイヤを隠す技術は生まれていない。
となると、双胴型にすれば、空力性能との均衡が保てるというわけだ。
しかも、ノラトラは運動性能もそれなりに確保したかったからこそ、双胴型をあえて採用していた。
あえてね。
おかげで短距離離陸性能もきちんと満たしたそれなりに優秀な輸送機となった。
見た目は珍妙だが、共和国が誇る傑作輸送機である。
飛んだ姿を見ればわかるが、こんなの輸送機らしからぬ運動性だぞ。
後にとあるユダヤの国はノラトラを購入したことで、これを参考にアラバという小型多用途輸送機体を作る事になる。
スエズ危機で大活躍したためである。
あの機体、飛行中に後部ハッチを開ける特性のおかげで、長距離空爆などもやっていたんだ。
後にリバティー事件を起こすが……
後部ハッチが大きいと車両の空中投下など、高い汎用性を示す事は知られているとはいえ、どこの世界に輸送機で空爆する空軍がいるというのだろう。
しかも運用していたのが輸送機専門の空輸部隊。
空輸部隊が空爆を行うなど、冷戦の黎明期には謎の航空機運用がよくあるな。
うーん。
確かに、単純にノラトラを小型化し、馬力確保のために排気タービンを搭載すればノラトラに類似したそれなりの輸送機はすぐに作れることは作れる。
我らが皇国はキ47で培った技術があり、キ47のパーツを流用することも出来る。
ただノラトラはギガントほどの着陸場所を選ばない輸送機というわけでもない。
地面は土だらけだとしても、滑走路となってなければならない。
ギガントやC130が怖いのは、砂漠だろうがなんだろうが着陸できてしまう事にある。
一応、後の輸送機に採用される固定ブースターを装備させてのさらなる短距離離陸が可能なようにはしておくが……
俺としてはギガントの小型版のような……どんな場所にも着陸できる機体の方が欲しい。
実際、陸軍は二式小型滑空輸送機ことク1とク7、ク8をこさえるわけだが、思えばク8を除き、こいつら双胴式滑空機だった。
お偉いさんはコレにエンジンを付けろとおっしゃるわけか。
実際に実在する……キ105として。
よし、とりあえずは双胴型とし、いくつか仕様の提案をしてどの機体がいいのか検討してもらうこととしよう。
◇
「キ57の仕様を複数の中から選んで欲しい?」
「ええ。標準プランはキ47のごとく運動性をそれなりに保ちつつ、兵員30名ほどと積載重量6tほどを積載できる最大搭載量での飛行速度430km程度の輸送機とします。
積載量によっては、例えば人員輸送なら480kmほどはいけますね。
ただ、これとは別の設計方法もありまして……」
「ふむ、速度を犠牲に積載重量を10トン級超とし、補助動力代わりにキ47に曳航してもらうのか」
「こっちのプランは九七式中戦車1台を運べます。こちらは殆ど滑空機、諸外国でいうモーターグライダーですがね。
ただ、扱いづらいですよこっちは」
「他にもプランがあるようだな」
「自力飛行が可能な代わりに翼の全幅を伸ばし、速度を犠牲に積載量を増加したタイプや、
速度や運動性を向上させる代わりに4トン級とした機体などですね」
「迷うな」
「それを統合参謀本部で検討してもらっていただけないかと。
あまり時間がかかっても仕方ないので、この4プランから選んでいただければ」
「私個人としては標準型とは別に滑空機タイプを開発してみたい。
九七式中戦車を最前線に運べると言うのは大変魅力的だ」
西条はそう考えるだろうとは思っていた。
ただ、それだけであれば双胴型にする必要性はない。
実際、プラン名にはカタログスペックしか記載されていないのだが、このプランのみ双胴型は採用していない。
Me323ギガントを目指した4発エンジン型でいい。
「近く統合参謀本部で会議がある。例の横須賀で建造しようとしている戦艦の件もある。
そこで話し合って見ることにしよう」
「はっ!」
◇
数日後
再び統合参謀本部会議が開かれた。
内容としては、やはり戦艦の件はどうしても譲れず、それをもって艦隊派の多くの大艦巨砲主義者は航空主兵論者の意見を呑むとのことだ。
何の意味があるんだそれは。
武蔵が消えただけでさほど未来が変わらんぞ。
しかも本来空母になった信濃が消えて、ミッドウェイ級に準ずる空母が2隻追加……だと。
海軍は華僑の事変を乗り切ったからといって調子に乗りすぎではないのか。
しかし西条に対して文句を言えることができなかったため、結局その案が採択されてしまった。
まあ、これを拒否して西条暗殺計画が立ち上がるぐらいならマシなのかもしれんが、俺はこの件で一層海軍に懐疑的な視点を持つようになってきたぞ。
稲垣陸軍大臣の話では"宮本司令は恐らく艦隊派を海の上に浮かぶホテルに閉じ込め、彼らの意見を一切仰ぐことなく活動できるようにしたいのだ"――とは言っていたが、そんな事許せるだけの余裕が我々にあるとは思えん。
しかし溶接か……
会議内でも度々それを持ち出して信濃建造にこだわりを見せていたが、確かに溶接技術は重要だ。
皇暦2603年ごろまでに溶接関連技術には相次いでブレイクスルーが起きる。
溶接の発達は合金開発加速の契機ともなった。
合金開発においての最大のジレンマは金属の熱特性。
絶対無敵のオリハルコン鋼のようなものが出来上がったとする。
だがそれを活用しようと溶接してみると、高熱によって性質が変化して脆くなったり……
溶接した部分がスプリングバックと呼ばれる形状が元に戻ろうとする働きが生じたりして、プレス形成などして整えた形状が整えた前後の中間的な状態に戻り、ゆがんでしまう。
このスプリングバックに特に悩まされたのがチタン合金。
チタン合金の多用はいわばスプリングバックをいかな押さえ込むかにかかっており、合金自体はあってもどうにもならないという事象が存在していた。
中でもニッケルを使わないα型チタン合金なんかは加工方法が難しく、合金研究が先行していたが……
それを実際に航空機に活用するための溶接技術の開発に時間がかかったというような悲しいエピソードを持つチタン合金が多く……
しかもさらに優秀な合金がどんどん見出されていくのに溶接技術が追いつかず、溶接のブレイクスルーによって一連の合金が全て扱えるようになることで、せっかく誕生したのに世に登場することなく消えていった種類のチタン合金は少なくない。
鋼の場合は、高熱状態で焼入れをしながら溶接するという通称ホットスタンプと呼ばれる手法が編み出されたが……
このホットスタンプ用の超高張力鋼だって溶接技術が未熟なのでこれまでは全く採用できなかっただけで鋼材の組成はすでにわかっていたという事実がある。
しかもアレはそんなやり方で溶接したもんだから……
構造によっては修理が容易ではなく、修理すると他の素材を使った部位に影響を及ぼすといったような、自動車に使われているが自動車に使うなと言いたくなる特性がある。
しかし自動車にアルミ合金を使うぐらいならこっちを使った方がいいと思えるし、正直メーカーがジレンマを抱えつつも多用している理由もよくわかるんだよな。
皇国の溶接技術は冗談抜きに造船業から自動車産業へと流れ込んだわけで、大和や大鳳といった存在は大きい。
だが信濃まで必要かと言えばなんとも言えない。
ところで溶接と言えば航空機でも後に多用されることになるわけだが、航空機については接着剤も多用されている。
俺は王立国家との完全な雪解けを果たすならば王立国家の接着剤が欲しいのだ。
溶接ができない素材において頭を悩ませる各国に対し、最適解を示したのが王立国家。
あのモスキートなどで開発された接着剤はその後も進化し、溶接の必要なく、高熱で特性が変化してしまう金属の接合に使われた。
ことアルミ合金の一部とチタン合金の一部は接着剤と相性がいいわけだが、これは王立国家の得意分野とする構造設計であり、中々これが真似できない。
わが皇国も接着剤技術はわりかし発展したんだが、優秀な接着剤があるから優秀な接着構造を作れるわけではないのである。
だからこそ、その技術が欲しい。
王立国家の接着剤については自動車業界にてこんなエピソードがある。
未来において溶接できない構造を接着剤で接合していた自動車を作っていた王立国家のメーカーがあった。
NUPのとある企業は当初そことライセンス契約を結び、電気自動車を作ることになる。
しばらくはその関係が続き、NUPはそこで俺がやりたいことと同じことをしたものの、あまりにも特殊技術すぎてついに技術の習得ができなかった。
そしてライセンス契約が高額なので経営負担となっていたことから契約を解除。その影響で既存の販売車にマイナーチェンジとして該当の部位を置き換えようとしたところ……
溶接は使えないのでボルト止めに変更になり、車体重量が1.3倍になったという話が実在する。
つまり今造船業などで流行している鋲打ちは、いかに重量的に無駄があるのかを表すと同時に溶接がそれの代替となっている一方、
溶接に向かない金属を使う方法も別途にあり、それさえあればさらなる軽量化が可能だということなのだ。
そのあたりは王立国家のスーパーカーを製造するメーカーが自重1トンを切ったスーパーカーを出して世に示しているのだが……
この技術がまるで真似できない。
王立国家はユーグ地方の連合航空製造機メーカー……
ユグバスと呼ばれるメーカーにおいてもこの接着剤を用いた構造部材の製造を担っているが、NUPが炭素複合素材で対抗しているものの、なかなか軽量化において勝負が出来ず、結局王立国家に一部部材の製造を依頼しているほどなのだ。
皇国はNUPや共和国などと異なり王立国家並みの接着剤を作れるのだから、それを活用した航空機が作れるようになるべきなのは当然。
あっちはユーグ地方の汎用戦闘機にもそんな部材を導入しているという。
接着剤といえば、俺が還暦を迎えたあたりにテレビのコマーシャルでやたらめったら過剰に表現するCMがあった。
しかしこのCMが出てから20年近くを経ると、CMと遜色ない接着剤が作れるようになっている。
それだけ皇国もがんばっているわけだ。
今や皇国製の接着剤についても接着面付近をガンガン叩いていたら他の部位が壊れると言われるほどであるが、それを大戦期から既に可能としている王立国家の接着剤。
是非欲しい。
NUPや第三帝国から魔法の接着剤と呼ばれる存在の入手ができれば、機体をより軽量化、空力的洗練化が可能なのだ……
◇
会議中、そのようなことを考えながらぽけーっとつったっているだけであったが、キ57に関しては戦車を輸送するタイプなど海軍は不要なので、標準型が欲しいとのことでまとまった。
500km台を出せる4トン級の積載を誇る機体よりも、400km台でいいので6トン級~7トン級の積載を誇る機体が欲しいそうだ。
まあ、彼らからしてみれば、現時点でそれだけの運動性の高い輸送機は魅力的であって当然。
航続距離は4000km程度とのことだが、そんなの今の俺には難しくない。
やってみるさ。