第35話:航空技術者は統合参謀本部会議へと臨む
皇暦2599年2月10日。
皇国史上初となる、陸海統合参謀本部における参謀会議が行われた。
会議の最初の議題は当然にして1号艦と2号艦の処遇。
かねてより1号艦と2号艦については俺が未来情報より知る側面図を西条らに渡しており、西条らはこれを利用して海軍に揺さぶりをかけていた。
海軍はあまりに正確な図面が秘密裏に陸軍に渡ったと戦々恐々としたというが、普通に俺が未来情報から描いたでっち上げの代物である。
悪いが、俺にとってそれだけ1号艦と2号艦については建造中止にしたい案件なんだ。
だから今回の会議については、まずそれが中心に行われることになった。
統合参謀本部には宮本大将や井下中将といった、条約派のメンバーを中心に、航空主兵論者が顔を連ねている。
俺は西条の補佐として同席していた。
会議室に入ってまず驚いたのは、建造途中の1号艦と2号艦の写真が掲げられていたこと。
大和なのか武蔵なのかわからんが、3割程度完成している写真を見ることが出来た。
これって普通に凄いことだぞ。
建造中の写真なんて出回ってたか。
それもこんな骨組みが見える状態の写真なんて始めて見た。
「宮本の。本日集まってもらったのは他でもない1号艦と2号艦についてだ。圧力をかけるわけではないが、中止できんのか」
「首相殿。私も正直申し上げて中止したいですよ。あんなのこさえたってどうにもならない。それよりも排水量4万トンの空母を作りたいぐらいです」
「だったら話は早いではないか」
会議は明るいトーンで始まる。
現状の西条は条約派と殆ど考え方が変わらず、陸軍の強硬派も油田などによって意識を改め、海軍などが唱える戦略自衛主義論に同調しつつある。
あとはいかにして皇国を守りきるかが重要なので、統合参謀本部は当初より機能していると言えた。
「今すべてを中断すれば、今度は高崎元首相の二の舞になるのは西条殿ですよ。
私が命令を下すのは容易なことではあるが、妥協案として我々がまとめた内容があるので聞いてはいただけませんか」
「構わんよ」
同席するのは他にも稲垣大将ら陸軍将校も多くいる。
そして是非参加したいと申し出て参加した長島大臣の姿もあった。
元来鉄道省の鉄道大臣ゆえに無関係だが、本人は両軍に大きく関係する人物でもあるため、コネという形で参加しているのだった。
しばらく様子を見ていると、なにやら名前がわからぬ将校が西条や稲垣大将に紙を手渡す。
西条はある程度見るとそれを俺に手渡した。
「1隻残して1隻潰し、4万トンの排水量を誇る新鋭空母の2隻の建造予算を出す……か」
「ええ。ただ潰したら現状では海軍の艦隊派を押さえ込めません。残すのは大和と名づける予定の戦艦です」
「それは1番艦と2番艦、どちらかね」
稲垣大将は鋭い。
やはり海軍と裏で繋がっていて1番艦と2番艦の違いを知っているのか。
俺はそれについては西条にしか話してない。
千佳様と俺しか知らないはずなのに。
「無論1番艦です。あれには海軍では初となる溶接技術を一部使っております。今後の艦の造船技術に関わるものなので、1番艦は残したい。溶接を多用した新型艦の建造も計画中でもあるので」
「ふむ。他にも理由がありそうだな?」
宮本五十六の表情から何かを見破った稲垣大将は、西条をよそにズバズバと宮本の心理を紐解いていくが……やはり稲垣大将も侮れない男。
気をつけなければ。
宮本大将は何やら焦り始めて顔に汗が浮き始めたぞ。
「私は常々、連合艦隊司令部として沈みにくい戦艦"二隻"が必要と唱えています。何かあっても即座に司令部を移動できるよう、二隻用意するわけです。この二隻は後方から指揮全体統括指揮を行います。現状では陸奥、長門といった主力戦艦がありますが、1号艦と2号艦を全て無くしてしまうと前線は旧型の超弩級戦艦だらけとなってしまう。前に出せる戦艦がいないというのは戦略上よろしくない」
「確かにそうかもな」
そうか?
俺は西条とは違う意見だが。
どうせ前線に出るのは金剛型で、その金剛型たる超弩級戦艦こそ最も戦艦として完成し、そしてそれ以上、戦艦は進化を果たせず滅んだんだぞ。
「戦艦においては長らく王立国家式が最優とされてきました。弩級と超弩級の双方の戦艦は我が海軍の軍艦造船において大きな影響を及ぼしている。長門や陸奥もその例に漏れず、王立国家式から大きな逸脱はしてない。ですが大和は違う。図面をご覧の通り、まるで外観が異なるわけですが、長門型が我が皇国の技術で再現、改良した超弩級戦艦ならば、大和型は皇国が一から全てを建造した真の皇国の戦艦なのです」
「宮本司令。武蔵だけでなく他にも110号艦というのが存在しとるだろ。裏で軍令部が建造訓令を出していることぐらい知っとるぞ」
「なっ……」
稲垣大将の鋭い指摘に宮本は手が震えるほど動揺している。
一方の稲垣大将は落ち着きながら両肘を机に置き、その上で両手を合わせて毅然とした態度を取り続けている。
そういうことか。
稲垣大将は知っていたのか。
俺と同じ名前が付けられたもう1隻の存在を。
そういえば先ほど二隻がどうとか言ってたな。
俺の目を掻い潜ろうとしていたが、稲垣大将は見破っていたんだ。
海軍が1号艦と2号艦と同じ方法でもって三隻目の建造訓令を出し、こっそりと建造しようとしていたことを。
弱点満載の上、リベット止めが非常に多い武蔵は修理も容易ではない。
2番艦を片付けて3番艦を建造し、3番艦と1番艦の併用というわけか。
稲垣大将がいなかったら裏工作でとんでもない額の国家予算が吹き飛んでいたかもしれない。
海軍め、また我々を欺くようなことを……
「我々はこの場において隠し事はすべきではないと思うのだがね……初の統合参謀本部会議において、お前さんがたは陸軍の目を掻い潜って不正を働いた汚名を未来に残すおつもりか?」
「それは……」
「大臣のおっしゃる通りだ。2隻残したいならば残したいとはっきり言え。ようはお前達は2隻を残しながらも、新型空母2隻を皇国政府に要求しようとしたのだな?」
「くっ……そうだ! その通りだ! 富士宮親王が辞任するためには、それが条件だったのだ! 私だってこんなのは認めたくない。だがな――」
「そうではない、落ち着きたまえ。いいかね宮本君。我々はまだ結論を出していないぞ。海軍の戦力増強を否定してはおらんのだ。だが私はそこに戦艦が絶対必要なのかと問いかけているのだよ。無論、海軍としてではない。君個人にだ。一連の艦を絶対に戦艦にせねばならんのか? 加賀のように空母化するという手もあるのではないかね」
稲垣大将の言うとおりだ。
大和級ならそれなりの空母にも出来そうではあるが。
「宮本も私も4万トンの空母のほうがよほど欲しい。 しかし、完全に親王が手を引く条件が3隻目の110号艦は改大和型とも言える存在なのですよ。西条殿に秘密にしたことは申し訳ない。稲垣大将には完全にわれわれの手の内が読めていたようですが」
「統合参謀本部に賛成の海軍将校は多いのでね。だから懸案事項として予め相談しに来た者がいたのだよ。1つ決まったな。今後お互いに裏で何かやるというのはなしにしよう。この会議の場において秘密とすべき内容はあれど、この場には全てを公開する。これは今後のルールとして策定しておかねばならんね。次に戦艦についてだが、首相、どう思うかね?」
「資源的には依然厳しい条件に変わりはありません。ただ、私が首相として、陸軍として誠意を見せることで海軍との関係が今後円滑となるならば、安い買い物と言えるのではないでしょうかね……正直言って安い買い物なんて言葉を選びたくないほど安くはありませんがね」
「宮本。作るからには完全に艦隊派を押さえつけられるという確約がなければ認めんよ。陸軍大臣として大和とやらは認めてもいい。溶接技術に関しては私も話を聞いとるからね。戦車などにも応用できる重要な技術だと思うよ。造船での溶接技術の発展は、我々の今後にも大きく関わる話だ。ただ、横須賀で建造しようとしているもう1つについては、この会議の場では認めることは出来ない。今は保留とし、艦隊派と協議したまえよ」
「稲垣大将のおっしゃる通りだ。4万トンの新鋭空母2隻については認める。油田のおかげで我々の財政状況も多少は安定しつつあるが、何よりも大型空母はほしい。制海権に大きく関わる」
西条がやや顔を横に傾けつつ、こちらに視線を向ける。
俺も頷いて了承のサインを送る。
大型航空母艦については、ミッドウェイ級と並ぶ存在を作りたいのだというなら俺としても賛成だ。
近代になっても使える上、ジェット戦闘機でも使える可能性がある。
大戦期にそんなことが出来たら皇国の領海の防衛能力はより高まる。
2隻は最低限欲しい。
「了解した。110号艦についてはもう一度見直す。武蔵の建造は中止させるが、我々で話をまとめた上で次回以降の会議で話を決めよう」
宮本五十六も、井下成美も妥協できる話であったようで助かった。
俺は大和すらいらないとは思うが、それよりも何よりも生まれたばかりの統合参謀本部がすぐさま機能不全に陥る方が何よりも嫌だ。
そのために1号艦と110号艦を妥協するというなら妥協する他ない……
◇
戦艦についての話が終了すると、次に海軍に解ける兵器運用の統合案について話し合われた。
この草案は俺と長島大臣でもって作ったもの。
それだけでなく、四菱、山崎、川東といった航空機メーカーが大きく関わっている。
内容としては兵装の統一。
現状の爆弾はおろかドロップタンクすら共有できない状態だと現場を混乱させかねないとし、
可能な限り兵装を統一することで……例えば陸軍基地に零が到着しても零の整備が最低限出来るといった、相互整備を可能にしたいというのがメーカーの考えであった。
ドロップタンクや爆弾に関しては規格統一が単純なものであるし、新鋭機では実際に規格統一されはじめている分野のものもある。
螺子などの規格なども統一し、両軍どちらもある程度整備ができうる状況というのは望ましい。
まあもっとも、よく言われることがあるのだが、皇国軍はNUPや王立国家の技術の模倣が多く、何気にNUPなどが零を整備できたりするんだよな。
ハ25はNUP製の部品をそのまま使いまわせるんだ。
そういうわけわからない統一規格があったりするわけだが、ハ33はそういうのが逆になくて整備に困ったという話もある。
前線で敵軍の領地を占領した場合、零はNUPの部品でエンジンや駆動系が修理できた。
一式戦も同じ。
このわけのわからぬ冗長性は割と役立った一方、戦後鹵獲された機体の動態保存などにも寄与したと言われる。
ハ33とハ43を選んだ俺の選択によってそれが消えてしまったが、せめて陸軍と海軍で相互整備ぐらいはしたい。
この兵装の統一に関しては軍の近代化を目指したい宮本と井下が否定することはなく、統合参謀本部策定要綱として全面的に兵装の見直しが行われる事になった。
ただ、俺や長島大臣が提案したのはこれだけではない。
次に議題となったのは、陸攻と重爆といった、明らかに運用方法が同一の航空機について。
これは長島大臣と相談して海軍が妥協しやすい内容に改めた上で提案している。
「ふむ……競合試作をしつつ、性能が高いものを採用するというわけですか」
「そうだ。陸攻などは我々とそちらで殆ど要求性能が変わらん。
だが、ちょっとした要求の違いで大きな性能差が生まれると思う。そこでだ――」
西条が説明しているのは草案をそのまま暗記したもの。
ようは、陸軍、海軍が従来やってきた方法を一部見直す。
例えば陸軍は従来、メーカーに頼めるだけ頼んで試作してもらって、そこから競合試験を行って採用してきていた。
海軍は高い要求を出し、それを飲んだメーカーが試作を担当。
陸軍の場合でもメーカー指定は稀にあるが、それは技研の理解によってそのメーカーがその機体を作る上で最も優れていると認識できていたから。
海軍の場合、無茶苦茶な要求を突きつけるせいで、殆どのケースでメーカーが降りるか、目標性能を満たさず計画中止となるわけだが……
一方で連山のような傑作機を誕生させることもある。
陸軍の場合は割と自由にやらせることで傑作機を生み出す一方、競合試作においてはメーカーの負担だけ増やしてしまう失敗例も多い。
ただこれは開戦前などのメーカーの得意分野を上手く把握できていなかった部分が大きく、大戦後期となればなるほど効率が良くなり、疾風といった存在の誕生にまで繋がったわけである。
俺は連山の方が飛龍より優れているとは思うが、飛龍もまた高性能な重爆であったのは間違いなく……
メーカーの得意分野を把握して後期に活躍した機体を出し続けたという面においては完全に海軍を上回っており、キ83のように途中から海軍も混ざって共同で開発をしようとした機体なども出てきたと考えている。
ただ、共同で開発させようとすると要求性能がまとまらない。
そこで考えたのは、互いにメーカーを指定して試作し、その上で競合試験を行い、その結果を見て決めると言うもの。
この時、両軍は同じメーカーに開発を依頼しない。
陸軍が四菱を選んだら、海軍は山崎や長島を選ぶということだ。
互いに優秀だと思える機体は多々あるが、それを統一採用しようというわけだ。
こうすることでどうなるかというと、長島大臣は"殆どの機体を信濃君が手がける事になるんじゃないか"なんて話しているが……
艦上戦闘機や水上機はまだしも、陸上機は俺がこさえてしまいたいと思っているので技研の力を活かして海軍が認めざるを得ない。
百式司令部偵察機やキ47のようなものを次々に開発していきたいわけでもある。
会議内ではそれぞれの技術開発部……つまり陸軍でいえば技研、海軍で言えば航空工廠の技術者が互いに技術交換する事なども盛り込まれた。
一方で、供給不足に陥りそうな分野については従来どおり、それぞれが策定するメーカーからの供給を受けることにする。
飛行服などは供給不足に陥るので統一とはせず、あくまでそういった服装などの軍色を現わす存在は別途のものとした。
ただ、飛行眼鏡などは現時点で統一されてたりするので、光像式の照準器など、優秀なものはそれぞれ互いに採用していくようにする。
それこそ照準器のように製造メーカーが同じなのに設計元が陸と海で異なっていて、なぜか陸がジャイロ式を生み出したのに海軍は使わないといったような……
妙なプライドでもって採用しないみたいな例を無くす。
高性能なものは互いに認めつつ技研や航空工廠が競争関係を維持して開発を継続し、メーカーに試作させてみてどちらが採用するか決めるという方向性にした。
まあそうなると技研の方が細かい装備関連は優秀なんで、海軍系だと航空爆弾など、あっちが得意とする兵装系が選ばれる事になるのだが……
そうやって少しずつ詰めていくことで連携能力や、相互運用能力を大きく引き上げたいわけだ。
これはこれから新鋭機開発が盛んになる今だからこそ出来る計画だ。
西条も宮本も新鋭機を中心に相互運用ができるように整えていくことで一致してくれた。
そんな中で突如海軍が提案してきた話があった。
それはキ47を中攻として海軍でも採用したいとのこと。
草案のために長島大臣とも話し合ったが、海軍における陸攻は艦隊攻撃にも使う場合がある。
B-17が巡洋艦にむけて爆撃などしていたように、彼らも同じような使い方をする。
なので陸攻などの一連の機体を陸軍専門とすることはせず同じ機種を互いに運用して補填しあうのがベストと彼に説得され、俺もそれは認めていた。
そんな中で海軍側もいろいろ検討していたらしく、四菱から話を聞いていたが……
海軍は十二試陸攻こと一式陸攻の開発を中止し、キ47をその代替とすることに決めていた。
単座、複座双方である。
中攻は元々攻撃機。
射撃攻撃による小型艦への攻撃も視野に入れた存在。
長大な航続距離を誇るキ47はまさに海軍も喉から手が出るほど欲しい機体であった。
ただ、ただの中攻じゃないんだよなあコイツは。
「首相。技研として一言よろしいですか」
「どうした信濃。話してみろ」
キ47の採用についてワイワイやっている所で釘を刺し、キ47に施した仕掛けについて語る。
こいつが真の双発万能機論を満たす最大の理由がある。
「キ47なのですが、800kg爆弾を2つまでなら搭載できます」
「なんだと!?」
なぜ驚いているんだ西条。
片側500kgというのは陸軍に250kg爆弾以上のものがないから500kgと言っただけで、余裕をもった数字に決まっているだろうに。
海軍には800kg爆弾というものがある。
試作製造中で、採用はまだ先だが、すでにいくつか出来上がってる存在がな。
俺はこいつを2つ確実に搭載できるようにしたかった。
だから、ドロップタンク500kg相当を装備できる胴体付近の主翼には、最大荷重900kg近くまで許容できるようにしている。
プロペラがあるせいで魚雷は装備できない。
ただしこの場合は他に何も装備できない。
さすがにキ47はそこまで万能ではない。
だが、キ47は250kgという艦爆には攻撃力不足な爆弾しか背負えぬほど貧弱ではないのだ。
ふふふ。設計者としての血が騒ぐな。
んん?
俺の言葉を受けた宮本と井下、そして他の海軍の将校らはなぜか黙ってしまった。
どうしたのだろう。
800kg爆弾については試作といっても機密度は低い話でメーカーからすぐに聞ける内容のはずだが。
「まるでこの日のために作られた機体だったとは……では、我々が海軍向けにキ47の一部を改修したモデルをこさえる必要性は殆どないと?」
「ええと……」
「信濃。応えてやれ」
「懸架装置の部分はある程度共有化が可能ですし、魚雷を搭載するわけではないので特に問題はないかと……」
「ならば尚更キ47を採用したくなった。試作機を追加で製造してはいただけないか。我々としても実用試験に臨みたい」
「構わんぞ。まだ量産体制には入ってないが、それぐらいならどうにかなるからな」
双胴型でなければ魚雷を搭載させることもできるんだが、さすがにそれは無理だった。
そこまで万能ではない。
ただ、A-1スカイレイダーの皇国版を作りたい俺としては翼の片側1本で両サイド×2を積載できる存在を皇暦2605年までには目指したい。
あの化け物に対応できる機体は欲しい。
にしても、これで一式陸攻については可哀想だが誕生しなくなってしまった。
お前達はB-17を目指したもっと恐ろしい爆撃機に化けるのかもしれない。
キ47がボマーエスコートになれないのは俺としては変な感覚だが、仕方ないのだろう。
その後も詰めの協議が続き、途中に昼食中断すらあり、朝から始まった会議が終わったのは日が沈んだ頃であった。