第36話:航空技術者は陸海軍統合運用の証である輸送機の開発を任される
会議が終わった後、立川に戻る車の車内で両軍の決定内容を改めて確認していた。
近く弾丸や機銃なども統一するためにそれぞれが互いに装備の実証試験を行うことになる。
こういった選択と集中は今後の戦力に大きく寄与することだろう。
ここから1年が正念場だ。
外交なども含めてとにかく上手く立ち回らねばならない。
◇
翌日、俺は陸軍参謀本部に呼び出される。
西条から報告があるそうだ。
「信濃。ロンドンにいる小野寺誠大佐から報告があった。
王立国家の首相からの恋文が届いたとのとことだ。内容を見てみろ」
それは翻訳されていない王立国家首相からのラブレターであった。
内容はNUPとヤクチアが関係を強めている事への警戒を促すもの。
MI6による調査報告書が添付されているが、ウラジミールとNUPの大統領が密かに会談を行っていたことを表わす写真などが報告書にクリップ止めで添付されている。
時期はミュンヘン会談のすぐ後。
……この頃は確か……
「首相……これは……」
「第三帝国とヤクチアの不可侵条約だけで済まないかもしれんな」
曇らせる顔が全てを物語っている。
しばらく前まで華僑の事変でいがみ合っていた王立国家は、今第三帝国と共にNUPを警戒していた。
王立国家の首相はそれを情報機関によって掴むと、いつの間にか華僑からロンドンに移動していた小野寺大佐を通してラブレターを送ってきたのだ。
その内容は、近くこちらも秘密会談を開き、皇国と王立国家との間に防共協定を含めた協定を結ばないかと提案してきている。
「ところで首相。大佐は何時の間にロンドンに?」
「ああ、対ヤクチアのために活動させてはいたんだが、本人たっての希望でな。
華僑での和平のために蒋懐石とコンタクトを取ったりしていたのは知ってる事だと思うが……
そこで王立国家の情報機関の者と親しくなったらしい。
ロンドンを拠点にガルフ三国といったヤクチアの脅威に晒されている国を中心に、ユーグ地方で蜘蛛の巣状の情報網をこさえるとこちらに報告してきてる」
「彼ならできるでしょうね……」
元々対ヤでありながら、華僑事変を早急に解決したかった小野寺大佐は裏で王兆銘らと関係を結びつつ、華僑を這い回っていたことは西条から聞いている。
皇国最強の情報部隊ともいえるものを保有する彼だが……
俺は彼を本来の歴史のように左遷してほしくなかったので、西条に自由にやらせてほしいとは言っていた。
本来の歴史ではヤルタ会談の内容をこちらに伝えてくる男。
その内容があっても尚、我々は足掻くことができなかった。
ヤクチアに狙われていたにも関わらず、見事生還すら果たすこの男は帰国後"もう少しばかり情報を早く届けていれば"と悔やんだそうだが……
それだけの実力があるからこそ、自由にやらせてみたかったのである。
自らの意思でもってロンドンに向かった理由は……
MI6と共同でNUPについて探っているのだろうか。
少なくとも現在、小野寺大佐を通して裏で王立国家とやり取りできるようになったのか。
これは大きい。
「もちろん会談はしますよね?」
「断る理由がない。陛下にもすでに報告したが大変喜んでおられた。
脅威が1つ減るだけでなく味方が出来る」
味方……か。
味方という割には足を引っ張りそうなイメージもなくはない。
「どうも恋文についてはアペニンにも出しているらしいのだ。第三帝国包囲網を構築したいらしい」
「王立国家は我々を信用に値する存在と考え直したんでしょうかね」
「保垣が駐留大使と懇談したところでは、
現状のNUPの大統領よりかはよほど交渉に値する人物とみているようだ」
「……なぜです?」
「ユダヤ人の件で第三帝国に対して一言喝を入れてやった件を評価したらしい」
……なるほど。
あの件か。
華僑の事変が解決する前後から、ヤクチアを横断して逃げてくるユダヤ人が現れ始めた。
これについて本来なら後に外務大臣になるはずだった松岡洋左が集の鉄道の総裁として陸軍の樋口藤一郎から直談判を受け、ユダヤ人のために集の疎開や上海や香港への脱出ルートをこさえる。
通称ヒグチ・ルートと呼ばれる逃走経路である。
香港には蒋懐石とも多少は関係があるユダヤ人で、民国軍の陸軍大将代理であるモーラス・コーウェンがいる。
彼は王立国家の冒険家にして、ユダヤ人であるのだが……
華僑の父と称される孫分の用心棒から這い上がった男。
孫分が亡くなると民国軍に所属して働いていたのだ。
そんな彼は現在三カ国同盟を形成する東亜において、ヒグチ・ルートと呼ばれるユダヤ人脱出を皇国が先導していると聞くやいなや……
蒋懐石を説得して統一民国もこの活動に協力するよう申し出た上で自身の私財を投げ打ってまで協力した。
現在までに1000人近くのユダヤ人がこの一連のルートによって国外、または華僑、もしくは集に集まってきているのだが……
蒋懐石は彼の活動を批判することも妨害することもなく、儒教的な思想でもって協力姿勢であった。
というよりも、この時代、反ユダヤなど本気でやっていたのは極一部に過ぎない。
アペニンの首相はバチカンと和解するわけだし、我が国の陛下はバチカンとお近づきになり、キリストやユダヤといった者達を平等に扱うよう声明を出す。
三国同盟といいながら反ユダヤは第三帝国一国だった。
……いや、ある意味で反ユダヤと言えなくもない連中がいたな。
ヤクチアだ。
奴らはユダヤだろうが皇国人だろうが関係ない。
目の前にいる武器もない者達に平然と略奪や強奪を行う。
一説には、後の未来において活躍したヤクチアの女スナイパーは、当初こそ相手を痛めつけることに悦びすら感じていたというが……
他のヤクチア兵が民間人女子供関係なく虐待、虐殺する姿を見て正気に戻り、ウラジミールにモスクワに戻るよう進言されると即座に戻ったのだった。
以降は直接戦争に加担することはせず、裏で反戦活動を支援していたという。
実は俺は彼女に会ったことがある。
直接聞いた言葉が今でも忘れられない。
"貴方は戦場に出るべきだった。貴方の独立解放への熱意が少しばかり足りないと感じるのは……きっと貴方がヤクチアの本性を戦場で見ていないから。"
独立解放運動をしていた俺にコンタクトをとってまで彼女が伝えたかったのは、ヤクチアの本性はお前が知るよりもっと恐ろしいものなのだという寒気すら感じる真実。
俺はその言葉をヤクチアの英雄と称される女性スナイパーから直接受け取った。
それこそが何よりもの支援であり……
それから俺は命が惜しくないとばかりにヤクチアが参戦した戦場を直接観察するようになる。
彼女が亡くなる直前にもう1度会うことができたが、その時の俺の目を見た彼女は一言だけ――"真の同志よ。もう大丈夫ね"――とだけ言われた。
例え銃を持たずとも、最前線の戦場で何かを見てきた者には互いに何か感じ取れるものがあるのだ。
常日頃稲垣大将や西条が俺に言うのは、"お前は本当に一度も戦場に出たことがないのか?"――という話だが……
彼らは華僑にて最前線で指揮を執っていたのだから何か感じ取るものがあるのだろう。
これは西条にも伝えていない秘密であるわけだが……西条にもきっとこんな秘密があるのだろう。
実際、小野寺大佐の件などは今まで教えてくれなかった。
そんな西条であるが、第三帝国に喝を入れたというのは……
まさにこの件において、第三帝国が駐留大使を通して批判してきたことへの反論を行ったということだ。
和平条約調印などを仲介してきたのに、なぜ皇国と第三帝国の防共協定を無視してユダヤ人を助けているのかと、外交ルートを通じて4回にも渡って批判してきた。
しかし前述する松岡や、俺の助言を受けた西条は相手の批判に対し、駐留大使を呼び出してこう言葉を投げかけたのである。
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「いいか、私の言葉を一語一句全てそのまま総統閣下に伝えろ。
われわれは1つの国家であり、独立した立場にある。
そして列強とは言わずとも、先進国としての自負と責任を持たなくてはならない立場であると認識している。
今回の行動は人道的見地による当然の行動に過ぎない。
国家として当然行うべき人道上の配慮を批判することは内政干渉にあたる。
東亜三カ国全てが協力して行っているのだから、尚のことだ。
防共協定とは即ち戦時における協定のこと。
内容に反ユダヤについての内容は一切明記されていない。
秘密未公開部分として明文化されている箇所もヤクチアの件についてのこと。
防共協定を結んでいるからユダヤ人を迫害しなければならないというなら話が違う!!」
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防共協定には反共主義的内容と反ヤクチア的内容は記述されているが、反ユダヤの記述はない。
このピシャリとした見事な一言を受けた駐留大使はしばし無言となるばかりか、しばらくすると俯いたままとなり、その後静かに肩を落として去っていった。
その場にて言い返す言葉を探しに探したが見つからない。
そんな様子であったと思われる。
以降、第三帝国がその件についてとやかく言うことはなくなった。
そしてこの言葉はなぜか蒋懐石やモーラス・コーウェンにも伝わっており、蒋懐石は"ユーグ地域の大国に対しての外交とはこういうものか"――と、西条について見直した上でブレーン達に対し、時にはこういう言い方もあると論したとされる。
また、どうしてか王立国家の首相にまでこの言葉が伝わっていたのであった。
いや待てよ……
モーラス・コーウェンは華僑にて王立国家の支援を受けるための窓口になってたはず。
彼の近くにMI6がいたか、彼自身がそれとは別のパイプを王立国家の首相と繋げていて、その件を伝えて王立国家が西条を高く評価するに至ったのではないか?
俺も西条の外交的立場を省みないあの発言はスカッとしたので同調していたが、西条が言うように見る人はどこかで見ているものなのか……
「――それでだな信濃」
「は、はい!?」
白昼夢にあった状態から突如として現実に戻される。
しばし沈黙して考え事をしていたが、西条の言葉によって正気を取り戻した。
「なんでしょう」
「この間、海軍と陸軍で別々の機体をこさえるといった話あったな」
「ええ」
「例外的に1機こさえてくれないかと、あちらから申し出があったのだが……受けないか?」
「どんな航空機でしょう?」
「輸送機だ。キ47の機体構造を応用し、現用の貨物機よりも一層優れたものが出来るのではないかと海軍から提案されてな」
なんだそれは。
共和国がかつて大戦後にそんな機体をこさえてはいた。
ノラトラだったかな。
……そういえばNUPではC-119というものを作っていたな。
アレの皇国版を作れと?
「要求スペックなどはあるのですか」
「ハ43を使い、最高時速500km程度でいいので、
とにかく積載量が多く、人員と物資を大量に運び込み、
どんな空港にも着陸できる離着陸性能をもった双胴輸送機だそうだ」
うん。
間違いなくノラトラだ。
C-119はもっとサイズが大きい。
「高空性能は不要ですか?」
「落下傘部隊でも使えるような汎用性は欲しいが、高空性能はいらん。
最高高度は7000m前後でいい。ただ、それなりに快速であってほしい」
「首相は陸軍参謀総長として何名乗せられるとうれしいですか」
「20名以上。できれば30名だ」
「ならば可能です。承りました」
「頼むぞ信濃。この機体は参謀本部統合記念を祝した機体だ。
出来れば来年に正式採用したいのだ。
キ57と名づける予定の機体だが、出来るだけ急いでくれ」
「はっ!」
「おっと待て。開発する企業はどうするつもりだ?」
すぐさま立ち去ろうとした俺を西条が呼び止め、足を止める。
それはもう最初から決まっている。
ここんとこ鳴かず飛ばずで苦しんでいるあの企業しかない。
皇国の将来の輸送機の多くは彼らが開発するんだ。
だから、彼らが適任だ。
「山崎にします。キ47の件でいよいよ経営が厳しくなってきたそうなので」
「そうか! そうだな。山崎の者達も見捨てる気はないと言ってやれ」
「ついでではありますが、Cs-1の試作機も彼らに頼もうかと」
「構わん、好きにしろ」
こうして俺は本来の百式輸送機から大きく形を変えた真新しい百式輸送機を作ることになってしまった。
そのついでにCs-1を利用した試作機についても、どうせならと山崎に作らせて見ることにする。
そちらも双発機にしたいのと将来的にターボプロップ系機体を山崎は多く手がけるので、今のうちに慣れさせておきたいからだ。
ただ航空機ばかりに目を向けてはいられない。
外交についても少しずつ関与していかねば。
まだまだ本年はやることがたくさんあるぞ。