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第2話:航空技術者は全てを賭けて頭を下げる

 立川を出た俺は急いで市ヶ谷へ。

 もう二度と会えないかもしれない。


 こちらから彼女の差し出された手を振り払ったのだ。


 西ノ宮親王の息女である千佳内親王様は現在の陸軍中将。


 皇国の現君主は、東亜統一主義を掲げた陸軍の増長の防波堤として、自身の肉親である内親王を中将に据え置くという暴挙に出る。


 原因は派閥争いの激しい陸軍内部において高齢極まる参謀総長に代わって新たな派閥を生み、我が国の君主が暴走を食い止めようとしたためである。


 二・二六事件における対応の稚拙さに憤慨したとも言われるが、齢9歳にして突如持ち上げられた姫君は通常ならば傀儡になるのを密かに待つ身であったところ、思った以上に聡明で統制派の者たちを部下にして完全に制御していた。


 現在は陸軍次官にして参謀次長。


 齢10歳にしてここまでの肩書きを得られる者が今後生まれるとは思えん。


 財閥家系の遠い遠い親戚で単なる農家だった俺は、航空技術関係の論文を提出していたことで財閥筋の者たちから見定められ、陸軍に所属することとなったのだが……


 何気なく見学に来た彼女になぜか大変気に入られ、陸軍の明日を担う立場でもある彼女に「今後の方針などについて率直に手助けを請う」――と言われつつも断ったのが昨日のこと。


 立場上謁見すら可能かどうか怪しいが、向かうしかない。


 これがダメとなるとニ・ニ六事件もすでに終わっている以上、上層部と絡む方法が何一つみつからない。


 全てを賭け、やり直す。

 陸軍を掌握するためには彼女の力がいる。


 市ヶ谷の参謀本部へと向かった俺は、一目散に彼女のいる特別室へと向かった。


 立場上、通常ならば単なる軍の技師に過ぎない俺が謁見を申し出たところで門前払いされるところだが……


 すでに何度も召し出されている身のため、彼女のためにしつらえられた次長の特別室まではすんなりと向かうことができた。


 ただ、扉の前にて立番する守衛に引き止められる。


「信濃殿、何用にございますか?」

「殿下から聞いていないのか? 本日も呼ばれている。通してもらおう」

「うむむ……特に存じておりませぬが」

「悪いが一刻を争う。通していただけぬならば蹴破ってでも入らせてもらうが」

「わかりました……お入りください」


 以前も何度かやり取りを交わしたため、戸を叩いて普通に入ることができた。


 あの子は幼齢故、特に周囲に伝えず肩書きに縋った可愛い暴走をよくやるのだ。


 入ると椅子に腰掛け、手を合わせて沈黙する彼女の姿があった。


「昼寝などしておりませんね?」

「何用じゃ。昨日あれだけの啖呵をきっておいて、この我にさらに何かあるというのか」


 どうやら先回りした誰かが一言口ぞえしていたようだ。


 こちらが来ることは予想済み。

 ならば話が早い。


 まずは跪く。


「なにをやっておる! 求婚でもする気か!」

「手前の若気の至りをまずは謝罪させていただきたい。そのうえで、貴女様の申し出を改めて受けたいと存じます。どうか今一度、この手前に機会を与えてはいただけませんか」


 目は絶対に逸らさない。

 逸らせば最後、全てが終わる。


 こちらも引くわけにはいかない。


「下らん。何者かに唆されたか。ヌシにはそういう部分がないからこそ、助力を求めたのだ。欲の出た者の力など借りぬ」

「ええ。手前は大変欲深い男。なぜなら、皇国の明日を救うために貴女の力がどうしても必要で、たとえこの場で銃殺されたとしても懇願するほかありません」

「なに?」


 静かに立ち上がった彼女はゆっくりと近づき、そしてこちらに視線を落とす。


「……何があった。話せ」


 あの時の俺と今の俺。

 間違いなく醸し出す印象は違うだろう。


 雰囲気は歳不相応に落ち着き、かつての熱量もどこかに行った。


 それでも、心に宿った炎は消せないものだ。


 静かに揺らめく何かを感じ取ってくれたのか、彼女はこちらに説明する機会を与えてくれた。


 まだこちらを疑っている様子ではあるが、複雑そうな表情を浮かべ、心が揺れ動くのを感じ取れる。


 今はともかく、愚直なまでに思うがままを伝えるしかない。


「差し出がましいようですがお話を。信じてはもらえぬとは思いますが……皇国の未来を見ました。遠い、遠い未来です」

「世迷い言を……」

「重々承知しております。ですが、このまま行くと皇国は共産主義の手に落ちます。ヤクチアによって事実上の植民地となります」

「それは、他の者に吹き込まれた巷説か?」

「いえ。違います。神の御告げとでもお思いください。その証拠に、明日海軍が起こす大事件を予言させていただけないかと」

「よろしい」


 ここに来て彼女は腰を落として目線を合わせる。


 顔つきは整っているが、和美人といったところ。


 この和美人もこのままでは遠くない未来に命を落とす。


「海軍は明日、NUPの河川砲艦を誤爆します。我々も被害を出します。死者2名、負傷者数名です」

「それはまことのことか」

「なにぶん、予言となりますので明日になってみればわかること……もし信じていただけるならば、手前に、この私めに再度の機会を頂きたい所存」

「ふむぅ……信濃。二度聞くが誰かに口添えされたわけではないのだな?」

「無論です。皇国を未曾有の危機から救うため、千佳様の立場が必要なのです。参謀次長並びに陸軍次官である貴女様の力が」


 千佳様は肩が上下に揺れ動くほどに大きく息を吐く。


 それまで保っていた緊張の糸がほぐれたのだろう。

 こちらを見定めたうえで、ある程度は話を信じてくれたのかもしれん。


「なれば、明日再びここに来るが良い。結果はその場で伝えよう。もしこれが単なる欺瞞であるというならば……」

「その時は腹を切らせていただきたく思います。銃殺刑などおこがましい立場故、自刃する所存にございます」

「あいわかった。我はこのあと会食があるのでな。悪いがこれ以上ヌシに付き合っておれぬ。下がれ」

「はっ!」


 頭を下げたうえで部屋から去る。


 帰り際にチラリと彼女に目を送ると、不思議と嬉しそうな表情を浮かべていた。


 この予言……当たってくれないと困るのだが……多元世界でも同じ状況が起きるとは限らないのが怖いところだ……


 …


 ……


 …………


 ………………

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